第29話 信用と向き合う努力

「自己紹介はこれまでにして、ひとまずお茶にしよう。そこに座りなさい」

「あ、はい。失礼します……」


 徹一に促され日向はふかふかする猫脚のソファーに座ると、悠護は当たり前のように隣に座る。

 ちょうどいいタイミング入ってきたメイドがティーカートを持ってきて、テーブルにそれらを置く。


 薔薇が美しく描かれている白陶器のティーポットとティーカップ、三段のケーキスタンドにはサンドイッチやクッキー、マドレーヌやスコーンなどの軽食や菓子が乗っている。

 ジャムやクロテッドクリームが入った瓶もバターナイフも置かれており、昔ドラマで見たティータイムをそのまま再現したようだった。


 メイドが淡い色をした紅茶をティーカップに注ぎ入れると、いい香りが室内に広がる。目の前にティーカップが置かれると、日向は左手にソーサー、右手にティーカップを持つとそのまま口に入れる。

 一口飲むと芳醇な香りと味が味覚と嗅覚を刺激し、生徒会で飲んだものとは違うそれに思わず目を瞬かせる。


「美味しい……」


 ぽろりと出た感想に朱美は小さく微笑む。


「口に合ってよかった。悠護くんはどう?」

「……。……美味しいです、朱美さん」

「そう……」


 目を逸らしながら答える悠護に朱美は落ち込んだ顔で答える。

 悠護の義母である朱美は、悠護の実母が他界してすぐに後妻として来たとあの夢で初めて知った日向としては、悲しむ間もなく再婚したとなると心にしこりが残っても仕方がない。


(でも奥さん亡くなった半年後に再婚って……何考えてるんだろう?)


 日向も幼い頃に両親を亡くしている。喪中の間は食事も睡眠もロクに取らずにずっと引きこもるほど悲しんだ。陽が外へ出すきっかけを作らなかったら、今頃日向は一歩も外へ出ることもできない引きこもりになっていただろう。

 それなのに、パートナーの父親は妻に先立たれたのに悲しむ暇もなく新しい妻を娶った。


 いくら七色家が優秀な子を作ることが最優先されているとはいえ、自分の息子と溝が深くなることすら厭わないのは父親のすることなのだろうか?

 苦々しい気持ちが胸に落ちた感覚に眉を寄せると、徹一はカチャンッと小さな音を出しながらソーサーの上にティーカップを置いた。


「――さて、君をこの家に呼んだのは他でもない。君が息子のパートナーになったことで第一婚約者候補になった。だが君には無魔法のことでIMFからも問題視されている。それについては知っているか?」

「……はい」

「ならいい。国際魔導士連盟日本支部長としては君を七色家の一員にするわけにはいかないが、黒宮家現当主としては七色家のしきたりを守らなくてはならない。だからこそ、私は君が七色家我らにとって有害なのか無害なのかを見極めなければならない」

「っ、おい! 日向が有害だと!? ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!!」

「ふざけてはいない。これは七色家全体としての問題だ。滞在期間になんの問題を起こさなければ私は彼女をこのままお前の婚約者として認めるつもりだ」


 徹一の言い方に勘が触った悠護だったが、次に出た単語に言葉を失う。

 日向を婚約者にする。それはつまり、日向を正式に七色家の一員にさせるということだ。

 これにはさすがの日向も驚いたのか、慌てて止める。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 婚約者って……あたし、まだ初恋未経験だし男の子との付き合い方も全然分からないし、そもそも他にも婚約者候補がいるじゃないのにそんな簡単に決めていいんですか!?」

「君の恋愛経験の有無は関係ない。そもそも、七色家の一員になることは他の魔導士にとっては一族総出で諸手を上げるほどの名誉だ。君はそれに興味はないのか?」

「ありませんよ一ミクロンも! というか正直いりませんよそんなのっ!!」


 徹一の質問に、日向は荒っぽい口調で答える。

 今まで一般人として暮らしてきてたが、聖天学園に入学してからは魔導士界の常識はある程度理解できた。だが、相手を見下すためだけの地位や名誉になんてこれぽっちも興味はない。

