第82話 学園祭準備

 学園祭の準備は大きな事故も怪我もなく進んでいく。

 茶屋の雰囲気に合わせて心菜が用意する縁台や紅毛氈べにもうせん、番傘はスマホの画面越しでも分かるほどどれも高級感があり、傷つけないように声掛けすることを忘れないように決めた。


 立て看板は茶屋の室内の写真をお手本にして描いており、その辺りは手先が器用な樹が率先してくれたおかげで、着実に仕上がっていく。

 料理や接客は女子と男子が半々となって、午前と午後で交代するようになった。日向達は何故かクラスメイト達の希望で接客に回ることになり、現在樹が持って来た着物を繕い直している。


「これ、すっごい出来栄えだよね。高校生が作ったとは思えない」

「本当だね、無地も柄物もどれも素敵。日向はどれがいい?」

「うーん、そうだな……」


 綺麗に畳まれた着物を見て、日向は目を細めながら吟味する。

 実際どの着物も素敵で、正直どれでもいいと思ってしまう。すると一緒に着物を縫い直していた近藤が手に持っていた着物を持って来た。


「豊崎さんはこれ! 髪の色が少し濃いから逆にこれみたいな薄い色が似合うと思うのよ!」


 そういって近藤が日向に渡したのは、桜柄が浮き彫りになっている薄桃色の上衣と臙脂色の袴。

 桜は今にも花びらが散りそうと思えるほどで、色も日向の好みに合っていた。


「で、神藤さんはこっち! やっぱり瞳の色の方が似合ってるね!」


 対して心菜が渡されたのは、大輪の牡丹柄の常盤色の上衣と白の袴。日向とは反対に髪の色が薄めの心菜の髪には濃い色が映え、白や薄紅色の牡丹柄も彼女の貞淑な雰囲気と相まっている。

 近藤の目利きによって選ばれたそれを見て、二人は目を輝かせる。


「すっごく綺麗! あたしこれがいいなぁ」

「私も。なんだか目が惹かれちゃった」

「でしょでしょー? 我がクラスの美少女の二人が接客するんだから、私の目が黒い内は似合わない着物なんて絶対に着させないよ!」

「我がクラスの?」

「美少女?」

 

 聞き覚えのない単語に首を傾げる二人だったが生き生きとした笑顔で言い切った近藤は、「さあ、どんどん行くわよー!」と言いながら着物を縫い直す手を早める。

 その手は神がかかっていると思うほど早く、遅れないように着物を縫う手を早めるがそれでも近藤には追いつけないほどだ。


 せっせと針を縫う手を早めていると、「「「きゃあああああああっ!!」」」と女子達の黄色い声と、「あっはははははははは!!」と樹の大笑いの声が上がる。


「な、何っ!?」

「向こうの試着室から聞こえたみたいだけど……」


 今、この教室の半分は布とガムテープを使った即席試着室になっており、接客係に回っている子は縫い直した着物の着付け方を覚えている最中なのだ。

 気になって日向と心菜は布をかき分けて中に入る。


 試着室にいたのは真っ赤な顔をした女子数人、お腹を抱えてひーひー笑う樹、顔を引きつらせる悠護。そして……黒の上衣と紅色の袴を身につけた金髪美少女。

 黒の上衣に刺繍された赤と白の椿の柄は優雅かつ美しく、紅色の袴は少女の金色の髪がよく映える。

 すらりとしたモデル体型と白い肌が着物の色に相まって、東洋と西洋の神秘の両方が身体現したかのようだ。


 二人は背中まである金髪をなびかせる美少女に見惚れていたが、見覚えのある顔立ちに徐々に首を傾げていく。

 女子にしては精悍な顔立ちで、目も切れ長。着物の袖から出ている手は骨ばったい。そして、ザクロよりも美しいガーネット色の瞳――。

 そこまで見て、ようやくその美少女の正体が分かった。


「……も、もしかして…………ギル?」

「ああ、そうだ。やっと気づいたか」


 美少女――ギルベルトはやれやれと肩を竦めるが、その仕草でさえ女性よりも美しい。

 心菜も目を見開いて固まっており、代わりとして日向が激しいリアクションをとった。


「えええええええええええええっ!? ちょ、何これウソでしょ!? ほんとにギルなの!? 全然見えないんだけど!? というか、なんで女装なんかしてるのっ!?」


 動揺しまくっている日向を見て、悠護が顔を引きつらせたまま答える。


「……えっとな……最初はギルも普通に着替えてたんだけどよ、樹の奴が女物の着物と袴持って来たかと思うと『ギル、こっちも着てみねぇか? なんなら化粧もしてやるぜ?』って言ってきたんだよ」


