第51話 Let's enjoy Summer Vacation! Part3
全員が揃ったところで、ちょうど海の家に行っていた陽が両手にパンパンに膨れたビニール袋を持って帰って来た。
中に入っていたのは、海の家の定番である焼きそばやたこ焼きをはじめ、唐揚げ、フライドポテト、フランクフルト、カレー、カツ丼、それに飲み物と五人で全部食べ切れるか不安になる量だった。
だがそこは食べ盛りの思春期男子三人のおかげでなんとか完食することができた。
意外だったのは、食が細いと思っていた怜哉が意外と健啖家だったことだ。
山盛りの焼きそばをまるで蕎麦を啜るかのようにスルスルと食べていた時は、思わずカレーを食べていたスプーンを落としかけた。
途中、悠護がフランクフルトを食べる時に間違って自分の舌を噛んだり、心菜が食べたたこ焼きで口の中を火傷しかけたりと小さなハプニングはあったが、お腹から感じる満腹感にみんな幸せそうに顔が緩んでいた。
「あー、食った食った! すげー満足した」
「でもちょっと食べすぎたかも。夕飯にまで間に合うかな?」
「……それならあそこでビーチバレーしない? ほら、ちょうどコートあるし」
日向が指をさした先にはビーチバレー用のコートがあり、今も大学生くらいの男女が砂まみれになりながらも楽しそうに球を打ちあっている。
「いいな。じゃあ俺と悠護、日向と心菜でやるか?」
「いいや、二人は先にワイらとや」
二人よりの返事よりも早く、何故か怜哉の肩に腕を回している陽が横から会話に入ってきた。
日向達が疑問を言った前に、腕を回された怜哉がさっきの陽の言葉を反芻すると嫌そうに顔を歪めた。
「ワイ
「当たり前やろ。一人じゃビーチバレー出来へんで」
陽の正論に怜哉は眉を寄せると、肩に回されていた陽の腕を払った。
「……僕はパス。そんなのやっても全然楽しく――」
「例の手合わせ、三本勝負にすると言ってもか?」
「やる」
持って来たブラケットに包まってシートの上で昼寝をしようとする怜哉に陽が先手必勝を仕掛けると、白の戦闘狂は一瞬にして態度を変える。見事な手の平返しだ。
だが陽と手合わせできるだけでも珍しいのに、それを三回もするとなると珍しいを通り越して最早貴重な体験だ。怜哉が喰いつかないわけがない。
それでもやはり陽の態度には、日向だけでなく他の三人も不審に思ってしまう。
「……ねぇ、豊崎先生どうしちゃったのかな? なんかやけに白石先輩に構うよね」
「分かんない……昔から陽兄の考えってあたし達より斜め上に行く時があるから」
「まあでも、白石先輩もやる気になったみてぇだしいいんじゃね?」
「そうだな」
どうやら二人は対戦相手が変わることにそれほど気にしておらず、樹が小麦色に焼けた厳ついスタッフのお兄さんからビーチバレーボールを受け取る。
右のゾーンに悠護と樹、左のゾーンに陽と怜哉が来ると周囲の海水浴客がざわざわとコートの周りに集まってくる。
「ねぇねぇ、あそこにいる人達カッコよくないー?」
「分かるー。私、あの髪の長い人が好みかな!」
「ん? あのポニテの人、どっかで見たような……」
さすがというべきか、日向と同じくらいの年頃の女性達の視線は陽に集中しており、軽くストレッチしている姿でも黄色い声が出てくる。
思えば陽が女性から黄色い声をかけられるのは物心ついた頃からだったから、別段気にならないしむしろ妹としては鼻が高い。
だが……。
「でも私、あの黒髪の子が好みだなー」
「あー分かるー。なんか放っておけないって感じがするよねー。あ、アタシはあの赤髪の子かな」
「これが終わったら声かけてみる?」
「えー、引かれないかなー?」
女性達の視線が兄から自身のパートナーに移った瞬間、日向と心菜の眉間にシワが寄る。
この島に来てしばらくたつが、聖天学園の生徒は一度も見ていない。この海岸にいる女性達は、二人が魔導士であることを知らない。
彼女達の目から見れば、悠護や樹はただの端整な顔立ちをした男の子だ。
彼らを普通に見てくれるのは嬉しい、だけどあんな風に黄色い声をかけられると胸がもやもやしてしまう。
そのもやもやを誤魔化すかのように、羽織ったパーカーの上からぎゅっと胸を掴む。
(なんだろう、これ……前にもこんなのなかったっけ?)
