第84話 想う気持ちと思惑

「おーい、悠護ー。こっちだこっちー」


 希美との会話を終え、なんとか時間内にプレゼントを買い終えた悠護は、ギルベルトからの連絡で昼食を摂るために入ったレストランに入ると、窓際で樹が手招きしているのが見えた。

 今いるレストランはビュッフェ形式で、一人二九八〇円払うだけで九〇分まで食べ放題というものだ。


 まだ食べ始めたからか、各々のお皿に盛りつけている料理はそこまで減っていない。

 テーブルに乗せられているお皿には個人の性格が出ており、樹のお皿なんか肉などの炭水化物ばかりで埋め尽くされている。


「待ったか?」

「いや、さっき食い始めたところ。すげーよこの店、ローストビーフまであるんだぜ? それなのにこの値段とか詐欺だろ」

「ふはは、確かに詐欺と思わざるを得んほどの美味さという点では同意だな」


 なんて言いつつもパクパクとローストビーフを平らげていく樹とギルを見て苦笑した後、悠護も自分の分の料理を取っていくことにした。

 栄養バランスに気をつけなら料理を盛り、席に戻り食事を始める。

 樹とギルに勧められたローストビーフは中がしっとりとしていて、グレイビーソースと洋ワサビのアクセントが牛肉の旨味を引き立てる。


(なるほど、確かにこれは詐欺みたいな美味さだな)


