第41話 琥珀の瞳は怒りの炎を燃やす

 時は、暮葉が魔法攻撃を仕掛ける少し前まで遡る。

 車で国道16号半ばまで走らせた右藤は、急ブレーキをかける。突然の急停止で車体が縦から横に変わり、タイヤからアスファルトを擦る音と焦げ臭い匂いを出す。


 停止と同時に左側の車体が軽く浮いたが、すぐさま地面についた。その拍子に頭を天井にぶつけたが、なんとか痛みを顔に出さないまま車の外へ出る。

 車が停車した後方数メートルには、依頼として米蔵が雇った魔導犯罪組織の人間が上空から見て一本の線が出来ているかのように密集している。


 彼らは祖国では暴れ足りずわざわざ日本まで来た物好き達だが、今の右藤にとっては利用価値のある駒であることは間違いない。

 駒である彼らに与えられた仕事は二つ。一つは、市街地での一斉魔導犯罪行為。これには右藤達に目を向けさせないように、今の八王子市のあらゆる箇所で小規模な騒動を起こすのが仕事だ。


 もう一つは、国道16号に設けた合流地点に黒宮徹一を呼び寄せ、残りの連中で一斉攻撃をすることだ。

 いくら日本支部長であり悠護と同じ金属干渉魔法を得意とする徹一でも軽く四桁近くいる魔導士崩れ達を相手にするのは骨が折れるだろう。


(ターゲットが徹一様ではなく悠護様に変更になりましたが、これくらい想定内です)


 黒宮家の遺伝子を持つ悠護と徹一を先に葬ってしまえば、生き残るのは朱美と鈴花だけだ。朱美はともかく鈴花は正当な黒宮家の血を引いている。

 もし彼女がに手を出して構わない年齢になったら、墨守家存続のための道具にするよう主人から言われていたことを思い出す。


 七色家を含める魔導士界で有名な家は、総じて強い魔力を持っている。容姿が整っているほどその魔力の強さも比例されているため、今は幼い鈴花も将来は誰もが羨む美女になるのは間違いないだろう。


(それにしても……海外の魔導士崩れ達は品がないですね)


 バカみたいに鍛えまくった筋肉をこれでもかというほど見せつける金髪の男や、ノースリーブのシャツから見える胸元と両腕に細かい刺青を彫った褐色肌の女、中には一世代前のギャングのような恰好をしている。

 手にはサブマシンガンやサバイバルナイフ、果てには重火器を持っており、それら全ては米蔵が金の力でアメリカやドイツの魔導具製作所から密輸した最新機種だ。


 彼らはそれをこれ見よがしに持ち、これから殺す獲物を待ち遠しにしている。

 煙草をくゆらせたり、クチャクチャと音を鳴らしながらガムを噛み、下卑た笑みを浮かべるその姿は、思わず右藤の目に嫌悪感を抱かせてしまうほどだ。

 だが皆が総じて単細胞なため、扱いやすさでは合格だ。


「……来ましたか」


 グォオオ、と低い雄叫びがその場を震わせる。

 その声につられて魔導士崩れ達達が一斉に武器を構えた直後、右藤の目にあの黒鉄獣が疾走する姿が映る。

 おびき寄せる途中で魔導犯罪課や駒達から攻撃を受けたが、この世に金属がある限り彼の体を覆っている全身甲冑プレートアーマーには傷がない。だが狼に似た兜から荒い息が漏れ出している。


 いくら暴走状態で自我がほとんど失われているからといって、体に負荷がかかっている。あの様子だと魔力切れで命を落とすのは時間の問題だ。

 だが、右藤にとってはこの時を待っていた。

 ここまでおびき寄せたのは、悠護を魔力切れギリギリまで追い込むためだ。たとえ材料である金属をどれだけ集めようとも、それを動かす機械が壊れてしまっては意味がない。

 つまり、彼を殺すタイミングはまさに今だ。


 悠護は脚に力を込めて跳躍すると、残り数メートルの距離を一気に一メートル近くまで縮める。

 重い地響きが国道を揺らし、何人かが衝撃に耐えきれず尻餅をつく。それをバカ笑いする声を聞きながら、右藤は静かに悠護を見据える。


「……ウドウ……ッ!!」

「おや、まだ言語能力があるとは。だがそれもギリギリのようですね」


 暴走状態の魔導士は理性や人格が破綻し、言語能力は著しく低下する傾向がある。

 本来なら無差別で周囲の人間に危害をもたらすが、どうやら悠護は殺意を抱く相手にしか眼中にないようだ。


(その理由も、やはり彼女でしょね)