最初にこのもやもやを感じたのは、悠護の幼馴染みで自身のことを仇のように憎む同級生・桃瀬希美に襲われた時だ。
あの時は自分が悠護の第一婚約者候補になったことを知らなくて、カフェで悠護から事情を話した時だ。希美が昔の悠護を知っているのだと思った瞬間、あのもやもやが日向の胸の中に広がった。
それが何故、今になってやってきたのか分からず、隣にいる心菜も自分と同じ顔を浮かべていることに気づかないまま小首を傾げていると、陽の声で我に返る。
「よし、じゃあはじめるでー」
「はーい」
「おー」
コートの外に出た陽がポーンッとボールを上に投げる。同時に微かに彼の唇が動いた。
声は小さく何を言ったのか分からないが、陽が悠護と樹のゾーンにレシーブを打ち込んだ。
瞬間、ボールは豪速で二人の陣地の砂浜に埋もれた。
「「………………えっ?」」
思わず間抜けな声を出す二人の横で、ボールはギュルギュルギュルッ!! と音を立てながら砂浜に埋もれながら回っている。
ギギギッと錆びれたネジのように首をボールから陽へ移すと、彼の体が赤紫色の魔力で覆われているのに気づいた。
「おい先生ェ!! こんな遊びで魔法使うなよぉ!?」
「遊びやないで。魔導士はたとえ万人が楽しむ娯楽でも真剣勝負として挑む心構えでいなきゃあらへんのは常識やろ?」
「それは分かりますけど少なくともビーチバレーで真剣勝負とか聞いたことねぇよッ!?」
悠護と樹の反論に陽は涼しい顔のまま、二人のゾーンで煙を立てながらも止まったボールを取りに行くと、再び自身のゾーンに戻った。
今、陽が使っている魔法は『
夏で気温が高いのに、顔が真っ青な二人を見て、陽はにこやかに――それこそ悪魔のように微笑む。
「さあて……第一回魔法混合バレーボール、開始や」
「ふぅん、これなら少しは楽しめそうだね。……ほら二人とも、早く魔法を使わないと死ぬよ?」
「「待て待て待て待て待てぇぇぇぇッ!!?」」
悠護と樹の一年生組の叫びむなしく、ただのバレーボールから魔法ありのDEATH☆ビーチバレーに変わった瞬間だった。
「うわー……なんて大人げない……」
「ど、どうしよう……」
「もう無理だよ心菜、ああなった以上誰にも止められないよ」
目の前で繰り広げられているバレーボールは、普通とはかけ離れた戦場のような有様だ。悠護が陽の豪速球で受け止め、樹がそれをレシーブ。だが怜哉が平然とトスし、再び陽がサーブを繰り出すという繰り返し。
だが魔法によって身体能力が向上しているせいでコート周辺の砂が舞い、他の海水浴客が敷いたシートが風圧で煽られている。
興味本位で見物していた人達もあまりの迫力に触発されたのか、耳が痛いほどの声援を送っている。
だが日向はあまりにも大人げない兄の所業に心底呆れており、これは長引くと思いシートの方へ行く。
「日向、どこ行くの?」
「この調子だと長引くみたいだし、先に返ってご飯の用意しようと思って」
「そうなんだ。ちなみに何にするの?」
「バーベキュー。でもお肉と野菜だけじゃ足りないと思うから、おにぎりとホイル焼きも作ろうかなって」
バーベキューでは肉と野菜をブロシェットと言った金串に刺して焼く定番のものがあるが、実はホイルがあれば魚もパンも焼ける上に、チーズがあればそのままチーズフォンデュにもできる。
食材の準備やグリルの火おこしの時間を考えると、今から帰って準備すればちょうど夕飯時になるはずだ。
「準備があるからあたしは先に帰るけど、心菜は?」
「私も帰るよ。さすがに日向だけに準備させるのは心苦しいし」
「そっか。じゃああたしがお米炊くから、心菜はお肉とか野菜切ってくれる?」
「うん、まかせて」
バーベキューの準備の流れを確認し合いながら、書き置きを残して日向と心菜は海岸を去る。
背後ではウオオオオオオッ!! と甲高い歓声が海岸中に響いていた。
☆★☆★☆
悠護達が別荘に戻ってきたのは、ちょうど日向がグリルの火おこしを終えて、心菜が一緒に用意した食材を縁側に持って来た頃だった。
空はすでにオレンジと赤が混じった夕暮れ時で、大居間で悠護と樹が屍のように倒れており、陽と怜哉は少しだけ疲れた様子で縁側に座り込んでいる。
「……大丈夫? 二人とも」
「お、おお……なんとかな……」
「今でも生きてんのが不思議なくらいだクソったれ……」