 普通の魔導士としては変わり者呼ばわりする姿勢を見せる日向に、徹一は小さく笑う。


「……なるほど。もし君が我が家の地位や財産を貪る悪なら今すぐ返していたが……やはり君は豊崎夫妻によく似ているな」

「……え?」


 優雅に紅茶を飲む徹一から出た言葉に日向は目を見開く。


「……あなたは、父と母をご存知ですか……?」

「ああ。あの二人には何度も出世の話で呼んだからな。といっても、決まって『お断りします』の一言しか言わなかったが」


 当時を思い出したのか懐かしそうに目を細める徹一に、日向と悠護は互いの顔を見合わせる。

 悠護もこんな父親の姿を見るのは初めてなのか、驚きで目を見開いている。

 思わず徹一に視線を向けると、彼はらしくない顔を浮かべていたと気づいたのか咳払いをする。


「とにかく、たとえ君が豊崎夫妻の娘でも危険な芽は早めに摘んだ方がいい。これは君自身にとっても不愉快に思えるがこうでもしないと私は君を信用できない。それだけは分かってくれるか?」

「…………」


 徹一の言っていることは正しい。

 もし自分の前に一見優しそうでも度を越えた我欲を持つ相手がいたら、まず相手のことを知っていかなければならない。

 信用というのは日々の積み重ねによって作られるものだ。つまり、この提案を出した時点で徹一は日向に対しまだ階段一段分もない信用を持っていないということと同義だ。


 好意的な関係を築く難しさは、町内会の行事やボランティア活動に積極的に参加していた日向も身に染みている。

 だからこそ徹一の言い分については理解できるし、『豊崎夫妻の娘』という情報しか何も知らない自分について知って欲しいと思うのは至極当然だ。

 黙り込む日向に悠護が心配そうに顔を覗き込んでいるのに気づくと、日向は小さく笑う。それを見て悠護は目を瞬かせる横で、日向は自身の琥珀色の瞳で徹一を真っ直ぐ見つめる。


「……分かりました。ここにいる間、あたしはあなたに信用してもらえるようにします」

「君にそれができる勝算があるのか?」

「ありません。そもそも信用を得るのに勝算とかいりませんよね?」


 はっきりと答えた日向に徹一は目を細めながら沈黙する。


「信用の意味は『確かなものと信じて受け入れること』です。権謀術数を使って得た信用なんて偽りそのもの。ならあたしは、ありのままの自分の姿をあなたに見せることこそが信用を得るのに相応しいと思います」

「……なるほど。確かにそうだな」


 今年で息子と同じ一六歳になる少女とは思えない物言いに、徹一は内心舌を巻いた。

 今まで相手にしてきた者達は自分に気に入られようとゴマをすり、内心とは正反対に言葉ばかりを投げかける。

 だからこそ、こうして面と向かって自身の主張をはっきりと伝える日向が、徹一にとっては珍しいものに見える。


「なら、君は君のやり方で私の信用を得たまえ」

「最初からそのつもりです」

「そうか。話は終わりだ、下がっていい。悠護、お前もだ」

「おい待てよ、俺はまだ言いたいことが――」

「下がれと言った。これ以上言わせるな」


 徹一の物言いに悠護が喰いつこうとすると、さらに冷たい声が彼の行動を封じた。

 この声をした父はもう話を聞く気がないと嫌というほど理解している悠護は、一瞬唇を噛むと何も言わず部屋を出て行く。


「あ、ちょっと待って悠護! し、失礼しますっ!」


 慌ててパートナーを追おうした日向は一回立ち止まると徹一と朱美に頭を下げる。素早く頭を上げて部屋を出て行く後ろ姿を見送ると、徹一は残った紅茶を一気に飲み干す。

 だが隣で朱美が非難がましい視線を向けているのに気づき、思わず眉根を寄せる。


「……なんだ」

「まったく、どうしてあなた達はそんな会話しかできないの? 私は悠護くんとも仲良くなりたいの知ってるくせに」


 頬を軽く膨らませてそっぽを向く朱美に、徹一は気まずそうに口元を歪ませる。

 朱美は徹一の最初の妻であった黒宮千咲くろみやちさきの親友だった女性だ。千咲の死後、とある事情で新たな妻として彼女を娶ったが、それが原因で悠護との仲がより悪化してしまった。