 二人の表現があながち間違いではなかったと再確認しながら、たまに雑談を交えながら食事を楽しむ。

 お腹がそこそこ満たされると、同じタイミングで日向と心菜が人数分の紅茶を持ってきて渡し始めた。


「あ、サンキュ」

「いいよ、これくらいなら。砂糖とミルク人数分持って来たけど使う人いる?」

「両方くれ」

「オレはストレートで構わん」


 個人の好みで砂糖やミルクを入れた後、料理の最後に選んだデザートにフォークを向けた。

 日向はアップルパイ、悠護はガトーショコラ、心菜は梨のタルト、樹はチーズケーキ、ギルベルトはモンブラン、亮はミルクレープと自分達が選んだデザートを口に運ぶ。


「ん~! このアップルパイ、シナモン使ってない! リンゴとカスタードクリームだけだけど、逆にシンプルなのがいい!」

「日向、口元にクリームついてるよ」

「え? どこ?」


 ちょうど唇の端についたカスタードクリームを「ここだよ」と言いながら心菜が拭き取り、日向はそれを見て「ありがと」とお礼を言った。

 悠護達には見慣れた光景だが、亮はそれを軽く目を見開きながら見ていた。


 どちらかというと姉の方が世話を焼かれて、日向が世話を焼く方だった。

 そっちの方が見慣れている亮にとって、目の前の光景が珍しく見えてしまう。

 新たに見た一面に視線をやり過ぎたせいなのか、日向の目が亮の方へ向けられる。


「亮くん、どうしたの? もしかしてこのアップルパイ食べたいの?」

「えっ、いや、その……なんでもないです」

「? そう?」


 亮の返事に日向が不思議そうな顔をしたが、それ以上は詮索せず再びデザートを食べ始める。

 そうして食後のティータイムを楽しみ、時間内になると割り勘で支払うと店に出た。


「んじゃ、最後は俺の番だな。せっかくだし相模も一緒に来るか?」

「え? いいんスか?」

「おう。こういうのは一緒に選んだ方がいいだろ」

「じゃあ……お言葉に甘えて」


 樹からの誘いに最初は渋っていたが、ニコニコと親しみのある笑みを向けられた亮は若干戸惑いながらもようやく折れた。

 そんな感じで二人で行動することになった樹と亮を見送った日向達は、一階の吹き抜けエリアにあるベンチに腰かけた。


「今日は結構楽しかったね」

「ああ。プレゼント選びも気分転換もできたし、あとは学園祭を無事迎えれば万々歳だな」

「そうだね」


 日向と悠護の会話に心菜が笑顔で相槌を入れる、いつも通りの会話。

 ……だけど、心菜の顔がいつもとは違い陰りがあるのを、日向は気づいていた。

 今日の心菜の顔はいつものものではなく、雰囲気に合わせたものだと。


 もちろん勘違いだという可能性がある。でも、パートナーである樹がいない今だからこそ、訊けると思えた。


「……心菜、その大丈夫?」

「え? どうして?」

「なんか今日、ちょっと無理してるみたいだから……」


 心配そうに訊く日向に、心菜の顔がくしゃりと紙みたいに歪む。

 顔を俯かせて黙り込む心菜をじっと待つと、やがて居心地悪そうに顔で微笑んだ。


「あはは……やっぱり分かっちゃったかぁ」

「まあ……俺だけじゃなくて、相模以外の全員は分かってたと思うぜ?」

「そっか……」


 悠護の言葉に諦めたようにため息をつく心菜に、ギルベルトは腕を組みながら口を開いた。


「……やはり、樹のことが気がかりか?」

「……、うん……」


 ギルベルトの質問に心菜は小さく頷きながら答える。

 彼女がここまで樹を気にかける気持ちは、日向達も理解している。

 理由は一ヶ月以上前……樹が特訓を開始した日だ。



 いつも通り日課となった特訓にギルベルトが加わり、もう一度模擬戦をした二人があまりにも白熱したせいで陽に拳骨をお見舞いされた後の帰り道のことだった。

 いつもより口数の少ない樹が「悪い、もう少し自主練していくわ」と言ったとそのまま訓練場へ逆戻りしたのだ。もちろん悠護も止めようとしたが、強化魔法を使っていない樹本来の足の速さによってたった数秒で数十メートル先に行ってしまった。


 今から走っても追いつけないのと、彼自身の行動に口出す権利がなかったため、日向達はそのまま寮に帰った。

 問題は、それから数時間後のことだ。


 いつも通り夕食を終えて、部屋でのんびりしていると突然部屋のチャイムをけたたましく連打された。

 いくら防音だからといって限度というものがある。止めるために慌てて玄関に出た日向は、玄関前にいた人物達の姿を見て絶句する。


 玄関にいたのは、ボロボロで血を流す樹と、そんな彼の腕を肩に回して抱える悠護。遅れて来た心菜もパートナーの姿に短い悲鳴をあげたが、なんとか持ちこたえて彼を治療するべく部屋に招き入れた。

 悠護がギルベルトを呼びに行っている間、バスタオルを何枚も敷いた心菜のベッドの上に樹を寝かせ、心菜は生魔法を使って傷を癒していく。


 心菜の生魔法はそこらの魔導士よりも上で、病院でお世話になるほどの重傷でも一時間から三時間の間に治すことができる。

 涙目になりながら樹の怪我を治す心菜の横で、日向は微弱ながらも樹に生魔法をかけ続けた。途中で血相を変えたギルベルトと悠護が加わって、樹の傷が治った直後に尋問が始まった。


 何故そんな大怪我をしたのか?

 一体どんな特訓をしていたのか?

 どうして一人で特訓しようと思ったのか?


