第80話 【時間の支配者】は今日という時間を謳歌する
学園祭の企画を教師・生徒会に提出してから一週間後、A組の『和風茶屋』は無事に通った。
模擬店で使える資金は上限二万までらしく、模擬店をするクラスは天川にある激安業務用スーパーにお世話なるのがお約束になっている。
プラス個人での持ち込みはOKだと義母の黒宮朱美に電話してから数日後、悠護の部屋に大量の段ボールが届いた。
「うわぁ、見事に抹茶だらけ……」
玄関前にまで山積みになった段ボールを全て陽の収納機能付き魔法陣で運んで貰い、教室で開けてみたら中身は悠護が言う通りの抹茶。しかも京都の宇治茶専門店で取り扱っている高級抹茶で、料理にも使えるようにお徳用の物だ。
銀の袋に入っているそれが五〇個もある段ボールに入っていると思うと、送るならもう少し量を考えろと言いたくなる。
「これ、お歳暮とかだったらもっと大変でしょ?」
「ああ……この抹茶みたいに高いのばっかな。さすがに家族全員じゃ食いきれねぇから、大半はお手伝いさん達に渡してるぜ……」
ははっと暗い笑みで笑うパートナーを見て、彼が高級品に対して辟易している理由が理解できた。
「でもこれだけあると困らないね」
「だな。メニューも絞りに絞って四つ上がったみたいだしよ」
樹が料理班からメニューを貰ってきており、それをみんなで確認し合う。
『①三種団子(みたらし、きな粉、あんこの三種類)
②大福(こしあんとつぶあんのどちらか選べる)
③抹茶カステラ
④抹茶のマーブルパウンドケーキ』
「やっぱ和菓子が中心になったな。しかもどれも作りやすいやつだし」
「団子はだんご粉、大福は白玉粉、カステラとパウンドケーキはホットケーキミックスで作れるしね。あんことかきな粉もスーパー行けば業務用であるし、妥当だと思うよ」
「でもどれも美味しそうだよね。想像するだけでお腹減りそう」
料理班が考えたメニューの品々を想像してしまい、あやうくお腹の音が鳴りそうになる。
「おい! 女子は試作品作るから早く来なよー!」
「あ、ごめん! 今行くー!」
クラスメイトであり料理班のリーダーである丸山の声に、日向と心菜はいくつか抹茶の袋を持って後を追う。
模擬店では焼きそばやお好み焼きなどの鉄板料理を出すクラスも多く、喫茶店をやるクラスのお菓子は全部スーパーのお菓子で済ませるようで、実質A組が家庭科室を独占していた。
試作ということで今回は女子チームの分しか作らないが、さすがに二五人分だと量が多い。
日向達が任されたメニューは、三種団子だ。
「心菜、こっちの生地混ぜ終わったよ」
「ありがとう。じゃあこっちの丸めたお団子茹でてくれる?」
「まかせて」
丸い卵みたいな団子をお湯の中に入れてポコポコと茹でる。
茹で上がった団子を冷水に入れて身をしめたら、それを串に三個刺す。みたらしやあんこ、きな粉をまぶせば団子の完成だ。
他のところも完成しているところもあり、初めてにしては中々の出来栄えに皆が嬉しそうな顔を浮かべている。
やはりクラス一丸になって、何かを達成させるというのは一番楽しく感じられる。
聖天学園の学園祭にはクラスの出し物による集客などを競い合うシステムがないのは、毎日魔法の腕を競い合う日常を忘れ、純粋に学園祭を楽しませたいという学園からの心遣い。
(……確かに、そういうのを考えてやるより、何も考えてやったほうが楽しいよね)
そう思いながら新しく作った団子を試作用のお皿に乗せようとした……ところで手が止まった。
原因は、目の前でできたばかりの団子を頬張る男が突然現れたからだ。
「もぐもぐ……」
「………………あ、あのぉ~……?」
