第36話 七色会議【前編】

「では、最初の議題に入ります。世界で唯一の無魔法使い・豊崎日向の処遇についてです」


 徹一の言葉に悠護は息を呑みながら、手元の資料に目を落とす。

 悠護を含む全員が持っているのは、日向に関する情報。内容はこう記されている。


『名前:豊崎日向とよさきひなた

 年齢:15歳

 誕生日:11月7日

 身長:160㎝

 体重:44kg

 血液型:O型

 家族構成:豊崎暁人(死亡)、豊崎晴(死亡)、豊崎陽

 備考:九系統魔法の一つである無魔法を扱える世界唯一の魔導士。

    学園での素行良し。危険思想なし。犯罪組織との関連性はゼロ。

    なお、今後の処遇については七色会議で決定する予定。    』


 簡潔に書かれた内容にそれぞれ異なった反応を見せる。

 興味がなさそうな顔、眉を寄せて考え込む顔、中には怪しいところがないのが気に入ったのか嬉しそうにする顔など様々だが、この内容には悠護は当然だろうと思った。


 数ヶ月前まで魔導士と関係のない世界を生きていたのだ、むしろ自分と同じ年で犯罪組織と関わりを持っている方が驚きだ。

『魔法によって不幸になった人を笑顔にする魔導士』を目指す彼女が危険思想を持っていないのも同じ理由だ。


 他にも彼女がこれまで参加したボランティア内容や通っていた小・中学校での教師の評価も書かれているが、どれもさほど問題がないどころかそれなりに高評価されている。

 あるとすれば『同学年の女子から度々いじめを受けていた』という悠護的には無視できない内容だけだ。


「うーん、見事なまでに清廉潔白だね。学校での素行も問題ないなら特に問題ないでしょ」

「ですが、彼女は無魔法が使えるのでしょう? もし犯罪組織の手に渡ったらそれこそ問題なのでは?」


 アリスが紙をぴらぴらと上下に動かしながら言うと、横から紗香がばっさりと告げる。

 紗香の言う通り、日向が『獅子団』のような魔導士崩れの魔導犯罪集団に目をつけられ、手に渡ってしまったらIMFも七色家も無視できないだろう。


「それについては僕や黒宮くんがいるから大丈夫でしょ。少なくとも学園にいる間はね」


 ズズーッと洋風な場には似合わない深緑色の湯呑で煎茶を飲む怜哉。

 いつの間にあんなのを用意したのか気になっていると、香音がジトッとした目つきで怜哉を睨む。


「そういえばぁ、白石ってこの女殺そうとしたんでしょう~? それについてはなんかないのぉ?」


 わざとらしく語尾を伸ばしながら言った香音に、雪政は小さく苦笑するが怜哉は平然とした態度でお茶を飲み続ける。

 香音が「こら香音、そういう言い方はやめなさい」と迅に叱られていると、琴音は真剣な眼差しを白石親子に向ける。

 さすが軍人というべきか、彼女の銀灰色の瞳は刃物のように鋭くなっている。


「……雪政さん。いくら白石に独断で対象を排除する権利があるとは言え、五月の件は少し性急過ぎではありませんでしたか? ロクな情報もなしでの行動は軽率としか言えません」

