第34話 赤城アリス

 太陽が徐々に顔を出し始める夜明け。

 布団の中で眠りに浸る人もいれば、夜から仕事をして朝帰りしようとする人、店を開けるためにあくびを噛み殺しながら仕入れに向かう人など多種多様な朝を迎える中、男は息を切らしながら裏路地を疾走していた。


 青いツナギにはあちこちに刃物で切れた跡があり、男の頬や腕、肩にも切り傷が赤く残っているその姿は、彼の身が危機的状況であることを教えていた。

 ……いや、正確には命の危機ではなく、IMFに捕まる危機だが。


「クソッ、クソッ、クソッ! なんで……なんでこんなことに……!?」


 震える足に力を込めながら、男は何故こんなことになったのか必死に思い出した。


 事の発端は、男が所属している魔導犯罪組織『ドラゴンギア』にとある依頼が入るところから始まる。

 武器・魔導具の密輸を主にする彼らは、電話番の仲間から『紹介』で仕事が入った。『ドラゴンギア』に仕事を受けるのは自分達が懇意している情報屋からの『紹介』が無ければ受けないという決まりがあるため、『紹介』が入った以上その仕事をしなければいけなかった。


 仕事の内容は『コンテナの中に入っているものを所定の位置に届けること』。いつも通りの仕事に男は仲間と共に東京湾の輸送船の中にあった錆だらけのコンテナを魔法で運び、所定の位置として設定された廃工場に運んだ。

 一見ただのコンテナだったが、時々ガタガタと音を立てながら震えるのを見て、男は『普通の荷物』という考えを早々に捨てた。


 魔導士の中には色んな動物を組み合わせて作る人工魔的生物『キメラ』を操る者のいるため、この荷物もそういった類なのだと納得した。

 だがコンテナが揺れるたびに中にいるキメラがコンテナを抜けだして、そのまま自分達を襲わないかと心休まらなかった。

 目的地である廃工場に辿り着いて中に入ると、紅いローブを羽織って、フードを目深く被った青年が立っていた。目を刺激するそのローブに男がどこか引っかかりを覚えたが、青年は指を一つ鳴らすとマジックのようにコンテナが消えた。


 あんな巨大なコンテ何一瞬で消した依頼人の腕に周りがざわめくが、青年が「ご苦労だった。これが報酬だ」と言って足元に置いてあったアタッシュケースを男に投げつけた。

 思わず受け損ねて地面に落ちた拍子に鍵が開いてしまい、中に入っていたものが地面にぶちまけられる。

 汚い地面に落ちたものは、一枚円の札束。電子マネー利用者が七割を占めても、貨幣紙幣文化はまだ生きている。その紙の札束が一〇以上あるのを見て、誰もが息を呑んだ。


 こんな小さなアタッシュケースから大量の札束が出てきた理由が魔導具だからとか、いつの間にか青年が消えてどこに行ったのかとか、そんなの気にする余裕がなかった。

 一瞬の静寂。その隙を突いて、襲撃者が『ドラゴンギア』の前に現れた。

 襲撃者は身の丈の長い金属の棒を振り回し、魔法陣から出てくる魔力弾で戦力を無力化していく。仲間の一人が襲撃者の操る棒で顎の骨を砕かれる場面を目撃し、その圧倒的な戦闘力と魔法の腕を前に恐怖した男は軽傷だった仲間と共にその場を逃げた。