 訊きたくて知りたいことを全部悠護の口から出て行く。

 投げかけられる質問に樹はずっと無言を貫いていたが、


『……心配させて悪かった。でも、今の俺にはこの特訓が必要なんだよ。だから……今は何も、聞かないでくれ……』


 ようやく出たその声は、普段の樹のものとは考えられないほど弱々しいものだった。

 だけどその言葉と樹の纏う雰囲気が、これ以上言葉を出せないほどの強制力を持っていた。

 結局、それ以上事情を訊くことは出来ず、怪我をして帰ってくるのは心臓に悪いから治療してから帰ることを条件に特訓を続けることを了承したのだ。



 その甲斐あって樹は約束通り怪我を治して帰って来たが、一人特訓に行く彼の姿を心菜が心配そうにしていた。

 あの時の樹の姿が目に焼きついたせいで軽くトラウマになっているのだろう。でも日向が心菜とお同じ立場だったら、相手を過剰に心配するだろう。


「……本音を言ったとね、樹くんにはあの特訓をこれ以上してほしくないの。でも……私はパートナーとして彼の意志を尊重したい……。……最低だよね、こんな中途半端……」

「――いいや。むしろそんな悩みを抱けるのは、貴様がそれだけに樹のことを大事に思っているからだ」


 心菜の言葉にギルベルトが首を横に振って否定する。

 大切な相手だからこそ、相手の意志を尊重したい気持ちと心配する気持ちがぶつかり合うのは、人間として至極当然なのだと堂々と告げる。


「樹のことは貴様だけなくここにいる皆が心配だ。……だが、それ以上にあの男がオレ達が目を見張るほど強くなってくると信じている」


 ギルベルトの言葉に心菜が目を見開くと、日向と悠護もニッと笑い合って頷き合う。


「そうだよ! 樹なら大丈夫だよ、だから今は特訓が終わるまで待ってようよ」

「ああ。それにあいつ、最初の頃に心菜泣かせたこと結構気にしてんだぜ?」

「え? そうなの?」

「マジだぜ。唸りながらベッドの上でゴロゴロのたうち回ってた」

「ふふっ……」


 悠護から語れる当時の樹の様子をリアルに想像してしまい、心菜は小さく笑った。

 ようやくいつもの心菜の笑顔が戻り、日向達はほっと安堵する。

 その後、樹を待っている間は悠護から語られる樹の様子を面白おかしく訊くことで時間を潰すのであった。



☆★☆★☆



「ぶえっくしょん!」

「うわっ!? 大丈夫スか?」

「あ、ああ……誰か俺の噂してんのか?」


 アクセサリーの部品を売っているショップで盛大なくしゃみをした樹に、亮はびっくりしながらも声をかける。

 ずびっと鼻をすすりながらも目当ての品をポイポイと買い物カゴに入れていく樹を横目に、亮はカゴの中を物珍しく見ていた。


「これ全部使うんですか?」

「いんや、その中に入ってるのは七割方補充したいヤツ。残り三割は日向のプレゼントで必要なやつ」

「何を贈るつもりなんスか?」

「んー、そうだな……ブローチかな。ただのブローチじゃなくて、ちゃんとした魔導具したのを。どんな魔導具にするかはまだ考え中だけどな」


 樹の言葉は魔導士にしか通用しない単語を分かりやすく説明する。

 亮もその説明でなんとなくイメージを掴めたのか、納得した様子を見せた。


「そういうお前は? 結局何贈るんだ?」

「俺は……毎年と同じで料理作ります。といっても、全部実家の定食屋で出してるのばっかですけど……」

「いいんじゃね? 物欲がねぇ日向も料理なら快く受け取ってくれるだろ」

「でも……他のみんな、ちゃんと残るものを買ってるのに、俺だけはあっという間になくなっちまうものですよ」


 悠護達が持って来たショッパーの中身は分からないが、それでも日向のために選んだものに変わりない。

 自分のようにただ食べて消えるだけのものなんて、形あるものと比べて安っぽく見える。

 そう考えて落ち込んだ亮の頭に、樹が問答無用でチョップを落とした。


「いたっ!」

「んな顔すんなよ。確かに他の奴ならお前の料理について文句言ってくるだろうよ。でもよ、日向はそんな女じゃねぇってくらい分かってんだろ?」

「あ……」


 樹の言う通り、日向は自分が出した料理おいつも美味しそうに食べてくれた。

 最初の頃は炭みたいに真っ黒に焦げたり、調味料の分量を間違えたりと失敗があっても、日向は嫌な顔一つせず完食してくれた時は、もっともっと料理の腕を上げようと思わせてくれた。


