第83話 自分の気持ちと見つめる視線

 待ちに待った日曜日。日向達は例の複合商業施設にやって来た。

 外観も内装もショッピングモールと変わらないが、アミューズメントパークやミュージアムには親子連れの行列ができている。

 日曜日ということもあり、室内の活気は普段より高い。


「結構人がいるな。んじゃ、最初誰から行く?」

「無論オレが先だ。構わんか?」

「ま、なんとなく読めてたし別にいいけど」


 悠護達男子諸君が単独行動の順番を決めている横で、日向は初めて来た施設の中の様子を興味深く見渡す。

 一階の中心のエリアは吹き抜けになっていて、二階に続くエスカレーター近くにはタッチパネル式の電子掲示板が目立つ。


 先行を主張したギルベルトが掲示板を見ながら行き先を決めていると、日向の視界の端で見慣れた姿を見つける。

 その姿を見たのは、日向もお世話になっている日本全国でチェーン展開しているファッションショップ。その店頭の前の陳列棚にいる青年を見て声を上げる。


「あ、もしかして亮くんっ?」

「えっ? あ、ひ、日向先輩!?」


 青年――相模亮は、偶然会った片想い相手の登場に手に持っていたシャツを陳列棚に無理矢理突っ込んだ。

 ちょうどシーズンの残り物をセール品として販売しており、一着一九八〇円のシャツが半額で九九〇円になっていた。


 しかし、それを好きな女性相手に見られるのは男としては許せなくて誤魔化すように陳列棚に突っ込んだが、そのせいで他のシャツもぐちゃぐちゃになって近くにいた販売員に睨まれたことには気づかない。

