第78話 動き出す針

 聖天学園祭。それは、毎年一一月に行われる一大イベント。

 普段出入りが厳しい聖天学園が一日だけその門を開き、招待された者達を迎える。

 この学園祭の目的は、クラスや部活内で決めた模擬店・催し物を出し、ただ純粋に〝祭り〟を楽しむこと。


 もちろん生徒会の企画では競い合う部類の催し物を出すが、それ以外は集客や売り上げで競うわけはなく、やる気を出させる豪華な優勝賞品はない。

 普段から魔法の腕を磨き合う者達の労いの意を込めて、普通の学生として過ごさせる。

 それが、この学園祭のモットーなのだ。

 


 一〇月一日、日向のクラスでは出し物を決める話があがっていた。

 電子黒板には各々がやりたい企画が書かれており、それらは純粋に多数決で決まった。


「えー、ではA組の出し物は『和風茶屋』に決まりましたー!」


 クラス委員の岩本の言葉に、クラスから拍手が起きる。

 従業員が着物姿で接客するというものだが、こういった出し物ではメイドカフェが多いのを踏んであえて別のものを出す。


「ふん、やはりな。オレの選択は間違いではなかったな」


 それは、真っ先に『和風茶屋』を出したイギリス王子にして転入生のギルベルトによるものだ。

 他にも『お化け屋敷』『演劇』『射的』など色々出ていたが、やはり聖天学園最初の学園祭というわけで、クラスの半分近くが『和風茶屋』を選んだ。


「でも服とか小物とか料理とかはどうするの? 一から作るとかなると多分間に合わないんじゃない?」


 準備期間は一ヶ月ちょっとしかない。クラスメイトの言葉にそのことを懸念する日向だったが、パチンッとどこかで指が鳴った。


「それならよ、ちょうど前の先輩達が使っていた着物の処分に困ってるって校務員のおっちゃんと話してたんだよ。多分交渉すれば借りれるんじゃね?」


 その発言で問題点の一つを解決したのは、悠護のルームメイトの樹。

 コミュ力の化け物と言われるほど人付き合いがよく、老若男女問わず色んな人と仲が良いため顔が広い。


「小物なら多分、家に頼めば無料で借りられると思うよ。おじいちゃん達がよく別荘でお茶会開いてるから、道具一式はあると思うよ」


 次に二つ目の問題点を解決させたのは、日向の親友で樹のパートナーである心菜。

 魔導医療では世界で三位のシェアを誇る『神藤メディカルコーポレーション』の社長令嬢で、別荘も持っている彼女ならば家の伝手である程度の小物は揃うだろ。

 二人のおかげで問題点が解決していく中、岩本は難しい顔で新しい問題点を出す。


「で、最後に料理だね。やっぱり和風茶屋っていうから、抹茶とそれを使ったお菓子を出したいけど……これから買う材料とかの費用を考えると難しいかも……」


 模擬店を出すクラスには材料費が出されるが、上限金額というものがある。抹茶粉末はそこまで高くないが、お菓子と飲み物として使うならそれなりの量が必要となる。

 やはり『和風茶屋』を銘打っているから、抹茶は外せないだろう。


 再びクラス全員が頭を悩ませる中、恐る恐る一人の男子生徒が手をあげる。

 挙手をしたのは、日本最強の魔導士集団『七色家』の一つ黒宮家の次期当主で、日向のパートナーである悠護だ。


「それなんだけどよ……ちょうど家に大量の抹茶粉末届いたんだよ。俺ん、抹茶より紅茶派だからバカみたいに余ってんだよ。頼めば義母かあさんが喜んでくれるぜ」


 確かに、黒宮家に媚びを売ってのし上がろうとする輩は星の数ほどいるし、賄賂として高級な品々を贈られるのは想像に難くない。

 むしろ向こうも持て余している贈り物を処分できるのだから、嬉々として送ってくるだろう。


 全ての問題点がクリアしたことによって、クラス全体がやる気に満ちる。

 タイミングを見計らったかのように、A組担任であり日向の兄である陽が教壇近くに座っていた椅子から立ち上がった。


「んじゃ、これで決まったな? 今年の学園祭は一一月六日に開催や、それまでみんなしっかり準備するようにな。んじゃ、これでHR終了!」


 パンッと手を叩いた瞬間、チャイムが鳴る。

 クラスメイトがガタガタと席から立ち上がり、日向も通学鞄に教科書を入れていく。


