第32話 静かな怒り

「それでは今日は自然魔法を学びましょう。私達が順に教えますので、しっかりとついてきてください。分からなかったら手をあげてくださいね。ちゃんと教えますから」

「「「はーいっ!」」」


 右藤による魔法事故の話が終わり、スポーツドリンクを飲んでいた子供達は魔法指導の時間になると元気よく返事をした。

 子供達は右藤の指示に従って詠唱を唱え始める。だがまだ慣れていないのか、途中で火が消えたり、上手く魔力を生産できないといった問題に直面し、子供達はうーんうーんと頭を捻らせながら魔法を発動しようと頑張っている。


(あれ、あたしもやったなぁ……懐かしい……)


 入学前に魔力の生産や魔法の発動のための訓練をIMFの職員や陽からの指導で受けたことがあり、当時はそのスパルタさに何度もへこたれそうになった。

 学園に入学してからも魔法とは関係なかった一般家庭の人も同じ体験をしているのを目にすると、ついつい当時の記憶を思い出してしまう。


 感傷に浸っていると、くいくいっとシャツの裾を引っ張られる感覚がして下を見ると、鈴花はじーっと下から顔を覗き込んでいた。


「鈴花ちゃん、どうしたの?」

「あの、日向お姉ちゃん。私、まだ魔力を作るのが分からなくて……よかったら教えてください」

「うん、いいよ。どこでやるの?」


「こっちです」と言いながら鈴花が手を引っ張られながら連れてこられたのは、同じ格好をした少年少女達。

 ちらっと向こうを見ると、右藤や希美が他の子供に魔力の生産方法を教えているが、上手く伝わってないのか子供達の反応は芳しくないようだ。


「お姉ちゃん達はどうやって魔力を作るのですか?」

「うーん、そうだな……どう言えばいいのかな……」


 日向自身も魔力を生産する時は無意識にやっているため、言葉に表現するとなると難しい。 

 それでも期待に満ちた目で見つめてくる子供達の期待を裏切れず、必死に頭を捻りながら考える。


(魔力を作る時か……。そういえば、あの時ってなんか不思議な感覚がするんだよね……水と炎が一緒に生まれたような……)


 あの温かくも何かが満たされる感覚はいつ感じても心地がよかった。

 それを思い出した瞬間、日向はハッと我に返る。


(――そうか。この感覚を分かりやすく言えばいいんだ)


 いつも陽が分かりやすくするためにイメージ表現をするように、自分も同じことをやればいいのだと気づいた日向は、さっそく鈴花達に教えた。


「えっとね、魔力を作る時はまず最初に炎をイメージする」

「炎?」

「そう。もっと分かりやすく言ったと焚火かな。生命エネルギーという薪を入れるたびに魔核マギアという火が強くなっていくイメージを浮かべて」


 日向の説明を聞いた子供達は、必死にそのイメージを頭の中で浮かべようと頑張ってた。


「次にその火とイメージした魔核マギアを今度は器としてイメージして。器の中で水が溜まっていくイメージを」

「ねぇ先生、どうして魔力を作るのにそんなイメージをするの?」


 緑色のワンピースの少女の言葉に、日向は分かりやすく答えた。


「あたしが魔力を作る時ってそんな感じなんだ。体の中で火が燃えているって思ったら、中で満たされるような感覚。それがさっき言ったイメージなんだ。それでもダメだったら別のイメージ考えてあげるから、とりあえずそれでやってみてね」

「「「はーいっ」」」


 そう指示を出すと子供達は元気よく返事をしてくれるも、やはりイメージの表現が悪かったのか中々魔力生産が上手くいかず、時々スポーツドリンクを飲ませて休ませるのを繰り返しながら必死に魔力生産の特訓をし続けた。


 やがて教える側にも教わる側にも疲れが出始めた頃、日向は顎に手を当てながら別のイメージを考えていた。


(やっぱりこのイメージじゃダメだった……。今度はもっと分かりやすいイメージにしないと)