「そうね……琴音の言う通りよ。雪政さん、あなたも七色家として責務を果たそうとしたのだと思うけど、今回ばかりは擁護できないわ」


 琴音に同意するように言った真希。同い年である彼女達は他の七色家当主よりもフレンドリーな関係で、名前で呼び合うほどの仲であるのは周知の事実だ。

 基本七色家は他家の事情には不干渉を貫くが、琴音と真希のように友好関係を築く場合もある。例として、黒宮家は役割の関係上、白石家とはそれなりに良い関係を築いている。


 琴音と真希からのお言葉を聞いて、雪政は深く頭を下げた。


「その件に関しては私の不徳の致すところです。処分を受ける覚悟は出来ています」

「ず、随分と素直に認めるのですね」

「当然です。自身の過ちを隠すほど私は身の程知らずになった覚えはありませんので」


 意外にも自分の非を認める雪政の態度を見て、困惑する迅の言葉にはっきりと答える。

 雪政とは何度もパーティーで挨拶や会話をしたことはあるが、少なくとも自身の過ちを認めない人間ではないのは知っている。

 これがまったく知らない赤の他人なら信じないが、雪政の性分を知っている悠護はその態度が本心であることが分かった。


「……父さんはこう言ってるけど、どうするの、黒宮くん?」

「はっ? 俺に振るのか?」

「君もある意味被害者だからね。一応必要かなって」


 湯呑と同じようにどこから用意したのか分からない豆大福を頬張る怜哉の言葉に、悠護はチラッと徹一の方を見る。

 徹一はじっとこちらを見ており、『お前が決めろ』と目で言っているのが分かる。

 父の目を見て悠護は頭を掻きながら背もたれに凭れかかると数秒ほど固まると、体を背もたれから離した。


「あー……その、なんだ。その件は白石との『約束』で全部チャラにしてるつもりだ。だから処分は下すつもりはない」

「へぇ、そうなんだ。それって……あんたはパートナーのことを大事に思ってないって言ってるのと同じだと思うけど?」

「……いいや、違う」


 挑発的な態度を取る香音に特に態度を荒げず、悠護は静かに首を横に振る。


「俺のパートナーは……日向はそういった報復行為は好まない女だ。非を認めた相手にそれ以上の罵倒もしなければ暴力も振るわない。ちゃんと反省している相手を許す心を持っているんだ。もし日向がこの場にいたら……そうだな、『そんなのは必要ないよ。あなたがちゃんと反省してるのは分かってるから。でも白石さんがまた同じ過ちを犯したら、その時は然るべき対応してもらうからね』って言ったかもな。いいや、言ったな。絶対」


 脳内でパートナーが言いそうな言葉を思い浮かべた悠護がクスリと小さく笑う。

 それを聞いて香音はつまらなそうに頬杖をつく。


「そんなの黒宮の妄想でしょ? どうしてそんなのが分かんの?」

「ハッ、そんなの愚問だな」


 香音の質問に鼻で笑いながら一蹴すると、悠護はふっと口元も眦を緩めて微笑む。


「――あいつは、俺が一番信頼するパートナーだからだ。それ以外に理由なんてねぇよ」


 それを聞いた時の七色家の面々は、思わず目を見開いてしまった。


 今まで七色家の人間が見てきた黒宮悠護という少年は、幼い頃は誰にでも隔てなく接する優しい男の子だったが、千咲の死後は自分や家に媚びを売る人間が急激に増えたせいで魔導士嫌いになってしまった。

 たとえ同じ七色家でもいくら彼と接しようとも笑顔なんて浮かべなかった。浮かべるのは精々申しわけなさそうな笑みか嘲笑、そして自虐的な笑みばかりだ。


 そんな彼が、こんな風に笑うのを見るのは随分と久しぶりだ。

 今も浮かべる柔らかい笑みを見ていると、悠護の中で豊崎日向という少女がどれだけ大切なのか嫌というほど伝わってしまう。

 世界で唯一無魔法を使える魔導士ではなく、己を理解し、そして強い信頼関係で結ばれた大切なパートナーとして想っている。


 悠護の心境にここまでの変化を及ぼしたことに周りが言葉を失う中、パチパチと小さな拍手が部屋に響いた。


「――素晴らしい信頼関係ですね、悠護くん」


 拍手の主である霧彦の言葉に、悠護はスッと目を細める。

 柔らかなラベンダー色の髪と知的な印象を与えるアメジスト色の瞳、端正な顔に物腰柔らかな雰囲気はまるで貴公子そのものだ。


 今年で二六歳を迎える彼は、二年前に結婚をしている既婚者。今も幸せな夫婦生活を送っている彼が浮気なんてするわけないが、彼の瞳から好奇心が静かに顔を出し始めている。


「ですが、彼女の魔法は私にとっても興味深いものです。本当なら今すぐにでも研究所で頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと調べたいのですが――」


