第96話 雪は敵の姿を現せる

 一二月二四日。世間はクリスマス・イヴ一色になり、恋人同士や家族同士で普段しない贅沢をするために外に出ていた。

 日向も約束通り、これから鈴花と一緒に街に出かけるため、きちんと防寒している。


 今日の恰好は黒のタートルネックに白地に黒いチェック柄が入ったスカート。黒のストッキングを履いて、上着は陽がくれた白いコート。首には親友の相模京子がくれた白い鳥の刺繍がされた水色のマフラー。スカートはベルトを通せるタイプで、拳銃型の専用魔導具《アウローラ》が入ったホルスターはばっちりつけている。


 コートの左胸あたりには樹がくれたブローチ型魔導具をつけている。この魔導具は敵意や悪意を持った人間が近づくと真ん中の水晶が黒く変色する仕組みだ。


 誕生日以来、このブローチをブレザーの内側につけているようになっていたため、癖でつけてしまう。

 最初は時々つけていたが、友人達から「人が良すぎるから必ず持て」と頼まれてしまい、平日休日問わずつけるようになった。


(まあ、このブローチのおかげで危ない人がいる場所が分かるようになったのはいいことだけど)


 それにしては過保護すぎるのではないか、と友人達に申し立てたい気持ちを抑えながら、お気に入りのポシェットを持って外に出ようとするが、忘れ物をしていたことに気づいて急いで部屋に戻る。


「……っと、そうだ。これもだった」


 学習机の上に置いてある、首にかけるための長い紐がついた白い巾着。日向はそれを手にすると首にかけ、巾着を服の内側に入れた。

 この巾着は、誕生日に出会った謎の青年から渡されたものだ。今日まであの青年が一体何者で、何故これを肌身離さず持つよう言われたのかさえ分からない。


(でも……無視できなかったんだよね)


 これは絶対に捨ててはならない、と日向の勘が告げてくるせいでこの巾着をブローチと一緒に持ち歩くようになった。その理由も自分自身さえ分からないから余計頭を悩ませる種になっている。

 これで忘れ物がないことを確認して、茶色い編み上げブーツを履いて玄関のドアを開けて外に出る。鍵をかけている間にも冷たい風が吹き、空は分厚い灰色の雲に覆われているせいで太陽の光が入って来ない。


 寒さに震えながら住宅街を早足で駆け、行き慣れた商店街を通り過ぎ、地元の駅に乗り込んだ。

 今日、悠護達七色家が開くパーティーは台場地区にあるホテルで行われる。その一個前の駅にショッピングモールがあるため、まずはそこに合流する予定になっている。


 電車に揺られながら座席に座っていると、ちょうど重たい荷物をもった老女がやってきたので、すぐさま席を譲った。

 席に座った老女と和気藹々と会話している間に乗り換えの駅まで来たため、乗り過ごさないように電車から降りる。


 エスカレーターを使ってモノレールに乗って、目的の駅に辿り着くと右のほうに大きなショッピングモールがあり、そこが待ち合わせ場所だ。

 海に近いせいもあってさっきよりも強く風が吹き、整えた髪が乱れるのを中に入る。


 ショッピングモール内は暖房が効いているが、外から走って来た日向からしたら少し熱いくらいだ。

 軽くマフラーを緩めながら吹き抜けになっているエントランスホールに向かっていると、ちょうど中心にある掲示板の前で私服姿の悠護達を見つける。だがそれより先に鈴花が見つけ、日向の方へ駆け寄った


「日向お姉ちゃん!」

「鈴花ちゃーん! 久しぶりだねー、ちょっと大きくなった?」


 トンッと軽い衝撃を受け止めると、鈴花は花が咲いた笑顔を向けてくる。

 袖口や裾にファーがついた赤いコートを着ている少女は、やっと会えた将来の姉との再会を心の底から喜んでいるのか、ぎゅーっと苦しくなるほど抱きしめてきた。


 八月に見た時より少しだけ背が伸びているような気がして、試しに丸っこい頭を撫でてみたが、やはり夏に比べて頭の上に置いた手の位置がちょっとだけ高くなっている。

 肝心の鈴花は撫でられて気持ちいのか、猫みたいに目を細める。すると鈴花の後ろに悠護が近づくと、そのままひょいっと体を持ち上げた。


「お、確かにデカくなったな。前よりちょっと重てぇ」

「ゆ、悠護お兄ちゃん、レディに重い発言は禁止です!」


 悠護の言葉に頬を膨らませて怒る鈴花。そんな異母妹を見て兄は小さく笑うだけという、微笑ましい光景に日向も頬を緩ませる。

 これまで父や義母との関係がギスギスしていたせいで、腹違いの妹である鈴花ともまともに接してこなかった。それが今じゃこうしてどこにでもいる普通の兄妹として過ごせていることが、あの家で数日過ごした日向にとっては喜ばしいことだ。