 日向が頭の中で新しいイメージを考えようとすると、


「――あ……」


 桃色のワンピースを着た少女が小さく声を漏らした。

 目を見開いて両手で胸元を抑えるその姿に、具合が悪いと思った日向はすぐさまその少女に駆け寄った。


「どうしたの? もしかして具合悪い?」

「い、いえ……その、さっきお姉ちゃんの言ったイメージでやったら、なんか体の中からタプンッてお水の音が聞こえたような気がして……」

「水の音……。ちょっとあたしの言う通りに詠唱を唱えてくれる?」

「は、はい」

「いい、こうだよ? 『ルクス』」

「えっと……『ルクス』……?」


 右手の平に光を生み出した日向の指示通りに少女が詠唱を唱えた直後、少女の手から白い光が生まれた。

 それを見て少女は驚きのあまり目を大きく見開いていた。


「お、お姉ちゃん……これって……!?」

「……うん、おめでとう。君は無事魔力を作れたんだよ」


 驚く少女の頭を撫でながら言うと、少女は頬を紅潮させて嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 それを見て、鈴花達はもちろん右藤や希美の方にいた子供達も魔力生産に成功した少女の方へ駆け寄った。


「すごーい! どうやったの!?」

「僕達にも教えて!」

「あー! ズルいぞ、俺達も!」

「こらこらっ、みんな慌てないで! すぐに教えてあげるから少し休憩しててっ! ほら、あっちにアイスがあるよー!」


 魔力生産が上手くいかなかった子供達が、成功した少女に羨望の眼差しを向けながら騒ぎ始めると、右藤が手を叩きながら宥めさせる。

 ちょうどスーツ姿の大人達が冷たいアイスが入ったクーラーボックスを持ってきてくれたので、それを目敏く見つけた子供達はすぐさまそっちに向かって走りだした。


 今度はクーラーボックス周りが騒がしくなったのを見ていると、額に浮かんだ汗をハンカチで拭いている右藤が日向に近寄る。


「いやあ、いざ教えるとなると勝手が違いますね」

「そうですね。あたしももしダメだったら別のイメージを考えないとって焦りました」

「ははっ、まあこれもお互いいい経験でしょう。あなたは確か豊崎日向さんですよね、悠護さんのパートナーをやってる無魔法の使い手って」

「そうです。えっと、右藤英明さんでしたっけ……?」

「はい、そうです。気軽に『英明さん』とお呼びください。私は今、徹一様の秘書をやっています。はい、これ名刺です」

「あ、これはご丁寧にどうも……」


 右藤がスーツの内ポケットから取り出した名刺を受け取ると、確かに『国際魔導士連盟日本支部長秘書 右藤英明』と書かれていた。

 秘書というのは本来仕えるべき人の仕事の補佐をする右腕的存在。なら明日の七色会議のための準備をしているはずの彼がいることに疑問を持っていると、顔に出ていたのか右藤は笑顔で答えた。


「七色会議の方でしたらすでに一ヶ月以上前から決まっておりまして、開催日も他の家の当主様達には一週間も前に連絡しています。ですので、当日までお暇ができたのでこちらのお手伝いをしているのです」

「ああ、そうなんですか。あれ? じゃあ前に白石先輩に見せてもらった手紙って……もしかしてその時に?」

「手紙……ああ、七色会議と悠護様のお誕生パーティーのお知らせのですか? そうですね、あちらも一ヶ月以上前に送った記憶がございますね」


 手紙が送られたのが一ヶ月以上前ということは、悠護がその手紙をちゃんと読んでいれば、今の事態を未然に防げたということだ。

 そんなは後の祭りで、今更どうこう言っても仕方がないことだと頭では理解できる。


 だがそれ以前に、やはり悠護と徹一の溝はかなり深いものだと嫌なほど思い知らされる。


(たとえどれほど嫌っても、二人は血をわけた家族なんだ。家族があのままにするのはダメだよ)


