第97話 集い始める者たち
台場地区にあるホテル・ホワイトリリー。
今回七色家関係者のみのパーティーを開く会場であるホテルの玄関前には真っ白なクリスマスツリーが置かれており、白やシルバーを基調としオーナメントがライトアップすることでより神々しさを増す。
てっぺんには映えるような真っ赤なリボンで飾られており、ツリーの白さをより引き立たせている。
台場地区でもトップ10を争うそのホテルは、魔導犯罪警報によって全てのドア・窓が分厚いシャッターで閉じられていた。
魔導犯罪対策として各建物には少しでも被害を出さないように、耐久性の高いシャッターやシェルターが設置されている。
このホテルも例外ではなく、宿泊客や従業員はシェルターに避難していた。
そんな中、今回パーティーで使われる予定の大宴会場で、すでに七色家の人間がプロジェクターを使って状況を確認していた。
「それでは、この台場地区で発生した魔導犯罪について報告します」
国防陸海空独立魔導師団『クストス』最高指揮官である赤城琴音は、左手にある小型リモコンを操作しながらプロジェクターの画像を台場地区周辺の地図を出す。
地図には黒い×印が一〇を超えており、赤い丸と黄色い丸がレインボーブリッジに向かって移動していや。
「黒い×は現在被害が出ているおよび魔導犯罪課が交戦している地域です。この赤い丸が今回の魔導犯罪を起こした犯人、黄色い丸はその犯人が狙っているターゲットです」
「ターゲットとは、随分と穏やかなじゃないわね」
青島真希は琴音の言葉に眉を顰めるが、黒宮徹一はしばし沈黙すると琴音に視線を向ける。
「……琴音、その犯人とターゲットの正体は?」
徹一の言葉に琴音は微かに眉根を寄せると、気を取り直すように顔つきを変える。
「現在、IMFで保管されている魔力感知をしたところ、今回の魔導犯罪の犯人は桃瀬希美。そして……ターゲットは豊崎日向と判明しました」
その言葉にこの場にいる現当主達はもちろん、次期当主達も顔色を変える。
特に彼女達の先輩として学園に在籍している白石怜哉と緑山暮葉、その二人の顔色の変化が顕著だ。
「へぇ~、桃瀬ってばとうとう壊れちゃったんだ? ま、あのダークマターを何百倍に凝縮した嫉妬心を持ってる女だもの、壊れるのは時間の問題だったわけだ」
「香音、口を慎め」
面白そうに笑う黄倉香音を、父である黄倉迅が軽く睨めつけた。
香音もさすがに父親に反発する気がないのか、すぐに口を閉じる。
「それで、市街にある監視カメラの映像を画像化したものを入手したので、そちらをご覧ください」
琴音がリモコンを操作すると、スクリーンの画像が切り替わる。
スクリーンには白に近い青い
希美が持つ氷槍に先に目に付いた紫原霧彦は、軽く首を傾げる。
「ふむ……桃瀬さんの持っているあの槍、彼女の専用魔導具なのでしょうか? 少なくとも私の目にはそう見えるのですか……、迅さんの見立てはどうでしょうか?」
「……紫原くんの想像は半分当たりで、半分ハズレです。あの槍は桃瀬くんの魔力に合わせた代物ですが、それと同時で厄介な呪いの魔導具です」
「呪いだと……?」
暮葉が眉を顰めると、迅は静かにスクリーンに映る氷槍を見つめながら言った。
「ええ、画面越しなので詳しくは分からないのですが……桃瀬くんの瞳を見てください」
そう言われて琴音が希美の顔を拡大させると、その場にいる全員がはっと息を呑む。
名前の通り美しい桃色の瞳は、まるで黒い液体を一滴垂らしたような淀みがはっきりと混じっていた。
これまでの研究結果によって、魔導士の瞳は血と髪の毛と同じで
ただし血と髪の毛のように専用魔導具の素材になるのではなく、瞳は魔力の暴走やその予兆、そして異変を察知する仕組みを持っていた。
瞳が光り始めれば、魔力の暴走が始まり。その光が強くなると暴走する可能性が高いと判断できる。
そして、魔導士が何かしらの呪いを受けてしまったら、瞳は黒く濁っていく――魔導士の瞳は、その相手の異常を周囲へと知らせる『合図』でもあり、『警報』としての役割を担っているのだ。