「学園祭、楽しみだね~」

「そうだね。中学でもやったけど、ああいうのって楽しいよね」


 中学ではお化け屋敷とか模擬店もやって、それなりに楽しかったことは覚えている。

 そこでふと学園祭が開かれる日時を思い出して、小さく呟く。


「そういえば文化祭の翌日の七日って、あたしの誕生日なんだよね」

「えっ、そうなのっ?」


 まるで軽い話をするように言った日向の横で、心菜が目を見開いていたが、


「な――なんだとぉおおッ!!?」


 地獄耳のギルベルトはそれを聞いて、クラス全体に響き渡る叫びをあげた。



☆★☆★☆



「…………そうだった、確かに貴様の誕生日は学園祭開催日の翌日だったな………オレとしたことか、未来の妃の誕生日を忘れるなどなんたる不覚……ッ!」

「いやいや、そこまで気にしなくても」


 寮への帰り道、日向の誕生日を忘れていたことを本気で悔いるギルベルトが悔しげに顔を歪ませる。

 日本との国友のためとして転入してきたギルベルトだが、彼の本当の目的は日向を自分の妃にするため。

 ギルベルトにとって愛しい女の誕生日は、国家機密よりも重要なことなのだ。


「でも誕生日って一一月なんだろ? まだまだ時間あるじゃねぇか」

「ふん、甘いな悠護! 惚れた女へのプレゼントというのはな、たとえ一ヶ月先でも入念に準備しなくてはならないものだぞ!」


 ビシィッ! と指を突き刺してきたギルベルト。その指が鼻先に当たりそうなり、悠護の体は反射的に仰け反った。


「そもそも、プレゼントというのはその日土壇場で用意できるほど簡単なものではない! そいつの好みに合わせ、なおかつ高くもなく低くもない最適な値段のものを選ぶ。そうするとまったく好みでないものを貰った後捨てられるや、高価過ぎて一生使わないという結果が訪れることはない!」

「へ、へぇ……そうなのか……。ちなみに、それどこ情報だ?」

「父上の体験談からだ」

「お前何ちゃっかり自分の親父の恥ずかしい過去暴露してんだよッ!?」


 ギルベルトの現実味ある話がまさかの父の体験談からだと知って、悠護は激しくツッコむ。

 転入当初は日向関連で何かとギスギスしていた二人だが、こうしてコントのようなやり取りをできるほど仲が良くなったことは素直に嬉しい。


 夏と違い、日向達が学生寮に向かう途中で空は群青色から黒に染まりかける。

 途中、学生寮と訓練場が分かれている道辺りまでくると、樹の体が日向達とは反対の道へ傾く。


「……悪ぃ、俺ちょっと自主練してくるわ」

「は? 今日もか?」


 悠護の言葉に、苦笑まじりの顔を浮かべる樹。

 今月に入って何度も見ている樹らしからぬその顔にギルベルトは鋭い目つきで見て、心菜は心配そうに見つめる。


 九月の事件以降、樹は一人で自主練をするようになった。

 恒例の特訓の後も一人で残るようになり、夜間使用時間ギリギリまで残る日もあった。

 さすがに日曜日は休んでいるが、それでも今の様子は異常だ。

 心菜はもちろん、日向達も彼を止める言葉をかけようとした。


「………………」


 でも、樹の顔がそれを許してくれない。

『止めるな』といわんばかりの顔に、誰もが言葉を紡げなくなる。

 日向達が無言でいる間に、樹は訓練場に続く道へと走り去ってしまう。

 外灯の光で目立つ彼の赤髪が小さくなる中、心菜は通学鞄の肩紐をぎゅっと握る。


「……樹くん、大丈夫かな……?」

「本人がやりたいって言ってんだから、その意志を尊重させてぇけどよ……。あれはさすがに……」

「……やはり、『レベリス』の件があいつをあそこまで追い詰めたようだな」


『レベリス』。

 国際魔導士連盟が特一級危険魔導犯罪組織と認定し、魔導士界史上最大最悪の大規模抗争『落陽の血戦』を引き起こした組織。

 そして、九月の事件を含め日向達がこれまで関わった事件の黒幕というべき存在。


 白いレースがついている紅いローブは幹部とその長しか与えられないらしく、日向が最初に出会ったレトゥス(日向は知らなかったが、名前は悠護から聞いた)と、そのレトゥスの回収としてきたラルムという青年のローブには白いレースがついていたため、彼らが幹部なのは確実な情報だ。