 豊崎日向。

 世界で唯一の無魔法を使える魔導士で、悠護のパートナー。そして、彼の婚約者になる可能性が高い少女。

 容姿は確かに整っているが、それ以外は平凡だ。休日では趣味としてボランティア活動に勤しんでいるようだが、その行為は悪く言ったと偽善だ。

 善人の鑑であり、偽善者の鑑である日向にどんな価値があるのが知らないが、少なくとも悠護をここまでにするほどの価値があることは確かだ。


(悠護様にとって、日向さんは最大の弱点であると同時に最大の逆鱗なのですね)


 これまで米蔵に全て捧げてきた右藤にとっては理解できないことだ。

 主人以外の人間に過度な感情を抱いたことはない。だが、もし何者かが米蔵を傷つけたら、もしかたら……と考えてしまう。

 我ながら情けない、と思いながら頭を振ると、右藤は紳士的かつにこやかな笑みを浮かべながら、左胸に手を当てて一礼する。


「悠護様、わざわざご足労ありがとうございます」

「オマエハ……オマエダケハ……絶対ニ殺ス……!!」

「ええ、別に構いませんよ。それで悠護様を殺せるのでしたら」


 にっこりと笑いながら挑発する右藤に、悠護は両手足の爪でコンクリートを抉る。脚に力を込めて跳躍すると、右藤の後ろに控えていた魔導士崩れ達が一斉に攻撃を始める。

 火や氷、風や岩と魔導具を介して襲い掛かる魔法は、全て悠護に直撃する。


「グアァッ……!?」


 呻き声を開けて後退すると、自身に纏う鉄がボロボロと剥がれ落ちる。ふと金属を纏った腕を持ち上げると、自身の生身の肌が見えていた。

 すぐさま国道の巨大な標識を引き寄せようとするが、標識はギシギシと音を鳴らすだけでこちらに向かう気配がない。

 ガルルッと獣じみた呻きを上げる悠護を見て、右藤は口角を吊り上げる。


「おやおや……もう金属を呼び寄せる力も残っていませんか」

「グゥウ……!」

「それ以上無様な姿を見せるのは、あなたにとっても不本意でしょう」


 クスクスと嘲笑する右藤に、悠護は鋭く睨みつける。

 右藤の後方には好きに嬲れる獲物を待つ飢えた獣。ここまで来るのに予想より魔力を使い過ぎてしまった。

 己の失態にようやく気づき、悠護は兜の下でギリッと嫌な音が出るほど歯を軋ませる。それを見て嘲笑から薄ら笑みに変えた右藤は、マニュアル通りのお辞儀をする。


「――悠護様、今までありがとうございました。どうか安らかに眠ってください」


 その言葉を引き金に、魔導士崩れ達が一斉に魔導具を構える。

 一〇〇を超える凶器が向けられ、せめて防御を取ろうと肌が見える部分を他の金属を補おうとした直後だった。

 緑色に輝く球体が、魔導士崩れ達達の頭上で浮いているのを見つけたのを。


「!? あれは――!」


 緑色の球体を見て、右藤が撤退指示を出そうとうするも遅かった。

 球体は瞬く間に数百の玉となって分裂した直後、そのまま魔導士崩れ達達に降り注いだ。

流星メテオルム』。一つの魔力弾に数百の小サイズの魔力弾を内包させ、術者が設定した座標に辿り着いた直後、一斉に攻撃を放つ上級魔法だ。


 だがこの魔法を使用するには、敵の動きや戦況を数手先まで見抜き、的確なタイミングで発動しなければ味方も巻き添えを喰らってしまう。

 そんなデメリットを物ともせず、まるで自身の手足のように扱う魔導士など、あの家の人間しかいない。

 想定外の横槍に、右藤は悔しげに歯を軋ませる。


「緑山……ッ!!」


 緑山家の役割は、知識と情報の収集・管理。これまで発見された魔法、魔導士、魔導具、そして魔法戦の知識や情報を一つに収束し、それらを他国に渡らないように管理するのが緑山に課せられた使命。