「ん? ああ、気にしないで。気分転換に散歩に出たらお腹すいちゃってさあ、ちょうど家庭科室でなんか作ってるのが見えたから来ただけー。うん、意外と美味しいねこのお団子。学生にしては中々の腕だよ、もぐもぐ」
ボサボサの長い黒髪と黒い瞳、それからシルバーのメタルフレーム眼鏡をかけている男は団子だけでなく他の試作品も消費していく。
見た目は日向達と同じくらいだが、ダボダボの白衣を着ているのを見る限り学校関係者なのだろう。
クラスメイト達も勝手に試作品を食べるこの男に気づくが、あまりにも堂々としているせいで声をかけてもいいか戸惑っていた。
「――こんなところにおったかこのアホンダラァァァッ!!!」
だがそれは、扉をぶっ壊しそうなほどの音で開けた陽の登場で解決した。
怒り顔の陽は「お~豊崎くん、やっと来たんだね~」と呑気に声をかける男にずかずかと大股で近づくと、男の脳天に問答無用で拳骨を落とす。
ガヅンッ!! と、人体からは絶対出なそうな音が家庭科室中に響いた。
「いった~~~!! ひどいよ豊崎くん! 僕が一体何をしたと言ったんだい!? ただちょっとつまみ食いしていただけじゃないかっ!!」
「つまみ食いの件もそうやけど、今日は学園祭での警備について会議があるって昨日伝えたやろ!? それを忘れて学園中をふらふらふらふら歩きよってこの引きこもりが……!!」
「会議ぃ? ………………ああ、そういえばそういうのがあったね、すっかり忘れてたよ。あと、引きこもりになったのは僕の意志じゃないから。その辺忘れないでよねまったく、もぐもぐ」
「忘れるなや!! あとええ加減食うのやめえ!!」
抹茶のマーブルパウンドケーキに手を伸ばそうとした男を見て、陽が魔法で試作品を調理器具などが置かれている準備室のドアの前にあるテーブルに移動する。
「僕のお菓子がぁ~!」と言ってテーブルへ移動しようとする男を、陽は首根っこを掴んで捕獲。まるで猫みたいに持ち上げられた男はぷぅっと頬を膨らませた。
「えっと……陽兄、その人は……?」
「ん? ああ……こいつは管理者。聖天学園の警備システムの管理を任せられとる魔導士や。普段は自室のセキュリティルームから出えひんけど、毎年学園祭になると外に引っ張ってくるんや。……ま、今回は自発的に外に出たみたいやけど」
「よろしくね、妹ちゃん。君のことはお兄さんから聞いてるよ。色々あったようだけど、この学園での生活を楽しんでいるようで何よりだよ」
男――管理者はニコニコと親しみのある笑顔を浮かべながら話しかけてきて、日向は戸惑いながらも「お陰様で……」と返事を返す。
学園の警備システムの管理という大役を任せている魔導士の登場もそうだが、彼の黒い瞳が自分の〝何か〟を探るようにじろじろと見ているせいで居心地が悪くなる。
管理者の目を見て気づいたのか、陽は彼の首根っこから手を離した。
「ほら、道草食ってないでそろそろ行くで。あんま待たせ過ぎると周りがうっさくなるわ」
「あーはいはい、分かったよ、しょうがないなー。じゃあね、妹ちゃん。初めての学園祭楽しんでね」
「あ、はい……」
陽の諫める視線を見てため息をついた管理者は、やれやれと肩を竦めながら家庭科室のドアに向かってトコトコと歩く。
ドアの前で日向に笑顔を向けると、ダボダボの白衣の中から手を振って外に出て行く。
その後を追うように陽が出て行くが、ドアを閉める前に「邪魔してスマンかったな」と言ってドアを閉める。
嵐のように去った二人を見送ったみんなは、丸山の機転で試作品作りを再開させる。
(あの人、他のみんなと違う空気を感じた……。……でも空気、なんか寂しげだったような……)
