第42話 救いの手

 これは、とある女のお話です。


 女はある日、己の力の制御を見誤り、一生元の姿に戻れない異形となってしまいました。

 異形の姿になった女は家族や友人には二度と会えず、誰かの手によって殺される運命が待っています。


 元の姿に戻りたいと嘆く女の前に、一人の研究者が言います。


『私と仲間達が必ずあなたの望む姿に変えて差し上げましょう』


 救いとも言えるその手に藁にも縋る思いで女はその手を取りました。

 これで元に戻ると、女は嬉しさのあまり異形となった姿のまま泣きじゃくりました。


 ――ですが、それは偽りの救い。女が取った手の持ち主は、己の研究欲を満たすために人の形をした悪魔でした。


 そこから先の女の記憶は、長く続く痛みと苦しみに耐えながらも、救いのない世界に絶望する日々だけ。

 望んでない姿に変えられ、音なき声で女は何度も泣き叫びます。


 誰か、私を助けて、と――。



☆★☆★☆



「『弾丸グランス』!」


 魔法名を唱えると同時に引き金を引く。銃口から琥珀色の魔力弾が三発放たれ、敵の肩や腹に直撃する。魔力弾の直撃で後方に吹っ飛ぶ敵の横では、リリウムが仕込み杖で武器を切り裂き、意識を奪う。

 主である心菜はアリスの助手席で眠っている悠護を暮葉と共に守っている。暮葉はサンルーフから上半身を出した状態になっており、車の天井には固定台を乗せた《疾風》が日光の反射で鈍く輝いている。


《疾風》の銃口からも緑色の魔力弾が一発ずつ放たれ、日向の腕では届かない敵を倒していく。

 樹は手製の手袋型魔導具――名前はまだないらしい――をつけており、強化魔法『硬化インドゥリティオ』で相手の顔に重く固い一撃を入れている。

硬化インドゥリティオ』は文字通り、対象物の硬さを強化する魔法。今の樹の拳はハンまあと同じくらいの硬度をしており、顔面を殴られた敵は今頃鼻柱や頬骨を折られているだろう。


(今のところ、暮葉先輩のおかげでこっちが優勢だけど……)


 日向の脳裏に浮かんだのは、爆発したカラス達。さっきのホテルでの動物攻撃がないという可能性がない。

 右からサバイバルナイフ型魔導具を振り下ろしてきた魔導士崩れに至近距離で魔力弾を撃ち込むと、今度は目の前で鈍色の魔力弾が目の前まで迫っていた。


 両脚に力を込めて左に体を向けながら跳躍。回避を取ったことで魔力弾は日向がいた場所から一メートル離れた地面に当たる。すぐさま受け身を取り、態勢を取り直す。

 直後、暮葉の魔力弾が日向に射撃しようしとした魔導士崩れに向かい、そのまま撃ち込まれた。


 同時にアリスのユーフォニアム型魔導具――名前は《ハピネス》――から魔法による音波攻撃で相手の方向感覚を奪い、体を前や後ろへと転倒させる。

 その隙に樹が敵の体に拳を叩きこみ、日向と暮葉が魔力弾を放つ。とても急ごしらえだとは思えない連携プレイだ。


「ったく、しつけぇな! くれちゃんセンパイよー、さっきのやり方でパパッと倒してくれよー」

「俺だってそうしたいがそうやすやすと出せるワケじゃねーんだよ、クソったれ。あの戦術だと魔力が六割削られるんだ、しかもチマチマと使ってるから全回復する余裕もねぇんだよ。つーかくれちゃんセンパイってなんだぶっ殺すぞ」

「えー、いいじゃねぇか。後輩から親しみやすいあだ名をくれたんだぜ? もっと素直に喜べっておいコラ俺もターゲットに加えるんじゃねぇッ!?」


 キラッ☆と効果音がつけそうなほどウザい笑顔を浮かべる樹。それを見てイラッとした暮葉は無言のまま敵と同時に樹もターゲットとして加えたため、魔力弾の一つが樹に向かってきた。

