第38話 黒の魔導士は憤怒の咆哮をあげる

 轟音の後に起きた土煙に庭園にいた者達が激しく咳き込むと、どこからか銃声が鳴る。

 銃声に混じって悲鳴も上がり、痛みで泣き叫ぶ少女の声がそこらから響き渡る。設置したテーブルや椅子が倒れる音や食器が踏み砕かれる音を聞きながら、日向は柱に身を隠すとホルスターから《アウローラ》を取り出す。


 目の前にいた希美は突然の襲撃で戸惑っているが、状況を把握したのか低姿勢で壁に隠れている。

 東屋の柱から顔を少しだけ覗かせる。日向の視界の先には重装備で整えた傭兵がおり、彼らは手に持っているサブマシンガンで射撃する。


 その射撃で肩や足を撃たれた少女がおり、傭兵は負傷した少女を荷物のように担くと、そのままどこかへ運ばれていく。この会場には魔導士界と関わりのある血筋の少女もおり、中にはクラスや学年が違う聖天学園生もいる。

 恐らくこの襲撃は魔導士候補生の拉致を目的としたものだと結論づけた。


 招待客にいる男達は魔法で交戦し、女達は血相を変えて逃げ出していくのを見ながら、日向は《アウローラ》を敵に向けて構える。


「『弾丸グランス』!」


弾丸グランス』は初級攻撃魔法だが連射性があり、一度の詠唱で数発ほど魔力弾が撃てる。だが撃てる数は距離によって変化し、個人によって違う。日向の場合、近距離は六発、中距離は三発、遠距離は一発だ。

《アウローラ》の銃口から発射された魔力弾は六発。傭兵の三人に直撃し、そのまま数メートル先まで飛ぶ。


 残りの三発が相手の武器や足元に当たると、射線で位置した傭兵がサブマシンガンを日向に向けるも、一瞬の風切り音と共にサブマシンガンは二つに切られた。


「なっ!?」


 透明化を解いたリリウムが仕込み杖を抜いており、そのまま自身に銃口を向ける傭兵を目に見えぬ速さで武器を切り、相手の意識を奪っていく。

 リリウムの快進撃で傭兵側の勢いが低下していくのを見計らうかのように、溌剌とした声が庭園の外から聞こえてきた。


「はいはーい! 招待客のみんなー、耳塞いでねー!」


 その声に聞き覚えがあったが、日向は他の招待客と一緒に耳を手で塞いだ。


「いっくよー! 奏でるのは混乱の調べ! 『狂騒曲ラビエ』!」


 声の主――アリスが詠唱を唱えた瞬間、お腹の底をも震わすような重低音が庭園周辺に響く。

 アリスの手には自身の身の丈ほどの大きさがある金色に輝くユーフォニアムを持っており、マウスピースに口をつけながらピストンバブルを押している。

 ベルから音が漏れ出すたびに、傭兵はサブマシンガンを手放すと頭を抱えて叫びを上げる。その隙を突くように《白鷹》を構えた怜哉がアリスの横を通り過ぎた。


 強化魔法をかけているのか残像すら見えないほどのスピードで傭兵の懐へ潜り込むと、怜哉は相手が反撃を仕掛ける前に《白鷹》を振るう。

 防弾チョッキすらもバターみたいに切り裂くと、傭兵の体から血しぶきがあがる。短い悲鳴をあげる仲間の声を聞いて、数人の傭兵が銃口を怜哉に向けるが彼の姿は一瞬で消える。


 まるで何かが通り抜けるように風が吹いたと思った直後、怜哉に銃口を向けていた傭兵は血を吹き出しながら倒れる。

 刃についた血を振り払う怜哉に別の傭兵が銃を向けるが。それは《ノクティス》を持って現れた悠護が武器を切り捨て、傭兵の腹に柄の先を打ち込んだことによって失敗した。


 アリスの音による混乱とリリウムと怜哉の快進撃によって、庭園を襲った傭兵はほぼ片づけられていく。

 途中で怜哉が何故か樹の首根っこを掴んでどっかに行ったが、方向的に少女を担いだ傭兵のところに行ったのだろう。怪我をした人は心菜や生魔法が得意な人が治しているの横目に、日向は《アウローラ》をホルスターに仕舞う。