 日向はもう二度と両親のぬくもりに触れることはできない。たとえ事情があったとしても、悠護はまだ親のぬくもりに触れられる。

 現状に憂いている朱美と悠護と仲良くなりたい鈴花のためにも、日向はなんとしても徹一に信用を得らないといけない。


 無意識に拳を握る力を強めると、日向の耳に静かな凪のような声が入ってきた。


「……あなたは、優しいのですね。豊崎さん」

「えっ?」

「だってそうでしょう? いくら悠護様のパートナーとはいえ、こんなことに巻き込まれてしまって……何故怒らないのですか? 普通ならそうなるはずです」


 右藤の疑問に日向は頬をかきながら答える。


「そうですね……普通ならそうだと思います。でもこれは単純にあたしのわがままなんです。悠護がちゃんと家族と仲良くして欲しいって思ってるのが」

「わがまま……ですか。それはわがままと言わないのでは?」

「いえ、わがままなんですよ。あたしはもう二度と両親に会えない人間です。ならせめて親のいる悠護はたとえどんな事情でも家族とは仲良くして欲しいんです。……家族っていうのは、子供が親からもらう名前と体の次に大切なものだから」


 たとえこのわがままが独りよがりだと言われても、悠護にはそうなって欲しいと思ってしまう。

 家族を大切に思う心は、きっと悠護自身にもあると信じているから。


 まっすぐに自分の気持ちを伝える日向の目を見て、右藤は目を見開くもすぐさま微笑を浮かべる。


「……そうですか」


 だけど、その微笑を見た瞬間、日向の首筋がゾクリと凍る感覚がした。


「そうなるといいですね」


 一見普通の笑みなのに、何故か恐怖を覚えてしまう。

 この感じは怜哉を前にした時と同じものだと、頭の隅で他人事のように思った。


「そう、ですね……」


 名刺を持っていた手の力が強くってしまい、曽越歪んでしまった。

 微かに震える日向の手に気づいていないのか、それも気づいていてなのか分からないが、微笑を浮かべたまま右藤は腕時計で時間を確認する。


「――ああ、そろそろ時間ですね。このあともよろしくお願いしますね、豊崎さん」

「は、はい。こっちこそよろしくお願いします」


 日向の言葉に右藤が会釈することで答えると、彼はそのまま子供達がいる方へ歩いてしまう。

 その後ろ姿を見ながら、日向はしきりに冷たくなった自身の首筋を擦った。



☆★☆★☆



 日向の『イメージによる魔力生産方法』が功を奏したおかげで、他の子供達も着々と魔力生産のコツを掴むようになってきた。

 魔力が作れて大喜びする子供達とは反対に、日向に先を越されたのか屈辱だったのか希美は見てもわかるほど不機嫌になってしまった。


 別に競ってるわけではないのにそんな顔を理由がはいはずなのだが、どうせ何を言っても聴いてくれなさそうなため無視することにした。

 希美の機嫌の悪さに右藤が思わず苦笑した後、プリント片手に話を進める。


「ではみなさん、これから魔法を使っていきたいと思います。みなさんのプリントには詠唱と魔法名が書いてありますので、それを上から順で魔法を発動してください。分からなかったら私達が説明しますので頑張ってください」


