第81話 会議と証明

 聖天学園本校舎一階にある会議室。五〇人近くの教師が椅子に座り、ピリピリとした空気を放っている。

 毎年学園祭になると、チケットを持つ人間を襲って強奪し、そのまま学園内に潜り込む侵入者や魔導具や魔導医療関連の会社の社員が将来有望のある学生をスカウトし、非人道的な手続きで途中退学させ社員として働かせるという厄介な同業者が学園内に入ってくるのだ。


 学生の身の安全を預かる学園側にとって、そういった事態はなんとしても避けたい。

 そのために毎年会議を開き、これまでの学園祭の警備態勢の見直しと巡回を決めるべく話し合うのだ。

 その警備の要となる管理者を連れてきた陽が会議室に入った後、すぐさま開かれた。

 教師陣全員の前にはコーヒーが入った紙コップが置かれているが、管理者にはさくらんぼがトッピングされたクリームソーダ。


 緑色のメロンソーダの上に乗せたバニラアイスを細くて長いスプーンを使って食べる中、三年D組の担任である冬山が呑気な様子の管理者を軽蔑の眼差しで一瞥すると手にある資料を持って話し始める。


「えー、今年の学園祭警備態勢についての会議を始めたいと思います。昨年と一昨年の学園祭では不審者及び不当なスカウトを行う業者の捕縛を被害が拡大する前に迅速に対応することが出来ました。今年の来場者数は例年より多くなる見込みで、巡回ルートは変わりませんがルート外の施設の見回りを積極的にやっていただきたい方針です」


 冬山の言葉に他の教師達は何も言わないままでいるが、顔には「面倒臭い」とはっきり書かれている。

 学園祭では生徒会の出し物は校庭を使用するため、その間は図書館や訓練場などは使用できない状態になる。


 だがその場所を無断利用する輩もおり、巡回ルート内に入っている。だが研究所や病院は巡回ルートには入っておらず、これからやってくる不逞な輩達がその穴に目をつける可能性はある。

 いくら巡回ルートに入ってないとはいえ、可能性がある限り見逃すことは絶対にありえない。だからこそ、冬山の言葉には誰も反論できないのだ。


「……それで、管理者殿はこの巡回ルートを見てどう思いですか?」


 冬山の視線が管理者に映る。

 当の本人はメロンソーダをストローで半分まで飲みながら、資料を持って「そうだなー」と言った。


「ルート自体は問題ないよ。学園中に設置してある監視カメラは僕が作ったアプリで確認してもらえれば相手の特定もできるし、もしも場合は僕や豊崎くん辺りが頑張れば大丈夫でしょ」