「あはは……」
彼らの疲弊具合を見て、どうやら日向達が去った後も熾烈な戦いが繰り広げていたようだが聞き出せる元気が今の二人にはなかった。
心菜がブロシェットを乗せた盆を陽が受け取ると、縁側の踏石に置いてあったサンダルを履いた。
「二人とも、準備ありがとな。お礼にワイが焼いたるわ」
「え、いいんですか?」
「ええってええって、これくらいしんとな」
そう言って陽がブロシェットの一つを網の上に乗せると、ジューッと小気味いい音と匂いが中庭に広がる。
その隣に梅干しを挟んだ魚介類を包んだホイルを乗せ、網の高さを変えながら火力を調節する。
日向は冷蔵庫から冷えた二つのコーラ缶をパートナー達の頬に当てると、二人はびくっと体を震わせて起き上がる。
「っ!」
「冷てっ!?」
「ほら二人とも、ご飯の時間だからさっさと起きなよ」
笑いながらコーラ缶を渡すと、二人は顔を見合わせた後小さく笑いながら受け取った。
グリルからは香ばしい匂いが漂い、男子二人のお腹から盛大に腹の虫が鳴る。それを合図に、夕食タイムへと突入した。
「ん、この肉うめぇな。野菜も甘いし、こっちはホイル焼きか? 具はなんだ?」
「えーっと、タラの梅じそにアサリとアスパラガス、あとはタコとジャガイモのアヒージョかな?」
「すっげー豪華じゃん! それにウマそー!」
「みんなー、おにぎりも作ったからたくさん食べてね」
グリルの上で火傷しないように包まれたアルミホイルを剥がすと、バターやガーリックの刺激的な匂いが鼻腔を擽る。
悠護は持った割り箸をタラの梅じそのホイル焼きに伸ばし、そのまま一口食べる。タラの淡白な味と梅の酸っぱさ、そして青じその爽快感が口の中で広がった。
「ウマいな、これ」
「よかった、今度作り方教えるね」
「おいおい二人とも、そっちもいいけど肉も食えって! 早くしねーと俺が全部食っちまうぞー!」
「うわっ!」
「っ、いきなり乗っかるな! つーかこれ全部食う気か!?」
「もう樹くん、危ないよ」
ブロシェットを両手で持った樹が日向と悠護の肩に腕を回すと、それを見ていた心菜が軽く注意する。
学園では最早見慣れたその光景に、陽が微笑ましく見つめていると横から怜哉が持っていた串を奪う。
「次は僕が焼きますよ」
「ん? ああ、悪いな。後で特別にコレあげるで」
そう言って陽はアウトドアテーブルの上に置かれたクーラーボックスの中から、キンキンに冷えたビール缶を取り出し左右に振る。
二〇三条約で定められた法律によって、魔導士は一八歳で飲酒が可能となっている。本来なら教師の立場である陽はその法律を破るわけにはいかないはずだが、恐らく怜哉が家業の関係で中学からすでに酒を嗜んでいるのは分かっているのだろう。
ジュージューと炭火で焼かれている肉を焦がさないようにひっくり返し、こんがりと焼けたそれを盛り皿に乗せると、新しい串をグリルの上に乗せた。
そのまま陽が持っていたビール缶を受け取り、プルタブを捻る。そのまま呷ると、発泡酒特有の苦みが口の中で広がる。
「……で、なんであんなこと言ったの?」
「何がや?」
「とぼけないでよ。本当は僕らに対する興味であんなこと言ったわけじゃないでしょ?」
「…………………………」
怜哉の言葉に無言になる陽。彼は普段笑顔で大切なことをはぐらかすが、こういった――特に核心に迫る時には何も言わず、静かに微笑むようになる。
大抵の人間はその雰囲気で『これ以上聞けない』と思わせるが、怜哉はそんなことは気にしない。
だからこそ、はっきりと聞き出せる。豊崎陽の真意を。
「……あなたの本当の目的は、万が一に備えて彼らを守れる力を僕に身につけさせること。違いますか?」
いくら自分が戦闘狂であることを認めていても、相手の思惑に気づかないほど目が曇っているわけではない。
言い逃れはさせないと意味を込めて陽を見つめると、彼は肩を竦めながらクーラーボックスからビール缶を取り出し、それを一気に呷った。
「……おおむね当たりや」
「へぇ、てっきりはぐらかすと思ってました」
「はぐらかすほどやないからな」
怜哉の言葉に陽はケタケタ笑いながら空になった缶をテーブルの上に置くと、再び視線を日向達に向ける。
縁側で樹が急いで食べたせいでおにぎりを喉につまらせ、心菜が慌てて水を取りに行っていた。それを見て日向があわあわと慌て、悠護は呆れながら肉を頬張っていた。