 悠護がジロリと樹を睨みつけると、彼はようやく落ちついたのか目の縁に溜まった涙を拭っていた。


「いやぁ~、俺も最初はふざけてただけなんだよ。でもギルの奴が『いいぞ。やってくれ』って了承しちまってさ、で、そのまま着替えさせて、化粧して、カツラ被らせたらよ……これが笑っちまうほど似合っててさ。正直こんな風になるとは思ってなかったぜ」


「いやー、すげー化けたよなー」と感心したように言った樹の横で、もう一度ギルベルトの方を見る。

 骨格は男性特有のものの部分はあるが、線が細いおかげであまり目立たたない上、カツラも彼の自前の金髪とほぼ同じ色で違和感がない。

 化粧も薄すぎず濃すぎないナチュラルメイク。あまりにも自然過ぎて見逃すほど馴染んでいる。


「どうだ、日向? このオレの艶姿は」

「……正直、自分が女である自信を無くすほど綺麗です」


 生物学上女性に分類されているが、目の前の女装王子のせいでその自信を無くしそうになりかける日向。

 本気で落ち込む片想い相手に、ギルベルトはクツクツと愉快そうに笑うだけだ。


「あ。なあギル、コレ出てみねぇか?」


 ふと何かを思い出したのか、樹はスマホを取り出すと生徒会から全生徒宛に発信された『聖天学園祭 出し物一覧』のメールを開く。

 一覧にはどのクラスがどんな模擬店・出し物を出すのか事細かに書かれており、生徒会の覧には『女装コンテスト』の文字があった。


「女装コンテスト……。え、樹これ本気で言ってる?」

「おう。ぶっちゃけギルなら余裕で優勝できそうじゃね?」

「確かにいけそうな気がするかもしれねぇけどよ……」


 ぶっちゃけると、ギルベルトだったら女装コンテストにあっさり優勝してしまいそうだ。

 だがギルベルトは正真正銘のイギリスの王子、そんなことして不敬罪として言い出しっぺの樹が罰せられるのではないかという不安がある。

 そんな中、樹のスマホを覗き込んで無言でいたギルベルトがおもむろに自身のスマホを取り出すと、そのまま操作する。


 突然の行動に日向達が首を傾げていると、ずいっとスマホの画面を突きつけられた。

 画面には『女装コンテストにエントリーしました』と大文字で表示されており、その下には長ったらしい注意事項が――。


「おいいいいいいいいいいいっ!!? 何ちゃっかりエントリーしてんだよ! つか、お前マジで出る気なのか!?」

「無論だ。こんな機会は滅多にないからな、いい思い出になるだろ」

「待て待て待て。落ち着けギル。分かってんのか? 女装コンテストなんてほとんどのクラスが罰ゲーム感覚で申し込むやつだぞ? それをお前が出るんだぞ? 正気か? SNSとかで色々炎上しちまうかもしれねぇぞ?」

「ふん。そんなもので気にするほど器は小さくないわ。それに一度くらいこういった出し物に参加した方が、素晴らしい思い出になるだろう? 内容だけで参加せず楽しい思い出が作れなかったことを後悔するより、オレはどんな出し物にも参加し思い出を作る方を取るぞ」

「…………………俺、正直お前のそういうところ、すげー尊敬するよ」


 毅然とした態度で思い出作りのためになんでもすると公言したギルベルトに、悠護は呆れながらも彼に尊敬の眼差しを向けていた。

 それにギルベルトの言ったことも一理あるし、当の本人がやる気ということで反論する人は誰もいない。結果、ギルベルトの女装コンテストの参加が決定した。


 ちなみに、このことをクラスの様子を見に来た陽に話したら、数秒ほど呆然とするもすぐに大爆笑したことはどうでもいい話である。



☆★☆★☆



「えーっと、お茶が五本、コーラが三本、スポドリが四本……」


 コンビニと同じ外観をした購買で、日向はクラス全員分の飲み物を買いに出ていた。

 普通女子一人だけが全員分持ち運ぶなんて無理なはずだが、実技の授業では普通の体育の倍の体力を使う。

 最初の頃はあまりにもスパルタでひーひー言っていたが、今では人並みに息切れする程度にまで体力も身体能力も上がっている。


「日向!」


 なんとか全員分のドリンクを買い終えて、大きく膨れ上がったビニール袋を両手で持って購買に出ようとしたら、化粧を落として元の姿に戻ったギルベルトが名前を呼んで駆け寄って来た。