 当時幼かった息子が母の死を悲しむ暇もなく新しい母親となる女性が来たとなると、彼が反発するのは目に見えていた。

 だが徹一は黒宮家を統べる当主。周囲の期待には答えなくてはならない立場にいる。感情論で独り身を貫くことは簡単には許されない。


 元から仕事の多忙で希薄だった徹一と悠護の仲は深い溝ができるほど悪くなり、その余波で朱美と異母妹である鈴花すずかとの関係もあまり良好とは言えない。

 それでも朱美はなんとか悠護と仲良くなろうと思っても、本人にその気がないせいで進展しない。おまけに徹一と顔を合わせると喧嘩腰の会話するため拍車がかかり、義理の息子とロクに話せず仲だけ悪くなるたびにこうして拗ねる顔を見せるようになった。


 後妻の機嫌を直すのも夫の役目だと頭では理解しているが、何度やっても慣れないものだと思いながら徹一は嘆息を漏らす。


「それについてはすまないと思ってる。だが、どうしても悠護を前にすると上手く話せなくなるんだ」

「……分かってるわよ、あなただってわざとそうしているわけじゃないって。でもやっぱり家族の仲が良くないというのは嫌よ」

「……そうだな」


 頭では分かっているのだ。このままの関係ではいけないことくらい。

 だが思ったことが上手く言えず、悠護はまだ再婚の件を引きずっているからか会うたびに責めるような顔をしてくる。息子の笑顔なんて、徹一はもう何年も見ていない。


 だからこそ、あの息子に変化をもたらした豊崎日向という少女が気になった。

 無魔法を使える魔導士として、息子を理解しようとするパートナーとして。


(――さて、あの娘は一体どこまでやれるのだろうか)


 彼女がどんな結果を見せるのかまだ分からない徹一は、メイドが入れてくれた新しい紅茶に口つける。

 その横で後妻は何か思いついた子供のような顔をしたことに気づかないまま。



☆★☆★☆



「――ご、ゆう――悠護ってば!」

「っ!」


 イライラした気分で応接室を出た悠護は、自分の名を呼ぶ声と腕を引っ張られる感覚で正気を取り戻す。

 後ろを振り返ると日向が荒い息を吐いており、頬には少し汗が浮かんでいる。それを見て悠護は申しわけなさそうに顔を逸らす。


「悪ぃ……大丈夫か?」

「それはこっちのセリフだよ。大丈夫?」

「ああ、まあな……」


 気まずい顔をする悠護に日向は小さく息を吐くと、そのまま背を壁にもたれかからせる。


「そんなに仲悪いの? お父さんと」

「仲は……まあ悪いって言ったと悪いけどよ、半分以上は八つ当たりみたいなもんなんだよ」

「八つ当たり?」


 悠護の言葉に日向が首を傾げると、彼は頬を右手の人差し指でかきながら口を開く。


「母さんが死んですぐ……親父が再婚したことが当時の俺にとってはスゲーショックだったんだよ。まるで母さんのことは最初から好きじゃないって言われてるみたいでよ。だからなのか……朱美さんと妹ともまともに向き合えねぇんだ。今の八つ当たりをぶつけそうでさ……向こうは悪くないはずなのによ」

「……そっか。でも、あたしはそれが間違ってるとは思わないな」

「え?」

「あたしだって悠護の立場だったらそうなるだろうし、そもそも再婚する時はちゃんと子供の意見もちゃんと聞くべきだって思うよ。それに悠護は朱美さんと妹さんと向き合えないんじゃなくて、をしてるんだよ」