「日向! 大丈夫か!?」

「うん、あたしは大丈夫。それよりこれ……もしかして魔導犯罪組織の?」

「いや、それは違う。さっきコイツらの所持品がないか漁ったらこんなのが出てきやがった」


 悠護が微かに血のついたカードを取り出す。文字は英語で読めないが、『Great Bear Claw』と名前と熊の爪のエンブレムがあるのは分かった。


「『グレート・ベア・クロー』、アメリカの民間軍事会社――PMCの一つだ。だがこの会社、数年前のホワイトハウス襲撃事件に加担した疑いで倒産してるんだよ」

「偽物って可能性は?」

「あるかもな。だがPMCの身分証明カードなんてそう簡単に偽装できない。こいつらは多分本物だ」


 悠護の視線の先にはリリウムによって気絶させられた傭兵が魔法で縛られている姿で、顔を隠すためのヘルメットなどを取られたせいで彫りの深い顔が露になっている。

 その横でアリスが傭兵の一人に何やら話しており、何回か言葉を交わすとこっちに向かって駆けよってくる。


「話聞いてきたよー」

「どうだった」

「んー、最近のメディア業界はアテにならないって身に染みたかなー」

「メディア? なんの話だよ」


 訝しげな表情を浮かべた悠護を見て、アリスは困惑した顔で説明した。


「うーんとね、どうやらあの人達、ライバル会社に嵌められたらしくてね。そのライバル会社は自分達が採用している型番の武器を使ってホワイトハウスを襲撃。

 で、そいつらは上手いこと警察や裁判所に根回ししていたらしくてね、彼らの言い分を聞かないまま起訴されて会社は倒産。襲撃事件に関わったとされた社員は全員捕まって処刑。残った社員はみんな家族から絶縁もしくは離婚されて家を追い出されたみたい」

「ひどい……」


 以前、授業で陽は言っていた。

 魔導士が軍事・治安にも関わった影響で一般人の軍人・警察官の採用率は年々低下している。理由としては魔導士が高火力を持つ兵器でも太刀打ちできない力を持っているのが要因で、なんの力もない一般人を雇う余裕がなくなっているせいだ。

 その反面にそれ以外の企業での採用率が跳ね上がり、一昔前に聞いたことのある『リストラ』を行う会社は激減していった。だが軍事や治安にも魔導士が首を出すのを快く思わない者も少なくなく、外国ではPMCの数が増えていった、と。


 PMCは魔導士が比較的少ない地域では重宝されており、アメリカやドイツのように軍事技術の高い国ではPMCの競争率が激しい。

 人件費、武器の購入、傭兵教育など金銭的問題の影響で会社の運営が厳しいPMCは、これまで顧客として得た人脈を使って他のPMCを倒産もしくは濡れ衣などで数を減らすなど手段を問わない方法を取る。

 先ほど日向達を襲った『グレート・ベア・クロー』もその被害を受けた会社の一つなのだ。


「あいつらの経歴は分かった。けどこの襲撃とはなんの関係があるんだ?」

「それがどうもきな臭くてさあ。雇い主がここを襲撃して女の子達を攫ってきたら自分達の無実を証明してあげるって言われたんだって。しかもどの子が魔導士なのかも分かるリストつきで。でも一つ分からないことがあってね」

「分からないこと?」

「彼ら、知らなかったんだって。七色家ボクらがここで会議を開くこと」


 それを聞いて、悠護は眉をひそめた。

 七色会議は基本IMFに開催日時を伝えるだけで、開催場所と議題は秘密にしている。もしこの襲撃が七色家に対するものならどこかで情報が漏れたか盗まれた可能性があるが、それを知らないまま襲撃したというのはおかしい。

 ならただの偶然? いやや、違う。もっと別の――。


「な、なんだあれっ!?」


 この襲撃の意図について考え始めた直後、招待客の一人が声をあげた。

 声につられて後ろを振り返ると、ふっと地面の影が薄くなる。雲が出てきたのか? と思ったが鼓膜を震わせる羽音にすぐ気づいた。

 空に顔を向けると、そこには数百を超えるカラスの群れ。黒い羽毛で包まれた鳥類達の首には、様々な色合いをした魔石ラピスが埋め込まれた首輪をしている。


 カラスの目が悠護達に向けると、一斉に体の向きを修正。そのまま翼をはためかせながら一直線に向かってくるのを見て、アリスは『マズい』と書かれた顔で叫ぶ。


「みんなぁ! 防御を張れぇええ!!」


 その声に急いで防御魔法を使う人や戸惑う人がいる中、カラスがあと数センチで地面と衝突するところで魔石ラピスが輝く。次の瞬間、カラスは炎と黒い煙に包まれた。

 爆発。その現象を文字で現すことができたのは、カラスの体がまるで風船のように膨れあがる様子を見た後だ。轟音と熱風、息ができないほどの黒煙が襲いかかり、女特有の甲高い悲鳴があがる。