 今の亮には、目の前の好きな少女で頭がいっぱいなのだ。


「ど、どうしたんですか? ここに来るなんて珍しいですね」

「今日はあたしの誕生日プレゼント買いにみんなで来たんだ。亮くんは?」

「お、俺もそんな感じで……ん? みんな?」


 日向の言葉に違和感があった亮が首を傾げると、彼女の後方から悠護だけでなく他の男女が近づいてきた。

 誰もが目を見張るほどの美形揃いで、月並みの容姿をしている亮は思わず委縮してしまう。


「おい日向、勝手に離れるな……って、亮じゃねぇか。久しぶりだな」

「あ、ご無沙汰してます。えっと、そちらの人達は……」


 初めて見る顔ぶれを見る亮に、樹が快活な笑顔で紹介し始めた。


「俺は真村樹、日向達と同じ聖天学園の生徒だ。こっちは俺のパートナーの神藤心菜」

「神藤心菜です。よろしくお願いします」

「で、こっちの金髪はギルベルト。イギリスの王子なんだぜ」

「お、王子!? 本物!?」

「いかにも。ギルベルト・フォン・アルマンディンだ。よろしく頼む」


 ギルベルトの紹介に亮が驚いた顔をしながら腰が引けていると、日向が横で彼の紹介をする。


「三人共、彼は相模亮くん。あたしの中学時代の後輩で友達の子の弟」

「ど、どうも初めまして」


 ぺこりと頭を下げた亮は、改めて樹達を見る。

 魔導士は魔力の強さに比例して容姿が整っていると噂で聞いたことがあるが、目の前の美男美女を見る限りでは噂が本当だと再認識する。

 現に通りすがりの人達が日向達をチラチラ見ており、近くにいる亮には羨ましいそうに視線を向けていた。


「っていうか、日向先輩のプレゼントを買いにって……一緒に選ぶんですか?」

「いや、順番に一時間交代制で探すつもりだ。今回は学園祭準備の気分転換のついでだからな」

「学園祭……あ、そういえば俺のところにもチケット来ました。こんな貴重なものくれてありがとうございます、悠護さん」

「別にいいって。俺の家族は関係者だからチケットなしで入れるし、勿体なかったからな」


 学園祭では一般人を生徒一人につき一枚配られるチケットで入場できるシステムで、七色家の一つである黒宮家の人間ではる悠護の家族はチケットなしで入場が可能。

 そのため生徒として渡され達ケットを亮に渡したのだ。日向は彼の姉であり友人の京子に渡している。


「そうだ、亮くんも一緒にどうかな?」

「え、い、いいんですかっ!?」

「もちろんだよ。大勢の方が楽しいし」

「は、はい! ぜひっ!!」


 日向からのお誘いに、亮は頬を紅潮させながら縦に頷く。

 犬耳と尻尾の幻覚が見えそうな様子に悠護達はこそこそと囁き合う。


「……なあ、もしかしてあの相模って奴も……」

「ああ、日向に片想い中だ」

「ううむ、オレの恋敵が他にいたとはな……やはり日向の魅力は侮れんな」

「でも日向、あの様子だと全然気づいてないみたいだけど……」


 むしろあそこまで慕っているのに何故気づかないと言いたいくらいだが、それを自分から言った人間はここにはいなかった。

 日向は頭を突き合わせながら話し合う友人達を見て首を傾げるが、別段気にすることなく一緒に行動することになった。



 一番目でギルベルトが別行動を始めると、日向は残った人達と一緒に雑談をしながら施設内を歩き回る。


「亮くんって、京子と一緒の学校に入るの?」

「はい、推薦で。今のところ、地元に近くてスポーツの強い学校はそこしかないですし。まあ入れるかどうか分かりませんが」

「大丈夫だよ、昔からサッカー上手だしレギュラーだって取ったんでしょ? 絶対に推薦貰えるよ」

「そうだといいですけど」


 亮の進学先で話が盛り上がっていると、ショッパーを片手に持つギルベルトが歩いてきた。

 思わずスマホで時間を確認すると、まだ三〇分も経っていない。あまりにも早すぎるプレゼント選びに日向だけでなく全員が目を瞬かせる。


「待たせたな」

「ギル、まだ三〇分しか経ってないぞ。もう決まったのか?」

「ああ。オレの審美眼に敵うものが見つかってな、即断で決めた」

「へえ、何にしたの?」

「それは当日までのお楽しみだ」


 日向の質問にギルベルトが不敵な笑みを浮かべながら、彼女が覗こうとしたショッパーを遠ざける。

 まあプレゼントは丁寧にラッピングされているから中身は確認できないが、反射でそんな反応をしてしまう。


「そういえば相模と言ったな、貴様は何をプレゼントするんだ?」

「えっ!? お、俺はその……毎年手作り料理にしてます。日向先輩、プレゼントいならいからそっちくれって言われて……。あ、もちろんプレゼントを渡した時もあります」

「ちなみに聞くけどよ、何あげたんだ?」

「……百均の洗面器です」


 亮の話に全員が日向に視線を向ける。顔には「お前マジかよ」と分かりやすく書いてあった。


「い、いいじゃん洗面器! しょうがないじゃん、その時本当に欲しかったのそれだったんだもん!」

「だからって洗面器はねぇよ! つかそれ欲しいものっつーか必要なものだろ!」


 日向の発言に悠護がツッコむと、樹が労わるように亮の肩を叩いた。


「……お前、毎年よく頑張ったな。今日の昼飯俺が奢ってやるよ」

「い、いや別にそこまでしてくれるほど頑張ってないので大丈夫です」


 何故か慰められた亮が樹の申し出を断ると、今度は二番手の心菜が買いに行った。

 その間に樹が待っている間に全員分の飲み物を買いに行き、話は誕生日をやる会場に移った。