初めて感じた空気に疑問を抱く日向ったが、その疑問は管理者が食べてしまった文の試作品を作ることに夢中になったせいで呆気なく消えてしまった。
☆★☆★☆
「はぁ……ったく、相変わらず甘いものに対する嗅覚は鋭いな……」
「だってあんなにいい匂いしたんじゃ気になって食べたくなるのは当然でしょ、もぐもぐ」
「って、まだ食べてるんか!? というかそれどうやって盗った!?」
管理者の手にある抹茶カステラが乗った皿を見て驚愕の声を上げるが、管理者は五切れあったカステラを一分でペロリと食べる。
ふと遠目で別の校舎から学園祭の準備をする学生の姿を見た管理者は、その光景を微笑ましいそうに見つめた。
「人って面白いよね。長くも短くもない時間で生きているくせに、何かをしようとする時が一番輝いて見えるなんてさ」
「あのな……あんたもワイらと同じ人間やろ。なに他人事みたいに言っとるねん」
微笑ましい顔をしているのに達観した目で言った管理者に、陽はため息を吐きながら否定する。
だが管理者は眉を寄せて首を傾げるが、やがて思い出したかの様な顔を浮かべた。
「……? ……ああ、そういえばそうだったね。ここから出られないかつ不老不死で居続けると、色んなことをうっかり忘れちゃうんだよね」
「………………」
管理者の言葉に陽は黙り込む。
管理者の言う通り、彼は顔が時計になっている紳士姿の魔物・クロノスとの契約のために選んだ媒介を使ったせいで、契約条件として己が決めた領域――聖天学園の敷地外には出られず、自身の
それ以来、管理者の容姿は契約時から永遠に変わっていないのだ。
世界に影響するような媒介で魔物を召喚する場合、術者は条件として対価が支払われる。その対価は千差万別で、契約違反を犯した術者は何かしらの代償を支払わなければならない。
管理者の場合、一歩でも敷地外に出てしまえば契約違反とされ、今まで彼がクロノスの力で止めていた
永遠に大人になれないピーターパンとして生きる彼は、この聖天学園が創立する前よりの時間を生きている。
その年月はきっと陽が想像できないほど長いのだろう。それに比例して、過ごしてきた時間が長い分、管理者は誰よりもこの学園を愛している。
きっと管理者は、この学園に縛られている身になったことを後悔していないだろう。
後悔していたらとっくの昔に契約違反を犯している。物事の好き嫌いがはっきりし過ぎているこの男がここに居続けているのが何よりの証拠だ。
「…………管理者、あんたはここの関係者や」
「? うん、そうだね」
「なら、学園祭に参加くらいならええやろ。それならワイも少しなら相手できるしな」
陽の言葉にきょとんと目を瞬かせる管理者。意味を理解するや否や、にやりと歯を見せながら笑う。
「もちろん。その時はぜひ相手してもらうよ」
「言っとくけど奢らんで」
「えー、豊崎くんのケチー」
「やかまわしいわ」
思わず悪口を言った管理者の頭を、陽がポコッと軽く殴る。
痛くもないのに「いてて」と言いながら、管理者は初めて会った時よりも身長も髪も伸びた陽の後ろ姿を一瞥した。
その横顔を見て、管理者は当時のことを思い出す。
二人が出会ったのは、入学式の日。学園創立から植えてある桜の大木の太い枝の上で寝ていた管理者を、風で飛ばされたネクタイを取りに来た陽が見つけたのだ。
最初は同じ新入生だと勘違いしたが、自分が学園関係者でしかもかなり年上なのだと伝えると、
『ウソやろ!? どんな若作りジジィや!?』
と、目上に対して大変失礼なことを言ったのだ。
だが当時の管理者は学園の教師陣からは化け物を見る目を向けられ、在校生も自身の存在を知らない。
真実を伝えても怯えず、それどころか無礼な発言をする陽のことを出会って数分で気に入ったのだ。