 慌てて回避しながらギャーギャー文句を言った後輩を無視し、暮葉はスコープ越しから敵の後方からの動きを警戒する。


(今のところ援軍は来てねぇようだが……油断は出来ねぇ。自分達が優位な位置に立ったこの時こそ相手が反撃を仕掛けるのがこういったパターンじゃ定石だからな)


 着実かつ的確に敵を無力化しながら、暮葉はスコープを覗く目を鋭くさせる。

 いくらこの場に『赤城』と『緑山』がいるからといって、敵の勢いが減るわけではない。心菜の魔物であるリリウムが敵の一人の意識を奪う姿がスコープ越しで見ながら新たに魔力弾を放つ。


 今暮葉が使っている魔法は『百光矢ケントゥム・ルクス・サギッタ』。中級自然魔法の一種で、本来なら一度の詠唱で一〇〇本の光の矢を一斉に放つという魔法だが、暮葉は引き金を引いた分だけを発射するという方法を取っている。

 いくら威力も範囲もそこそこな魔法だからといって、一回限りの使い方は効率が悪い。この魔法はその特性を生かした一撃必殺こそが本来の使い方だと思っている。


 以前『百光矢ケントゥム・ルクス・サギッタ』の運用方法について同級生やたまたま同じ時間に自主練していた先輩が鼻で笑い飛ばしたが、披露した時に気まずそうに黙り込んだことを思い出しながら、もう一度引き金を引く。

 今度の魔力弾は金髪黒人の男の右肩にヒットする。遠くで関節が外れる音を聞きながら引き金に指をやった瞬間だ。


「――ん?」


 スコープ越しに黒い物体が近づいて来るのが見えた。

 すぐさまスコープの先についているギアを回し、レンズから見える光景をさらに拡大する。通常の二〇倍ほど遠く見えるようになったスコープに目をやると、暮葉は無意識に顔をしかめる。


「うげっ、なんだよあれ」


 暮葉がスコープを伝って見たのは、大量のドブネズミだ。

 軽く一万近くいる集団はチョロチョロと小さな手足で移動する姿は可愛らしいが、生物的に害獣に該当するせいで嫌悪感がある。

 ドブネズミの首にはあの爆発を起こしたカラスがしていた首輪がつけられており、暮葉は舌打ちする。


「カラスの次はネズミかよ。害獣だからって殺していいわけねぇぞ、クソったれども」


 とはいえ、例のカラス爆発の威力を現場を見ただけで被害予想ができてしまった以上、あれだけの数だとこの国道が一部破壊される事態は避けられないだろう。

 大きく舌打ちしながら、暮葉は声を張り上げる。


「お前ら! 今度はドブネズミで爆破攻撃をしでかすつもりだ! 爆発前に仕留めろッ!!」

「はい!」

「オッケー!」

「が、頑張ってみます!」

「くれちゃんセンパーイ! 俺至近距離じゃないと多分無理なんスけどー!?」

「それくらい自分でどうにかしやがれッ!」


 個性溢れる返事を聞きながら再び《疾風》を構え、引き金を引く。だが的であるドブネズミが人間より小さいせいで中々当たらない。

 引き金を引き、銃口から発射された魔力弾は地面に着弾するもドブネズミを吹き飛ばすだけで、思うように数が減っていない。


 飛ばされる拍子にリリウムがドブネズミの胴体を二つに切り裂くという効率のいい戦法を取るが、生き物が血を流しながら地面に落ちる光景はさすがの心菜は耐えきれず目を逸らしている。

 その近くでは樹が防御魔法でドブネズミの爆発攻撃を防いでおり、アリスは『ハピネス』による音波攻撃で意識を奪い、無力化していく。


 ふと日向の方を見ると、彼女は銃口をドブネズミ向けながら彼らより小さい的である魔石ラピスに向けていた。引き金を引き、銃口から発射された魔力弾は一寸も違わず魔石ラピスに当たる。甲高い音と共に魔石ラピスが砕かれると、ドブネズミ達はそのままちょろちょろと手足を動かしてどこかへ去って行く。


(なるほど、魔石ラピスを狙い撃つことで相手の支配権を奪ったというわけか)