 IMFが回収した無地の紅いローブ集団は魔導人形で、動力源である魔石ラピスと攻撃魔法の魔石ラピスのふたつが埋め込まれていたらしい。


 あの時はギルベルトを助けることに夢中で彼らの力を知らなかったが、直接戦った悠護は「いつ殺されてもおかしくないほど強かった」と語っていた。

 つまり、幹部達は王星祭レクスに参加している選手より上の実力を持っているのと同じだ。


 その時の樹はレトゥスに攻撃をしようとしていたが、全て彼に受け流されていたらしい。

 心菜が首を絞められていた時も助けようとしたが、殴りかかった拳を掴まれてあっさりと地面に叩きつけられたことも。


 結局、騒ぎを聞きつけた陽がレトゥスに呪魔法をかけたおかげで助かったが、おそらくそのことをまだ気にしているのだろう。

 でなければ、本来魔導具技師志望である彼が実戦的な魔法の腕を上げようなんて考えるはずがない。


 魔導具技師に必要なのは、魔導具を製造する技術と腕、そして動力源である魔石ラピスや工具に関する知識。

 魔導具技師と魔導士では仕事内容はまったく違うし、魔法の方も実戦的な魔法ではなく護身術のような魔法を習得すれば充分なのだ。


「でも、あたし達には樹を止めることはできないよね」


 それでも、彼が強くなりたいという想いを止める真似は日向達には出来なかった。

 最初は日向だって、普通の人間だったのに突然魔導士になって戸惑ったし、魔法よりも世間に役立つことが学びたいと思ったことはある。

 今では魔法を学ぶことに楽しさを見出し、その力で誰かの救いになりたいと思えるようになった。


 考え方は完全に偽善者のそれだが、それでも構わないと言ってくれるパートナーも仲間もいる。

 だからこそ、樹の想いを尊重したいのだ。彼の、強くなりたいと願い心を。


「…………だな。やるとすれば、あいつが無茶した時に俺達が体張って止めればいいだけだ。それに、学園祭の準備で自主練の数も減るだろ」

「確かにな。もしそれでも準備より特訓を優先させる時は、オレが直々に止めよう」

「待ってギル、その言葉だとなんだかとんでもない止め方がしそうで怖いんだけど?」


 ちゃっかり右腕を彼が『概念』としたドラゴンの腕に変わっているし、もしその腕で止められたら最悪樹の魂があの世へ逝くかもしれない。

 それだけはなんとしても阻止せねば、と内心決意していると、心菜は少しだけ顔を和らげて頷く。


「……うん、そうだね。そうだと、いいな」


 そういって小さく微笑む心菜。

 だがその微笑み、普段の彼女のものとは思えないほどぎこちないものだった。



☆★☆★☆



「……ん……」


 寒い。そう感じた瞬間、少女の意識が優しい眠りの微睡みから現実へと戻る。

 ふるりと体を震わせながら、軽く身じろぐ。何も身に纏っていない体が温かいシーツの感触を肌から感じて、ゆっくりと瞼を開ける。

 少女の体は背中から下が真っ白な布団に被られていて、目の前には赤い髪の青年が瞼と閉じて、すやすやと寝息をたてながら眠っている。


 愛しい恋人の寝顔を見つめていく内に、少女の顔に甘く蕩ける笑みが浮かべられる。

 夜は好きだ。朝は周りが眩しいし、世界が一気に耳が痛くなるほど煩くなる。

 それに、こうして愛しい人と触れ合える時間は何よりも変え難い幸せだ。


 ほんの数時間前に求め合ったことも、胸元に散らばる紅い印も、全て少女にとって幸せの一部。

 そしてその象徴と思える青年は、穴が開くほど見つめる少女の視線に気がつかないまま眠り続けている。


 今はそれでもいい。恋人は最近新しい〝人形〟の製造に忙しいし、こういう時くらいはゆっくり寝させてあげたい。

 そう思い少女は上半身を起こして、恋人の布団を肩までかけ直す。本当にぐっすりと眠る恋人の姿を優しく見つめながら、少女は青年の頬に唇を近づけようとする。