 直後、霧彦の頬に何かが掠った。

 ガチンッと音を立てて窓にぶつかって落ちたのは、食用ナイフに似た投擲剣。頬にできた細長い傷から一筋の血を流しても微笑む霧彦は、凶器それを投げた相手を見据える。

 霧彦に投擲剣を投げた張本人である悠護の瞳は刃よりも鋭く細められていて、体からは真紅色の魔力が溢れ出している。


「それ以上言ってみろ、次は脳天に狙うぞ」


 右手で新たな投擲剣を四本作り出した彼は、氷よりも冷たい声で言った。よく見るとシャンデリアや椅子に使われている金属がビキビキと音を立てて変化している。

 この現象が魔力による暴走だと理解すると同時に、今の悠護は霧彦に手をかけてもおかしくないほど怒りを宿していることも分かる。


 これ以上怒らせるのは得策ではない、と思ったのか霧彦は上着のポケットからハンカチを取り出し、そっと血で汚れた頬を拭う。


「……失礼、今のは冗談です。いえ、確かに私は無魔法には興味を持っていますが、それはあくまで魔法であって彼女自身ではない。さすがの私でも豊崎さんをどうこうするつもりはありません」

「だったら紛らわしい言い方すんじゃねぇよ」

「すみません」


 微笑みを崩さない霧彦に悠護は舌打ちをした後、ゆっくりと魔力を抑える。真紅色の魔力が薄れていき、変形していた金属達は元の姿に戻って行く。感情の起伏による魔力の暴走は魔導士としては未熟だが、同時に卓越した魔法の才能を持っている証だ。

 詠唱を必要としない『完全詠唱』の取得をした魔導士は、世界で数百万人もいる魔導士の中ではほんの一握りしかいない。取得した魔導士の中には悠護のような感情によって魔力を暴走させやすい人が多い。


 悠護が得意とする金属干渉魔法は『物体干渉魔法』と呼ばれる干渉魔法の中では一番簡単な部類に入るが、魔力消費量が少ない上に使い勝手がいい。しかも世界中の建築物や公共物に使われている金属は全て金属干渉魔法の対象だ。

 たとえ手持ちの金属がなくても、現地のもので補えばいい。そのため、金属干渉魔法は物体干渉魔法の中では『強い』の部類に入る魔法なのだ。


 霧彦自身も多くの金属干渉魔法を使う魔導士を見てきたが、悠護のは別格なことくらい分かっている。だがそんなことよりも、彼には十年以上魅了され続けたものがある。


(それにしても、まさか本当に無魔法を使える方がいるとは……。発動したらどうなるのでしょうか? 効果時間はどれほどなんでしょうか? 魔法が無効化される感覚は? ああ、実に興味深い……)


 魔法及び魔導士関連の研究施設の運営・管理を役割とする紫原家は、分家も含む人間は皆生粋の研究者気質だ。新たな魔法の可能性や魔導士の進化に心を奪われ、一年の九割近くを研究に捧げてきた。

 本家の息子として生まれた霧彦も例には漏れず、物心ついた頃から日本各地の研究施設に赴いては数々の実験やプロジェクトに参加していた。その中でも彼を魅了し夢中にさせたのは無魔法だ。


 そもそも、無魔法は四大魔導士の一人【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムが独自で生み出した魔法。後に『九系統魔法』として加えられたものなのだ。

 歴史によると魔法の誕生は、幼少の頃のアリナが『神の声』――恐らく天啓に似た何かを聞き、魔法の知識・技を授かったのが始まりだとされている。魔法を授かったアリナはその力を世界に広めようと実兄と友人二人――後に四大魔導士と呼ばれるようになった者達に協力を仰いだ。


 もちろん三人も最初は賛成しなかったが、大豪雨による災害で深い爪痕を残された大地のためにアリナが初めて魔法を使い、人々のために使うことを決めた彼女の真摯な心に打たれ、三人は彼女と一緒に世界に魔法を広める活動を始めた。

 もちろん魔法を異端として見る者もおり、彼女達とそれに協力する者は周囲から強い批判を受けた。


 だが、彼女達は諦めなかった。

 根気強く民衆に接し、魔法によって飢饉や疫病で苦しむ村を救い、他国に蹂躙されないように強い武器を与え、そして魔法の素晴らしさを母国であるイギリスに伝えた。

 その結果が無事に実り、アリナ達は後に魔導士の始祖・四大魔導士と呼ばれるようになった。


 魔法を発見し、世界に広めようと尽力した【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルム。

 魔法を全て知識としてまとめ、後世に残した【記述の魔導士】ベネディクト・エレクトゥルム。

 魔法を扱える新人類・魔導士の在り方を生み出した【定命の魔導士】ローゼン・アルマンディン。

 魔法を武器に付与した道具・魔導具を作り出した【創作の魔導士】クロウ・カルブンクルス。

 この四人の力のおかげで、現代も魔法の恩恵によって世界は発展し続けている。


 先も述べた通り、当初魔法は八種類しかなかった。

 無魔法が誕生したきっかけは、四大魔導士の志に賛同した勢力と魔導士の誕生に反対する勢力がぶつかりあい、血で血を洗う大規模な抗争――『落陽の血戦けっせん』と呼ばれる事件が起きてからだ。