「向き合う、努力?」


 日向の口から出てくる言葉に悠護はわけが分からない顔をすると、日向は「そっ」と言いながら笑顔を浮かべる。


「多分だけどさ、悠護はロクに知らない人が新しい母親になったことと、半分血が繋がった妹ができたことにまだ戸惑ってるんだよ。で、その相手のことを知ろうとするけど、昔のことが引きずって中々上手くいかない。違う?」

「あ、ああ……言われてみれば、そうかもしれねぇ……」

「でしょ? 今の悠護の心はちゃんと向き合おうと頑張ってるんだよ。それはすごいことだし、偉いと思うよ」

「そ、そうなのか……?」

「そうだよ」


 自信満々に断言する日向に、悠護は全身をくすぐったい感覚に襲われる。

 今まで義母と異母妹に向き合えないのは自分の心が弱いのだとばかり思っていた。だが悠護が初めて信じようと思えたパートナーは違うのだと真正面から言ってくれた。

 毎回自分の予想を超える言葉をかけてくれる彼女にはいつも驚かされているばかりだ。


「……そうか。お前がそう言ったなら、そうなのかもな」

「そうそう。あたしもできることがあったら協力するよ。もちろん心菜と樹と一緒にね」

「ああ、ありがとう」


 さっきまでの暗い色が消え、明るく笑う悠護の顔に日向は安堵した。

 根本的な問題はまだ解決することはできないが、少なくともこの家にいる間はいつもの顔にさせることしかできない。


(それでも、あたしは悠護の力になりたい)


 この想いがはたして友情なのか、それ以上のものなのか今の日向には分からない。

 だけど、彼の隣にいたい気持ちは決して嘘ではないと思えた。今はそれだけで充分だ。



 八王子市には黒宮家本家の他に分家が五軒存在する。黒宮家の血筋が一番近い桃瀬家もその一つだ。

 桃瀬家は黒宮家の三代前の当主の妹が、婚約者候補の中から選ばれた男性と結婚したことがきっかけで生まれた家で、桃瀬家に生まれた希美は他の分家の子より恵まれていると幼少期から理解していた。


 父親は法務省民事局の副局長で、主に魔導士達の戸籍の管理を仕事にしている。

 魔導士の戸籍は国家機密情報と同等の価値があり、もし戸籍情報が流れてしまったら拉致誘拐などの事件に発展する可能性がある。そのため、魔導士の戸籍は厳重に管理されているのだ。

 対して母親は一般人だが世界的に有名なファッションデザイナーで、今では世界中のセレブの二割が母親のデザインした衣装を身にまとっている。


 分家どころか一般人すら羨む家庭環境で育った希美は、何不自由ない生活を送れている。

 美味しい食事に温かなベッド、綺麗な洋服とアクセサリーは流行に合わせて用意され、長期休暇では国内外問わず旅行に出かけるという贅沢な暮らし。


 周りには将来自分に相応しい美少年達がいたが、希美の視界には一人の少年しか映らなかった。

 その少年こそが、黒宮家の長男で次期当主候補の黒宮悠護だ。


 悠護は周りのいた少年達より優しい子だった。

 巣から落ちた雛鳥をメイド達の制止を聞かずに巣に戻したり、手先が器用で花冠を作っては他の分家の少女達にプレゼントしていた。


 彼の実の母親である千咲は体が弱かったが笑顔を絶やさない明るい女性で、母親の前では悠護は太陽のように眩しい笑顔を見せていた。

 その笑顔に心を奪われた希美は、彼のお嫁さんになることが彼女の夢となった。


 だが、千咲が死んでから、悠護の顔から明るさが失われてしまった。

 どんなに話しかけても、遊びに誘っても、彼は一度もあの笑顔を見せなかった。見せるのは申しわけなさそうな、周囲の空気に合わせた空の笑顔ばかり。


 その半年後、徹一と朱美の再婚を機に悠護は荒れ始めた。

 家の物や分家の子供のおもちゃを奪っては壊すという暴挙に出た彼は、いつも何かを期待する目をしたかと思うと、相手の両親と子供の反応を見て悔しそうな顔をして部屋に閉じこもるという行動を繰り返した。