 そう言って管理者は、残ったバニラアイスをスプーンでソーダと一緒に混ぜる。

 緑色の炭酸飲料がアイスの白と混ざってマーブル模様を描くのを見ていると、冬山はふんっと鼻を鳴らす。


「なるほど、そうやって我々教師にあなたの仕事を投げるおつもりですか。見た目が若いとはいえ、年上の人間はそうやって若い連中に仕事を与えて気楽ですな」


 冬山の暴言にスプーンを混ぜていた管理者の手が止まる。会議室の空気が冷えていく。

 周囲が固唾を呑んで見守る中、陽は一人頭を抱えた。

 冬山が自堕落なのに学園内では学園長と同等の地位を持つ管理者のことが気に喰わないのは、この学園の教師ならば誰もが知っている話だ。


 性格に問題があろうと、管理者の存在は学園にとっては欠かせない。

 魔導士としての腕とハッカーとしての技量、それに加えてクロノスという強大な魔物は聖天学園を手に入れたいとする輩にとっては目の上のたんこぶそのものだ。

 噂では【天の守護者アイギス】ともう一つの二つ名を、不特定多数の魔導士から頂いているという話も上がっている。


「ふぅん……冬山くん、僕が普段から仕事サボってる奴に見えるんだ? こっちは毎日あの薄暗い部屋でここにいるみんなのこと守ってるのにさ」

「画面越しから見ているだけのくせに何が守っているだ。いくら学園長が目にかけているとはいえ、所詮あなたは先の大戦で生き残った遺物のくせにな」

「………………」


 一刻でも早く、冬山の口をお茶請けのフィナンシェで塞ぎたかった。

 黙って冬山の言葉を聞いていた管理者の顔が、絶対零度の如く冷ややかな笑みを浮かんでいるからだ。

 管理者の顔を見て、冬山も含む教師達の顔が一斉に青くなる。


「…………なるほど、君の言い分は分かったよ。要は、この分不相応の地位を持ってる僕が気に入らないってことだろ? 別にいいよ、この地位を渡しても。たけど――」


 管理者の体が黒く輝く魔力が溢れ出す。背後からクロノスが出現し、顔の時計の針がチクタクと静かに鳴る。

 この世にいる魔導士が束になっても殺すことも倒すこともできない管理者の威圧感を浴びて、冬山はガタガタと体を震わせる。


「あの暗い部屋の中、一〇〇を超える監視カメラを逐一確認し、不審な点を見逃さないために丸一日部屋に篭りっぱなし。さらに星の数ほどある機密情報を頭の中に叩きこみ、頭の情報欲しさに身柄を狙いにくる敵に対して毎日神経を使う日々……。頭の中が狂いに狂いまくって、自分の存在すらうっかり忘れてしまうほどの日々を……君みたいな奴ができると思っているかい?」


 管理者の言った話は、全て真実だ。

 膨大な機密情報と学園内敷地にある監視カメラの管理、システム不調の時は徹夜でプログラムを作り直し、異常の有無を一時間きっかり確認し直す。そんな気が狂うどころか狂い過ぎて自分自身すらも機械になるような仕事を、彼は何十年もたった一人で管理し続けている。


 故に『管理者』と名乗る魔導士の存在は、学園にとっては無視出来ず、学園長と同等の地位を与えられた。

 ただその地位に嫉妬する輩なんて、管理者にとっては親に駄々をこねる子供同然。現に嫌味を言っていた冬山の顔は青を通り越して白くなっている。

 しばらくして管理者がクスリと笑うとクロノスを消し、グラスの中に残っていたトッピングのさくらんぼを一口で食べると、そのまま席を立つ。


「警備については僕が注意するところはないし、これでいいよ。でも病院とか研究所周辺は巡回ルート外でも見た方がいいかもね。そういうところに隠れてこそこそやる連中もいるしね。じゃあ僕もう帰るから、みんな頑張ってね~」


 そう言って会議室を出て行く管理者を見て、残った教師達はやっと呼吸できたといわんばかりに深呼吸を繰り返す。

 陽はたった一人で戻る彼の後ろ姿を、「ついてくるな」と伝えてくる雰囲気によって、ただ彼を見送ることしか出来なかった。



「……まったく、これだから勘違い野郎は困るんだよね」


 ぶつぶつと文句を漏らしながら廊下を歩く管理者。

 過去に何度か冬山のように誤解した輩はいたし、まともに相手にするだけ時間の無駄だ。

 そう割り切ってもイラつくことには変わりなく、部屋に戻ったら備蓄してるお菓子をやけ食いしようと思った。


 するとクロノスが今日で三回目の出現をすると、手に持っている袋を管理者に渡してきた。

 麻で編まれたそれを手に持って開けると、そこに入っていたのは秒針を模した剣で貫かれた赤ん坊サイズの魔導人形。

 相手の遺伝子情報――より正確に言えば髪の毛や血液などをを取り込むことで、本物そっくりのドッペルゲンガーになるという密偵用の魔導具を見て、クロノスを見る。


「……クロノス。君、?」


 管理者の言葉を肯定するかのように無言のまま消えるクロノス。行動が早すぎる魔物に思わずため息が出るが、ファインプレーには変わりないためそれ以上何か言ったつもりはない。

 時間を操る魔物であるクロノスは、自分の意志で過去や未来に行くことができる特殊な魔物だ。彼はその力を使って未来に行き、現在で最悪の事態になりうる種を除いてきたのだ。