 死傷者総数は五〇〇万超、中には抗争に関係ない一般人も巻き込まれており、歴史上最大最悪の事件として名を刻むことになったこの抗争で、アリナは同じ志を持つ盟友であり最愛の恋人であるクロウを失った。

 反対勢力との戦いの最中、ボスに討たれこの世を去ってしまったクロウを失ったことで、アリナは抗う力も生きる活力さえも奪われてしまった。まるで抜け殻のようになってしまった彼女を見て、誰もが彼女が恋人の後を追うと思っていた。


 だが、アリナは再び立ち上がった。無魔法という神から授かった魔法ではない、彼女自身で生み出した、魔法という『奇跡』を無にするリセットボタンのような力を。

 無魔法によって反多対勢力は瞬く間に劣勢に追い込まれ、最後はボスとアリナの相打ちによって『落陽の血戦』は終結した。


 アリナとクロウの二人を失ったローゼンとベネディクトは、アリナの強い意思の表れである無魔法を『九系統魔法』として加え、ベネディクトは魔法を世界に伝えるためにイギリスを発ち、そのまま生死不明となった。

 ローゼンはイギリス国王として国に残り復興に尽力し、その血脈は現在も引き継がれている。

 そんな伝承が残されているため、霧彦は無魔法というアリナの生き様そのものに心を奪われた。


 かつて世界中の研究施設が一丸となって無魔法の習得をプロジェクトとして行ったが結果は芳しくなく、真面な成果があげられず研究費用の打ち止めによってプロジェクトは頓挫してしまった。

 このプロジェクトに参加した霧彦自身もその結果にはひどく落ち込んだものだが、その無魔法を使える少女が現れたのは嬉しい想定外だった。

 日向のことは悠護が目を光らせているせいで今はちょっかいを出せないが、いつかは彼女に隠された真実をこの手で暴いてみたい。


 他の者達に気づかれないようにそっと口元に笑みを浮かべる霧彦。

 彼のアメジストの瞳は見ている者の背筋どころか全身が凍ってしまうほど恍惚としていた。



☆★☆★☆



「……………………………………………………………」

「…………ちょっとー、そんな怖い顔のまま無言でラーメン食べないでよ。ほら、そろそろ麺がなくなるでしょ? こっちに餃子も野菜炒めも春巻もあるからこれも食べなよ」


 聖天学園のセキュリティルームでは、床の上で胡坐をかく陽が普段見せない険しい顔のまま醤油ラーメンをズルズルと啜っている。食べている間も一切喋らない彼にさすがの管理者も気まずいのか、ささっとラーメンのついでとして頼んだ点心を陽の前に出すと、彼は無言のまま野菜炒めに箸を向ける。

 もぐもぐと口を動かす陽に肩を竦めながらも、管理者は備え付けの冷蔵庫にあったバターを箸で程よい大きさに切り分けると、それを味噌ラーメンの中に投入。


「ブツを逃したのは確かに痛いけど、過ぎたことを気にしてもしょうがないでしょ」


 次に足元のダンボールからコーンの缶詰を取り出すと、蓋を開けてひっくり返す。缶詰の中に入っていたコーンは全部丼の中にぶち込まれた。


「たとえ間に合ってても、相手の方が一枚岩ではないんだし、もしかしたらなんらかの対策はしてたはずだよ。それで豊崎くんが怪我しちゃったら、それこそ本末転倒だよ。君がここでリタイアしちゃったら、一体誰が妹ちゃんを救うの?」


