Epilogue 魔導士の卵たちよ、前へ進め

 翌日、ニュースは新装開店した百貨店にドラゴンが現れるという話題で持ちきりだった。

 IMFによる情報規制のため、表向きは『魔導犯罪組に所属する魔導士の暴走』として処理されており、ドラゴン姿のギルベルトの首にしがみついていた日向の姿は画像編集によって消されている。


 ニュースの最後は魔導犯罪課の懸命な活躍で鎮圧したと締めくくられているが、テレビ下に表示されているSNSコメントでは『ウソくせー』『真実伝えろよ』と内容を信じていないものが多かった。

 被害に遭った百貨店は復興部隊によって建物や駐車場周辺は完全に元通りになっており、しばらくこのニュースの話題となった店として、今日から営業再開するという斜め上の商魂の逞しさには感心した。


 ニュースを見終えた日向は、一日経って全快した悠護達と一緒に登校していた。

 あんな重苦しい話をして気まずい雰囲気があると思ったが、三人はいつも通りの様子だ。

 いや、いつも通りに振る舞っているというのが正しい。


 誰も『レベリス』の話を持ち出さず、他愛ない話をする。

 それでもふとした瞬間に樹が難しい顔を浮かべたり、心菜が樹を見て気まずい雰囲気になったり、悠護は日向の顔を見ると何故か赤面するという行動を繰り返し。


 日向も日向でなんとか明るい話題を持ち出そうとするが、どれも空振りで終わってるような気がする。

 とうとう話す話題をなくし、さっきまで予想していた気まずい雰囲気が漂い始めた。


「――なんだ、その辛気臭い顔は。未来の魔導士が情けないではないか!」


 負の感情が渦巻く雰囲気を蹴飛ばす勢いで現れたのは、制服姿のギルベルト。

 彼の首には転入当初にしてい達ョーカーはなく、代わりに左耳に琥珀色の石が埋め込まれたゴールドピアスをしている。

 太陽の光で煌めくその石を見て、日向はすぐにその正体を見破った。


「あ、そのピアスの石って……」

「うむ、貴様の魔石ラピスだ。昨日つけたばかりだが、昨日一日はぐっすり眠れたぞ。前のチョーカーをしていても時々腕が勝手に変化していたが、昨日はそれが一切なかった。やはり日向の無魔法は素晴らしい力だな、これさえあれば概念干渉魔法使い達の問題が全て解消するだろう」

「あ、ありがとう。そう言ってくれるだけでも陽兄に譲った甲斐があったよ」


 陽の提案でこれまで作った魔石ラピスを譲った結果、こんな風に役に立っていると思うと嬉しく思う。

 もちろん魔導具技師の卵としていの一番に反応した樹は、いつの間にかギルベルトの左耳につけているピアスをじっと観察していた。

 ギルベルトされも気づかないほどの気配の消し方と距離の近さに度肝を抜くと、観察し終えた樹は顎に手を当てながら言った。


「へぇ~、なるほどな。そいつも魔力を注ぐと無魔法が発動させるって部分はそのままだけど、追加で自動発動オートモードみたいに暴走の予兆を感知すると勝手に発動するって仕組みが組み込まれてんな。でもこれ、インターバルで三分くらい一切魔法使えなくなるみたいだけど大丈夫か?」

「フン、それくらいは心配無用だ。この学園もそうだが、オレは王宮お抱えの魔導士から肉弾戦も教わった。たとえそうなっても自分の身くらいは守れる」


 ギルベルトの言う通り、聖天学園の授業には肉弾戦も入っている。

 一部の人間は『魔導士は魔法に頼ってばかりのもやし』とバカにする輩もおり、裏では魔導士に対抗する特殊武器が開発されているという噂があるくらいだ。

 そこでギルベルトがいつもより暗い顔をする日向達を見て心情を察したのか、おもむろに大きなため息を吐く。


「何を不安がっているのは分かるか、そううじうじ考えても仕方がないだろう。今はただ、己の力を高め、次に来る悪に立ち向かう準備をするしかない。――貴様達には、守りたいものがあるのではないか?」


 その言葉に、日向達ははっとする。

 ギルベルトの言う通り、日向達には守りたいものがある。ここいるパートナーと友人達、それからこの時間だ。

『レベリス』の目的は不明だが、それでも彼らが大切にしているものに悪意を向けてくるというのなら、それに立ち向かわなければならない。


 ――たとえそれが、この身では受け止められない絶望が待っていても。


 ギルベルトの言葉に顔つきが変わった日向達を見て、ギルベルトはやれやれといわんばかりに肩を竦める。

 だが次の瞬間、目にもとまらぬ速さで日向の腰を抱くと、右手で顎をくいっと持ち上げた。


「ああもちろん、貴様だけはオレが守ってやる。なんせ貴様はオレの未来の妃だからな」

「え、えーっと……?」


 あれ、あたしちゃんと断ったよね……? と頭の中でハテナマークを浮かべる日向の横では、二人の距離の近さに目を丸くする三人。

 だが一足先に我に返った悠護が、顔を真っ赤にしたと思えばそのまま回し蹴りを繰り出す。


「テメェ何してんだゴルァア!!?」

「おっと」


 攻撃を喰らう前に日向から体を離すと、すぐさま体を下に座り込ませる。

 そのまま足払いを繰り出し悠護の体を宙に浮かせるが、すぐさま片手を石畳につけて衝撃を受け流しながら体を反転させると、そのまま両足で地面に着地する。体操選手顔負けの身体能力である。


「お前……人のパートナーに手ぇ出すなよ。つか、プロポーズ断られたはずだろ?」

「ああ、確かに断られた。だが未来はまだ分からん。ならばその間にアタックしておけば、少しは可能性が高くなると思うが?」

「なっ……!?」

「そういうわけだ。精々オレから奪われないように気をつけるんだな? 


 その時、ギルベルトが初めて悠護の名前を呼んだ。

 はっきりと聞き取った日向は驚いて目を見開いていたが、当の本人は怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。


「~~~~~上等だ! お前こそ後悔して泣くんじゃねぇぞ、ッ!!」


 悠護が彼の愛称を呼んだ瞬間、ギルベルトは一瞬ぽかんするが、すぐにあの不敵な笑みを浮かべる。

 だけどその笑みは、隠し切れないほどの嬉しさも混じっていた。



 分からない謎はある。知りたい真実はある。


 その先に待つものが希望なのか、絶望なのか。そんなのは誰だって分からない。


 それでも、魔導士の卵達は前へ進む。


 自分達が『最適解』と思える道を信じて――。

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