 だが襲撃者は自分達を逃すつもりがなかった。

 まるで蜘蛛のように自在に自身のフィールドを作り、逃した獲物を一人残さず捕まえる。

後ろで仲間の叫びや命乞いが聞こえたが、それさえ振り切って男はなんとか逃げ切った。


「はぁっ、はぁっ……さすがにっ、ここまでならっ……」


 今男がいるのは深い路地の奥。あの廃工場から遠ざかったのだ、あの襲撃者もここまで負ってこれまい。

 そう高を括ったのが間違いだった。


 カンッと金属が地面に当たる音がした。


 その音を聞いて、男はガチガチと歯を鳴らしながら恐る恐る後ろを振り向く。降り向いた先には顔を出した太陽を背にした男が立っており、男の顔は逆光のせいで見えない。

 だが前髪から覗く赤紫色の瞳は、夏だというのに男の全身を凍らせるほどの冷たさを宿しているのを見て、男は背中に壁が当たるまで一気に後ずさった。


「――あんた、『ドラゴンギア』やな」

「あ、ああそうだよ! 俺は『ドラゴンギア』の人間だ! テメェ何者だ!? IMFの犬か!?」


 恐怖が上回ったせいで怒声を撒き散らすと、襲撃者は棒で肩を叩きながらため息を吐く。


「勘違いしぃや。ワイはただの教師や、IMFの人間やない」

「きょ、教師ぃ!? ってことはテメェ聖天学園の魔導士か! なんで俺達を狙う!? 聖天学園のガキには指一本も触れてねぇぞ!」

「オタクが今日密輸したコンテナ、それが聖天学園の生徒に危害を加えるものやからや」


 男の言葉にあっさりと答えた襲撃者――豊崎陽の答えに、男は息を呑む。

 五月に聖天学園の合宿先で『獅子団』が壊滅した事件は日本にいる魔導犯罪組織の耳に入っており、『ドラゴンギア』も聖天学園の生徒には手を出さないことを先月決めたばかりだ。

 なのに……あのコンテナがそんな目的で使われるなんて知らなかった。自分達はただ、いつも通り仕事をこなしただけなのに。


「そ……そんなの知らねぇよ! 俺達はただ、紅いローブを着た野郎に渡しただけだ! お、俺達は悪くないッ!!」

「紅いローブやて……?」


 男の単語に眉を動かして反応した陽は、自身の目をさらに鋭くさせた。怒りによって魔力が反応したのか、可視化されたそれに男は情けない悲鳴をあげる。


「紅いローブの男がコンテナを渡したって話、それはホンマか?」

「ほ、本当だ! コンテナも魔法で一瞬で消しちまって居場所も分からねぇよ!」

「………………」

「お、俺が知ってるのはここまでだ! それ以上は知らねぇ! 頼む、助けてくれ!」


 陽の無言とオーラについに限界が来たのか、男は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら土下座をする。完全に逆らう気も失せた男を見て、陽は無言で男の首筋に棒の先を落とす。

「ぐぼっ」と呻きながら気絶して汚い地面に倒れる男を見向きもせず踵を返すと、そのまま場を去る。

 陽はズボンからスマホを取り出し、管理者に電話をかける。相手は五コールで出た。


『やっほー、間に合った?』

「一足遅かったわ。ブツは『レベリス』が持ってった」

『そっかー……。とりあえず豊崎くんが気絶させた『ドラゴンギア』はIMFに通報しといたよ。ひとまず僕のところに来てよ、今後はそれからだよ』

「ああ、分かっとる」


 通話を終了させると、陽は徐々に青が強くなる空を見上げる。

 こうしている内に向こうは裏で企てているはずなのに、しか知らない自分には、何もできないことがとても歯痒い。


「日向……」


 小さく妹の名を呟く。せめて、妹が無事でいることを祈ろう。

 今の自分には、それしかできないのだから。



☆★☆★☆



 朝になり、日向は昨日と同じく朝食を摂るために食堂に来ていた。

 食堂には鈴花が悠護にぴったりとくっついており、彼の右手をぎゅっと掴んでいる。悠護の方もまんざらでもないないのか、気恥ずかしそうにしながらも異母妹の小さくて白い手を振り解かなかった。