 ずるずるーっと麺を啜る管理者の言葉に、陽は唇を尖らせると「……そんなん、分かっとるわ」と小さく言った。


「なら僕達が次にやるのはブツの破壊と首謀者の確保。まあ本当ならこんなの僕らの仕事じゃないけど……ここまで来たんだし最後まで付き合うよ」

「……ああ、アリガトな」

「いえいえ」


 陽の感謝を気軽に受け取った管理者は丼の縁に口をつけながら汁を飲む。汁の熱さで溶けたバターが濃い味噌の味とマッチしている塩分高めのそれを半分ほど飲むと、丼をテーブルの上に置くとキーボードを打ち始めた。

 それを見て陽は残っていた汁を全部飲み干すと、丼を床に置いて管理者の方まで近づく。


「一応例のブツが乗っていた輸送船を調べてみたんだけど……どうやらあの船、アメリカ産の輸入品を運搬する普通の船だったよ。ブツの方はリストを見ると、表向きの中身は小麦粉扱いになってたよ」

「あんなんを小麦粉で誤魔化すなや……。で、ブツは一体どこから盗まれたものや?」

「それも調べてあるよ。北アメリカの魔法研究所『レッドスター』で、数日前に大型キメラが一頭いなくなったって話だよ。国際魔導士連盟北アメリカ支部でも捜索に当たってる真っ最中」


 大型ディスプレイに表示されているキメラの紛失や捜索現場の映像を見て、陽は顔をしかめる。

 キメラの製造は魔導士の法律――二〇三フタマルサン条約には違反していない。ただキメラの運用・譲渡は禁じられている。これは一件矛盾しているように見えるが、キメラというのは魔物以上に厄介な代物なのだ。

 

 通常、魔物は自身を召喚した契約者と契約を交わすことで、主が死ぬまで一切反抗しない。

 だがキメラは普通の動物と同じで反抗心がある。誰でも言ったことを聞くが、もし気に入らないことがあれば飼い主にも噛みつく。

 そのためキメラの運用・譲渡には命をなくすリスクがあり、二〇三条約で禁じられるようになったのだが、動物愛護法の影響で近々キメラの製造自体も禁止になる話が上がっている。

 そうなるとキメラが盗まれたことは、北アメリカ支部にとってはかなり大事なのだ。


「キメラが盗まれたのは確かに問題やけど……それにしちゃ捜索班にいる魔導士が多ないか?」


 陽が目につけた映像には、IMFから要請された魔導士の数が多い捜索班がアメリカ合衆国中に存在している。

 いくらキメラが盗まれたとは言え、一〇人近くの魔導士がいる班をいくつも作るのはおかしい。

 陽の考えを察したのか、管理者は気まずい笑みを浮かべながらキーボードを操作する。


「あー……それなんだけどさ……」


 そう言って管理者がディスプレイに表示させたのは、一人の女性の履歴書。

 美しいブロンドと勝気な碧眼が印象的だ。


「この人――名前はメリア・バードって言ったんだけど、二ヶ月に前に概念干渉魔法の酷使のせいで元の姿に戻れなくなったんだって」


 概念干渉魔法は干渉魔法の一種で、物体干渉魔法と法則干渉魔法の上を行く高度な魔法だ。

 主に神話や伝承に出てくる幻獣を『概念』として干渉し、その力を使うことができる。その際に魔法を扱いやすい体にするべく姿も人とはかけ離れた姿になり、酷使すると元の姿に戻れなくなるリスクがある。

 メリアが『概念』として選んだのは、ハーピー。顔から胸までが人間の女性で、翼と下半身が鳥という伝説上の生き物だ。


「彼女は元の姿に戻すためにレッドスターに入ったんだけど、その数週間後に死亡届が出されたんだ」

「死亡届が?」

「まあ概念干渉魔法の使い手が『概念』に脳まで支配されて、そのまま暴走して殺されるって話は結構あるけど……どうやらそうじゃないみたいんだよね」


 管理者は白魚のような指でキーを押す。メリアの横に表示された内容に、陽は目を見開いた。

 無理もない。そこに書かれていたのは、あまりにも非人道的過ぎるものだったのだから。

 言葉を失った陽に、管理者は残酷過ぎる真実を静かに告げた。


使――『セカンドプロジェクト』で、メリア・バードはその被検体第一号として使われた。そしてレッドスターから盗まれたブツこそが、コード001と呼ばれているキメラだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る