第40話 緑山暮葉

 魔導犯罪警報。それは、魔導犯罪を一般市民に知らせるものだ。

 魔導犯罪によって建物が損傷し、瓦礫や魔法による死傷者の増加を防ぐために、ここ三〇年の間で民間企業や公共施設、自宅にシェルター設備を施す地域が急増した。

 魔導犯罪警報が発令している間は外出および仕事に従事している者も含めてシェルター内で待機しなくてはならない。


 シェルターにはショッピングモールなら店の売り物を格安で販売し、民間企業や教育施設なら保存食があるため少なくとも数日はシェルターで過ごせるようになっている。

 もちろん何日もシェルターで過ごすことはほとんどの人が快く思わないため、魔導犯罪課は早期の解決に当たるようにしている。


 その魔導犯罪課は現在、サブマシンガン型魔導具を持つ黒服集団との激しい銃撃戦を繰り広げられていた。

 サブマシンガン型魔導具は高い連射性を持っており、特に『弾丸グランス』などの遠距離系の初級魔法の威力を向上させる効果がある その反面、中級および上級魔法を使うと魔導具の動力源である魔石ラピスが耐え切れず破壊してしまう欠点がある。

 だがその欠点は、聖天学園に入学出来ず、独学でなんとか初級魔法しか使えない魔導士崩れには問題ないことだ。


 今魔導犯罪課が対峙している魔導士崩れは、日本に点在する魔導犯罪組織の一員ではない。より正確に言えば、小規模の魔導犯罪組織が同盟を組んで結成された寄合だ。

 小規模の魔導犯罪組織は主に資金や武器不足などの問題で大掛かりな犯罪ができない。かつて日向が魔導士に目覚めるきっかけとなった事件もその組織によるもので、実は近くの銀行に強盗に入って、そのまま立て籠もりしたという経緯で起きたことは本人も知らない。


 IMFが所有する黒の人員輸送車や指揮情報車などの大型車両に身を隠しながら、魔導犯罪課に属する男は内心舌を打つ。


(クソったれ、あの魔導具は去年アメリカで発表されたばかりの新型じゃねぇか! 一体どこのバカが密輸しやがった!?)


 魔導士崩れが所持しているサブマシンガン型魔導具《ブラックチーター》は、射撃による反動をゼロに近いほど軽減し、魔力注入スピードも向上させており、三月にアメリカ国軍が《ブラックチーター》の使用を正式採用したという話だ。

 それに対して、魔導犯罪課が正式採用しているサブマシンガン型魔導具は全機能が安定しており、新人でも扱いやすい仕様になっている。命中率は世界記録を保持しているが、《ブラックチーター》と比べたら一世代ほど性能が劣っている。


 魔導具はメンテナンスを怠ると威力が軽減し、魔力注入スピードを遅くなる。あの《ブラックチーター》は完全に今回の使用が初となる。現に黒光りする《ブラックチーター》のフレームは、今手にしている《隼》と違って傷一つない。

 昔、小学生になったお祝いで息子に贈ったピカピカのランドセルと同じ新品のそれの銃口から魔力弾が発射され、右隣の車両を盾にしていた同僚が吹き飛ばされる。


 対魔導士用として着用している完全武装のおかげで吹き飛んでも怪我一つない。

 だからといって安堵する余裕はなく、男の右耳から女性に近い合成ボイスがインカムを通して聞こえてきた。


『現在、魔力消耗率六五パーセントオーバーしています。ただちに別隊員と交代してください』


 いくら魔導具を使っていると言って、エネルギーである魔力がなければ魔導具はただのおもちゃに成り果てる上に、魔力切れは魔導士の命にも関わる。

 そのため出動回数が多い魔導犯罪課は、心臓に近い場所に特殊な電極に似たシールを張り、魔力の消耗や回復を指揮情報車から通して伝える仕様になっている。


 男は《隼》の銃口を上に向けながら後退すると、すかさず魔力が回復した隊員と変わる。現在、出動している魔導犯罪課職員は三〇名。対して向こうは四〇名と数は劣っているが、他の組織を寄せ集めのため指揮系統が入り乱れている。時折水分補給を取りながら戦況を確認すると、敵のほとんどは魔力切れで荒い息を吐くも攻撃の巻き添えを喰らっていた。