 鈴花は日向の姿を見ると悠護から手を離し、そのまま突進するかのように抱き着いてきた。


「おはようございます、日向お姉ちゃん」

「おはよう、鈴花ちゃん」


 彼女の挨拶に答えると、鈴花はさっきより力をこめて日向に抱き着く。

 心がほわっと和むその姿によしよしと頭を撫でていると、傍で見ていた悠護が小さく笑う。


「なんかそうして見ると姉妹みたいだな」

「そうかな? そういえばあたし、昔お母さんに『妹か弟が欲しい!』って言ったことあるなぁ」


 その時の爆弾発言で母の顔を真っ赤にさせ、父は飲んでいたビールを噴き出して咽るという事態になったことがある。

 ちなみに、日向の横でテレビを見ていた陽が『ワイも妹か弟欲しいな~』とからかったら、父から手加減なしの拳骨を頭に落とされた。


 そういった経緯もあるせいか、保育所でのボランディアでは自分より年が下の子供には甘いところがある。

 昔を思い出しながら話をしていると、きょとんとする鈴花が首を傾げた。


「? 日向お姉ちゃんはいつか悠護お兄ちゃんのお嫁さんになって、私のお姉ちゃんになってくれるんじゃないの?」


 その幼い自分と同等、もしくはそれ以上の爆弾発言した鈴花。

 その発言は日向のみならず悠護も固まった。固まる二人を見て鈴花は首を傾げる。

 確かに日向は悠護の第一婚約者候補で、将来的に夫婦となる可能性はある。仮に日向は悠護のことをどう思っているのかと問われれば、『友人として好き』と答えられる。


 だが恋愛感情があるかと問われると、どんなに頭を捻って考えても答えられない。というよりも、答えることができないのだ。

 もし答えてしまったら今の心地よい関係を壊してしまいそうで、答えてそのまま一緒にいられなくなるのが怖くて答えられない。

 言葉を詰まらせる日向と眉間にシワを寄せる悠護を見て、さらに首を傾げる鈴花。静寂が流れる中、それを止めたのは意外な人物だった。


「……お前達、何をしてるんだ?」


 食堂のドアの前で突っ立っている三人を見て、首を傾げる朱美を後ろに連れた徹一は怪訝な顔をしていた。



 徹一のおかげでなんとか静寂から抜け出せた後、朝食を食べて部屋に戻った日向はメイド二人に着替えや化粧をされていた。

 昨日のうちに仕立て直されたドレスは、日向の体型に合わせたおかげでピッタリだ。ただ試着した時に『胸周りが少し苦しい』と言った瞬間、朱美の目が冷たくなったのは気のせいだと思いたい。


 化粧も肌が白いからとファンデーションではなくルーセントパウダーを使用し、口紅も薄めの赤だ。アイシャドウもマスカラはしていないが、それでも充分パーティーでも通用するらしく、悠護の誕生パーティーでもこの化粧でいく予定だ。

 ベージュのショートソックスの下にヒールのついたオレンジ色の靴を履き、白のハンドバックを持つ。ハンドバックの中にはハンカチとティッシュ、それと口紅と心菜の魔石ラピスが入った袱紗も入れている。


 髪は前髪を残し、後ろの髪はねじってまとめ、パールのバレッタをつける。最後に太腿にホルスターをつけて《アウローラ》をしまえば完成。化粧台の鏡には普段とは違う自分の姿が映し出されていて、思わず『誰?』と本気で思ってしまった。


(化粧ってはじめてやったけど……ここまで変わるんだ……)


 普段あまり化粧はせず、夏は日焼け止めクリームを塗る程度しかしてこなかったせいか、軽い化粧でも自分が自分だと分からなくなるほど効力があるなんて思ってもいなかった。

 自分の変わり様に呆然としていると、メイドの一人が「そろそろお時間です」と知らせてくれる。

 慌てて部屋を出て慣れない靴に悪戦苦闘しながらエントランンスホールまで来ると、そこには着飾った悠護達が揃っていた。


 悠護は黒のフォーマルスーツで、ネクタイも黒だと地味に見えてしまう。だが基本黒を好む彼にとっては自然な着こなしになっている。徹一も同じスーツなのを見ると、これが黒宮家の正装かもしれない。

 朱美は真紅のアフターヌーンドレスを着ており、上には白のボレロを羽織っている。鈴花も白いフリルをあしらった薄いピンクのドレスを着ており、髪につけている薔薇の花飾りがとてもよく似合う。


「すみません、遅れました」

「いいのよ。お客様を待つくらいの余裕はあるわ。それにしてもそのドレス、とても似合ってるわよ」

「あ、ありがとうございます」


 なるべく音を立てずに階段を降りきった後に謝罪する日向だったが、朱美は笑ながら首を横に振ると自分の姿を褒める彼女を見て、少し頬を赤らめながらお礼を言った。

 正直こういう本格的な服は小学校の入学式以来で、日向自身も似合うかどうか不安だった。こうして評価をもらって少しほっとしていると、トコトコと走ってきた鈴花が日向に抱き着く。


