第33話 和解と裏側

「なるほど、そういう理由だったか……。つーかさっきの、さすがの俺もビビったぞ。お前あんな声と顔できるんだな」

「わーすーれーてー……忘れないと頭を魔法全集で斜め四五度の角度からブッ叩くぅ……」

「あの百科事典モドキで頭殴るとか正気か!? 忘れてやるからやめてくれッ!」


 騒ぎの後、日向は赤くなった頬を心菜から貰った魔石ラピスで治療した途端、すぐにベッドの上で布団を頭からすっぽり被る饅頭スタイルでいじけてしまった。

 悠護はその付き添いで日向の部屋にやってきたが、やはりというべきか必要最低限の調度品しか置いていない。そもそもここは客室だから当然か。

 布団の中で丸くなる日向は、ふとあることに気づいた。


(そういえば、悠護とこうして話すのなんだか久しぶりな気がする。まだ一日しか経ってないのに)


 この家に来てからは、悠護は食事などの有事以外では自室からあまり出ていない。毎日朝から夕方まで他愛のない話をしたり、魔法の特訓をしているからかここまで長時間話をしないのは初めてだ。

 それがきっかけだったのか、例の件を思い出した日向はもぞもぞと動きながら布団から顔を出し、ベッドの上に座り込んだ。


「そういえば悠護、自室に篭って何やってたのよ。家族と仲良くなりたいんじゃないの?」

「ゔ。そ、それはその、なんだ……俺も色々と考えてたんだけどよ……」


 じとーっと目を細めて訴えかけてくる日向を見て、悠護は苦笑いしながら顔を逸らす。

 言い訳をするようだが、悠護自身もどう家族と向き合おうが部屋で熟考していたのだ。『家族との向き合い方』の書籍もしくはそれと類似する本を購入し、何百何千もある不仲パターンや対処方法を寝る間も惜しんで必死に探した。

 だが義理の家族との付き合い方は載っていても、徹一のようなタイプの父親との付き合い方はどの本を探しても一つもなかった。


 単純に徹一みたいな父親があまりいないのか、それもと本に書いてある通りの父親しかいないのか、どう考えてもどちらも正解なような気がしてならない。

 気まずい顔で俯く悠護を見て、彼なりに探したのだと察してまで怒るほど日向は心の狭い女ではないため、これ以上何も言わないことにした。


「そっかぁ……あたしの見立てだと朱美さんと鈴花ちゃんはコミュニケーションを取ればすぐ仲良くなれるよ。ただ徹一さんは難しいかなぁ……」

「昨日今日でそこまで分かれば充分だと思うぜ。つか、お前希美になんか言われたか?」

「桃瀬さんに? んー、まあ色々かな。でもそんなの聞き流したから気にしてないよ」

「聞き流すって……お前ほんとスゲェな……。他の奴らはあいつと話したりすんの極力避けてんのによ」


 パートナーのあっけらかんとした態度に悠護が思わず苦笑を浮かべる。


「ちょっと気になったんだけど……桃瀬さんて昔からああなの? 少なくともあたしのことが気に入らなかった子達より過激なんだけど」

「……いや、知り合ったばかりの頃はもっと普通だった。少なくとも俺に近づいてくる奴らを全員ゴミ呼ばわりして、ひどいことするような女じゃなかった」

「そっか……」


 悲壮感を滲ませた顔を俯く悠護に、日向はそれ以上何も言えなかった。

 彼女自身も何かがきっかけで変わってしまったのだろう。一体それがなんなのかは分からないが、悠護が関係していることは日向もなんとなく察した。

 周りからどんな罵言をかけられても、彼女のそばに誰も近寄らなくても、桃瀬希美という恋に真っ直ぐ過ぎて思考や人格が重く歪になってしまった少女は、己が信じた道を何も顧みず進むだろう。


(……でも、そこから先は?)


 もし、彼女の気持ちが誰かに踏み躙られたら?

 もし、他の誰かが彼女の道を否定してしまったら?

 もし、悠護が彼女の存在を受け入れなかったら?


 その時、希美はどうなってしまうのだろうか?