「おい悠護、パーティーまであんま時間ねぇんだろ? 早くしないと時間過ぎちまうぞ」

「あ、わりぃ。そうだった」


 樹の一言で我に返った悠護が鈴花を地面に降ろすと、何やらニヤついた笑みを浮かべたギルベルトが近づいてきた。


「貴様も妹相手には甘いようだな。オレなんかワガママ放題の愚弟しかいないのに羨ましい限りだ」

「そうだぞ、俺なんか一人っ子なんだぜー? というわけで、一日だけ妹ちゃん貸して?」

「うっせぇな、お前の兄弟事情なんか知ったことか。あと何がというわけだよ、貸さねぇよ」


 さりげなく爆弾発言を落とすギルベルトと妹のレンタルを強請ってくる樹を面倒臭そうな顔で適当にあしらっている悠護を、鈴花は興味深そうにじーっと見つめる。


「どうしたの、鈴花ちゃん?」

「悠護お兄ちゃんのあんな態度、初めて見ました」

「学校だと割とあんな感じだよ。特にギル相手だとね」


 頭の中でギルベルトに接する悠護の態度を思い出してつい笑っていると、受付にある時計を見ていた心菜が声をかけてくる。


「みんなー、早くしないと本当に時間なくなっちゃうよー?」

「あ、そうだった! ほら三人とも、さっさと終わらないと置いてくよー?」


 未だぎゃーぎゃー騒いでいる男子陣に声をかけるが、全然止める気配がなかったため、日向は近くのラックにあったパンフレットで頭を叩いて止めるという強硬手段に出た。

 軽く巻いただけのそれは、パシーンッ! といい音を出し、エントランスホールに響き渡った。



 日向の強硬手段によって口喧嘩が終わり、鈴花を連れてショッピングモールを歩いていた。

 店内はクリスマスソングが流れ、装飾もクリスマス一色。サンタに変装した店員が「メリークリスマス!」と言って子供に向けて手を振っているのを見ながら、日向はおもちゃ屋にあるぬいぐるみコーナーで、手に持っていたテディベアを鈴花に見せた。


「鈴花ちゃん、これどう?」


 薄い茶色いテディベアを渡すと、鈴花は肌触りを確認したり、ぽふぽふと抱きしめる。


「可愛いです」

「じゃあこれ、買ってあげる。クリスマスプレゼントとして」

「いいのですか?」

「いいよ。あ、それとも他のがよかった?」


 日向の問いに、鈴花が否定の意を込めてぶんぶんと首を横に振った。


「これが……いいです。これしか欲しくありません」

「よかった。じゃあお会計してくるから待っててね」


 そう言って日向はテディベアを持ってレジに向かい、クリスマス仕様の特別な包装袋に入れてもらった。

 赤い袋に緑色のリボン、リボンの中心にはクリスマスシンボルの一つであるベルの飾りがついている。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 テディベアが入った袋を渡すと、鈴花は嬉しそうに笑うとそのままぎゅっと抱きしめる。

 中のぬいぐるみが潰れるのではないかと思うほど抱きしめるが、それでもこの笑顔だけで買った甲斐があったと思える。


 ほくほく顔で鈴花と共に近くのフードコーナーに行くと、悠護達がきっちりと人数分確保していた。

 テーブルには各々が選んで買ってきた食べ物が山ほどある。ハンバーガー、フライドポテト、クレープ、ホットドッグ、サンドイッチとこのフードコーナーにある軽食がテーブルを埋め尽くすほどあると中々に壮観だ。