 こちらは人数が少なくても、一糸乱れぬ指揮の下で動く彼らでも早々に鎮圧できる。あともう少しでこの面倒な仕事が終わると思ったその時、タイヤが激しくコンクリートと擦り合わせる音と破壊音に意識を向けた。

 高級そうな車に乗っているのは、サフランイエローの髪をした男。その後ろには黒い鉄で覆われた謎の獣がその車を追っていた。


 突如現れた車と獣に寄合連中が驚くが、車はアクセル全開の猛スピードで時折寄合連中を跳ね飛ばし、獣は刃がついた爪で目の前の敵を薙ぎ払いながらもコンクリートを抉り削るように疾走する。


「な、なんだあれっ!?」

「構うな、撃て! 撃てぇ!」


 突然のことで周囲は驚くも、仲間の一人がそう叫ぶと他の隊員達は一斉に銃口を向け、魔力弾を発射させる。

 魔力弾は獣に当たり、ボロボロと金属が剥がれ落ち、真紅色の粒子となる。

 だが近くの標識や信号機がギシギシと音を立てると、金属部分が黒の金属片に変わり、魔力弾が当たった部分に貼りつく。


 一瞬で元の姿に戻った獣は、こちらに低い呻き声を上げながらも先ほどの車を追いかける。

 どうやらあの獣の最優先事項は例の車のようで、後ろで血を流しながら倒れる犯罪者には眼中にはない様子だ。


「おいおい、ありゃなんだ?」

「分からんが……どうやらどこかの魔導士が暴走したのだろう。念のため指示を仰ごう」


 魔導士の暴走を食い止めるのも魔導犯罪課の仕事だ。そう言って自分より年が少し上の先輩である男が無線機に連絡を入れる。


「こちら、G167。鎮圧中に暴走車に乗った男性と暴走中の魔導士と遭遇。両者共現場から離れている模様。指示を」


 簡潔な報告に指揮情報車にいる隊員が『了解、本部に連絡します』と応答する。

 しばらくするとインカムから指揮情報車からの連絡が来た。


「こちら、G167。指示は?」


 先輩が応答するも聞こえるのは砂嵐のようなノイズしか聞こえない。

 機器の故障か? と思ったが、この無線機も昨日メンテナンスを終えたばかりのはずだ。


「おい、どうした?」


 一向に返事がないことに不安に掻き立てられるも、ブツッとノイズを切る音が聞こえてきた。


『――あ、もしもしー? 魔導犯罪課の人だよね?』


 やっとつながったインカムから聞こえてきたのは、年若い女の声。

 その声に隊員は眉をひそめる。


「誰だ?」

『あ、ごめんごめん。自己紹介がまだったったね。ボクは赤城アリス、国家防衛陸海空独立魔導師団『クストス』陸軍第一部隊隊長だよ☆』


 女――アリスの自己紹介に隊員はギョッと目を見開く。

『クストス』は国直属の特殊魔導士部隊。七色家の一つである『赤城家』は、その『クストス』を創立した家であり、日本を守護する存在。

 本来なら魔導犯罪課のみならず日本の警察・軍関係者だろうと上層部しか会えない御仁の声に戸惑いを隠せなかった。


「な、何故あなたがこの通信に……!?」

『いやー、それが困ったことに君達が見た例の車に乗った男と黒い鉄の獣は、七色家ボクらの問題なんだよ。そっちはボク達で解決するから、君達はちゃんと仕事してていいよって伝えたくてねー』


 何を言っているのかわけが分からないが、どうやら先ほどの彼らは七色家が関わっているようだ。

 七色家に関する事案に巻き込まれるのは、IMFの誰もが避けたい。もしどんなに小さい事件に巻き込まれたら、重い守秘義務を負わされ、最悪命を狙われる可能性がある。

 隊員は息を呑み、なるべく平静を装った声で告げる。


「……はっ、了解しました。ご武運を」

『あっはは! ご武運ってほどじゃないよー。あ、ちょっとそこ通るからどいてね』

「はっ?」


 そう言った直後、赤いフォルムが特徴的な車が先の暴走車ばりのスピードでこちらに向かっている。

 隊員達は慌てて避けると、車はタイヤを唸らせながら疾走感ある動きで通過する。まるで風が通り抜けた感覚に一同は呆然とする。


「な、なんだったんだ……?」


 隣で後輩が呟く中、隊員はついさっき見えた光景に首を傾げる。


(あの車……他にも何人か乗っていなかったか?)