 情報化社会のこの世の中では、機密性に関わらずどの情報を漏らしただけでも命取りになる。そのため、緑山はどんな凄腕ハッカーさえも音を上げてしまうほどのセキュリティを敷き、日本を守るために必要な知識と情報を守っている。


 だが、それは今の緑山家の話。『魔導士徴兵団』時代の緑山での役割は、後方支援だ。

 前衛で戦う他の家のサポートのために、彼らは遠距離攻撃魔法を極めた。だが遠距離攻撃魔法にもデメリットがあり、何度も味方を巻き込んだこともあった。

 その問題を解決したのは、時間干渉魔法だ。未来予知のように未来を予測することが可能なその魔法は、遠距離攻撃魔法を使う緑山にとってはまさにピッタリな魔法だ。


 時間干渉魔法で未来での敵の戦況や動きを視て、魔法発動までの時間を予測し、試行錯誤の末にようやく緑山独自の戦術を生み出した。

 この戦術によって戦況は著しく変化し、緑山は敗戦国候補扱いされていた日本を戦勝国に逆転させた影の立役者として名が知れ渡った。


「っ……これは、少しまずいかもしれませんね」


 緑山の戦術は右藤が思っていたほど脅威的で、ほとんども魔導士崩れ達が虫の息だ。

 辛うじて意識がある者もいるが、頭から血を流していたり、どちらかの腕が変な方向へ折れ曲がっていたりとあまり芳しくない。

 今度は右藤が歯を軋ませると、自身の車で出したタイヤ音が聞こえてきた。


 すぐさま後ろを振り返ると、赤いフォロムの車が左右に揺れながら爆走して来たと思ったら、車体の後ろを軽く宙に浮かせながら停止した。

 停止した直後に運転席から出て来たのは、太い三つ編みが特徴的な女性――赤城アリスだ。


「よーし、とうちゃーくっ! ほらほらみんな、早く降りてきなよ~」

「ウッセェ……んなこと、分かってんだよ……ッ!」


 次の助手席から死体のように青白い顔をした悠護のルームメイトである真村樹が出て来たかと思うと、彼はそのまま四つん這いで地面につく。


「ふん、これくらいで情けねぇな。制御AI慣れした奴は軟弱だな」

「ご、ごめんなさい……」

「い、いや、別にお前だけを責めたわけじゃねぇよ。アリスの運転は滅茶苦茶なんだよ、それこそ竜巻みたいにな」


 右の後部座席から《疾風》を肩に担いだ緑山暮葉と、樹よりはまだマシな青い顔をした神藤心菜が出て来た。

 彼女は暮葉の言葉を聞いて謝罪すると、暮葉は慌ててフォローを入れる途中で、左の後部座席のドアが開かる。

 カツッと靴音を鳴らしながら出て来たのは、オレンジ色のアフタヌーンドレスを着た少女。パールのバレッタで綺麗の整えられていた髪はボサボサに乱れ、左肩部分は赤黒い染みが出来ている。