 どう考えても彼女に明るい未来が来ないことだけは分かってしまった。


(桃瀬さんともちゃんと話さないとな)


 いくらファーストコンタクトが最悪でも、恋に盲目過ぎている希美をほっとけなかった。いつの日か、彼女の心が柱からぽっきりと折れてしまいそうな気がしてしまったから。

 重苦しい静寂が部屋に下りる中、それを破ったのは軽いノックだった。


「どうぞ」


 ノックに反応した日向が手櫛で髪を整えてから入室許可を出すと、ドアが開かれる。

 部屋に入ってきたのは、暗い顔をした朱美と鈴花。義母と異母妹の登場に悠護が息を呑む横で、日向はいつもと変わらない態度で声をかける。


「どうしたんですか? お二人が部屋に来るなんて。何かご用でも?」

「ええ、さっきの魔法指導の件で謝罪したくて」

「謝罪……ですか?」


 首を傾げる日向に、朱美と鈴花はすっと頭を下げる。


「……そうよ。あなたには不愉快な思いをさせてしまって本当に申しわけないと思ってるわ。ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「そ、そんなっ……あれは全部あたしが勝手にやったことで!」


 突然の謝罪に日向はあたふたするも、二人は頭を一向に上げない。

 どんなに声をかけても動かない母娘おやこに困り果てる日向を見て、悠護は一瞬口を開いて強く閉じると、息を吸いながら言った。


義母かあさん、鈴花」


 震えながら呼ばれた名に、朱美と鈴花は条件反射で目を見開きながら顔を上げた。

 驚愕に染まった二人の顔を見て、悠護は居心地の悪い顔を横に背ける。


「その……日向もこう言ってんだし、もうその辺でやめといた方が――!?」


 いいんじゃないか、と続く言葉は出なかった。

 理由は簡単だ。目を見開いたまま朱美が目からボロボロと大粒の涙を出したからだ。

 悠護どころか日向も鈴花もギョッとすると、朱美は自分が泣いていることに気づくと慌てて目を拭った。


「お、おいっ、なんで泣いてんだよ!?」

「ご、ごめんなさいっ……嬉しくて、つい……っ。だって……初めてだもの……悠護くんがっ、私をそう呼んだの……! もう、一生呼んでくれないって思ってて……だからっ……!」

「お母さん……」


 嗚咽を漏らし、その場に座り込んだ朱美に鈴花も、急展開についていけず目を丸くしていた日向もどうすればいいのか分からず困惑するばかりだ。

 だがそれ以上に、同じ顔だが内心では一番戸惑っていたのは悠護だ。確かに朱美の言う通り、悠護は朱美のことを一度も『義母さん』と呼んだことはなかった。過去に何度か呼ぼうとしたがどうしても母を思い出してしまい、結局『朱美さん』としか呼べなかった。


 本にも『最初は呼び方を変えて関係を築くことがオススメ』だと書いてあったし、何よりこのままではいけないことは自分でも分かっていた。

 だから最初の一歩として本の通りに呼び方を変えて見たのだが――。


(……まさか泣かれるとは思ってなかった)


 今まで必要以上に接しず、他人行儀で居続けたツケが一気に来てしまった。

 ひっく、ひっく、としゃっくり交じりの嗚咽を出し続ける朱美の背中を鈴花が擦っているのを見ていると、とんっと何かに突かれた。

 突かれた方を見ると、日向が悠護にしか聞こえない声量で言った。


「ほら悠護、言わなきゃいけないことあるんじゃないの?」

「っ……」


 核心に触れるその言葉に、悠護は息を詰まらせると、ガシガシッと乱暴に髪を掻いた。

 豊崎日向という少女は、たまに無意識に自分が言いたいことや思ったことを当てるところがある。たとえば食券を買おうとした時に自分が食べたい定食の券のボタンを押してくれたり、お弁当のリクエストで『玉子焼きを入れて欲しい』と思ってると言う前にリクエスト表に『玉子焼き』と書いていたりと、自分の行動を先読みした行為が何度もあった。