 ジュースも色んな種類があり、好きなものを選んで飲みながらひと段落する。


「にしても、さすがにクリスマス・イヴとなると人が多いなー」

「ああ、そのほとんどがカップルだけどな……」


 げんなりとした顔の樹の言葉に、みんなは改めて周りを見渡す。

 家族連れも友達同士もいるが、やはり目に付くのはキャッキャウフフの桃色オーラを出しているカップルだ。

 見ているこっちが胸焼けしそうな甘い空気。独り身もしくは彼氏彼女いない歴=年齢の人達は『リア充爆発しろ』と目で見つめていた。


「まったく、ここまでくると嫌気が差すな。弟とその婚約者もあんな風だが、それでも比較的マシなようなものだったと痛感する」

「だからその爆弾発言をさらりとブッ込むのやめてもらえません!? どう反応すりゃいいか分かんなくなる!」


 ギルベルトの爆弾発言が再び投下され、聞いていた樹がツッコむ。

 するとサンドイッチをちょこちょこと食んでいた鈴花が、ギルベルトに訊ねる。


「ギルベルトお兄様にも弟がいるのですか?」

「ああ、その弟と同じ日に生まれたもう一人の弟がいるぞ。次男は疑り深い性格でな、その強い猜疑心のせいであいつの起こした騒ぎは星の数あって困っている。

 三男は王家始まって以来の奇天烈なヤツだ。頭はいいし魔導士殺しの魔法を即興で作り上げる類稀な天才。あいつにピッタリな婚約者もいるのだが少し気弱だが、あそこのカップルと同じ桃色オーラを出していたから大丈夫だろう」

「……お前の弟達、なんかすげーキャラが濃そうだな」


 ギルベルトの二人の弟のことが気になりつつも、昼食を平らげると各々好きに動くことにした。

 興味本位で覗いた地下一階の食品売り場ではパーティー用のオートブルやケーキを売っており、通りすがりにケーキが入った箱を持つ子供をハラハラした様子で見る母親と苦笑いを浮かべる父親の姿を見る。


(あたしも昔、あんな風なことがあったな……)


 まだ日向が三歳だった頃、買ったばかりクリスマスケーキが入った箱をきちんと両手で抱えて持っていたが、うっかり転んでダメにしてしまったことがあった。

 驚いて声を上げずに泣き出した日向に陽は頭を撫でながら慰めてくれて、父は中身を確認すると「少し形が崩れただけだ、家に帰って直せば大丈夫だ」と言ってくれたのだ。

 帰って母に事情を話すと、若干不格好になったがそれでも原形に戻ったケーキを見せて、「運んでくれてありがとね」と褒めてくれた。


 大きな失敗があったが、それでも誕生日と同じくらい楽しい日であったことは今も覚えている。

 思い出に浸りながら日向は暖房で火照った顔を冷ますために、一人ショッピングモールの外に出る。


 ショッピングモールの前にはクリスマスシーズンだけに飾られるクリスマスツリーが鎮座しており、色とりどりのオーナメントやリボン、イルミネーションで飾られている。

 一際目立つのは、イルミネーションとライトの光で金色に輝く星。あまりの美しさに見惚れていると、ふわりと白い何かが空から落ちてきた。


「あ……雪だ……」


 曇り空に顔を向けると、空から小さな雪達が降り始めている。

 今年は例年に比べて降雪率が高く、特に今日は明日まで雪が降ってかマークらが作れるくらい積もるとニュースで言っていたのを思い出す。


「明日は雪かきしないとなぁ」


 きちんと雪かきしないと、玄関周辺が凍って行きと帰りが大変になると父に聞いたことがあるおかげで、毎年雪が降ると雪かきすることが身に染みている。

 はぁーっと白い息を吐きながら冬の冷たい空気を感じていると、ブローチの水晶が一気に黒くなったことに気づき、顔色を変えた。


(敵!? でも、一体どこから――!?)


 日向が周辺を見渡した直後、ツリーの前に立つ人物に気づいた。

 裾と袖口に白いファーがフード付きの黒いロングコートを着て、黒のブーツを履いた一人の少女。手には身丈より少し長い槍を持っていたが、目深く被ったフードの下にあるその顔を見て息を呑む。