☆★☆★☆



「これでよし、っと。さあてこれで心置きなく暴れるねー♪」

「それよりスピード落とせよ!! 後ろの二人がめっちゃグロッキーなんだよッ!!」


 るんるん気分で運転するアリスに、樹は盛大に叫ぶ。

 後部座席では青い顔をした日向が心菜、何故かへっちゃらな暮葉が椅子にふんぞり返っており、しかもカチャカチャと音を立てながらライフル型魔導具を組み立てている。

 助手席に座る樹はアシストグリップを握っており、この車体にかかる重力になんとか踏ん張っている状況だ。


 移動手段としてアリスの車を使ったが、この車はいつでも制御AIを解除できるよう改造したとんでもない代物だった。そうとは知らずに乗り込んだ直後、アリスはF1ばりの加速と運転テクニックを披露した。

 だが今まで自動車の加速・減速・停止を自動でさせる制御AIが搭載された車にしか乗ったことのない日向達にとっては、こんなハチャメチャな運転は最早拷問に近い。


「つか、この先ってほんと大丈夫なのか!? またさっきみたいな場所を通るのか!?」

「ううん、もう通らないよー。でもこの様子を見るとあの二人、国道16号に行くみたいだね」

「はあ? 国道で暴れる気なのか?」

「多分ねー。それに、ちょっと気になったことがあってねぇ……」


 そう言いながらアリスはテキパキとカーナビを操作する。

 画面には国道16号に黒い丸が黄色い丸を追っており、その先には赤い丸が密集している。


「これは?」

「これは今の国道にいる魔導士を衛星の情報を元に記号化したやつ。黒のは悠護くん、黄色は右藤さん、そして赤は敵勢力って感じかな」

「いやいや待て待て、赤の数が多いぞ。まさかこれ全部敵なのか!?」


 画面は小型のせいでよく見えないが、樹の目から見て数はそれなりに多い。

 もし今の悠護でも倒しきれない数がいたら、彼の身の危険はぐんと高くなる。


「クソったれ! 暴走してる相手にここまでするのかよ!?」

「暴走してる相手だからこそだ。画面を見るに、向こうはこのまま悠護の魔力を搾り滓もないくらい使わせて死なせるっつー方法だ。早々に手を打たないとマズいな」


 右の手すりに拳を落とす樹に、冷静に意見を述べる暮葉。

 暮葉の手にはライフル型魔導具があり、形は対物ライフルに近い。スコープがついているそれをルームミラー越しに一瞥するアリス。


「暮葉くん」

「なんだ?」

?」


 その時の口調は、まるで散歩しようとする子供に『帰りに醤油買って来て』と頼む母親の口調と同じトーンだった。

 口元を抑える心菜の背中を撫でながら、日向はカーナビに映る画面を見る。

 画面には黒い丸――つまり悠護を示す記号が黄色い丸を追っており、あと一〇キロ近くで赤い丸の集団に近づこうとしている。


 それにたいして、今日向達がいる場所はそこからさらに一〇〇キロ以上は離れている。たとえ遠距離攻撃魔法でもギリギリ届くか届かない距離になるはずだ。

 あまりの無茶振りに日向達が何かを言おうとする前に、暮葉は静かに目を瞑る。

 彼の周りに薄らと緑色の魔力が可視化されたかと思うと静かに消え、眼鏡をかけ直した。


「……アリス、あと一〇キロ出せ。それなら半分以上はやれる」

「オッケー! みんな、しっかり捕まってね!!」


 暮葉の言葉にアリスがニッと快活に笑うと、車はさらに加速度を上げる。

 再び襲い掛かるGに三人がなんとか踏ん張ろうとしていると、おもむろに暮葉はサンルーフを開けると、そのままライフル型魔導具を持って上半身を乗り出す。

 ギョッとする日向を余所に、アリスは明るく言った。


「――みんな、しっかり見るんだよ。ボクら『七色家』の力ってやつを」



 道路交通法違反上等の速度で疾走する車。そのサンルーフから身を乗り出した暮葉は、冷たすぎて痛く感じる風を味わいながら自身の専用魔導具であるライフル型魔導具疾風を構える。