 今回もそうなのだと思っていても、中々慣れなくていつもドキリとしてしまう。

 パートナーに心情を見破られた以上、もう行動するだけしか悠護には選択肢はない。

 口の中に溜まった唾を呑み込み、ゆっくりと朱美に近づく。目の前まで来るとその場で跪き、擦り過ぎて赤くなった朱美の目元に手をやると、そのまま優しく指で涙を拭う。


 まるで子供をあやすようなものだったが、それだけでも今の朱美には十分効果があった。


「……えっと、その……今まで他人として見てなくて、悪かった。俺も、今のままじゃダメだって思ってたけど……中々切り出せなくてこんなにかかっちまったけど……」


 緊張で震える声。微かに赤くなる頬。薄っすらと汗を滲ませながら、悠護は伝える。

 今まで言えなかった気持ち全てを。


「……これからは、『義母さん』って呼んでいいか……?」


 羞恥が限界値をしたせいで顔を俯かせながらの告白だったが、それは朱美がずっと望んでいたものだった。

 今までずっと仲良くなりたいと思っていた。でも母を亡くした傷が癒えない彼を無理に『お義母さん』と呼ばせられなかった。その気遣いがずるずると引きずった結果、八年経っても悠護はずっと『朱美さん』呼ばわりだった。


 自分からお願いすることも難しくなり、一生このままだと思っていた。だがその不安はやっと綺麗に消えた。望んだものがようやく手に入れて、歓喜のあまり再び涙を流す。


「ううぅ~……ゆうごくぅん~……!」

「ああもう泣くなよ義母さん、ほらこれで拭けって」


 舌ったらずになった義母にハンカチを手渡すと、朱美はそれを目に押しつけるように拭う。

 ずっと心配そうに様子を伺っていた鈴花を見て、悠護はぽんっと彼女の頭に手を乗せると、なるべく乱暴にならないように慎重かつ優しく撫でる。


「その……鈴花、後で一緒に遊ぶか? 絵本でも読んでやるよ」


 突然の申し出に鈴花は目を見開くが、徐々に涙目になりながらも嬉しそうに頬を緩ませる。


「うんっ……うん、遊びたい。悠護お兄ちゃんと、日向お姉ちゃんと一緒に」

「……そっか」


 嬉しそうに笑う義妹を見て、悠護は安堵で息を漏らす。

 朱美は号泣していて、鈴花は涙目で笑顔だが、それでもこれまで築こうとしても築けなかった関係が、長い時間を経てようやく実を結んだ。


(――よかったね、悠護)


 朱美の泣き声を聞きつけてノックもせず部屋に入ってきた高橋が三人の様子に目を瞬かせる横で、日向は小さく笑みを浮かべていた。



☆★☆★☆



『――じゃあ、悠護くんはご両親と仲良くなれたの?』

「正確には朱美さんと鈴花ちゃんだけどね。やっぱりまだお父さんと話すのは無理だって」


 陽に確認メールを送った後の自習時間。

 風呂から上がってパジャマ姿になっている日向は右手にシャーペンを、左手にはスマホを持ちながら心菜と電話をしていた。


 あの後、日向は悠護と鈴花と人形遊びや絵本を読み聞かせたり、朱美と他愛のない会話をしながら夕食を共にした。悠護は始終緊張したまま接していたが、それでも朱美には充分らしく、夕食後はニコニコ顔で食堂を出ていったほどだ。

 鈴花はすでに部屋でぐっすり眠っており、悠護は明日の七色会議に遅刻しないよう早めに就寝している。

 日向も明日、朱美が主催のお茶会に参加するためそろそろ寝なければならない。


「それよりも明日のお茶会、本当に参加するの? こんな急なのに」

『うん。私も八月の身内だけのパーティーで用意したドレスがあるから、それ着て参加するよ。もちろん樹くんも』

「え。樹、スーツ持ってたっけ?」

『正確に言ったと緑山先輩が終業式の日に、突然来たと思ったらスーツが入った袋を樹くんの顔にぶん投げたの。『それ、明日着とけよ』って言ってそのまま帰っちゃったの』


 恐らく暮葉は父のように時間干渉が使えるのか、明日のお茶会のために樹にスーツを渡したと思うと理に適っている。

 けれど脳裏に不機嫌顔の暮葉は樹の顔に袋を叩きつけるシーンが鮮明に浮かんでしまい、思わず吹き出してしまう。


 クツクツと笑う日向の声につられて、心菜もクスクスと笑う。

 まだ二日しか経っていないのに心菜の声は本当に心地いい。ひときしり笑うと、心菜は優しい声で話す。


『……日向、私ちょっと不安だったの。今回のことも私達を頼らないのかもって』

「心菜……」

『でも、そんなことなかったね。ちゃんと頼ってくれて本当に嬉しいって思うの。だからね、いつでも相談したり、巻き込んでもいいんだよ。少なくとも私と樹くんは、それを望んでるから』