「桃瀬……さん?」


 ここしばらく見かけなかった同級生の名前を呼んだ直後、希美は槍の穂先を日向に向ける。

 その穂先から桃色の魔力が集まるのを見て、切羽詰まった顔でツリー周辺にいる通行人達に向けて叫んだ。


「みんな、逃げてぇええ―――――ッ!!」


 日向の叫びと共に、途轍もない冷気が襲いかかった。



☆★☆★☆



 ショッピングモール内を見て回った悠護は、トイレ前のベンチでぼーっとしていると、スマホが震え出したことに気づく。

 すぐに電源を入れてSNSを開くと、いつも使っているグループにメッセージが入っていた。


『なあ、日向そっちいねぇか?』


 樹のメッセージを読んで、悠護は慣れた手つきで返信する。


『いねぇけど』

『そっかぁ。俺今鈴花ちゃんと一緒にいるんだけど、心菜のとこもギルのとこにもいねぇって言ってたからさ』

『分かった。こっちも探してみる』

『頼むわ』


 メッセージを打ち終わると、悠護は立ち上がってすぐにショッピングモール内を駆け足で回る。

 地下一階、地上三階の構造をしているここの敷地面積はそれなりに広い。さすがに探すのは大変だが、日向のあの琥珀色の髪ならばすぐに分かる。

 だがどの階を回っても一向に見つからず、悠護の中で焦りが生まれていく。


「もしかして、またヤバい目に遭ってんじゃねぇだろうな……?」


 もちろんそれがただの勘だ。いくら何かとトラブルに遭うことが多い日向でも、自分からトラブルに巻き込まれていくほどバカではない。

 だがこれまでの経験上、トラブルの方から騒ぎを起こすことはすでに学習している。


 そして、その経験が今、現実となった。


『魔導犯罪発生、魔導犯罪発生。ただいまより、防犯装置を起動させ全ての扉・窓を強制閉鎖致します。建物内外にいるお客様は速やかにシェルターに避難してください』


 サイレンの警報音がショッピングモール内に響き渡り、中にいた客は店員の誘導と共にシェルターがある方へ逃げるように走っていく。

 悠護は人の波に逆らって分厚いシャッターが落ちる前の自動ドアに向かって走って外に出ると、ちょうどシャッターが下りた。


「悠護!」


 名前を呼ばれて声をした方を振り向くと、樹と心菜、ギルベルトが慌てた様子で自分の方へ駆け寄って来た。


「おい、鈴花はどうした!? 日向は!?」

「鈴花ちゃんは店員さんに頼んでシェルターに案内してもらった! 日向の方は連絡しても出ねぇんだよ、しかもその時に魔導犯罪警報が鳴って……!」

「もしかして日向、何か事件に巻き込まれてるのかな?」

「その可能性は高いだろう。とにかく早いところ日向を探さなければ――」


 ギルベルトが言った直後、ツリーの方で破壊音が聞こえてきた。

 音の方をした方を見ると、ショッピングモールよりも高い氷柱がいくつも生まれており、その先には黒い物体が見える。

 目を凝らして見ると、それが人間であることに気づいた。すると、風でフードがばさりと音を立てて脱がれた。


 フードの下に隠された青みのある黒髪と顔を見て、悠護を含む全員が目を瞠る。


「――希美……!?」


 ここ最近見なかった幼馴染みの少女。青が混じった黒髪も、大和撫子と思わせる美貌もそのままだが、顔つきが全然違った。

 桃色の瞳を爛々と輝かせ、口元は鋭く吊り上がっている。手に持っている槍は、桃色の魔力を纏わせている。禍々しくも神々しい雰囲気に、誰もが息を呑んだ。


「なんだよ、あの槍……」


『精霊眼』と呼ばれる魔法・魔導具の効果を解析することができる目を持つ樹が、遠目から見える槍を見て信じられないと言わんばかりに顔を歪ませる。


「術者の魔法と身体能力を強化させる魔法だけじゃなくて、精神を汚染させる魔法まで付与させてやがる。あんなの持ち続けたら桃瀬の体が持たねぇぞ!?」


 樹の言葉に全員が言葉を失う中、希美は槍を操って魔法を仕掛ける。

 氷柱が次々と生まれる度に、遠くから破壊音と悲鳴が聞こえてくる。その中で琥珀色の魔力弾が氷柱を砕いていく。


「あそこかっ!」


 あの魔力弾を撃っているのが誰なのかが分かると、悠護はすぐさま駆け寄ろうとする。

 だが、真正面から炎が向かってくるのを目視すると、すぐさま《ノクティス》を生み出し切り裂く。

 炎が晴れると、続けて人影が見える。だが、それはではなかった。


 ずるっ……ずるっ……と引きずる足、頬に走る一筋の傷、焦点がはっきり目。「コロス」「ケス」「ツブセ」と呟くその姿は、さながら幽鬼の如く。徐々に迫ってくる魔導士崩れ達に、ギルベルトは大きく舌を打ち、樹は操られている彼らを睨みつける。


「こいつら、操られている!」

「ああ、しかも使われている魔法は『傷害傀儡インユリアム・ププス』だ!」


傷害傀儡インユリアム・ププス』。

 相手に小さな傷を負わせるだけで、自我を失わせ傀儡にさせる上級精神魔法だ。第二次世界大戦時に主に同士討ちや尋問目的で使う魔導士が爆発的に増えたが、あまりの危険性により二〇三条約では使用する際はIMFからの許可がなくては使用を許されない決まりになっているはずだ。


 つまり、この魔法を使ってまで足止めしようとする人間は――。


「『レベリス』……!」


 再び迫って来た敵に、悠護はこの襲撃を仕掛けた組織の名前を呟き、歯を軋ませながら再び剣を構えた。

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