「今はまだ分からへんけど……恐らくあいつらの周りでまた事件が起こるやもしれへん」
「あー、それは分かるよ。ここ数ヶ月で大きな事件が二件もあったからね」
五月と七月の事件は、両方とも日向や悠護が関わっている。
今はまだ何も起きてはいないが、これから先また新たな事件が起こる可能性はあることは怜哉自身も思っていた。
「本当ならワイもどうにかしたいところやけど……『教師』っちゅーのは結構柵が多い職業なんや。ワイの場合は、今までの功績もあるから余計にな」
世界最強の魔導士の一人である陽は、その力を見込まれて聖天学園を守る防衛システムの主幹と言える人物だ。
もちろん他の教師も腕は折り紙つきだが、彼が学園から離れるだけで侵入者への対処はぐっと難しくなる。
「でも、あんたならそんなのは全部家の力でなんとかなる。まあ簡単に言ったとあんたが最後の頼みの綱なんや」
「本当に簡単に言ってくれるね……。それに僕、あなたに必要とされるほどの人間じゃないと思うけど?」
まさか陽が自分にそこまで期待されているとは知らなかったが、怜哉から言わせれば買い被り過ぎている。
白石怜哉という魔導士は、家の仕事ならばどんな相手でも斬り倒し、強い相手を求めて戦いを渇望する獣のような男だと自分でも認識している。
だが陽は小さく笑うと、怜哉の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「なぁに言っとんねん。そうじゃなかったらこんなこと言わへんで」
陽の手が怜哉の頭から離れると、すっと右手を出す。
怜哉は思わず右手と陽の顔を交互に見つめると、最強の一人は笑ながら言った。
「無理も承知なのは分かっとる。だけど、それでもワイはあんたの力が必要なんや。だから……どうか、ワイの可愛い教え子らを守ってくれへんか?」
真摯に告げられた言葉に偽りはなく。怜哉は差し出された右手を静かに見つめる。
過去にこうして怜哉に『力を貸してくれ』と頼まれたことがあるが、手を差し出した相手は全員怯えた顔を浮かべていた。
今思えば、彼らは怜哉を恐れていたのだ。『白石』の力を隠さず振るい、無情にも敵を斬り倒す自分を。
今まで怜哉が斬り倒した相手の数は千を超えている。自分のこの手は、血で汚れている。
それを気にしたことはないし、相手を斬り倒すことも手を血で汚すことも、そんな自分を恐れながらも利用されるのも当たり前だと受け入れていた。
だが、目の前にいる男は違う。『七色家の白石怜哉』ではなく『ただの魔導士の白石怜哉』を必要としてくれている。
そう自覚すると、胸がむずむずとくすぐったくなる。慣れない感覚に内心戸惑いながらも、怜哉はゆっくりと陽の手を取り、軽く握った。
「……ま、そこまで言われたら仕方ないね。協力してあげる」
「ああ、ありがとな」
怜哉の答えに満足したように笑う陽に、怜哉も小さく笑った。
ちょうど互いの手が離れた時、バタバタッと家の方から忙しない足音が響く。音をした方を見ると、ペンギン型のかき氷機を持った日向が現れた。
「あ、陽兄! 怜哉先輩! 食後のデザートでかき氷作るんだけどいいよね? フルーツもアイスもあるからちょっと豪華になるよ」
「おー、構へんで。ワイのはめっちゃ豪華にしてな」
「はーい。あ、怜哉先輩も食べます? カキ氷」
三ヶ月前まで自分に命を狙われていた少女は、かき氷機片手に笑顔を向けてくる。
ただの能天気なのか、それとも心の底では許していないのか。どう考えても前者のような気がするけど、それでも彼女が自分に笑顔を向けることがこんなにも嬉しいことなのだと初めて知った。
怜哉は残っていたビールを一気に飲み干すと、空き缶をテーブルの上に置いた。
「――うん、食べる」
そう言って家へと向かう怜哉の顔が、いつもの無表情と打って変わって嬉しそうに緩んでいたことに陽は気づかないフリをしながら、新しく取り出したビール缶のプルタブを捻り、夜空を見上げる。
夜空は銀の砂粒を広げたかのように、満点の星が煌々と輝いている。
まるで、若き魔導士達の何気ない幸せな日常を見守っているかのようだった。
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