今の希美はその呪いを受けた魔導士と同じ瞳をしている。彼女があの氷槍に付与されている呪いを受けているというのは明白だ。
「さすがになんの呪いを受けているのかは分かりませんが……少なくとも、自我があるようです」
「つまり、桃瀬は自分の意思で豊崎日向を殺しにかかっていると?」
「そうだよ。桃瀬の豊崎くんに対する憎悪は、今までのものとは比べものにならないほど強い。なら、彼女が事を起こすのは時間の問題だった」
父である白石雪政の疑問に怜哉が答えると、雪政は「そうか……」と納得した表情を見せていた。
雪政は以前、白石家当主の判断で日向の殺害を息子である怜哉に頼んだ前科がある。
現在進行形で日向を殺そうとしている希美を見て、やはり思うところがあるのか黙り込んでしまう。
「それで、これからどうする気だ? 被害状況を見ても魔導犯罪課だけじゃ手が足りないだろ」
「もちろん、我が『クストス』にも人員を派遣しますが、『レベリス』が所有している魔導人形達の数は魔導犯罪課と派遣人員を合わせて足りません」
「ってことはボク達の出番ってわけだね☆」
緑山林太郎の質問に琴音が答えると、横から娘の赤城アリスがやる気に満ち溢れた顔を見せる。
日本を守護する役目を持つ七色家の分家が事件を起こし、その関係者が襲われている事案は醜聞に近いものだ。それを世間一般に知らせる前に鎮圧するのは正しい判断だが、アリスの場合は単純に日向を助けたいのだろう。
ともあれ、これ以上被害が拡大する前にここは自分達で止めなければないのは琴音も同じだ。
「それでは、これより事件鎮圧を行います。黄倉家は魔導犯罪課の魔導具の修理および威力調整、紫原家は負傷者の治療をお願いします」
「分かりました」
「了解した。香音、行くぞ」
「え~、私もやるの~?」
あからさまに面倒臭いといった顔つきをしている香音だが、さすがに父である命令には逆らえないようだ。
霧彦と迅の後を追う香音の姿を見送ると、青島紗香ははぁっとため息を吐いた。
「まったく……彼女の面倒くさがりはどうにかならないのかしら」
「しょうがないって。そもそもあの子、悠護くんとは違う意味で七色家の人間っていうことを気にしているからね」
「だとしても、今は七色家の名も人命も関わる事態だ。もしこれで問題でも起きたら、七色家に反感を抱く連中が一斉蜂起するかもしれねぇんだぞ」
暮葉の言葉にその場にいる全員が顔色を変える。
七色家は魔導士界問わず敵が多い。魔導士はたかが戦争に貢献しただけの自分達が誰よりも高い地位にいることを妬み、一般人は気分次第で簡単に殺しを行う危険因子と見ている。
もし何かの事件で自分達が失敗すれば、すぐさま一般人達は今の七色家を批判し、七色家の座を狙う魔導士達はテロを辞さない勢いで実力行使に出るだろう。
周りが敵だらけの生活、一瞬の気を緩ますことのできない立場。
王族と同じくらい窮屈にいる身が、それ以上に己に課せられた責務を果たす責任感だけは誰よりも強いと自負している。
だからこそ、己が責任を放棄し、嫉妬に駆られて事件を起こした希美を許すことも、見逃すことも本家としての立場ではなく、自分達の気持ちが許せない。
各々が自身の専用魔導具を持つと、暮葉はライフル
「――んじゃ、さっさと行くぞ。あのバカ女を説教するためにな」
☆★☆★☆
ほとんどの者が出張り、残された徹一は先ほどから震えるスマホを取り出した。
画面に表示されている名前は『桃瀬司』、言わずもがな希美の父親だ。
一度嘆息すると徹一は電話に出る。なるべく冷静を徹しながら。
「はい」
『徹一さん、これは一体どういうことですか!? 希美が台場地区で魔導犯罪を起こしたなんて……こんなの何かの間違いです!』
「いいえ、残念ながら真実です。IMFで保管している魔力探知は貴殿の息女のものと判明しました、我々本家一同は今回の事件を収拾するべくすでに動いています」
『本家が自らだと……? では、その場合娘はどうなる!?』
「我らはこの国、そして魔導士界の秩序を守らなくてはならない。たとえ分家であろうと、犯罪を犯した者を見逃すわけにはいかない。故に、桃瀬希美は逮捕後、すぐさま『カルケレム』に収容します」