「にしてもこれ、IMFお抱えの諜報機関『影梟』のものじゃないな……どっかの誰かの自作みたいだね」


 興味深く破壊された魔導人形を見つめていると、再びクロノスが現れる。

 だがさっきとは違い、服のあちこちが焦げており、心なしか全ての針の音も弱々しい。

 初めて見る魔物の様子に、管理者は目を瞬かせながら訊く。


「…………え、もしかしてこの人形の持ち主、取り逃したの?」


 その言葉にクロノスはしょんぼりとしたままこくりと頷く。

 いつもなら証拠と共に下手人を捕まえてくるはずなのに、この魔導人形しか持ってこなかったことが気になっていたが、彼の様子を見れば理由は明らかだ。


 最初この証拠品と共に下手人を捕まえようとしたが、相手は抵抗したのだろう。証拠品を奪われないように先に主に渡し、再び下手人捕獲に入った。

 だがあと一歩のところで取り逃し、管理者の元へ戻って来た。そう考えると辻褄が合う。


「そっか……クロノスが取り逃すほどの相手なのか……、それってつまり……」


 管理者がそう呟いていると、その態度を呆れと取ったクロノスが激しく落ち込み、床にのの字を書き始めた。

 顔は時計なのに落ち込んでいる様子がよく分かる魔物を見て、管理者は慌てて否定する。


「ああ違う違う、別に呆れても怒ってもないから。むしろその逆だよ」


 逆? と主の言葉に首を傾げる魔物。その様子を見て、管理者は楽しそうに笑う。


「だって、君と互角にやれる相手なんてそんなのに決まってるよ。つまり、これでが表舞台に出てくることが確定した。そういうことだよ」


 管理者が言ったあいつら――『レベリス』については、五月の合宿襲撃事件、それから七月の多国籍魔導犯罪者襲撃事件で行方を追っていた。

 八月の『吸魂鬼事件』では彼らが首謀者という情報は得ているが、それ以外には一向に姿を現さなかった。


 だが九月の事件では幹部二人が現れる事態になった。

 今まで姿を消してこそこそとドブネズミみたいに動き回っていた連中が、表立って行動している事実はIMFにとっては見逃せない情報だ。

 先ほどの会議で警備態勢は問題と告げたが、『レベリス』が現れるとなると話は別だ。


「うーん、でもそうなると豊崎くんだけだと心許ないかも……あ、そうだ」


 うーんと唸りながら考えていた管理者は、頭の中の電球を光らせるとスマホを取り出す。

 連絡帳で目的の相手に電話をかけると、相手は三コールででてきた。


「あ、もしもし? 今ヒマかな? 実は学園祭に来て欲しい理由が出来てさあ。話聞いてくれたら来る気になることになるけど……聞きたい?」


 顔が見えない電話の相手にそう言った管理者の顔は、良からぬことを企む悪徳お代官そのものだった。



☆★☆★☆



「はぁっ……はぁっ……っ、クソ……ッ!!」


 聖天学園最寄りの駅の路地、ルキアは顔から流れる汗を鬱陶しそうにコートの袖で拭いながら悪態をつく。

 彼女は学園内の情報を手に入れようと、気絶させた警備員の一人の毛髪を魔導人形に取り込もうとしてい確かしそれを時計の紳士姿の魔物によって奪われ、己の身柄さえも狙ってきた。


 ズキリと右の脇腹が痛む。あの魔物の蹴りが早すぎて、防御出来ずに受けたのだ。

 幸いなんとか逃れることはできたが、向こうに『レベリス』が何かを仕掛けようと企んでいることがバレたが、最初の目的である『『レベリス』が表舞台に出るという証明』を伝えることは成功した。

 それでも、仮にも『レベリス』の幹部にいる自分に手傷を負わされたという事実は見過ごすことはできない屈辱だ。


 するとルキアの隣で赤い炎が現れる。赤い炎は人の形を取り、やがて炎が収まるとそこあら白銀の髪をなびかせ、頭部に鋭い二本の角を生やした女性が現れる。アーモンド形の瞳は炎の如く真っ赤に輝き、その上から鮮やかな真紅の鎧を纏っている。

 炎の女鬼騎士――いや、ルキアが契約を交わしている魔物・インフェルノは、主人の様子を見て心配そうに様子を伺っている。


「……大丈夫よ、インフェルノ。これくらいの傷はすぐに治るわ」


 相変わらず姉のように見守る魔物に、ルキアの険しい顔が少しずつ和らいでいく。

 ルキアにとって、インフェルノと恋人であるラルムがこの世界で一番大切な存在だ。本音を言ったならば、さっさと『レベリス』を抜けて二人と一体だけで幸せに暮らしたい。


(……でも、それは目的を果たしてから……。そうでなくちゃ、私達はいつまで経っても自由になれない)