「そういえば誕生日はどこでやるんですか?」

「いつも通りあたしの家だよ。学園祭の翌日と翌々日はお休みだから。あ、今年はちょっと人が多くなるかも」

「え、ど、どれくらい……?」


 亮の質問に日向は「え~と……」といいながら指を折る。


「亮くんと京子はいつも通りで、悠護達と陽兄……それと先輩が一人かな? 暮葉先輩って来れないよね?」

「ああ、この前参加できねぇってメール来たぜ」

「じゃあ今年は八人だね。結構大所帯になったなあ」


 毎年亮と京子がお祝いしてくれたが、今年はあの学園で出会ったみんなが自分の誕生日を祝ってくれる。

 小学校や中学校でもお祝いの言葉を言ったり、プレゼントはくれることはあったが、相模姉弟みたいに毎年祝ってくれる人はいなかった。


 それが今や、ここまで人が増えたのだ。頼りない糸のようなえにしがここまで強く、多くの人に結びついたことは事実だ。

 その事実すら嬉しくて、無意識に顔を綻ばせる。その顔を見て、悠護は日向の頭に手を乗せて優しく撫でた。


「……ま、どんなに人がいても俺達は主役であるこいつを喜ばせるパーティーをするだけだ。そうだろ?」


 悠護の言葉にこの場にいるみんなが頷く。純粋にこの少女の誕生日を祝いたい気持ちは共通のものだ。それに異論を唱えるという無粋な真似はしない。

 するとほくほく顔の心菜が、ギルベルトが持っているのとは別のショッパーを持って戻って来た。


「お待たせ。結構時間かかっちゃったかも」

「いや、一時間ぴったしだ」


 時計を確認した樹の言葉に心菜がほっと息を漏らすと、今度は三番手の悠護が前に出る。


「んじゃ、次は俺の番か」

「時間的に考えてちょうど昼になるな。悠護、プレゼント選び終わったら七階のレストランエリアで待ってるから、終わったらそっち来いよ」

「ああ、じゃあ後でな」


 待ち合わせを決めて、日向達は一緒に七階へ向かうためのエレベーターの方へ歩いて行く。

 悠護は彼女達を見送った後、反対の道に歩き始めた。



☆★☆★☆



「……さて、肝心のプレゼントをどうするか」


 単独行動を始めた悠護は、出だしからさっそく躓く羽目になる。

 日向の好みのものは分かりないわけではない。ただそれが本人にとって欲しいものなのかは分からない。

 自分の時は物よりも心が篭った手紙をくれるというものをしてくれた。ならば、自分もそういうものを贈りたいと思っている。


(でも、手作りだと学園祭の準備で時間が足りないよな……)


 いっそ魔法で作るという方法もあるが、できれば魔法を使っていないものを贈りたい。

 しかしそうなると、やはりプレゼントにするものが既製品に限られてしまう。

 さてどうするか、と両腕を組んで悩みながら歩いていると、


「――ゆうちゃん?」


 後ろから、聞き覚えのある声が自分のあだ名を呼んだ。

 こんな子供みたいなあだ名を呼ぶ人物なんて一人しかおらず、無意識に顔を険しくさせながら振り返る。

 悠護が予想した通り、そこにいたのは美しい微笑みを顔に浮かべた幼馴染みの桃瀬希美。秋物のコートを着た彼女は、悠護の姿を桃色の瞳に映しながらうっとりと顔を緩ませている。


 その顔は、昔から悠護が恐怖し、不快に思っていたモノ。

 日向への好意を自覚してからは、恐怖はなくなったが不快に思うのは依然と変わらない。ただ純粋に、幼馴染みのこの顔が気に入らないのだ。

 どんなことをしても、この顔を見せれば全て許されると思っている、この顔が。


「……なんでここにいるんだ、希美」

「ここ、近々『ティアラ』の店舗を置く予定なの。今日はお母様と一緒に下見しに来たの」


 そう言って希美の顔が後方の方へ向くと、希美の母親が店側の人間と話している様子が遠目からでも分かる。

 彼女がここにいるのは、恐らく休日を母と一緒に過ごすための口実なのだろう。そう考えると辻褄が合い、とりあえず幼馴染みの少女がストーカー行為をしていないことが判明して安堵する。


「そうか。悪いけど俺はまだ用があるんだ。今はお前に付き合っているつもりはない」

「用って……もしかしてあの女関係?」


 首を傾げ、目が笑っていないまま口の笑みを深くする希美を見て、悠護はため息を吐きながら言った。


「もしそうだったらなんだよ。お前には関係ないだろ」

「あるわよ。あの女は他のゴミと同じで、ゆうちゃんにひどいことするかもしれないのよ? ゆうちゃんが傷つかないようにするのが私の役目だもの」

「……俺はそんなこと、一切頼んでないぞ」


 そうだ。自分は一度たりとも、彼女に頼んでいない。

 自分に近づく人間をできる限り排除しろなど。


「ええ、そうね。確かに頼んでないわ。でもね、可能性がある限りあなたに近づくゴミを排除する。それが未来の奥さんである私の務めなのよ?」


 だが、希美はそれが悠護のためになるのだと信じて疑わない。

 恋をすれば、人はどんな物事にも盲目になる。そうなる前に彼女の目を醒まさせなければいけなかったのに、悠護はそれをしなかった。


(違う。できなかった)


 あの頃の悠護は、豹変してしまった希美のことが恐ろしくて堪らなかった。

 自分の信じる正義が正しいのだと主張し、どんな手を使って周囲の人間に手を下すことに躊躇しない彼女が、まるで化け物のように見えてしまった。

 当時の自分は一体何が『正しさ』なのか分からず、化け物みたいになった幼馴染みに近づくことすら出来なくなって、己の弱さと向き合えずに逃げてしまった。


(――けど、今は違う)