「日向お姉ちゃん、似合ってます」

「ありがとう、鈴花ちゃんも似合ってるよ」


 日向からの褒め言葉に鈴花は嬉しそうに笑うと、さらに力強く抱きしめてきた。

 ふと悠護の方を見ると、彼は何故か石のように固まっていたが、しばらく凝視すると我に返った途端に顔を逸らした。

 日向がハテナマークを三つほど浮かべるが、朱美は義理の息子の顔が赤いのを見逃さなかった。


「ほら悠護、日向ちゃんがこんなに可愛い格好をしてるのよ? 何か言うことは?」

「はっ!? えっ、いや、えっと……その……に、似合ってるぞ……」

「あ、ありがとう……」


 頬を赤く染めた顔を逸らしながら褒めてくれた悠護に、日向の顔も徐々に熱が集まるのを感じる。

 お世辞でも自分の恰好を褒められたことに驚くも、それ以上に照れ臭くて仕方がない。顔を赤く染めなら固まる日向と悠護に、クスクスと笑う朱美が二人の背中を押す。


「ほら、早く行かないと遅刻しちゃうわよ。運転手さんも待たせてるし早く行きましょ」

「そ、そうですね」

「わぁーってるよ」

「待ってお母さん、私も行く」

「はいはい、じゃあ一緒に行きましょうね。徹一さん、そろそろ行きましょうか」

「……ああ、そうだな」


 ぐいぐいと押されながら玄関を出て行く三人を見て、鈴花も慌ててその背を追う。

 わいわいと賑やかな四人の背中に、徹一はじっと真紅の瞳で見つめていた。



☆★☆★☆



 七色会議の場でありお茶会の会場であるグランドホテル『ローズガーデン』は、八王子市一の高級ホテルで、生け垣に咲くミニバラは水を与えられたばかりなのか、水滴を乗せた花弁は生き生きとしている。

 ホテルの玄関前に停まったリムジンから降り、数段しかない大理石の階段を上ると自動ドアの前に立っていた黒スーツの男の一人が日向の前に立つと、手を差し出す。


「荷物の確認をします。ご協力を」

「あ、はい」


 荷物検査だと言われて日向は素早くハンドバックを男に渡す。

 男は「拝見します」と一言言ったと、ハンドバックを慎重に開ける。中に入っている袱紗を持ち、コロコロと出てきた魔石ラピスを見て鋭い目つきで日向を睨む。


魔石ラピスですか?」

「そうです。ですがそれには生魔法が宿っています」

「あなたがお作りに?」

「いいえ、親友の神藤心菜さんに」


 心菜の名を出すと男は難しげな顔をして、インカムを使って何かを話し始める。

 しばらくすると袱紗をハンドバックの中にしまうと、そのまま日向に渡される。


「大丈夫です。そのままお入りください」

「ありがとうございます」


 なんとか無事に荷物検査が終わって、ほっと安堵の息を漏らしながらエントランスホールに入る。

 天井のスワロフスキークリスタルのシャンデリアが光の反射出来ラキラと輝いており、床の大理石は磨かれたように綺麗だ。あまり見たことのない光景に思わず緊張しながら中に入ると、


「見ぃ~つけた~!」

「ぅぐふえっ」


 突然後ろから腕を首に回された。背中に感じる柔らかい感触と首の圧迫感のダブルパンチで呻きながらも日向は顔だけを後ろに向けた。


 ピンクに近い長い赤髪を後ろで一本の太い三つ編みでまとめており、先には黒いリボンが結ばれている。幼さがある顔についてある銀色の目はキラキラと輝いていて、喜怒哀楽の『喜』をそのままにしたような目だった。


 着ている服は黒いスーツだが下には赤いフリルブラウスを着ており、タイトスカートの下の黒のガーターベルトつきのニーソックスと黒の革靴を履いている。

 そんな見た目麗しい美少女とは初対面のはずなのに、何故自分に抱き着いた上に目を輝かせているのか日向にはわけが分からなかった。

 

「え、あの……」

「君が豊崎日向ちゃんかあ! うんうん、資料で見たよりずっと可愛いよ! 悠護くんも隅に置けないなぁ~、こんな可愛い子をパートナーにするなんて。あ、そうそう。ボク、君に色々と聞いたいことが――」