 右藤の説明に子供達が真剣に聞くと、さっそく魔法を発動させていく。

 だがあまり経験がないせいで上手くいかない子や、最初から上手くやれる子に別れた。鈴花は後者の方らしく、地面にひまわりが咲いたのを見て大喜びしていた。


 上手くいく子達が次のステップに入ろうとするのを見ると、焦って魔法を使おうとする子供達に右藤のストップが入る。


「みなさん、これは魔法を使う感覚に慣れるための授業です。いくら上手くいかないからって焦ってはいけませんよ。ちゃんと教えてあげますので落ち着いてくださいね」


 優しい言葉に上手くいかない子達が「はーいっ」と元気に返事をすると、さっそく手をあげ始めた。


「せんせー! 詠唱が分からないよー!」

「せんせー! また魔力が上手く作れないよー!」

「せんせー!」

「あああああそんな一気に来られても! 豊崎さん、桃瀬お嬢様、すみませんが手伝ってください!」

「はーい」

「ええ」


 一斉に来た質問攻めにあたふたする右藤だったが、急いで日向と希美を呼ぶと彼女達も子供達に向かう。

 さっそく日向は目の前にいる男の子の質問を聞くことにした。


「どこが分からないのかな?」

「えっとね、ここってなんてかいてあるのー?」

「ああ、これはね――」


 舌ったらずな口調の男の子の質問にできるだけ分かりやすく答えると、男の子は言われた通りに魔法を発動させる。

 緑色の魔力が地面の一点に集中すると、そこから茎や葉が地面から顔を出し、ぽんっと音を立てて花が咲く。地面に咲いたポピーを見て、男の子は満面の笑みを浮かべるほど大喜びになった。


「ありがとー、おねえちゃーん!」

「どういたしまして。頑張ったね」


 お礼をきちんと言った男の子に優しく頭を撫でる日向。

 微笑ましい光景に周りの大人達がほっこりとした気持ちになった時だった。


「きゃああああああああああああああっ!?」

「「「!!?」」」


 突然響き渡る悲鳴に、日向や大人達が一斉に声をした方を見ると、そこには何かを囲んだ巨大な炎が轟々と燃えている光景だった。

 夏の気温には負けない熱気を浴びて子供達が悲鳴をあげると、右藤を含む大人達が一斉に動き出す。


「みなさん、早くこっちへ!」


 右藤の指示に従って子供達が逃げていると、一人の女の子が目に涙を溜めながら右藤に縋りついた。


「先生! あの炎の中に鈴花ちゃんがいるのー!」

「なっ……!? それはどういうことですか!?」


 女の子の言葉に日向は慌てて子供達を見ると、確かに鈴花の姿がなかった。


「わたしね、鈴花ちゃんにひどいこと言っちゃったの……鈴花ちゃんが魔法じょうずなのは『ななしょくけ』だからって……。それで鈴花ちゃん、おこちゃって……そしたらほのおがでて……」


 要は女の子の一言に怒った鈴花が魔法の制御を誤ったということだろう。

 魔導士は感情の起伏によって魔法の強さが変わる。感情に身を任せて周囲に被害を出し、やがては魔導士自身をも滅ぼす。


 大人達が魔法を使って消火活動を行うも、炎は未だ燃えるばかり。恐らく魔法の威力が予想より強く、対抗できないのだろう。日向は太腿につけたホルスターから《アウローラ》を取り出し、銃口を炎に向けた。


「『ゼルム』!」


 銃口から琥珀色の魔力が発射され、そのまま炎に向けて一直線に向かう。

 魔力が炎に触れた瞬間、炎は紅い粒子となって消える。琥珀と紅の二つの光が宙を舞う光景に全員が息を呑む中、日向は《アウローラ》をホルスターにしまうとさっきまで炎の中央にいた鈴花の元に駆け寄る。


「鈴花ちゃんッ!」

「あ……日向、お姉ちゃん……」


 芝生が燃えて灰が残るその場に座り込み、目から涙をボロボロと零す鈴花は日向を見つけるや否や、足をもつれさせながら彼女の元へ走るとそのままタックルするように抱き着いた。