自身の娘をあの魔導士刑務所に収容させると言われ、司は言葉を失うとすぐさま怒気を含んだ声で怒鳴り散らす。
『ふっ……ふっ……ふざけるなぁ!! 希美はまだ魔導士候補生、『カルケレム』に収容される条件に満たしていない!』
「確かに桃瀬希美は魔導士候補生です。『カルケレム』も本来は魔導士でなければ収容できない場所ですが、あの刑務所も特例条件があります」
『特例条件だと……?』
本来、『カルケレム』は聖天学園を卒業してIMFから免許証を貰った魔導士しか収容できない。だが、もちろんその中でも例外がある。それが特例条件だ。
特例条件は同じく魔導士にしか手徽章しない二〇三条約を、魔導士候補生にも適用することが可能にする条件だ。
だがその条件も三つ当てはまっていなければない。
一つ目は、対象が魔導士ではなく魔導士候補生であること。
二つ目は、教唆犯ではなく本人の意思で犯罪を起こしたこと。
そして三つ目は、魔導犯罪組織と深い関りを持っていること。
「特に三つ目の特例条件が重要だ。桃瀬希美は『レベリス』の人間と接触した可能性がある」
『なっ……!? それは何故……!?』
「私の方もそちらはまだ調査です。ですが、今市街で暴れている魔導人形は管理者から通達があったものと同個体。ならば、彼女が『レベリス』の力を借りて、今回の事件を起こしたというのならば、私は黒宮家当主として見過ごすわけにはいかない」
生まれた頃から黒宮家当主としての道を歩み続けてきた徹一。
彼の意志がどんな鋼よりも固いことは、長い付き合いである司は嫌というほど身に染みている。
いくら分家だからと、彼が自分達に寛容な態度を見せる可能性はゼロに等しい。
歯を軋ませながら無言にあった司。スマホ越しでこれ以上何も言わないであろうと思った徹一が電話を切ろうとしたが、
『………………そもそも、こうなったのは貴様のせいだろ』
小さく漏れた憎悪の声に、指が止まった。
「なんだと?」
『だって、そうだろ? 貴様は娘の気持ちを知っていた。なのに『第一婚約者候補は聖天学園で選ばれたパートナーに変更される』というくだらない決まりのせいで、希美は第二婚約者候補になってしまった! しまいにはそのパートナーを正式に婚約者にするだと?
ふざけるなっ!! これまで貴様に仕えてきた私達を侮辱するだけでなく、娘をおかしくさせた! この不幸の原因は全て貴様ら本家のせいだ!!』
「なら、その娘が息子に対する異常の執着さをお前達は知っていた。それを正さず、放置したのはお前達の責任だ。親ならば、子を正しい道に戻すはずだろう!」
『これまで家族を放置していた貴様に言われたくない!!』
司のその言葉で徹一は一瞬黙るが、一度呼吸を整えるとすぐに答える。
「……そうだな、私も一時期ではあるか家族を放置していた。今はこうして己の行いを恥じて、もう一度家族をやり直している。だがな、貴様らのそれは完全な育児放棄だ。私はそこまで腐っていない」
『っ……、この……人でなしがッ!!!』
徹一の言葉に完全に冷静さを失った司は、最後の暴言を吐くと電話を切った。
ツー、ツーと無機質な音が流れたスマホが沈黙すると、徹一はゆっくりと背もたれに凭れて深い息を吐く。
すると、彼の前に冷たい水が入ったコップが置かれた。それを見て首を左横に動かすと、シェルターに避難させたはずの黒宮朱美が苦笑しながら立っていた。
「朱美、何故お前がここに……」
「少し気になって、従業員さんに無理を言ってシェルターから出たの。そしたらちょうど電話の会話が……」
「漏れていたのか」
徹一の言葉に朱美は無言で頷く。苦笑を浮かべる妻を見て、徹一はもう一度息を吐くと水を飲む。
いつの間にか乾いていた喉を潤すと、半分も残っていない水が入ったコップをテーブルに置いた。
「……まったく、司の言う通りだ。私もかつては家族を見ず、仕事にばかり打ち込んでい達数ヶ月前まで息子と仲違いしていても放置していたくせにな」
「ええ。でもあなたは、それを悔やんでちゃんと反精している。そこは司さんとは違うわ」
司とは朱美自身も数え切れないほど会っているため、彼の本質をきちんと理解している。