「どうしたの? あ、もしかして買い忘れとかあったの?」

「違う。お前が一人で買い出しに行ったからだ。まったく、荷物持ちくらい連れていけ」


 ギルベルトはため息を吐きながら日向の片手に持っていたビニール袋を奪い取る。

 しかも二つとも取られてしまい、そのままスタスタと歩きながら先に行くギルベルトを慌てて追いかける。


「ギル、一つ持つよ」

「構わん。イギリスの男は皆、女性に優しくするのがモットーにしている。これくらい紳士として当然だ」


 ズバッと断言されてしまい、これ以上何言ってもテコがない限り変えないと諦め、ギルベルトと一緒に廊下を歩く。

 外も中も学園祭の準備で忙しなく動いており、時に文句を言い合ったり、差し入れを持って来たりと、誰もが青春を謳歌している。


「やはり、いいものだな」

「え?」


 ぽつりと呟いたギルベルトの言葉にきょとんとしていると、彼は小さく笑いながら語る。


「オレは幼少の頃から王室教師に勉学を教わっていてな、学校に通う必要性がなかった。無論、同年代の友人を作るために小さなパーティーを数え切れんほど開いたが、どいつもこいつも媚びを売ってくる連中ばかり。結局、ここに来るまで友と呼べる者など一人もおらんかった」

「ギル……」


 ギルベルトはイギリスの王子だ。誰もが彼と縁を結び、将来を華々しいものしようと考えるのは至極当然な反応だ。

 だが、そんな理由でできた友人など長続きしない。陽と仲良くなろうと兄のファンであった同級生や先輩が「友達になろう」と日向に近づいたことがある。もちろんその輩は全部兄が対処した(一体どうやったが分からないが、きっと気にしてはいけない類のものだと本能で察した)。