 だが、パーティー会場では嘲笑モノの恰好をした少女は靴音を鳴らしながら黒鉄獣に近づくように歩み寄る。


「……ヒ、ナタ……」


 黒鉄獣――悠護が、静かに目の前の少女の名を呼ぶ。

 名を呼ばれた少女――豊崎日向は、悠護にとってはいつもと変わらない、右藤にとっては思わず眉間にシワを寄せてしまう顔で言った。


「――遅くなってごめんね、悠護」


 まるで待ち合わせに遅れた彼女のような言い方をしながら、優しい笑みを向けた。



☆★☆★☆



『黒宮、先輩から一つアドバイスをやるよ。いいか、何が起きても冷静でいろ。……そうしないとお前は、


 家に帰る前日、帰り際に暮葉に言われた言葉の意味を今になってようやく理解した。

 暮葉はこの事態が起きることを、得意の時間干渉魔法でとっくに知っていたのだ。だからこそ、自分にああ言ったのだ。自分を失うな、と。

 だが、悠護は我をほぼ失っていた。日向に怪我してしまったことの自身への後悔と、目の前の信用していた人物への殺意が暴走を招いた。


 たとえ何度金属が剥がれ落ちようとも、追いかける途中に無関係の魔導士から攻撃を受けようとも、ただひたすらに追った。

 殺意を向けた男をようやく追い詰めたと思っていたのに、今度は魔力切れで一矢報いることすら難しくなった。

 追いかけるのに夢中で攻撃の力すら残っていないなんて間抜けなんだろう、と自分の無鉄砲な行動を恨めしく感じた。


 何もできずただ嬲られると思っていた時、自身を狙う狩人達は緑の流星によって崩れ落ちる。

 そして後ろから近づいてくる気配に振り返ると、そこにいたのは太陽の光で髪が琥珀色に輝くパートナーの少女。

 ドレスの左肩部分が血に染まっているが、先刻のような苦しげな顔をしていない。いつもと変わらない笑顔で、日向は言った。


「――遅くなってごめんね、悠護」


 たったそれだけの言葉。でも、悠護にとって自我を取り戻すのは十分なものだった。

 魔力の暴走の影響で赤く染まっていた白目が戻っていくのを感じながら、悠護は己を取り戻してくれた日向の元へ一歩ずつ足を動かす。

 だがアリスの車のガラスに微かに映る自身の姿を見て、その歩を止める。いつもは違う自分は、まるで化け物みたいだ。


 体を震わせながら両手を見下ろすと、指先から刃の爪が生えていて、こんなのじゃ手を繋ぐことも握ることもできないことにようやく気づく。

 後悔と殺意で我を忘れてなった自分の姿に震える悠護。対して日向は数歩進んで足を止めた悠護を無言で見つめると思うと靴音を鳴らしながら距離を縮める。


 互いの距離がほんの数十センチというところで、悠護はビクッと体を震わせながら二歩下がる。


「来ル、な……」

「どうして?」

「ダッテ……今の、俺ハ……」

「化け物みたいだから?」


 自分の言いたいことを言い当てられ、肩を震わせると小さく頷く悠護。

 それを見て、日向は両手を腰に当てると大きくため息を吐く。


「はあ……まったく、そんなこと気にしてるの? バッカじゃないの」

「バ、バカってお前」

「姿が化け物みたいだから何? それだけで引き下がる理由になると思ってんの?」


 そう言いながら日向が歩み寄ると、距離がたった五センチまで狭まる。思わず逃げようとする悠護の手を迷いなく掴む。

 掴まれたことに驚く暇もないまま、日向はもう片方の手でその手を包み込むように握る。


「おい、刃が当たル。離れロ」

「別にいいよ」

「はア?」

「悠護につけられた傷なら、喜んで受けるよ」


 日向の告白に言葉を失うが、悠護は顔を俯かせながら震え始める声で言った。


「……俺ハ、お前ヲ傷つけタクナイ……」

「知ってる」

「ナラ――!」

「でも、あなたが道を踏み外すのを止めるためなら、たとえダメだって言われても傷を受けるつもりだよ」


 その言葉に、悠護の心臓が大きい鼓動を鳴らす。目の前の彼女が今は太陽のように眩し過ぎる。

 ああ、何故この少女はこんな自分を見捨てないんだろうか。情けないほど心が弱い己を。

 理由なんて分かっている。彼女は、ずっと悠護のパートナーでいてくれると約束してくれた。パートナーである自分を、日向は怪我をする覚悟で止めてくれているのだと。


 だが今この時は、ただのパートナーとして見てほしくなかった。我を取り戻してくれたのに、こんなことを言ったのはワガママだって分かっている。

 パートナーとしての黒宮悠護ではなく、ただの一人の男として――。


(……あれ? 俺、なんでこんなことを思うんだよ……)


 パートナーとしてそばにいるだけで満足していた。

 隣で一緒に勉強をして、食堂でご飯を食べて、休み時間に他愛のない話をするだけで満たされていた。

 でも彼女の髪が動くたびに目で追って、少しでも目を離すと気になって辺りを見渡して、笑顔を見るとつられて自分も笑顔になった。


 それだけで十分だったのに。一体いつから強欲に求めてしまうようになったのだろうか?