 意外と強い力に足を後ろに三歩ほど下がるが、足に力を入れてなんとは踏み止まる。ぎゅうっと強く服を掴みながら鈴花は顔をぐちゃぐちゃになりながら泣く。


「こ、怖かった……! 怖かったよぉぉぉ!」

「よしよし、もう大丈夫だからね」


 わんわんと泣く鈴花の背中を優しくぽんぽんと叩く。全身の震えが少しずつ収まっていく。

 ほっと日向が息を吐いた瞬間、今度は大人達の怒声が例の女の子に浴びせていた。


「お前、一体何様のつもりだ!? 鈴花お嬢様になんて失礼な態度を!」

「一歩間違えればお嬢様は死ぬところだったんだぞ!? なんてことしてくれた!!」

「あ、あの……ご、ごめんなさ……」

「みなさん、もうその辺で……」


 大人の怒声はまだ幼い子供に耐えられるわけはなく、女の子の目には涙が零れ出ている。他の子供達のその剣幕に完全に委縮し、右藤が仲裁に入るも一向に収まる気配がない。

 すると希美は腕を組みながらこちらに向かうと、ふんっと鼻を鳴らす。


「当然の報いよ、あの子。しばらくはあの子だけじゃなくて、親も親戚も針のむしろ状態になるでしょうね」

「の、希美お姉様……みなさんを止めてください……!」


 他の子供達と同じで委縮していた鈴花もさすがにやり過ぎだと思ったのか、縋るように希美に頼み込む。

 だが希美の答えはあまりにも冷たいものだった。


「なんで私がそんなことしなくちゃいけないの? そもそも、あなたはあの子のせいで怖い目にあったの? これはあの子が受けるべき罰なのよ、だから鈴花ちゃんもあの子のことなんて気にしなくていいの」

「そ、そんなこと……!」

「桃瀬さん」


 希美の言い分に鈴花が反論しようとした直後、日向がそれを遮る。

 ふと鈴花が日向の顔を見上げるとひゅっと息を呑んだ。日向の顔は静かにだか怒りを宿しており、琥珀色の瞳が獰猛に光っている。

 普段の彼女とは違う様子に、さすがの希美も息を呑んだ。


「な、何よ……私は間違ったことは言ってないわよ」


 怯えながらも自分の主張を通す希美を一瞥した後、日向は無言のまま未だ怒声を出す大人達へ足を向ける。


「この恥知らずがッ!!」


 ちょうど目の前で神経質な女が女の子の頬を打とうと手を振り上げようとするところで、女の子は襲ってくる痛みに耐えようと目をぎゅっと瞑る。

 だが女が手を振り下ろそうとした瞬間、すっと日向は女の子と女の間に入った。それも、ごく自然に。


 パシンッ! と乾いた音が場に響く。叩いた女も叩かれるはずの女の子も、目の前の光景に理解出来ず目を見開き、他の大人や子供達も息を呑む。

 そんな中、日向は頬の痛みに顔を歪めることなくそのまま女を睨みつける。


「な、何よあなた……」

「あなた、確か彼女と鈴花ちゃんの指導やってた人ですよね? こういうのって普通監督責任であなたにも非があるはずでしょ? なのに何故、まだ一〇にも満たない子供に手をあげようとしてるんですか?」


 目の前にいる女は、日向の記憶通りなら鈴花を含む三人の子供達の指導をしていたはずだ。だが、いざこざが起こった時はその場にいなかった。

 嘘を言ったなと目で訴えてくる日向に、女は精一杯の虚勢を張りながら口を開く。


「わ、私はちょっと仕事の電話で席を外していただけよ。そもそもそこの子は、黒宮家のご令嬢である鈴花お嬢様に口答えできる身分じゃないのよ。こういうのは、幼い頃からちゃんと躾けないと子供は生意気に育つのよ。一般人上がりのあなたには分からないのかしら?」


 自分は正しいと思いながら嘲笑う女を、日向は無感動に見つめる。

 この時、日向はどうして悠護が魔導士嫌いになったのかようやく理解できた。七色家に気に入られ、出世しようと目論む大人達と、そんな大人達と同じ考えに染まらせていく子供達。全ては『魔導士』という力の象徴のせいだ。