 心菜の言葉に、日向は口を噤んでしまう。

 今までが今までだったせいで、日向も悠護もあまり人に頼ることが慣れていない。それが普通だったし、社会に生きていくにはそういった独立心も必要だと思っていた。


 けれど、もう違う。二人の周りには手を差し出す人も、無条件で首を突っ込んでくれる人もいる。それがどれだけ嬉しかったか、恐らくスマオ越しにいる親友は分からないだろう。


 それでもいい。これは、日向だけの秘密だ。誰にも明かす気なんてない。


『日向? どうしたの?』

「……ううん、なんでもないよ。そろそろ寝るね、明日早いから」

『そうだね。おやすみなさい』

「おやすみ」


 言葉を交わしながらスマホを切ると、日向は机の卓上ランプを消す。

 次にリモコンで部屋の電気を消し、ベッドの中に潜る。ふかふかな高級ベッドの上に寝転ぶと、日向は天蓋の裏側を見つめながら布団を口元まで被った。


「明日、何も起きないといいなぁ……」


 ここ数ヶ月で事件に巻き込まれている身としては、明日何か起こってしまいそうな気がして仕方がない。

 この心配が杞憂で終わることを願いながら、日向はゆっくりと瞼を閉じた。



 東京都世田谷区成城。田園調布と同じで高級住宅街として知られている土地には、七色家の一つである『赤城あかぎ家』がある。

 黒宮家以外の七色家の家は東京二三区の高級住宅街にあり、分家も日本各地に点在している。


 いくら七色家だからといって黒宮家のように多くの使用人を雇っておらず、当主の妻が食事の用意をするというごく普通な家庭環境をしている。

 さて、その赤城家ではたった三人しかいない使用人が全員帰ってしまい、家の中が静かになった時、溌剌とした声が玄関から聞こえてきた。


「たっだいまあっ!」


 バンッと夜なのに大きな音で玄関を開けたのは、一人の女性。今年で二〇歳はたちになったばかりで、腰まであるピンクに近い赤髪を後ろで太い一本の三つ編みにし、三つ編みの先を黒いリボンで留めている。

 赤城家特有の銀色の目は、朝から激務をこなしたというのに疲労感が一切見えないほどキラキラと輝かせている。


 顔もどこか幼さがあるため、高校生と呼ばれてもおかしくない容姿をしているその女性の名は赤城アリス。

 赤城家次期当主であり国家防衛陸海空独立魔導師団『クストス』陸軍第一部隊隊長、階位は少尉。

 防衛省直属の自衛隊と違い、総理大臣や防衛大臣ではなく『クストク』最高指揮監督であるアリスの母・赤城琴音あかぎことねの指揮で動き、魔法による戦力で日本国を護っている組織だ。


「アリス、もう他のみんな寝てるんだ。少し静かにしなさい」

「はーい、ごめんなさあい」


 琴音の夫でありアリスの父・赤城奏あかぎそうにお叱りを受け、アリスはぺろっと舌を出す。

 奏は婿養子で琴音のような権限はないが、普段家を空けることの多い自分達の代わりに、祖父母がいるこの家を護ってくれている。


 本人はそれしかできないから、と苦笑しているが、アリスも琴音もそれについては感謝している。

『家』という最小単位の国を護っているのだから、父に感謝することは当然なのだ。


「明日七色会議だろ? 確か話では、朱美さん主催のお茶会に黒宮家の息子さんの第一婚約者候補も来るらしいが……」

「そうなんだよ! ボクそれ聞いた時すっごく驚いたんだから!」


 アリスも学園からのパートナーとは婚約しているし、他の男の目に入らないほどゾッコンだ。その辺りは母譲りだが、そもそもパートナーを好きならないこと自体アリスには理解出来なかった。