桃瀬司という男は、法務局民事局福局長という高い地位にいて、社交界でも気品のよさと身のこなしは、たとえ既婚者でも他の女性から高い支持を得ているという世間でも好評のある男だ。
しかしその実、誰よりも強い野心を抱く男である。
野心で言ったら七月の事件を起こした墨守米蔵より劣るが、彼の場合は魔導士至上主義者と同じように血筋の優劣で相手の格を付け、見下していた。
中でも自身の娘である希美に対する評価は、贔屓目で見てなくてもあまりにも高かった。
確かに、希美は素晴らしいお嬢さんだ。勉学も、スポーツも、礼儀作法も、魔法も誰と比べても一流。だが、異母息子に対する執着と周囲に対する嫌悪感は、それを差し引いても無視できるものではなかった。
七色家の当主の妻になるということは、一生夫に付き添い、どんな苦境にも立ち向かうための支えにならなくてはならない。
己の感情で全てを敵とみなし、排除しようとする希美は、次期当主である悠護の妻としての責務が務まらない。
少なくとも、当主の妻として日々奔走する朱美にはそう思えた。
「私は、歴代の本家当主が決めたことは間違ってないと思うわ。少なくとも、あの子達を見ている限りでは」
脳裏に今も事件に巻き込まれ、朱美とは違った意味で奔走する腹違いの息子とそのパートナーである少女を思い出しながら呟いた言葉は、徹一にも届いていた。
それを証拠に、彼の手は朱美の微かに震える右手を優しく、そして力強く握っていたのだから。
台場地区からかなり離れたホテル。陽はテレビに映る事件を見て、シャッターが降ろされた部屋を出ようとしていた。
ベッドは激しく乱れ、シーツに包まって今も寝息を立てている愛莉亜は、胸や局部など際どい部分は隠れているが、程よく肉がついた
重く耳障りなシャッター音を聴いたはずなのに、今も爆睡できる恋人の危機感に不安を抱きながらも、昨日来ていた服を着直した。
久しぶりの恋人との濃密な触れ合いに夢中になっていたせいで、事件に気づく前に阻止出来なかったことを悔やむがそんなのは過ぎたことだ。
編み上げのブーツをきっちりと結び終えると、背後で何かが動き、ぎゅむっと優しく抱き着かれる。
その何かなんて、振り向かなくても分かっている。
「――行くの?」
「ああ、大事な家族が危ない目に遭っとる」
「そう……私は止めないわ。あなたが誰よりも家族を大切にしていることなんて、私はとっくの昔から知ってるわ」
服越しでも感じる胸の感触がすぐに離れる。上半身だけを後ろに振り向かせると、平均よりも小さいささやかな胸を横髪で隠すという妖艶な恰好をする愛莉亜は、青紫色の瞳で陽を見つめる。
だがその瞳には、無視できないほどの真っ直ぐさがあった。
「でも、約束しなさい。私の前から消えないって。死を選ぼうとした私を生きさせた責任、今も取ってる真っ最中なんだからね」
「ああ、わぁっとる。絶対にお前を一人にしない、ちゃんと帰ってくる」
陽の言葉に愛莉亜が満足そうに頷くと、どちらからもなく唇を重ねる。
小鳥の嘴同士がついばむような軽いキス。たったそれだけでも、この上ない幸福感を感じた。
唇が離れ、陽が恋人の頭を優しく撫でると、迷いない足取りでベッドから離れて部屋を出て行く。
かつて自分を救ってくれた時と同じ頼もしい背中をドアが閉じるまで見つめると、愛莉亜は全裸のままベッドから降りる。
クローゼットの中にある昨日と同じ衣装を取り出すと、慣れた手つきで身に纏い、銀製のブーツ型専用魔導具《オロル》を履く。
最後に青いリボンを後頭部に結べば、《毒水の舞姫》の二つ名を持つ魔導士に切り替わる。
先ほどまでいた恋人を心配する女の顔は消え、ここにいるのは多くのライバルを蹴落とし勝ち抜いてきた歴戦の魔導士の顔。
分厚いシャッターの向こうにある見えない景色が広がっているだろう窓を睨みながら、愛莉亜は大胆不敵かつ嗜虐的な笑みを浮かべた。
「――さて、久しぶりに帰って来た故郷でおいたをする子には、キツいお仕置きをしなくちゃね?」
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