 そのままスコープ――正確に言ったと自身の視力を増加させる魔導具を覗き見ると、いつもよりいい目がさらに良くなっていく感覚になる。


 スコープから見える光景は、一〇も列を作って各々の手に魔導具を持つ魔導士崩れ。凶悪そうな顔や愉悦混じる顔、さらに金髪は褐色肌の人種もいる面々を見て、暮葉は大きく舌を打つ。


「クソったれ、外の組織も連れて来やがって」


 日本より外国の方が魔導犯罪組織の数が多く、わざわざ日本の魔導士を派遣さえなければないほどだ。

 世界各国において日本は世界一安全の国ランキングではトップ10に君臨している。その平和な隙をついて国外の魔導犯罪組織が密入国してくることは少なくない。それに日本の魔導士は平安時代に陰陽師や巫女という魔導士の同類と言ったべき存在がいた影響か、その質は魔導大国イギリスとはいい勝負だ。


 だがいくら国外だからといって油断していいわけではない。

 一般人でも銃や刃物を持たせてしまえば人を殺すことは容易だ。それと同じように、魔導士崩れも親や本で魔法の使い方を教わればなんでもできる。


「……さて、そろそろか」


 現在魔導犯罪警報で活動を停止しているETCを通り過ぎるのを見計らい、暮葉は白魚のような指を引き金に当てる。

 銃口は暮葉がいる位置から右斜めに向けており、その先に敵勢力がいることはすでに確認済みだ。

 暮葉が得意とする魔法は時間干渉魔法と遠距離攻撃魔法。数分先の時間に干渉することで見える未来――いわゆる未来予知を使い、威力を通常より向上させた魔導具と遠距離系の攻撃魔法を使うことで相手を一掃する――これが、緑山家が独自に開発した戦術の内容だ。


「座標・風向き共に重畳。――さてと、さっそく先輩らしく尻拭いしてやるよ、クソったれの後輩のためになッ!」


 《疾風》を構え、魔力を注ぐ。可視化された暮葉の緑色の魔力が、持ち主の体を包むように溢れ出る。


「『流星メテオルム』ッ!!」


 引き金を引く。銃口から緑色の魔力弾が発射される。魔力弾は《疾風》の銃口が示した先へと辿り、上空から数百メートルの先で止まる。

 瞬間、宙を浮いていた魔力弾が一斉に数百の玉となって分裂すると、そのまま地上に降り注ぐ。

 まさに星の雨という表現が正しい光景。だがその地上で起きているのは無慈悲な攻撃。獣を狩るために余力を持っていたはずの勢力は、『緑』によって蹂躙される。


 遠目からでも緑色の魔力が爆ぜる音と光景を目にした日向達が息を呑む中、アクセルをさらに踏むアリスが静かに言った。


「――七色家の前身は、第二次世界大戦時に集められた魔導士徴兵団なんだ。指揮官としてトップに立っていた七つの家は、各々が独自の戦術を用いて第二次世界大戦を生き抜こうと戦っていた。その戦術は今も受け継がれ、各家に伝えられている。

 『赤城』は音干渉を用いた戦術なら、『黒宮』は物体干渉を用いた戦術を持っている。そして『緑山』は、時間干渉と遠距離系攻撃魔法を用いた戦術――つまりね、この手の戦いは緑山にとっては十八番なんだ☆ 分かった?」

「「「は、はい……」」」


 笑顔でアリスが告げ、微かにひきつった顔で日向が頷いた直後、暮葉は予測通りの結果に満足そうな顔で呟く。


「――さて、尻拭いはしてやったぞ。あとはテメェらがやりやがれ、後輩共」

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