第100話 弑逆の旗を掲げる者たちと弑逆の旗を折る者たち

 台場地区からそれほど離れていないオフィス街。アリス達は紅いローブを纏う魔導人形達と対峙していた。

 攻撃魔法だけでなく防御魔法までつけている魔導人形は、戦況を読んで攻撃と防御を繰り返している。機械的な動きではなく、人間に近い動きをするせいで予測が読めない。


「あーもう、鬱陶しいよー!」

「文句言わないでなんとかしなさい! あなた、よくそれで『クストス』の第一部隊隊長やっていられるわね!?」


 アリスがフォークロア型魔導具《ハピネス》による音干渉魔法で相手を蹴散らす一方で、紗香が幻覚魔法を使って魔導人形達の認識を鈍らせている内に、自然魔法で魔石が埋め込まれている左胸部分を的確に破壊していっている。

 別系統の同時発動は魔力操作を誤ると魔力の暴走に繋がる危険性があるも、使えればかりの手札になる。


 他国との外交を役割とする青島家の初代当主は、第二次世界大戦時ではスパイとして敵軍に紛れ込んで情報を盗む活動をしていた。

 もちろん貴重な情報を取り返そうとする敵もいたため、初代当主は幻覚魔法と攻撃魔法を合わせた戦術を数多くの修羅場の中で生み出した。日本が勝戦国になったのは、その初代当主の功績によるものだ。


 表舞台では華々しい功績はなかったが、舞台の影役者として功績を成した青島家は日本政府と国際魔導士連盟によって七色家に選ばれ、戦時とは正反対の仕事である外交を任された。