 その答えを見つける前に、両側の兜がぬくもりに包まれる。

 目だけを動かすと、日向は自分の兜に包まれた顔を両手で掴んでいて、さっきより優しい笑みを浮かんでいる。

 まるで陽だまりのように温かい笑みを見た瞬間、悠護の脳に一つの光景が浮かび始める。


 その光景は、どこかの薔薇園だった。

 赤や白、オレンジやピンクなど色鮮やかな大輪の薔薇が咲き誇り、二匹の白い蝶がまるでワルツを踊るように優雅に飛んでいる。

 温かい春風が吹く中、薔薇園には少年と少女が向き合っていた。淡い黄色いドレスを着た少女は琥珀色の髪をなびかせながら少年に微笑みかけながら何かを言うと、少年は黒髪を掻きながら恥ずかしそうに顔を背ける。


 だが少年の口元が微かに緩むと、後ろに隠していた左手を前に出す。手に乗っていたのは、レースやリボンがあしらわれた白い薔薇の髪飾り。

 それを少女の頭につけると、少女はつけられた髪飾りの柔らかな感触を手で感じながら頬は薔薇色に染まる。幸せそうな少女を見て、少年は大切なものを包み込むように抱きしめた。


 花すらも恥じらうほど初々しく、それでいて心温まる光景。見たこともない光景なのに、心は『懐かしい』と叫ぶ。

 形容しがたい感情が悠護の胸を絞めつけると、目の前でさっきの二匹の蝶が通り過ぎる。

 蝶が通り過ぎたのと同時に目の前があの薔薇園ではなく国道16号。気づいた時には日向の顔は一気に近づいたかと思うと、兜の上――より正確に言ったと額がある位置に唇を落とした。


 兜越しなのに伝わるぬくもりと感触。唇が兜からそっと離れると、金属がビキビキと音を立てながら粒子となって砕け散った。

 無魔法。全ての魔法を無効にさせる魔法が、日向の唇を伝って発動された。

 金属が粒子となっていくのを横目に、悠護の体がぐらりと傾く。そのまま柔らかく、微かに血の臭いがする日向の体で受け止められると、優しく髪を撫でられる。


「――あたしのために頑張ってくれてありがとう、悠護。でもいいよ、もう休んで。あとは……あたしがやるから」


 耳朶で囁かれる声は、優しくも決して弱いと言い難い怒りが孕んでいた。

 その声も今の悠護にとっては心地よくて、ゆっくりと瞼を閉じた。

 閉じる瞬間、彼の目には日向の琥珀色の瞳が強く煌めいた姿が脳裏に焼きついた。



 まるで糸の切れた操り人形みたいになった悠護の全体重が日向の細い体にのしかかる。

 普段は細身に見えるが、ずっしりとした重量感はやはり彼も男であることを知らせてくれる。重さで震える足を堪えながらしゃがみ込むと、悠護の体をヒビ割れたアスファルトの上に寝転ばせる。

 そっと彼の前髪に触れながら静かに立ち上がり後ろを振り返ると、怒りと不快感が入り混じった顔をした右藤が日向を睨みつけていた。


「やれやれ……困りますよ、豊崎さん。女性なら大人しく想い人の帰りを待っていてくださいよ」

「ずっと待って二度と逢えないよりは、たとえ危険でも首を突っ込んででも迎えに行くほうがよっぽどマシだと思うけど」

「確かに」


 日向の言葉に同意しながらも、右藤の目は笑っていない。

 彼の後ろで血だらけの魔導士崩れ達がふらつきながらも立ち上がり、魔導具を構える。それに合わせて日向の後ろでも仲間達が魔導具を構えている。

 一触即発の空気の中、日向はただただ静かに右藤を見据える。


「……一つだけ聞いてもいい?」

「はい、なんでしょうか」

「あなたにとって、悠護達よりご主人の方がこんな真似をするほど大事なの?」


 自身には分不相応な地位と権力を求める右藤の主人の心情なんて日向には到底理解出来なかった。

 獲得も瓦解も一つのミスで一瞬になくなるものに固執することも、他者も巻き込んで傷つけることも厭わない狂った考えも、そして――幸せになって欲しい、幸せにしたい大切なパートナーを目の前で殺そうとしたことも、日向は理解したくもないし受け入れたくなかった。


 無意識に睨みつける日向の瞳を見て右藤は静かに、確固たる意思を持って告げる。


「――もちろん、私にとって主人以上に大事なものはありません」

「………………そっか」


 それが決定打になった。

 日向は右太腿に装着したホルスターから《アウローラ》を取り出し、銃口を右藤に向ける。

 いつも明るい光を宿した琥珀の色の瞳に、ギラギラと煌めく怒りの炎をその瞳に燃やしながら叫んだ。


「――なら、あたしはあなたを許さない! 今ここでその企みを止めてやるッ!!」



 その言葉を引き金に、日向の耳にカチリッとが外れかける音が聞こえた気がした。

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