「いやあの待ってください、一体どちら様で……?」


 マシンガン特についていけなかったが、なんとか振り絞って質問すると美少女はピタッと動きを止める。

 まるでロボットみたいに止まった彼女に首を傾げると、バシバシと日向の肩を叩いてきた。


「あっははは! そうだったそうだった、ボクら初対面だったね! ごめんごめん。じゃあ改めまして、ボクは赤城アリス。七色家が一つ『赤城』の次期当主であり、国家防衛陸海空独立魔導師団『クストク』の陸軍第一部隊隊長、階位は少尉。ちなみに二〇歳だよ。よろしくね☆」


 ピースサインつきでの自己紹介に、日向は驚きで目を見開いた。

 こんな美少女が二〇歳であることも驚きだが、それ以上に黒宮家と怜哉、そして暮葉以外の七色家の登場に戸惑いを隠せなかった。


「おい日向、何してんだよ。義母さんと鈴花が心配して……って、アリス?」

「あー、悠護くんだー! ひっさしぶりー☆」


 遅い日向を迎えに来た悠護がアリスの姿を見て目を見開くと、アリスは「やっほー♪」といいながら両手で手を振る。

 それを見て、悠護はどこか納得した顔になる。


「あー、なるほどな。コイツに捕まってたのか」

「うん、ごめんね?」

「謝んなよ。で、アリスは一体何してんだよ」

「何って、ボクも七色会議に参加するためにここに来たんだよ」

「そっちじゃねぇよ。日向に何したって話だ」

「えー、特に何もしてないよー? 見つけた時に嬉しくて思わず抱き着いてーちょっとお話ししてただけだよー」


 唇を尖がらせながら言ったアリスの言葉に嘘ではないと察したのか、悠護は軽く息を吐いた。


「あっそ。用が済んだならそろそろ七色会議が始まるから早く行くぞ。他の奴らは全員揃ってるってよ」

「そっかぁ、もうそんな時間なんだ。みんなに会えるのは嬉しいけど、ボクまだ日向ちゃんと話したりないよぉ~」


 チラッと名残惜しそうに見るアリスに、悠護は少し考え込む素振りをすると言った。


「義母さんがお茶会は夕方までやる予定だって言ってたし、会議が早く終われば途中でも参加できるぞ」


 悠護からの言葉にアリスはきょとんと目を瞬かせると、嬉しそうに顔を輝かせる。


「そうなんだ! 分かった、じゃあなるべく早く終わるようにボク頑張るね!」

「ああ、一応期待しとく」


 悠護の言葉を最後まで聞かず、アリスは「じゃあ先行くねー!」と言って走り去ってしまう。

 それを見て日向は呆然と彼女の後ろ姿を見ていた。


「なんというか……すごい元気な人だね……?」

「あれで魔導士の中じゃ上位に入る音干渉魔法の使い手でだから余計に信じられねぇよ」

「え、そうなの?」


 確かに、アリスはどちらかというとアイドルのように人々を元気にさせる印象がある。

 そのせいで赤城家の次期当主と凄腕の軍事魔導士という事実に驚いていると、悠護は日向の頭をぽんぽんと叩いた。


「悠護?」

「いや、なんとなく頭に触りたくなった。……嫌だったか?」

「ううん、嫌じゃないよ」


 悠護に頭を撫でられたり、こうして軽く叩かれると心が暖かくなる。何故そうなるのか不思議だが、それでもこうしてくれるのは嫌じゃない。

 ふふっと小さく笑う日向を見て、悠護も小さく微笑む。そっと日向の頭から手を離す。


 これから行う七色会議では、一体何を議題に出されるか分からない。

 けれど、もしその議題が日向の今後に関わるのなら悠護はどんな手を使ってでも守って見せる。

 自分の中にあった孤独から救ってくれた、この少女を。


「――じゃあ、行ってくるな」

「うん。頑張ってね」

「ああ」


 たったそれだけの会話を交わした後、悠護は踵を返した。

 これから待ち受ける、七色家達の『言葉』という武器と立ち向かうために。



 ――夏真っ只中の七月二五日。第一五二回七色会議が、遂に始まる。

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