 だがそれも、コンコンッとタイミングの悪いノック音で遮られる。


「……何?」

「お休みのところ申しわけありません。主がルキア様をお呼びです。大図書室でお待ちしております」

「そう。……分かったわ、下がって」


 一瞬せっかくの触れ合いを邪魔した〝人形〟を破壊しようと考えたが、主からの命令ならば仕方がないと思いぐっと堪える。

 少女――ルキアはベッドから降りると、床に散らばる下着と衣服を拾い着替え直す。


 真っ白なレース生地の下着を身につけ、すらりとした足に黒のストッキングを覆わせる。それから白いシャツを着て黒のタイトスカートを穿くと、黒のリボンタイをつける。その上に黒のダブルコートを着て黒いブーツを履き、白い縫い目が目立つ眼帯を右目に覆う。

 そして、ハンガーポールに掛けてある白いレースがついた紅いローブを纏う。


 ローブを纏う瞬間、ルキアの頭の中でスイッチが切れ替わる音がした。

 その音と共に恋人との幸せを享受する少女は陽炎のように消えてしまい、いるのは特一級危険魔導犯罪組織『レベリス』の幹部が一人としての姿であった。



「主、ルキアです」

「入れ」


 薄暗い大図書室に入ると、そこは天井まで届く本棚が四方を取り囲んでいた。

 本特有の紙の匂いと本棚の木の匂いが充満しているが、ルキアはここの匂いはそれなりに気に入っている。

 ハシゴを使って上の踊り場で棚に行く仕組みになっているが、主は一階の閲覧ペースの一角の椅子に腰かけていた。


 白いシャツと黒いズボンというラフな恰好で、普段はフードで隠れている緩やかなウェーブがかかった白髪が全部見える。

 机には数冊の蔵書が置かれていて、それが主をそれほど長い時間待たせたと思ってゆっくりと頭を下げる。


「遅れてしまい申しわけありません」

「ん? ああいや、勘違いするな。ルキアはちゃんと時間ピッタリに来たぞ、ここにある本は私が後で読もうと思っていたものだ。私はまだほんの序盤しか読んでいないから気にするな」


 そう言われてよく見ると、主が広げているページはまだ三ページ目と序盤に入ったばかりのあたりだ。

 自身の早とちりに嫌気を差しながら、再び頭を下げる。


「そのようですね。勘違いしてしまい申しわけありません」

「はあ……お前のその生真面目なところは相変わらずだな」


 また頭を下げたルキアにため息を吐きながらも、主は本を捲りながら話を切り出す。


「ルキア、お前に任務だ。聖天学園に侵入して暴れてこい」

「は……? それは、一体どうゆう……」

「聖天学園はそろそろ学園祭が近づいている。そのハレの日に、私達の存在を学園に認知させ、世界中に伝えさせるんだ。我々『レベリス』は、数百年の沈黙を破って動き出すことを」


『レベリス』の存在は一部が都市伝説のような扱いになっているのは、ルキアはもちろん主自身も知っている。

 実際、主の命令で世界各国にいる魔導士崩れから魂と魔力を奪う際に正体を明かした瞬間、彼らは総じて信じられんばかりに目を見張り、「ありえない」と喚き散らしていた。


 だがそれも、この任務で世界中が思い知ることになるだろう。

 数百年隠し続けてきた〝叛逆〟の旗を掲げることが。


「組織あるものは全て自由に使え。お前にはその権限を与えてやろう」


 そして、その大役を自分が与えられたという事実は、ルキアのやる気のベクトルを上げさせる。


「――分かりました。その任務、お受けします」

「期待しているぞ」


 その場で跪いて頭を垂れるルキアを見て、主はくすりと妖艶に微笑んだ。

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