 最初はそんな仕事を任されて不安だったが、戦時中に身につけた言語や処世術が外交で役に立ち、今日に至るまで青島家の役割として行い続けている。


 そんな経緯で生まれた戦術を繰り出す横で、建物の陰に隠れて紗香の後ろへ突撃しようとした魔導人形の左胸が撃ち抜かれる。

 別の建物の屋上している暮葉による援護射撃だ。すると、右耳に装着されたインカムからザザッと音と共に通信が入る。


『おい、後ろ取られかけていたぞ。ちゃんと周り見ろ』

「うるさいわね。久しぶりの戦闘で感覚がまだ戻ってないの」

『そんなの一分で取り戻せアホ』


 年下からの暴言交じりの指摘に、紗香はこみかみに青筋を浮かべながら「このクソガキ……」と呟いた。 

 直後、アリスの近くで大爆発が起きる。その爆発でアリスが「わひゃあぁっ!?」と悲鳴を上げながらすっ転ぶ。


「あ、ゴッメーン。大丈夫ー?」

「だ、大丈夫だけど、今のはかなり危なかったよっ!?」


 ゲホゲホと咽ながら立ち上がると、アリスがいた場所の近くが黒い焦げ跡を大きく残している。

 その中心にいる香音は金色に輝くメイスを持っており、金色の魔力が渦となってまとわりついていた。


「相変わらず品がないわね……」

「こういう面倒なことは一気に片付けた方がいいんだよ」

「――そうですか。なら」


 紗香の嫌そうに歪められた顔を見て、香音がどこか勝ち誇った笑みを浮かべた瞬間、十型の魔導具を構えた魔導人形の胴体が、見えない刃で一刀両断される。

 ガシャンッ、ガシャンッと音を立てて倒れる魔導人形達に視線を向けると、すぐにいつの間にかここにいた霧彦を見る。


 彼の手には銀色に輝くレイピアが握られており、火花を散らすコードが絡まっていた。

 それを見て軽く払うと、にっこりと人当たりのいい笑顔を見せる。


「ここは戦場です。いつまでもふざけていると死ぬ羽目になるので、その辺りはご注意ください」

「はぁーい……」「……分かってるわ」「チッ」


 最年長の指摘に各々が反応を示すのを見て、霧彦はため息をつきながらインカムに手を添える。


「暮葉さん、そちらの状況は?」

『そこいらの魔導人形はあらかた片付いている。だが、白石の野郎はレインボーブリッジの方に行きやがった』

「レインボーブリッジに……? もしかして、悠護くんを追って?」

『多分な。ま、そっちは好きにやらせろよ。『約束』がある限り、今の白石は黒宮の下僕だからな。変な真似はしないだろ』

「……そうですね」

『とりあえず、周囲を警戒しとけ。相手が『レベリス』だ、次はどんな手で来るか――』


 そう暮葉が注意を促した直後、破壊された魔導人形達がガタガタと震え出す。

 ガラクタと化し、すでに使い物にならないはずの魔導人形は磁石のように壊れた部分を無造作にくっついていく。

 くっついて、くっついて、くっついて……ようやく止まったと思うと、そこには高層ビルの四分の一に近い高さを持つ鉄の巨人が君臨していた。


 右腕は右腕のパーツ、左腕は左腕のパーツ。

 右足は右足のパーツ、左足は左足のパーツ。

 胴体は胴体のパーツで、頸部は戒部のパーツ。

 そして頭部は頭部のパーツという五体の部分を合わせて作り出された鉄の巨人は、真っ黒な眼窩でアリス達を見下ろす。


「ちょっとちょっとちょっとぉ!? 合体して巨大化するって聞いてないよー!!?」

「無駄口を叩かないでよ! とにかく、あれをぶっ壊せば――!」


 ぎゃーっと悲鳴を上げるアリスを怒鳴りつけた香音が、メイスを鉄の巨人に向ける。

 直後、鉄の巨人の頭上に黒い影が生まれたかと思うと、そのまま後頭部に強烈な蹴りが入った。


 突然の奇襲に鉄の巨人は体をぐらりと傾けるが、緩慢だが重い一撃を放とうと右腕を振り上げる。

 だが、その腕はたった一回の回し蹴りで呆気なく切断された。体の一部分だけを繋げて作った腕は、雨のように地面に落ちて行く。


「――まったく、優雅エレガントさがないわね。こんなデカブツでは私を満足させてくれないわ。まあ、退屈しのぎにはちょうどいいでしょう」


 耳障りな金属音が響く中、アリス達の前に着地してきた影はくすくすと嗜虐的に笑う。

 突然現れた闖入者に、霧彦が警戒心を見せながらレイピアを向ける。


「あなたは……?」

「私? 私の名前は高城愛莉亜、【毒水の舞姫】と言えば分かるかしら?」


 毛を逆立てる猫のように警戒心を露わにする霧彦達を見て、愛莉亜は幼い顔立ちには似合わない妖艶な笑みを向けた。



「まさか、こんなことが……!?」


 希美が《ブリュンヒルデ》の力に呑まれかけているのも、日向の最後の『錠』が外れるのも予想通りだった。

 だが、日向が持つ剣が現れたことは想定外だ。


 あの剣は、フォクスだけでなく『レベリス』の幹部なら誰もが忌避するモノ。

 それが彼女の手にあるという事態は、最悪以外のなんでもない。


(幸いなのは、あれが本物ではなく一時的に顕現している偽物ダミーだってことね。でも、威力は恐らく本物オリジナルと同等ね)


 剣を持って互角に戦う日向と、自分の想い通りに行かず苛立ちを隠せない希美。

 対照的な面立ちで戦いに挑んでいる少女達のダンスを眺めながら、フォクスはぎりっと歯軋りする。


(一応、最後の『錠』を外せたけど……やっぱりあれが最後ではなさそうね。あの女、上手く隠せたようね)


 昔から、あの女の危機察知能力は敵ながら舌を巻くものだった。

 こちらが慎重に罠を巡らせようとも、超人染みた勘と危機察知能力でことごとく突破された。中にはそれを利用されて、逆にこちらが痛手を喰らったこともある。

 かつて味わらされた苦汁を思い出して、思わず美しい顔がひどく歪んだ。


 さて、これから自分は動くべきか。そう考えていると、パタパタッと軽い羽音を鳴らしながら飛んで来た白い鳩がフォクスの肩に止まった。

 白い鳩の足首には羊皮紙が結ばれており、フォクスはそれを無言で取り、羊皮紙を広げる。


『主からの命令あり。豊崎日向の仲間のみ戦闘しろとのこと。尚、それ以外の行為は禁止とする』


 簡潔かつ要点だけをまとめた内容に、フォクスは無言で羊皮紙を炎で燃え消す。

 白い鳩はそれを見届けたかのように肩から飛び立った。そもそもあの白い鳩は、想い人である主が使い魔として育てた鳩だ。あの黒曜石のようなつぶらな瞳には、遠見の魔法をかけており、それが主の目として確認することができるのだ。