 そのたびに希美は優しい口調で悠護を慰めた。

 あなたは悪くない、気にしないでと。少しでも彼の心が楽になるように願うも、悠護は必死に耳を塞ぐばかりだった。


 小学高学年になると、悠護の周りには彼のお嫁さんになろうとする少女や彼をいじめようとする少年達がハイエナのよう群がり始めた。

 センスがないくせに無駄に着飾り、吐き気がするほど気持ち悪い笑顔を浮かべる少女や、ニヤニヤと下卑た笑みを向ける少年達を見て、希美の胸にドス黒い感情が宿った。


(あいつらはゆうちゃんを狙うゴミだ。汚い……汚い汚い汚い汚い汚い! ヘドロみたいな笑顔を見せるな! ウソばっかりな言葉を聞かせるな! くだらないプライドのためにいじめるな! 偽物の愛をゆうちゃんに向けるなッ!!)


 その日を境に、希美は『ゴミ掃除』が始まった。

 美貌には美貌で、勉学には勉学で、スポーツにはスポーツで、あらゆる手を使って、汚いゴミを排除していった。

 それでも諦めないゴミには、自分達の力の結晶である魔法で黙らせた。それがたとえ顔に一生残る傷を作ろうと、心に深い傷が残ろうと構わずに。


 何度か悠護に見つかりやめるよう言われても、希美はやめなかった。

 そうしないとゴミが増えてしまうから。


 中学に進学すると、希美が黒宮家から第一婚約者候補に選ばれた通知が家に届いた。

 その通知に希美は神様に感謝した。愛しい彼の伴侶に選ばれたのは、今までの自分の行為を神様が高く評価してくれたからだと。

 今思えば浮かれすぎて油断していたかもしれない。聖天学園の『パートナー制度』という落とし穴を見落とすほどに。


 入学式の日、希美は自分が望んだ結果じゃない現実に言葉を失った。

 掲示板を見て悠護とは違う別のクラスになった時は嫌な予感がした。悠護以外の少年がパートナーになった時は強い焦燥感が生まれた。

 三年間守り続けた第一婚約者候補の座が見知らぬゴミに奪われても、希美は必死に我慢していた。悠護が伴侶として選ぶのは彼を理解している自分なのだと、心の中で祈り続けた。


――その祈りさえも無駄だったことは、新入生実技試験で思い知らされた。


 魔導士の頂点に君臨する家に生まれたはずの彼が魔導士嫌いだと知らされ、出会ったまだ一週間も経っていないゴミのパートナーでいることを譲らないと宣言された時は目の前が真っ暗になった。

 試験後もたまに見かける悠護がかつての笑顔をあのゴミに向けていたのを見ると、激しい憎悪の炎が胸を焼いた。


 それが、希美の中では一番汚いゴミ――豊崎日向がこの世で一番大っ嫌いな存在になったきっかけだ。


(どうして? どうしてゆうちゃんはあのゴミに笑顔を向けるの? 私の方がゆうちゃんのことを知っているのに!)


 気に入らない。目障り。殺したい。悪感情が希美の心を支配する。

 昨日の件で暮葉からこれ以上の真似をしでかすと『罰則』を科せられる可能性があると言われた手前、手出しするのは得策ではないくらい希美も理解している。


 それでも日向が悠護の実家にいて、希美が見たい笑顔を見ていると思うとはらわたが煮えくり返って仕方がない。

 だが魔法などによる物理的排除は無理でも、相手を排除する方法は嫌というほど知り尽くしている。


(待っていなさい、豊崎日向。あんたなんかにゆうちゃんは渡さないんだから)


 薄暗い自室のベッドの上で、フリルをあしらった可愛らしいクッションを抱きしめながら寝転ぶ希美の桃色の瞳の中には、嫉妬の業火が轟々と激しく燃えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る