『ふぅん……君、面白いね。気に入ったよ』
それからというのも、自身の部屋の出入りを許可し、放課後を見計らってパシらせたり、ゴミ屋敷化したセキュリティルームの掃除をさせるなど、友人というか家政夫みたいなことをさせた数は覚えてない。
怠惰な自分を見て陽はぐちぐちと小言を言ってくるが、それでも彼は言われた通りしてくれた。
自分で言ったことのなのに一回りどころか一〇回りも年上の自称友人ために何かと世話を焼く物好きに、管理者は一度訊いたのだ。
『君、僕に気に入られてこんなことさせているのに、なんで会ってくれるの?』
セキュリティルームのゴミを分別していた陽は、至極真面目な顔で答えた。
『……別に。単純にワイがしたいだけってちゅーのもあるけど……ワイはあんたのこと、友人やと思うとる。理由なんてそれだけで充分やろ』
その答えに、管理者は涙を溢れ出すほど大笑いした。
こんな質問をした自分もバカさと真面目に答えた陽に呆れながらも、『友人』だと思ってくれた事実が嬉しくて笑いで誤魔化した。
その後、笑い過ぎて酸欠になりかけて、あやうく気絶しかけたのはいい思い出だ。
それからというもの、この奇妙な友人関係は陽が卒業して王星祭の選手になって、五年で引退し教師となった今も続いているのだから、これには管理者自身も驚いた。
学園にいる間、話す相手はいたがそれも数ヶ月で切れてしまう薄いものだった。陽のように年単位でここまで続いたのは初めての経験で戸惑いもあった。
今でも時折、あの時よりももっと古い記憶が甦る時がある。
見渡す限り焼けた野原、火薬と黒煙の匂い、それから辺り一面に転がる死体達。
血まみれで生き残る自分を化け物と叫び逃げる敵の後ろ姿も、遠巻きで畏怖を込めた瞳を向ける仲間達の顔も、思い出したくもないのにいつも突然に古い記憶は悪夢として見せてきた。
そんな悪夢を見ても、朝起きていつも通り過ごしたら、陽がいつもと変わらない顔でセキュリティルームのドアを開けて会いに来る。
たったそれだけのことが、管理者の心を何度救ったのか。きっと彼は知らないだろう。
(でも、それでいい。言ったつもりなんてないしね)
もしこんな恥ずかしいことを言ったら、彼が死ぬまで永遠にからかわれる未来しかこないことくらい読んでいる。
ふと背後から気配を感じて振り返ると、いつの間にかクロノスが出現して管理者のことを頭上から見下ろしていた。
時計の顔は相変わらずチクタク、チクタクと音を鳴らしながら針を動かしているが、目の代わりの長針と短針がじっと管理者の目を見つめてくる。
魔物の彼が一体何を考えて契約者を見つめているのか、それは管理者自身も分からない。
でも、言えることは一つだけだ。
「安心してよ、クロノス。たとえここから出れず、不老不死の体になろうとも、僕はちゃんと幸せだよ。あの頃よりもずっとね」
契約者の言葉を聞いて安堵したのか、時の魔物は霧の如く姿を消す。
相変わらず何を考えているのか分からない魔物に肩を竦めていると、数メートル先を歩く年下の友人が声を張る。
「おい! 何やっとるんや、さっさと来んか! みんな待っとるで!!」
人の命は長くもなく、短くもない。ある日突然消えることだってある不確かな存在だ。
それでもこの時間だけは、言葉に出すこともできないほどの幸福感に満たされるこの瞬間だけは守っていきたい。
それがたとえ、誰よりもおぞましい呪いをかけられた身だとしても。
「――今行くよ、豊崎くん」
管理者は走る。永遠に戻ってこない少年時代と変わらない走り方で。
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