 魔石ラピスを扱う魔導士にとって、破壊とは支配権がなくなると同義だ。

 魔石ラピスに関する授業も一年の間に教わるが、それを実行するには高度な射撃技術が必要だ。日向が五月の合宿の件で、週三の訓練では無魔法と魔法習得だけでなく射撃訓練もしているという話だったが、どうやら訓練の成果は出ているようだ。

 スーッと息を吐きながら《アウローラ》を構え、引き金を引く日向の姿は暮葉からみたらまだ粗削りだが、きちんと教えればいい射撃の腕を持つだろう。


 再びドブネズミの首についた魔石ラピスが砕けた時、ふとスコープのレンズを通して日向の顔を見た。

 いつも笑顔を浮かべる日向の顔は眉を寄せるほど険しく、心なしか琥珀色の瞳がうっすらと発光している。

 魔導士にとって瞳の発光は、魔力の暴走の前兆だ。もしかしたら彼女も悠護のようにほぼ自我を失う可能性がある。


(無魔法を使うあいつの暴走……考えるだけぞっとするな)


 もし日向が暴走した場合、暴走の影響で無魔法が広範囲に影響を及ぼすだろう。

 この世界の情勢は四割が魔法の恩恵によるものだ。仮に無魔法が発動してしまった場合、世界はどうなるだろうか? 無論、混乱の渦に巻き込まれるだろう。

 そうなってしまった場合、日向を巡って世界各国が彼女を巡って争奪戦を始めるだろう。


(ったく、一体どんな星の元に生まれればこんな厄介な業を背負わされるんだ?)