 今の悠護は、もう全てに失望し、諦めていた自分ではない。

 まだまだ未熟な部分があっても、それでも自分なりに進歩したのだ。希美の中の自分は、恐らく昔の……まだ実母を亡くす前の悠護のままだろう。

 仮に自分の想像とはまったく違うものだろうと、悠護は伝えなくてはならない。この少女に、今の自分を。



「――希美」


 目の前の愛しい人が自分の名前を呼ぶ。それだけでも希美の心は春の陽気のように温かくなる。

 希美は彼と一生を添い遂げることさえ出来ればそれ以外何もいらないと思うほど、悠護のことを愛している。誰もが「そんなわけない」「ただの独占欲だ」と戯言をほざくが、それは断じて違う。


 自分のこれは全て彼に与えるために生まれた愛なのだ。その愛を否定する者も、愛の成就を邪魔する者は全て敵。排除しなくてはならないゴミ。

 ああいや、違う。こんなことを気にするヒマはない。


 今、目の前で悠護が自分のことを見ている。あの真紅の瞳で、まっすぐと。

 一体何を言われるのだろうか? もしかしたら自分が欲しがっていた言葉をくれるのだろうか?


(もしそうだったら……)


 たとえ衆目の目に晒されようとも、体中から湧き上がるだろう歓喜を堪えることができないだろう。

 心臓の鼓動が早鐘を打ちながら、彼の紡ぐ言葉を待つ。自分が望む言葉をくれるのだと、微塵も疑わないまま。


「俺は、お前の気持ちに応えることは一生できない」

「――――――――――」


 その瞬間、希美の目の前が真っ暗になる。

 望んだものとはまったく反対のもの。何も言わず固まる希美を置いて、悠護が言葉を紡ぎ続ける。

 彼女にとって、望まない言葉を。


「俺はずっとお前が恐ろしかった。どんなことを罪悪感を感じないで、平然でやってのけるお前が。全部俺のためだって言ってたけど……俺にはそうとは思えなかった」

「ゆうちゃん? 何言って」

「昔と違ってすっかり変わり果てたお前が怖くて、俺は何もできないまま放置し続けた。……けど、今の俺はもう昔とは違う。だからこそ、言わなきゃいけないんだ」


(ああ、やめて)


 これ以上聞きたくないと心が叫ぶ。


(今はその目を向けないで)


 好きな瞳なのに今は見たくなかった。


(何も言わないで)


 その口で言葉を紡がないでと願う。


「……俺は、日向が好きだ。多分お前のことだから気づいていると思う、この先誰になんと言われようとも、俺はあいつ以外の女をそばに置いときたくない」


 希美の気持ちと反して、悠護は言った。

 自分の気持ちを。希美にとって死と同じ絶望の宣告を。


「最低なことを言ってるって分かってる。でも、俺はあいつのことが好きなんだ。自分でもおかしいと思えるくらい。……だから、もうそんなことはしなくていい。俺が言いたかったのはそれだけだ」


 そう言って悠護は背を向ける。何も言わず、希美の目の前から人ごみの中へ消える。

 残された希美はただただ頭が追いついていなかった。一つだけ理解したのは、自分が彼にフラれたことだけ。


(……ゆうちゃんが、遠くに行っちゃう)


 ずっと近くにいたと思った彼が、地平線にいるかのように遠い。

 今まで彼のために全てを捧げる努力をしたのに、今の言葉で全てが無に帰した。


 悲しいはずなのに涙が流せない。代わりに、悠護を奪った日向への憎悪と嫉妬が体中から湧き上がる。

 希美から全てを奪い、いろんな人間にいい顔をする根っからの偽善者である彼女のことが、心の底から憎くて大嫌いと断言できる。


(許さない……許さない許さない許さない!! 私からゆうちゃんを奪ったあんただけは絶対に許さない!!)


 誰もがお門違いだと言っただろうが、それでも希美は彼女への憎悪が湧き続ける。

 だがここが公共の場だと理性が働いていたのか、魔力が暴走しなかったのは運がよかったとしか言えない。


「――ふふっ、やっぱり女の嫉妬は見ていて無様だけど……。利用価値があるからこそ、その輝きは美しいのよね~」


 それでもただ一人、湧き上がる感情を抑えるのに必死だった希美は、人ごみの中で自身を見つめる蠱惑的な視線に気がつかないままだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る