「日向ッ!!」


 日向も状況を読み込めなかった人の一人なのだが、近くにいた悠護が防御魔法を張って抱き寄せてくれたおかげで防御魔法の効果範囲内に入れた。

 連鎖する爆発音と悲鳴にぎゅっと目を瞑り、音が収まるのをじっと耐えた。音がやんだのはたったの数分だが、日向にとっては数十分聞いていた感覚がしていた。


 恐る恐る瞑っていた目を開けて見えた光景に絶句した。爆発によってできた火は草花に燃え移り、東屋の天井と柱は瓦礫となっている。

 防御魔法を張れなかった人は全身を黒い煤で覆われ、血を流して倒れている。ヒューヒューと細い呼吸音が聞こえるおかげで生きているのは分かるが、それでも虫の息なのは変わらない。


 中でも一番被害が多いのは『グレート・ベア・クロー』の傭兵だ。爆風で地面に倒れている彼らは頑健な魔導士ではない一般人だ。たとえ防弾チョッキを着こみ、ヘルメットをしていても、爆発による衝撃と熱さは防げない。

 微かに聞こえる呻き声に悠護の腕の中にいた日向が駆け寄ろうとするが、


「――あれ? 意外と威力が弱かったですねぇ。PMCの彼らは陽動なので別に捨て置いても構わないのに……まったく、最近の若者は処理にも手を抜くので困ります」


 あまりにも穏やかな声に足が制止する。だが足を止めたのはその声が場違いだからではない、聞き覚えのある声だったからだ。

 日向、悠護、希美、そして心菜の防御魔法で守られている朱美と鈴花は目を見開きながら声をした方を見る。

 炎が燃え移った茂みから現れたのは、細身の人影。だが左のこめかみの髪の三つ編みにし、鐘形の留め具をつけた癖のあるサフランイエローの髪と右目にモノクルをした男性を見て、悠護は真紅の瞳を強く睨みつける。


「一体、何してんだよ――右藤さん」


 徹一の秘書であり、黒宮家に出入りする人間の中では一番信頼のできる男の名を呼ぶと、右藤はにこりと笑う。


「悠護様、昨日ぶりですね。相変わらずお元気そうで何よりです」

「挨拶は結構だ。それより、これはどういうことだ」

「どういう……とは?」

「とぼけんなっ!!」


 きょとんと首を傾げる右藤に痺れを切らした悠護は、右腕を振り上げながら叫ぶ。


「お前言ったよな、この襲撃は陽動って! 目的はなんだ!? 一体何が狙いだッ!」

「うーん、そうですね……。私個人としては別に目的も狙いもないのですが……しいていえば、私の本当の主人の命令だから、でしょうか」

「本当の……主人……?」

「ええ。私、右藤英明の主人は黒宮徹一様ではありません。私の本当の主人は墨守米蔵、黒宮家筋の分家のご当主様です」


 墨守米蔵。その男は分家の中で悠護が嫌う人間の中で堂々の一位に輝いている男だ。

 豚のようにぶくぶく肥え太り、若い女には手あたり次第毒牙を向け、倫理委員会の仕事はロクにせず惰眠を貪る三大欲求の化身と言える男。

 そのくせプライドだけは一丁前にあり、自分より身分が低い人間には冷たく当たる。そのせいで結婚した妻は嫌気が差して離婚し、跡取りの子供もできないまま墨守家の血筋を絶えさせるのではないかと噂されていた。


 そんな男を主人とする右藤に悠護はこれっぽっちも理解できない。

 それは右藤も察したのか、苦笑いを浮かべていた。


「まあ理解できないのは当然でしょう。ですが、私はあの人には感謝しています。天涯孤独の身である私を育ててくれたのですから。ならその御恩をお返しするのは当然でしょう」