 だが今の時代では魔導士は必要不可欠な存在。

 たとえ薄汚れた心を持っていても、その力がある限り世界はそれを無視できない。

 それがたとえ、分不相応な欲を手に入れようとするほどに。


「そうですか」


 日向の言葉を納得と受け取った女がほっと息を吐いた瞬間――バヂンッ! とさっきよりも強い平手を日向は女に繰り出していた。


 日向は中学時代に知らない女から『人の彼氏を奪った』という身に覚えのない理由で突然叩かれたり、時には集団でリンチにあったこともある。そのおかげというかせいというか、日向は痛みに対してはそれなりに耐性がついた。

 だが叩かれた時にバランスを崩し地面に座り込む女が、じんじんと痛む赤くなった頬を押さえるあたり、痛みにはあまり慣れていないらしい。


「な、何をするんだ!?」

「折檻です。邪魔しないでください」


 突然のことで目を見開く男が騒ぎ立てるが、日向は冷たい口調で一蹴する。

 日向は女の髪を左手で鷲掴み、そのままずるずると引きずって炎が出ていた場所へ連れて行く。

「痛い、痛いっ!」と泣き喚く女の声とブチブチッと乱暴に髪が引き抜かれる音を聞きながら、日向は女を投げ捨てるようにその場に放る。

 放った衝撃で地面に残っていた灰が舞い、女は灰を吸い込んだのかげほげほと咳を出す。


「その灰が、さっきの炎が出していた場所です。普通の炎ならそこまで脅威じゃないですけど、魔法の炎は違います。普通の水では中々消えず、かといって魔法の水を使っても魔法の強さによって消えない場合がある」


 日向は語りながらその場に肩肘をつくと再び女の髪を鷲掴み、俯かせていた顔を無理矢理上げさせた。


「なんで魔法事故についての話をしたと思ってるんです? こうなる可能性があったからだろうがッ!!」

「で、でも、初級魔法だし。それに元はと言えばその子が鈴花お嬢様に生意気を言ったから」

「だからその子に仕置きをすると?」


 日向の剣幕に目に涙を浮かべながら子供じみた言い訳をする女に、日向は右手で灰に触るとその手で女の顔を掴む。


「――ふざけるな。初級魔法でも人の命は奪えるんだよ。それを教えるのも大人の役目だろうが」


 あまりにも低く、凄みのある声音に、ひぃっと引きつった声が女だけではなく後ろにいた外野からも聞こえたが、それさえ無視して日向は言った。


「いいか、よく聞け。お前の……いやここにいる連中の思ってる『正しさ』は、全部我欲で歪んだ紛い物だ。本当の『正しさ』っていうのは、間違ったことを『間違えてる』って言ったこと。この場合だと、自身の監督責任不足を子供に押しつけて暴力を振るうことだ。

 たとえ他人様の子供だろうが七色家の子供だろうが、間違ってると思ったら『間違ってる』と言って、身分の差に恐れず平等に叱らなくてはならない。それが『正しさ』の本当の使い方だ、分かったら今後そんな真似をするな。――いいな?」


 最後のドスの利いた声にすっかり怯えてしまった女はこくこくと激しく頷く。

 それを見て日向はようやく女から髪を離す。指には女の髪が数本絡まっていて、日向はそれをぶんぶんと手を振って落とすと、くるっと首を後ろにいる大人達に向ける。

 それを見て、大人だけでなく子供達もびくっと身を震わせる。


「英明さん、もう全員帰らせてください。こんなんじゃ続きなんてできませんから。ついでにここ直すの手伝ってください」

「は、はい! 分かりましたぁっ!!」


 顔を青くした右藤が引きつった声で返事を返すと、そのままその場にいる全員を帰らせるよう準備させていた。

 はぁっと大きな呆れが混じったため息を吐くと、パキッと枝を踏む音が聞こえた。


「日向……」


 その次に聞こえてきた声に、日向は赤くなった頬とは反対に顔を真っ青にした。

 ギギギッと錆びついたネジみたいに首を横に動かすと、ラフな恰好をした悠護が驚きを隠せない顔で立っていた。


(やっちゃった)


 普段見せない過激な面をパートナーに見せてしまった日向は、羞恥やいたたまれなさでその場に蹲った。

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