 本人の知らないところで面倒事が積まれていくことに不快感を覚えながらも、暮葉は改めて《疾風》を構える。

 直後、目の前がベージュ一色に染まる。突如現れた砂嵐が暮葉だけでなく樹達をも襲った。


「な、なんだっ!?」

「前が見えないー! 目に砂入って痛いー!」


 樹とアリスの声を聞きながら、暮葉は吹き飛ばされないように車の天井にしがみつき、心菜はリリウムに抱えられながらこの砂嵐を耐えていた。

 しばらくすると砂嵐は止み、太陽が傾いて青みを増した空が視界に入る。暮葉は服についた砂を払いながら声を上げる。


「おい、無事かっ!?」

「な、なんとかな……」

「こっちも目が痛い以外は大丈夫ー!」

「私も大丈夫です」


 樹、アリス、心菜の声にほっと息をつくか、最後の一人の声がないことに気づき辺りを見渡す。

 そこで頭上で微かに影ができるのを見て、まさかと思いながら顔を空に向ける。暮葉の視線の先には、『ハーピー』の両足で日向の肩を掴んで飛ぶ姿。


「日向ッ!!」

「クソったれ! さっきの砂嵐は目くらましか!!」


 心菜の悲痛な叫びを聞きながら、暮葉はまんまと相手の策にかかった自分に向けて舌打ちする。

 あの砂嵐は今まで上空で隠れて待機していた『ハーピー』が魔法ではなく物理的に起こしたもので、暮葉達が砂嵐に怯んでいる間に日向を掻っ攫ったのだ。

 暮葉が悔しげに歯を軋ませると、コツッと靴音ガコンクリートを叩く。


「――おやおや、豊崎さんがいないとすっかり弱気になりましたか。意外と情けないですね?」

「……ハッ、テメェみたいに自分で手を出さない野郎よりマシだろ」


 ニコニコと薄ら笑いを浮かべる右藤を挑発するも、彼は平然としている。

 すると右藤は足元で呻きながら倒れる魔導士崩れの男を一瞥すると、そのまま男の体を蹴飛ばした。


「それについては大いに同感です。こんなのに頼らず自分の力で解決するべきだと、身を以て痛感していますよ」


 はぁ……、と深々とため息を吐く右藤に暮葉達の顔が険しくなる。

 個人的な目的のために多くの者を巻き込んだくせに、利用するだけ利用してゴミみたいに捨てる右藤の態度には反吐が出そうなほどに嫌悪せざるを得ない。

 そんな彼らの軽蔑に満ちた視線を受けてもなお、平然な態度でいる右藤は口元に深く笑みを浮かべる。


「ですが、邪魔者がいない今、私もようやく動けます」

「おいおい、日向がいなきゃ戦えないなんて情けねぇな?」

「否定はしません。そもそも彼女の持つ無魔法は全ての魔導士にとっては危険な代物です。そんな相手と真正面から戦うバカはいませんよ」


 ごもっともらしい理由を述べる右藤は、静かに右手を上下に二回動かす。するとシャンシャンッと彼の右手首から涼しげな鈴の音が聞こえてきた。


「――さて、そろそろ私も本気を出しましょうか」


 瞬間、地面が上下に揺れる。自然による地震と変わらない揺れに外にいる樹達がなんとか両足で持ちこたえていると、暮葉が見た時より濃い影が国道に下りる。

 樹が少しずつ顔を上に持ち上げると、ひゅっと息を呑んだ。彼の目の前には自身の身長を軽く数倍超える巨大な岩人間。


 頭部が王冠のように凸凹しており、両腕や左脇腹辺りには苔が生えている。まるで童話に出てくるような外見だがそれを超える威圧を感じさせる。

 樹達が息を呑む中、右藤はその岩人間の足元で静かに告げる。


「これが私の魔物――『ゴレム』です。どうぞお見知りおきを」



☆★☆★☆



「うっ、くぅう……ッ!!」


 地上で右藤が『ゴレム』を召喚した時、日向は自身の身を襲う風圧と冷気に耐えていた。

 いくら夏場だからといって上昇するたびに気温や空気密度が急激に減る。まだ対流圏にいるのが不幸中の幸いだが、もし成層圏まで超えてしまったら生きている保証はない。


『ハーピー』の両足で肩を掴まれている状態だが、彼女がどこまで飛ぶ気なのか分からない以上、一刻も早く脱出しなくてはならない。


「『弾丸グランス』!」


 そう思ったら行動は早かった。

 日向は右手に持っている《アウローラ》を『ハーピー』に向け、引き金を引く。

 銃口から発射された魔力弾は『ハーピー』の右翼に当たり、緑色の羽を纏っていたそれは焦げた匂いを放つ。


『キュエエエエエッ!』

「っ、うわっ!?」


 不意打ちによる攻撃で肩を掴んでいた足の力が弱まり、日向の細い体は空中へ放り出される。

 今日向がいる位置は高度五五〇〇〇フィート――約一七キロメートルの距離がある上空。背後から上昇とは違う風圧を感じながら、すぐさま詠唱を唱える。


「『減速レタルダトゥス』!!」


 初級呪魔法の一種である魔法名を唱えると、日向の体は通常の落下速度が数十倍も遅くなる。

 少しずつだが体が下へ降りて行く感覚を味わいながら正面を見据える。日向の眼前には『ハーピー』が痛みに悶えており、時々野太い鳴き声をあげている。

 その時、『ハーピー』の顔から両目を覆っていた黒革の眼帯がずれていた。先ほど暴れた拍子に外れたらしく、眼帯は日向の隣を横切るかのように落ちていく。


 ぼさぼさの金髪から覗く、空と同じ色をした青い瞳。

 意思を奪われ、光を失って濁ったその瞳を見た瞬間、日向の視界が真っ黒に染まった。



 瞼を閉じても刺激する光に、日向はそっと目を開ける。

 目の前にあるのは、目が眩むほどの照明で照らされた手術台。台の上には一人の女が五体を頑丈なベルトで縛られていた。

 上半身は露わになっており、緩やかな金髪が乳房を隠すようにしているからか艶めかしい雰囲気を漂わせている。


 だがその女の両腕は緑色の羽が生えた翼になっており、下半身も同色の体毛で覆われている。脚の部分は鷹の足になっていて、一目で異形だと分かる外見だった。


「何……これ……?」


 目の前の光景に理解が追いつけず首を傾げると、左右からコツコツと靴音が鳴る。

 音につられて両サイドの方へ顔を動かすと、緑色の手術衣を着た男達が何人かがこちらに近づいてきた。


『――おはよう、メリア・バード。気分はどうかな?』


 周りにいる人間の中で二回り老いている男の言葉に、日向は目の前の女――メリアを見つめる。


(……これって、まさか『ハーピー』の記憶?)