 本音を言ったと、今すぐにでも少女達を自分の手でどうにかしたいと思っていたが、主からの命令ならば従わなくてはいけない。


「……まあ、あの方の命令なら仕方ありません。彼らが来るまでしばらく待ちましょう」


 そう言って主塔に腰かけたフォクスは、演劇を鑑賞しに来た貴婦人の如く優雅さで少女の戦いを見つめた。



☆★☆★☆



 レインボーブリッジに近づく度に、魔導人形の数は極端に減っていた。

 まるで誘導されているかのような気がしなくもないが、悠護達はレインボーブリッジに向かう足を止めなかった。


「おい、レインボーブリッジにまであとどんくらいだ!?」

「もうそろそろだ! つか、これってやっぱ敵の罠なのか? ここまで来ると魔導人形が一体もいねぇぞ」

「恐らくな。どうやら奴ら、オレ達を招待させたくて堪らないらしい。パーティーの招待状を突き返すのは無礼だろう?」

「そうかもしれないけど、こんなお誘いは嫌かなぁ」


 苦笑を浮かべる心菜の言葉にまったく同感だと心の中で同意していると、自分達の頭上から何かが飛び出し、目の前で止まる。

 思わず戦闘態勢を取るが、身に覚えのある銀髪が視界に入った。


「やっほー、みんな。今の気分は?」

「今まさにお前に斬りかかりそうでビクったところだ」


 怜哉の登場に悠護がため息を吐くと、背後で魔力の気配を感じた。

 振り向くと赤紫色の魔法陣が出現しており、そこから長身の男が出てくる。


「あっちゃー、ワイが最後か?」

「そうだな。だが、これで日向以外のメンバーが揃った」


 申しわけなさそうに頭を掻く陽に、ギルベルトは答えながら改めてこの場にいるメンバーの顔を見る。


 七色家・黒宮家の次期当主、黒宮悠護。

 白百合の修道女の魔物・リリウムを召喚する魔物使い、神藤心菜。

 現代では稀少な精霊眼を持つ魔導具技師志望、真村樹。

【五星】の二つ名を持つ最強の魔導士の一人、豊崎陽。

 七色家・白石家の次期当主、白石怜哉。

 雷竜の『概念』を司るイギリス王室第一王子、ギルベルト・フォン・アルマンディン。


 正直に言うと、現代においでこれ以上頼りになる集団はいないだろう、とギルベルトは心の中で思った。

 悠護や怜哉、陽の肩書きは日本だけでなく外国でも影響するし、心菜と樹の力は他の魔導士より一線を画している。

 そして何より、世界で唯一の無魔法の使い手である日向もいる。たとえどんな強敵が現れても、この者達ならば立ち向かえるとさえ思えてくる。


「……さて、一旦状況を確認するで。分かったことがある奴は情報共有のためにすぐ話すんやで、ええな?」


 ごほん、と大きく咳払いした陽が真剣なトーンで話し始める。

 普段の教師としてではなく、【五星】としての顔でいる陽を見て、ここにいる者達は全員息を呑んだ。本音では今すぐ日向を助けたい一心だが、一番強く想い尚且つ抑えているのは陽であると分かっているため、黙って彼の指示に従う。


「まず、台場地区とその付近は『レベリス』の魔導人形が破壊活動を行ってる。そっちはアリス達がどうにかしてると思う」

「なるほどな……。ま、あっちには心強い協力者もおるから大丈夫やろ」

「協力者って?」

「あー……それは……、後で紹介するわ……」


 怜哉の質問に気まずそうに言葉を濁らせる陽に首を傾げていると、次は樹が話し出す。


「で、今回の騒動の原因は桃瀬だ。あいつはデカい氷の槍を持っていたけど、アレはヤバいやつだ。魔法と身体能力の強化だけじゃなくて精神汚染の魔法も付与されていた」

「精神汚染……それは多分、『狂い月メンセ・ラビドゥス』だね。その魔法かけられた相手は、たとえ理性があっても目的を達成するまで狂い続けるっていう」


狂い月メンセ・ラビドゥス』は精神魔法の中では上級の部類に入ると同時に、最悪の魔法として名を馳せている。

 西洋では月が人を狂気に引き込むという言い伝えがあり、術者は己を『月』になることで、相手を狂わせられることができる。だが魔法が持続している間は術者も狂気に呑まれるという副作用もあり、最後は術者と相手と一緒に狂ってさらなる被害を及ぼした事例は少なくない。


 そのため、この魔法を使うにはIMFで厳しい精神検査を突破しなければ許可を出せないようになっている。


「でも近くに狂った様子の術者がいないということは、精神が異常に強いかもしくは魔法の副作用が効きにくい体質、あとは……副作用さえ逃げ出すくらい狂ってるかだよな。でも、それって……」