『レベリス』に入った瞬間、ルキアが目的を達成するまで自由の身になれないことも、汚れ仕事を請け負うことも全て覚悟の上だ。

 頭ではそう理解していても、全てを投げ捨てて愛しい彼と逃げたい衝動に駆られてしまう。


 だがその先に待つのは無慈悲の死。長い年月を経てやっと会えたあの人と二度と会えなくなる。それだけはなんとしても避けたかった。

 どんな屈辱的な目に遭わされようとも、それだけが今のルキアの心の支えだ。


「……とはいえ、これでもう内部情報が入手出来なくなったわ。やはりこんな真似をしないで、何も考えずに当日になって派手に暴れた方が楽みたいだわ」


 以前なら好き勝手に暴れる最年少幹部のレトゥスのことをバカにしていたが、準備段階で傷を負わされた今の時点ではバカに出来なくなった。

 猪突猛進も時と場合によっては吉となるのだと身に染みた。



 ルキアは『レベリス』の拠点に一足で戻れる特殊な羊皮紙の魔導具を手にすると、路地からルキアとインフェルノの姿が消える。

 一瞬の浮遊感の後、とんっと地面に足がつく。何度見ても作り物みたいに美しい居城の中に入ると、目の前にいた女が「あらぁ?」と不思議そうな顔でルキアを見つめる。

 毛先を黒く染めた長い金髪をなびかせ、胸元を大胆にはだけさせた白い着物ドレスの上を幹部の証である紅いローブを羽織った女――フォクスは蠱惑的な萌黄色の瞳を瞬かせる。


「ルキアじゃない。あなた、聖天学園に密偵を送りに行ったはずでしょ~? もしかして……失敗しちゃった?」

「……うるさい、女狐」

「あらぁ、図星? ふふっ、珍しいこともあるのねぇ。まあでも、恋人との触れ合いだけ満足してるお子様にはそれが限界だったということかしら~?」


 そう言って椿の絵が描かれた金の扇子で口元を隠しながら笑うフォクスを見て、ルキアは忌々しげに舌打ちすると彼女の横を通り過ぎる。

 幹部の中ではあの女だけは関りを持ちたくなかったと思えるほど嫌いだ。そのくせ、主には見ているこっちが吐き気を催すほど甘ったるい蕩けた目で主を見つめるのだ。


 その主が、一生ある一人の女しか見ていないと知っていても。

 それを未練がましい、なんて言わない。もし逆の立場だったらルキアもそうすると思ったから。


 カツカツと靴音を鳴らしながら廊下を歩き自室に入ると、ルキアは眼帯が覆われていない左目を大きく見開いた。

 青いビロード生地の天蓋ベッドの上にある、一つの赤。愛おしい恋人が布団も被らずそのまま寝ていたのだ。


「……もう、ラルムったら。風邪を引くわよ」


 険しかった顔が一瞬で柔らかくなり、靴音を鳴らさないように慎重にベッドに近寄る。

 規則正しい寝息を漏らす恋人の寝顔を見つめながら、ルキアはそっと布団をかけようとする。


 だがその手は目の前の恋人によって掴まれると、そのままベッドに雪崩れ込む。


「きゃっ」


 思わず悲鳴を上げて顔を上げると、半分だけ開いた目でラルムが優しく微笑んでいた。

 ラルムは半分眠った状態でルキアのキャラメル色の髪を優しく撫で、ぎゅっと細く柔らかい体を抱きしめた。


「おー……、帰ってたのかルキア……」

「……ええ、ただいま。ラルム、このままだと風邪を引くわ。布団を被ってちょうだい」

「んー……いい、お前がいるから寒くない……」


 そう言って再びルキアを強く抱きしめると、ラルムは再び寝息を立てる。

 すっかり安心しきった顔で眠る恋人を見て、これ以上何も言えなくなったルキアは布団のことは諦めてラルムの顔を見つめる。

 

 ラルムの目には薄らとクマが出来ており、前回の任務で消費した〝人形〟の補充でここ最近バタバタしていたことを思い出す。

 睡眠もロクに取れていないと思うと、このままゆっくりと眠らせてあげたい。


 それに秋とは思えない陽気に、ルキアの瞼が徐々に重くなる。

 任務で準備したいものがある。でも、恋人のぬくもりとこの陽気の前には抗うことは出来なかった。


「……おやすみなさい、ラルム……」


 できれば、夢を見ずにゆっくりと眠って欲しい。

 そんな想いを込めて、ルキアはラルムの薄い唇に口づけを落とし、そのまま自分も眠りの世界へ足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る