「随分と立派な忠誠心だね。……で、墨守さんの目的ってなんなの? こんな派手なことしたんだからそれ相応のヤツなんだよね?」


 ユーフォニアムを抱えていつでも魔法を発動させる準備をさせているアリスに、右藤は「もちろんです」と言いながら頷いた。


「米蔵様の目的は、七色家入りです。そのためには一番厄介な家の血を消す――つまり黒宮家の根絶させるのが私に言い渡された命令です」


 右藤の口から出る言葉に、この場にいる人間全員が言葉を失った。

 七色家で暫定一位に君臨する黒宮家は、第二次世界大戦で生まれた七色家の前身である『魔導士徴兵団』の頭として指揮を執り、日本を戦勝国に導かせた。その武勲によって日本政府は『魔導士徴兵団』をまとめた黒宮を含む七人を日本最強魔導士集団『七色家』として設立させ、以降魔導士界と一般社会に影響力を与え続けてきた。

 その七色家の分家は彼らの家の親戚筋から派生として生み出された家で、墨守はその戦後に生み出された分家の中では一番の古株だ。


 その墨守が黒宮の血を消すことは、七色家が分家と交わした誓約を破るということ。

 それは、魔導士界に敵に回すのと同義だ。


「……お前……意味分かってんのか? もし失敗したら墨守はヨーロッパにある魔導士刑務所に無期懲役か死刑になるんだぞ? そうなるとお前は……!」

「ええ、共犯である私もそうなるでしょう。ですが、私はそれでも構いません。主人の命令に従うのが私の生き甲斐であり、本望です。そんなもの苦に値しません」


 穏やかに微笑む右藤に悠護もアリスも言葉を失い、話を聞いていた朱美が真っ青な顔で口元を両手で覆う中、抑揚のない声が傷だらけの庭園に響いた。


「――そうか。それがお前の答えか、右藤」


 燃えて黒くなった芝生を踏み潰しながら歩いてくるは、悠護の父である右藤の雇い主であった徹一。

 彼はいつもと変わらない冷静な顔で右藤を見つめる。


「これはこれは……まさか徹一様がお越し下さるとは思いませんでした。さすがのあなたもご家族の安否が気になったのですか? 黒宮家当主と日本支部長の責務を全うすることに目がない冷たいお人思っていました」

「徹一さん……」

「お父さん……」


 自身の名を呼ぶ朱美と母に抱きしめられながらも震えている鈴花を一瞥すると、徹一は静かに息を吐きながら右藤と向き合う。


「当然だ。私にとって家族は守るべき存在だ」

「おや、そういう割には千咲さんの葬式では涙一つも流さなかったんですよね? そう言われましてもあまり信憑性がありませんよ」


 おどけた様子の右藤に徹一は無表情で黙る。だが右藤はそんなことは気にせず話を続ける。


「ですが、あなたにも家族の情があるというのは少し感心しました。なら一つ、交渉しませんか?」

「交渉だと?」

「ええ。交渉内容は実に簡単です。黒宮家が七色家から退き、代わりに墨守家の七色家加入を認める。そうすれば私達は黒宮家を根絶させません。悪くないでしょう?」

「断る」


 右藤の交渉内容を聞いた徹一が即答すると、右藤の眉がひそめられた。


「……何故です? それだけであなたは家族を守れるのですよ?」

「理由は単純だ。あの男に七色家としての責務を果たせない。七色家の責務は貴様らの野望よりも大きく、重い。その責務を果たす力を、墨守は持ち合わせていない。黒宮家の責務を甘く見るな」


 はっきりとした告げる徹一の姿は眩しくなるほど堂々としていた。

 もしこの言葉を言った人物が赤の他人なら心に響かないが、誰よりも黒宮家の責務を理解しているからこそ心に響き、伝わってくる。


 生まれて初めて父の当主としての姿をまともに見た悠護は、その圧倒的な存在感に息を呑む。

 悠護の近くにいた日向も固まる中、彼女の視界に何かが写り込んだ。


(……? なんだろう、あれ……。鳥の……翼……?)