「そんなんは些細なことや、この際気にせんでええやろ」


 樹が深刻そうに呟くが、陽が言葉を遮った。希美をあんな風にさせた術者に心当たりがあるのか、彼の顔は嫌悪感でひどく歪んでいた。その顔は九月に初めて『レベリス』に出会った時に見せた顔とよく似ている。

 何故そんな顔を浮かべるのか分からないまま、次に話し出したのは心菜だ。


「さっき、レインボーブリッジですごい音が聴こえたんだけど……あれって日向達が?」

「だろうな。さすがにあいつも自分の命が狙われているのに、無抵抗のままでいるわけがない」

「だが、今の希美は理性ある狂戦士バーさあカーみたいなものだ。理性がある分、厄介な相手はいない」


 ギルベルトの言葉に、悠護は黙って聞いていた。

 以前、七月の時に日向を傷つけられた怒りで我を失い、魔力を暴走させた。その時は主犯だけを狙っていて他の者には危害を加えなかったが、希美は違う。


 彼女は己の判断で障害と認識したものを排除する。現に、ここに来る間に深い爪痕を残した街並みを見た。あの惨状を見る限り、例の氷槍を手元から離さなければまともな対話はできないだろう。


(でも、それでも)


 悠護のやることは変わらない。

 日向を救い、希美を止める。それが今の悠護がするべき役目だ。


「……ま、とりあえず状況確認はこんくらいやろ。ほんなら、さっさと行くか」


 よいしょっと言いながら陽が立ち上がった瞬間、顔を険しくさせると魔法陣を展開する。

 悠護達が驚いていると、様々な魔力の色を纏った魔法が襲いかかる。爆発音と轟音が周辺に響き、爪痕を残していく。


「――まさか、そっちから出向いてくるとは思わんかったで。ま、探す手間が省けたけどな」


 険しい顔のまま、土煙の向こうを睨みつける陽。

 強い突風が土煙を払った直後、そこにいる紅い集団に息を呑む。

 裾に白いレースがあしらわれた紅いローブ、それは『レベリス』の幹部である証。それを着ている者が――六人。見たことのある顔や、見たことのない顔がいくつもいる。


「どうやらご期待に沿えたようだな。なら、その前に自己紹介でもしよう。それくらいはいいだろ?」


 中央にいる赤髪の青年の言葉に、黒髪の少年は楽しそうに笑いながら前に出る。


「お久しぶりー! ぼくはレトゥス、今回は誰がぼくの遊び相手になってくれるのかなー?」


『死神』の名を冠する少年は、鎌を持ちながら灰色の瞳をおもちゃを探す子供ような動きで悠護達を見渡し。


「私はルキア。こっちはインフェルノ、まあ知ってるでしょうけど」


『光』の名を冠する少女は、炎の女鬼騎士を従えながら冷たい目を向け。


「僕は初めましてだな。僕はアングイス、こいつらの主治医だ。まあ、よろしく頼む」


『蛇』の名を冠する男は、黒い甲殻を纏った蛇を従えながら挨拶し。


「あ、えっと……俺の名前はアヴェム。ほんと早く帰りたいんで、さっさと済ませようぜ……」


『鳥』の名を冠する青年は、顔を隠すようにフードを深く被りながら翡翠色に輝く槍を握り。


「お初にお目にかかります、私はフォクス。この『レベリス』では腕のいい魔導士と自負しております、以後お見知りおきを」


『狐』の名を冠する女は、椿の絵が描かれた金扇子を優雅に口元で隠しながら微笑み。


「そして、俺の名前はラルム。ま、こいつらのまとめ役といったところだ」


『暁星』の名を冠する青年は、赤い刃を持つ剣を携えながら告げる。


「今日より、我ら『レベリス』は崇高な悲願を達成すべく、この世界の叛逆を始める。そのためには、豊崎日向の力が必要不可欠だ。あの少女を奪われたくなければ、来い。全力で相手にしよう」


 ラルムの宣言と同時に、『レベリス』の幹部達が各々の武器と力を悠護達に向ける。

 悠護達もそれぞれの武器と力を構えながら、目の前のいる敵を睨みつける。


 

 この日、これまで歴史の裏で隠れ続けた特一級魔導犯罪組織『レベリス』――その幹部陣が表舞台に現れた。

 それが弑逆の旗を掲げる者達と、弑逆の旗を折る者達との長い戦いの始まりでもあった。

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