「……だが、こうして国を出て、学校に入り、身分関係なしに分かり合える友と出会えた。おかげでずっと羨んでいたものが見れたのだからな」

「そっか。じゃあ、学園祭頑張らないとね」

「そうだな」


 笑いかける日向に、ギルベルトもつられるように笑い返す。

 最初の出会いのインパクトが強すぎたせいで色々とあったが、こうして友としていられるのは日向も嬉しい。

 すると突然難しい顔をしてきたギルベルトに、日向は首を傾げた。


「どうしたの?」

「ああ、いや。ずっと貴様にあげるプレゼントを考えているのだが……中々決まらなくてな」

「えっ。まだ考えてたの?」


 自分を妃にすると公言したギルベルトなら手っ取り早くプレゼントを見つけたかと思っていたが、どうやらそれは日向の思い違いだったようだ。


「まだ、とはなんだ。オレとしては重要な問題だぞ。……というか、貴様はあまり物欲がないな」

「そうかなぁ?」


 必要なもの以外興味がないというのもあるが、両親の遺産があるとはいえ贅沢はしたくないという主婦のような考えのせいで物欲が人一倍薄れたのだろう。

 うむむむ……と呻きながら考え始めるギルベルトに、日向も顎に手を当てながら考えるとパンッと両手を叩いた。


「そうだ! じゃあさ、今度のお休みにみんなと一緒にあたしのプレゼント買いに行こうよ!」

「は?」


 名案! と言わんばかりの顔をする日向に、ギルベルトは眉を顰める。

 普通、誕生日プレゼントは相手が中身を知らないまま贈られるもので、断じて一緒に選んで贈るものではない。

 しかめっ面のギルベルトを見て彼の言いたいことが分かったのか、日向は慌てて訂正する。


「あたしも正直、何が欲しいのか分からなくて……もちろんみんなのセンスがないとか思ってないよ? でもさ、そういうのも楽しいかなーって思いまして……」


 途中から語尾が小さくなる。恐らく自分の提案が普通より違うことに引け目を感じたのだろう。

 しょんぼりと落ち込む少女を見て、ギルベルトはふうっと息を吐く。


「……まあ、オレとしても未来の妃の頼みにはできる限り応えたいと思っている。だが、それは他の奴らの意見を聞いてからだ」

「も、もちろん。みんなにも聞くつもりだったから」

「なら早く帰って訊いてみるぞ。……ま、答えは分かりきってるがな」



「ダメだ」

「ダメだな」

「ダメだね」

「ダメかー……」

「当然の結果だ」


 教室に戻ってすぐに休憩時間に入り、日向はギルベルトに言った提案を悠護達にも聞いてみた。

 結果は見ての通り、満場一致で却下された。


「つか、プレゼントを自分で選ぶとかねーよ。主役が楽しみを半減させる真似すんな」

「まあ自分の欲しいものが分からないっていうのは分かるけどよ、それとこれとは別問題だと思うぜ?」

「うーん、そっかぁ……」


 いい案だと思ったんだけどなぁ、とぼやきながら緑茶を飲む日向。

 肩を落として落ち込む親友に、心菜は頭の中で閃いた提案を持ちかけた。


「そうだ。だったらさ、順番でプレゼントを選びに行かない?」

「どういうこと?」

「えっとね、みんなと一緒にショッピングモールとかに出かけるの。そこで一人一時間順番でプレゼントを選ぶの。で、一時間が経ったら別の人がプレゼントを選びに行く。こうすれば一緒に出かけられるかつ日向には中身を知らないプレゼントを贈ることができると思うの」

「なるほどな。それは妙案だ」

「全員で出かけちまうと日向が一人で時間潰す羽目になるしな、俺もそれなら賛成だ」

「そうだな。俺もそれならいいぜ」


 心菜の提案に全員が諸手を挙げて賛同する。

 内心自分の提案を却下されてかなり落ち込んだが、心菜の提案には日向も問題ないため了承した。


「それじゃあ気分転換に別の場所でプレゼント買わねぇか? 近所ばかりじゃつまんねーだろ。あ、出来れば一時間とかで行ける距離な」

「うーむ、ならこことかどうだ? モノレールと地下鉄の乗り継ぎがあるが、片道一時間弱だ」


 ギルベルトがスマホを取り出して見せたのは、とある複合商業施設だ。

 数十種類のショップやレストランの他に、ミュージアムやアミューズメントパークがあることで有名な場所らしい。

 ふとその施設がある住所を見て、日向と悠護は思わず目を丸くする。


「あ、ここあたしの地元に近い」

「あー、そういえばそうだな」


 そんな会話をした直後、ギルベルトが物凄い勢いで悠護の肩を掴んだ。


「き、貴様、何故そんなこと知っている!? はっ、まさか……勝手に住所を調べ上げ、そのままいかがわしいことをしたんじゃないだろうなぁ!?」

「してねぇよ!! 夏休みにたまたま出かけた先が偶然こいつの地元だったってだけだ! 変な誤解すんじゃねー!!」


 ギルベルトの発言に休憩中のクラスメイトがギョッとした目つきで悠護を見ていたが、すぐに反論したおかげで勘違いだと分かって安堵した。


「あーでも、ここって結構店数あるぞ。こりゃなる早で探さなきゃいけねぇかもな」

「そうかもしれないね。日向はここに行ったことあるの?」

「ないよ。地元のショッピングモールで買えば充分だったし、遠出する理由もなかったから」


 ボランティアに参加していたということもあり、日向はあまり地元から遠くに出かけたことはない。遠出も精々一駅か二駅くらいの街に行くくらいだ。

 ギルベルトと悠護がまだぎゃーぎゃーやってる横で、樹が残ったコーラを飲み干すと、空になったペットボトルの飲み口を手に持つ。


「なら、今度の休日にそこに行くとすっか」

「え? でも樹くん、特訓は……」

「最近は学園祭の準備のために減らしてんだよ。それに一日くらいで鈍る腕してねーから安心しろ。おいお前ら、いい加減にしろってーの」


 そう言いながら空のペットボトルで二人の頭をポコッと叩く。

「痛っ」「ぐっ」と痛がる様子を見せ、叩かれた箇所を摩りながら文句を言い始めた二人を宥める樹の後ろ姿を、心菜は何か言いたげな顔で見つめていた。


「どうしたの?」

「あ……ううん、なんでもないよ」


 気になって訊ねてみるが、心菜は小さく笑いながら首を横に振る。

 それが「なんでもない」なんてわけがないのを日向は知っていたが、それ以上は何も言わず樹と一緒に悠護とギルベルトを宥めにいった。


「……ごめんね、日向。ありがとう……」


 何も聞かないでくれる親友の心遣いに、心菜は胸が締めつけられるような罪悪感を感じながら独り言のように出てきたお礼の言葉は日向の耳には届かなかった。

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