 七色家の中で怜哉の次に結婚する可能性が低かった悠護の婚約者候補――それも例の無魔法使いだと聞いた時は目が飛び出すほど驚いてしまった。


「そうだな。父さんは参加できないが、もし機会があったら悠護くんにもよろしくと言っておいてくれ」

「うん、分かった! できたらそのお嫁さん候補の子の写真も撮ってくるね!」


 ちゃっかりそんな約束をしながら、バタバタと足音を鳴らしながら階段を上る。「だから静かにしなさい!」と怒鳴る父の声を聞き流しながら、愛しい婚約者が眠っている寝室――ではなく、隣のクローゼットルームに入ったアリスは明日着る赤いシャツが目を刺激する黒いスーツを持って、くるくると回りながら鼻歌まじりで呟く。


「早く例の子に会いたいな~♪ 明日の七色会議が楽しみだよ」



 同時刻。八王子市にある高級住宅で、一人の男が夜遅くというのに分厚い網焼きステーキをむしゃぶっていた。

 男の名は、墨守米蔵すみもりよねぞう。黒宮家の分家の一つで、国際魔導士連盟日本支部倫理委員会委員長を務めている。

 豚のようにブクブクと肥え太り、頭髪は無に等しい。汗っかきのせいで時折ハンカチで汗を拭っている。


 米蔵がミディアムのステーキにナイフを入れると、赤い血と混じって肉汁が溢れ出す。それを一回で口の中に入れ、グチャグチャと音を出しながら咀嚼する。

 真っ白なテーブルクロスが敷かれた長テーブルの向こう側には、紅いローブを羽織った赤髪の青年が座っていた。青年の前の皿には付け合わせもソースすら残らないほど綺麗に完食しており、ワインを味わうように飲んでいた。


「んっふっふ、ソースまでペロリとは……そんなにお気に召しましたかな?」

「ええ、こういった食事にはあまり縁がなかったので」


 ワイングラスから口を離すと、左頬に悪魔の翼を模した刺青が入った青年の精悍な顔立ちが米蔵の目に入る。だが青年の真紅色の瞳――米蔵にとって見慣れた忌々しいそれを見ると、ぐびぐびっとワインを飲み干す。

 隣で普通のメイド服より露出が多い格好をしたメイドがワインを注ぎ入れる横で、米蔵は付け合わせを残したまま両肘をついて、両指を絡ませる。


「……さて、本題に入ろう。明日の七色会議、本当にうマークいくのか?」

「おや、お疑いですか? 私達『レベリス』は米蔵様が望む『兵器』をご用意しましたのに」


 慇懃無礼な態度を取る青年にピクリと眉を動かすが、この青年の態度についてはすでに染みついたもののため言っただけムダだ。


 だが彼の言う通り、『レベリス』が用意した『兵器』はそこらの魔導具よりも性能が遥に上だ。実際にその力を目にした米蔵は、クツクツと笑いを漏らす。


(ようやくだ。ようやく、私が魔導士の頂点に立つ時が来た!)


 第二次世界大戦に参加しなかっただけで頂点の座を黒宮家に奪われ、まるで戦争に参加しなかったことを責めるように汚れ仕事ばかり押しつけられ続けた。

 ずっと気に入らなかった。ずっといけ好かなかった。ずっと殺したかった。

 だが少し前の米蔵なら自身の力では黒宮家に勝てないと歯痒い思いばかりしていたが、もうそんな我慢をしなくていい。


 ――何故なら、明日で黒宮家は滅ぶのだから。


(私達『墨守』が七色家の仲間入りになる! 今までバカにしてきた他の分家には働きアリのようにこき使ってやろう。今まで以上に地位の低い者から金を搾り取って贅沢し、美しい女は全員骨の髄までむしゃぶってやる……!)


 んっふっふっふぅう、と良からぬ妄想を浮かべながら特徴的な笑い声を上げる米蔵を、青年は無表情で見つめる。


(……まったく、お気楽な男だな。上手く使われていることすら気づいていない。欲深い人間ほど使いやすいものはない)


 使用人がデザートとして用意した、中身をくり抜いた後、キンキンに冷やして器にした柚子のシャーベットに口つけながら、青年は冷酷に微笑んだ。


(――精々、俺達の手の中で踊ってくれよ? ブタ野郎)

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