『ハーピー』の本名らしき言葉を紡ぐ男を見て、女――メリアは彼を強く睨みつける。


『……何をする気なの?』

『なぁに、心配することはない。最初に言っただろう? 君を救うって』

『救うですって……? これが? 正直に言いなさい、一体何をする気なの!?』


 この状況にはメリアは不穏な空気を抱いたのか、彼女は拘束を逃れようと体を捻る。

 ガタガタッと耳障りな音を出しながら暴れる彼女を見下ろしながら、男は静かに笑う。その顔は愉悦に歪み、手術台の光のせいで気味悪く見える。


『……なぁに、君は心配しなくていい。君の望む姿に変えるだけだ。ただし、私達にとって、だがな』


 そう言うや否や、男はメスを手に取る。その刃が近づくのを見て、メリアはさらに体を暴れさせる。

 目を見開き、涙を浮かべるメリアに口元に全身麻酔のマスクが覆われる。麻酔のせいで徐々に体から力が抜け、メリアの目が閉じた瞬間、手術着を着た男達はまるで唯一の餌に群がる肉食獣のように群がる。

 瞼を閉じたメリアの顔を見ながら、愉悦に満ちた顔をした研究者はゆっくりの彼女の体にメスを入れた。


 ――そこから先は吐き気どころか、本当に吐きそうになる光景だった。


 男達の間から見える血塗られた手術器具、グチャグチャと内側からかき回される肉の音。体中に縫合跡ができるたびに、メリアの瞳から光が失っていく。

 ただでさえ異形だった姿がさらに増していき、施術が終わると天井も床も壁も真っ白な部屋に放り込まれる。艶がないぼさぼさの金髪が床に広がり、光のない濁った青い瞳は天井を見つめる。


 乾燥し皮膚がカサカサになった唇が、少しずつ開く。ゆっくりと紡いだのは、声なき言葉。

 だけど、日向には届いた。彼女の言葉を。


『――誰か、助けて』



「――ッ!?」


 掠れた声を聞いた瞬間、日向の視界は青い空と緑色の異形で覆われる。

『ハーピー』――メリアは眼帯が取れた青い瞳から大粒の涙を零しながら、真っ直ぐに日向に向かって落下していく。


『キュイエエエエエエエエエエッ!!』


 言語としてなりたっていないただの鳴き声。だが日向には、その鳴き声が『助けて』と聞こえた。

 彼女は、一体何度救いを求めたのだろうか。体を傷つけられ、望まない姿に変えられ、更にはこんな悪行の道具と利用されている。

 彼女の青い瞳は絶望で黒く染まっても、涙はボロボロと零れ出る。重力によって上へと昇って行く水滴を見つめながら、日向はゆっくりと銃口をメリアに向ける。


 その動作を攻撃だと認識したのか、メリアはさらにスピードを上げて日向に向かって落ちていく。

 このまま彼女が自分の体に直撃すれば、一〇〇パーセントの確率で日向は死ぬだろう。けれど、日向にはまだやるべきことがある。それを果たすまでは死は絶対に選ばない。


「――もう大丈夫だよ、メリア・バード。あたしが、あなたを救ってあげる」


 ――そう、今この瞬間も死ねない理由だ。

 ゆっくりと引き金を指にやりながら、静かに息を吸う。

 冷気で体温が下がり、指先の感覚が分からなくなっているが、それでもこの引き金はだけは引かなければならない。


『キィィイイイイイイイイイッ!!』


 メリアの距離が一メートルを切り、雄叫びのような声を上げる。

 メリアの目が日向を映した瞬間、静かに詠唱を紡ぐ。メリアが絶望しながらも渇望し続けた、救いの手そのものを。


「――『ゼルム』」


 かじかむ指で引き金を引いた直後、目の前が琥珀色の光で包まれた。

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