 鳥というとさっきのカラス爆弾を思い出してしまう。そう思って視線だけをさっきの翼が見えた方へ向ける。


「交渉決裂……ですか。さすが徹一様、その鋼のように揺るぎない志は見事です」

「話はそれだけか。ならばお前を捕まえ、墨守も捕まえる。七色家の人間として貴様らを裁こう」

「……いいえ、それは不可能です」


 クスリ、と右藤は笑う。その時、日向の視線の先で緑色の翼が大きく広がる。

 そこから小さな竜巻が生み出されるのを見て、はっと息を呑んだ。


(――マズいっ!)

「日向!?」


 足に力を込めて地面を蹴る。悠護が驚いて自分の名を呼んだ気がしたが、気にも留めないまま駆け出すとそのまま徹一に向かって右腕を伸ばす。

 ドンッと硬い感触をした徹一の体を突き飛ばすと、突き飛ばされた本人は驚いたように目を見開く。

 その直後、ザシュッと肉を裂く音が聞こえた。


「ぁがっ……!?」


 茂みの奥から出てきた小さな竜巻が日向の肩を直撃する。

 ブチブチと筋肉が斬れる音を聞きながら、肺に溜まった酸素を吐き出す。一目で普通じゃない血が自身の肩から溢れ出すのを目視するのと同時にそのまま地面に倒れた。


「――日向ッ!!」


 ドクドクと心音と合わせて流れる血を無感動に見つめていると、血相を変えた悠護が日向の元に駆け寄ると彼女の上半身を起こす。

 今日のために着ていたオレンジ色のアフタヌーンドレスが真っ赤に染まっていく。自身のシャツにも手にもついたそれを見て、悠護は目を見開きながら言葉を失う。


「おや、まさか失敗するとは。ですが、それはそれで好都合です。徹一様、先ほどの交渉を呑まないと私はここにいる全ての人間にも手を出しますよ。この子でね」


 クスクスと笑う右藤がパチンッと指を鳴らすと、PMCが現れた同じ方向から思い足跡が聞こえてきた。

 バキバキと茂みを踏み潰して現れたのは、一体の異形。緑色の翼がエメラルドのように輝くハーピーだが、両目は黒革の眼帯を覆っており、臀部には黒い鱗をしたトカゲの尻尾が生えている。


 突然現れた異形に周囲がひきつった声を出す中、徹一はただでさえ鋭い目をさらに鋭くする。


「それはなんだ」

「これですか? 北アメリカにある『レッドスター』という魔法研究所から盗んだキメラです。といっても、これは今まで別種類の動物だけで作ったキメラではありません。概念干渉魔法使いと動物で組み合わさったキメラ――『セカンドプロジェクト』と呼ばれる次世代型キメラ製造計画で生み出された記念すべき第一号です」

「概念干渉魔法使いだと……!? 貴様ら、魔導士をキメラの素体にしたのかッ!!」

「いいえ、私は作ってませんよ? 苦情ならレッドスターにしてください」


 そういうと右藤は『キェエ……』と鳴くキメラの金髪をひと掬いするとそのまま口づける。


「……さて、このキメラの素体となったメリア・バードはかなり優秀な魔導士です。さすがに他国の魔導士に危害を加えるとマズいのはあなたでは?」

「貴様……」

「もちろん交渉に乗ってくれたら彼女の身柄は本国に返しますよ。だから――」


 厳しい顔の徹一を見て右藤が興奮したように頬を紅潮させた瞬間、ガチャッと音が聞こえた。

 音がする方向を見ると、地面に転がる食用フォークとナイフ、金属トレーが上下に揺れたかと思うと金属はある一点に向かって集まっていく。

 金属が向かっている先は気を失う日向を抱きかかえる悠護。彼の周りには金属が使われたものが集まり、形を変えていく。


 魔法によって黒くなり歪な形をした金属片に変化すると、金属片は悠護の体にまとわりつく。まるでS極とN極が合わさった磁石のように金属片がガチガチと合わさっていく。

 金属片は徐々に重なっていき、やがて耳障りな金属音が聞こえなくなる。だが音が止んだ直後に現れた悠護の姿に右藤も息を呑んだ。


 黒い金属片は彼の体にフィットさせた全身甲冑プレートアーマーに変わり、爪先と指先は鋭い刃がついている。頭部には狼を思わせる兜。

 刃がついている方を触れさせないようにしっかりと日向を抱きかかえながら、悠護は――吼えた。


「――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 大切な者を傷つけられ、我を忘れた黒の魔導士の憤怒の咆哮は、八王子市全体に響き渡った――。

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