 何度も父に頭を叩かれ、試行錯誤を繰り返すも、おかげで店の厨房で料理を提供することはできないが、簡単な仕事なら任せられる腕にまで成長した。

 その事実がある限り、彼女が毎年料理しかあげられない自分を責めることはありえない。


「それにほら、あいつの周りって結構強いライバルいるだろ? 今のうちに胃袋ぐらい掴まねぇと多分見込みないぜ?」

「うぐっ!!」


 せっかく人が気にしていた事実をブッ込まれて、亮は呻きながら胸元を服越しから握りしめる。

 ただでさえパートナーである悠護も強敵なのに、王子であるギルベルトもライバルとして出てきた。だが亮が強敵過ぎるライバルの登場で内心焦っているのも事実だ。


「そ、そういう真村先輩どうなんですか?」

「ん? 何がだ?」

「あの神藤って人、真村先輩のパートナーでしょ? だったら、黒宮先輩みたいに恋愛感情抱いてるんじゃないんですか?」


 せめてもの意趣返しとして訊いてみたが、目の前にいる樹は目を見開いたまま固まっていた。

 何かおかしなことおいったのだろうか、と不安がっていると、樹の顔が再びに笑顔になる。


「なに変なこと聞いてんだよ。人の恋愛事情に首突っ込むなよエロガキ」

「はっ!? べ、別に変なことじゃねぇしエロガキじゃねぇよ!!」

「あっはっは、年上をからかった罰だ」


 不名誉な呼び方をされて怒る亮をからから笑いながら、樹はそそくさとレジへと足を向ける。その反応が逃げだということは、魔導士じゃない亮でもすぐに分かった。

 自分のことを棚に上げているクセに言い逃れした先輩の後ろ姿を、亮は訝しげな視線で見つめた。



 とある喫茶店。外に設置された席に座りながらコーヒー片手に読書をするルキアは、目の前の椅子の音で視線を本から上げる。

 空席だった椅子に座ったのは、今時の婦人と同じ格好をしているフォクス。サングラスを外して妖艶に微笑む彼女に、ルキアは眉間にシワを寄せた。


「ふふっ、そんな顔しないでちょうだい。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

「別にいいわよ。それよりなんでここに?」

「ん~、ちょっとした下見よ。私にとって都合のいい駒を探してたの」


 フォクスの『駒』という単語に、ルキアは顔をさらに顰めた。

 この女は利用価値のある人間を『駒』として選別し、自身の思惑通りに動かせるよう手練手管で操る。そして目的が果たされれば口封じとして殺す。


「本当なら魔導士崩れの方が手っ取り早いんだけど、最近IMFの活動が活発化して中々いい駒が手に入らなかったけど……ちょうどいいのが見つかったのよ~」

「あっそう」

「んもう、つれないわね。ちょっとくらい興味持ったらどう?」

「うるさい。私が何に興味を持とうが持たないが貴女に関係ないでしょ」


 素っ気ない返事を返すルキアを、フォクスはくすくすと面白そうに微笑むだけ。

 一人の男だけで満足する少女は、あらゆる情欲を堪能したフォクスにとって子供みたいに無邪気なものに見える。


 だがその無邪気さはフォクスにはないもので、見ているだけで愉しくなる。

 注文を聞きにきたウェイトレスにロイヤルミルクティーを頼むと、ガタッと音を立ててルキアが席を立つ。


「あら、もう行くの? 私が手に入れる予定の駒のこと訊きたくないの?」

「興味ないわ。それに主に渡すものがあるから」


 そう言って彼女はダブルコートの内ポケットから小さなベルが入った鳥籠を見せつける。

 主が必要としている魔導士の魂と魔力が封じ込めたそれを見て、フォクスはため息を吐きながら頬杖を突く。


「そう、ならさっさと持って行きなさい。あの方が待ってるわ」

「言われなくてもそのつもりよ」


 魔導具をしまいながら立ち去るルキアの背を見送りながら、フォクスは豊満な胸の間に隠していた写真を取り出す。


「まったく、恋をしているという点では同じなのにこうも違うなんて……これだから恋する乙女をからかうのはやめられないわ。……でも、あなたは私の駒になってくれそうね?」


 くすくすと妖艶かつ残虐性のある顔で、フォクスは写真の中の少女に向けて笑う。

 その写真には、嫉妬と憎悪で顔を歪ませる可憐な少女――希美の姿が写っていた。

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