第27話 前夜

 生徒会室は、増設前の学園長室をそのまま利用した部屋だという話は一年のみならず全校生徒の間では知らない人はいない話だ。

 目の前の重厚感のあるドアの前で立ち尽くすのは日向と樹の一般家庭組で、こういった見慣れているのか平然な態度をしているのは悠護、心菜、怜哉の魔導士家系組だ。


 だがさすがに初めて訪れる生徒会室に緊張しているのかドアを開けていいのか迷っており、オロオロする心菜の横で怜哉がドアノブに手をやる。

 そのまま引こうとしたが、何かに気づいたように目を細めると、すすっと蟹みたいに横に移動する。


「黒宮くんが開けて」

「は? なんでだよ」

「いいから」


 怜哉の申し出に首を傾げながらもドアノブに手をやる悠護。

 その光景にひどくデジャヴを感じた日向は止めに入ろうとする。


「悠護、待っ」


 だが一足遅く、ドガッと悠護の額に何かが直撃した。


「がっ!?」


 ぶつかった衝撃で後ろから思いっきり倒れる悠護。ゴトッと重たい音をたててリノリウムの床に落ちたのは、『生徒会長』の文字に彫られたゴールドアクリルがついた木製卓上ネームプレート。

 いくら魔導士が一般人と比べて頑健だからといって、こんなものを人に向かって飛ばすなど正気沙汰ではない。


「――ったく、ようやく来やがったか。一分二九秒の遅刻だ。本来なら反省文を提出してもらいだが……ソイツが当たったことを面して今日は許してやるよ」


 完全に開かれたドアから現れたのは、一人の少年。

 前髪に×印になるよう留めた赤いヘアピンがチャームポイントの緑色の髪、エメラルドグリーンを思わせる瞳、肌は白く顔立ちも幼い。聖天学園の夏服である半袖のワイシャツの上にベージュ色のベストを着ており、首には緩く結んだ緑色のリボンタイ。


 幼い見た目に合わない口の悪さに呆然としていると、倒れていた悠護は赤くなった額を抑えながら起き上がる。


「……暮葉くれはテメェ、いきなりに何しやがる!? つーかこんなネームプレート凶器を人様に向かって投げんじゃねぇよ!!」

「ああ? うっせぇな、テメェがするはずの桃瀬の騒動の後始末してやったんたぞ。それくらい我慢しろ」

「できるかぁ!?」


 暮葉と呼ばれた少年とは知り合いなのか、ぎゃーぎゃー喚きながら抗議する悠護。

 突然のことで状況が読み込めない日向達に、怜哉は小さな声で話す。


「一応紹介するけど、ここの生徒会長をしている緑山暮葉。七色家の一つ『緑山家』の次期当主様だよ。ちなみに三年生」


 怜哉の口から伝えられる事実に、日向達はぎょっとしながら目を見開く。

 七色家の人間のこともそうだが三年生であることが、一番衝撃が強かった。


 幼い顔立ちを台無しにする不機嫌な横顔を見つめていると、視線に気づいたのかこっちに顔を向ける。


「? 何見てんだ?」

「お前が童顔のくせに三年だってことで驚いてんだろ……痛ッ!!」

「うるせぇ。あと童顔は遺伝なんだよほっとけ」


 悠護の発言に勘が触ったのか、暮葉は細い右足を悠護の足の上に乗せてぐりぐりと押す。

 チッと大きく舌打ちをすると、両方のズボンのポケットに手を入れて生徒会室の方へ踵を返す。


「用件は桃瀬の騒動と黒宮家の件だ。さっさと入れ」


 足を踏まれた痛みがまだ残って蹲る悠護を無視する暮葉に一同が反応出来ずに固まる中、生徒会室から一人の少女が出て来たかと思うと、暮葉の額に向かってデコピンをした。


「痛っ」

「もう暮葉くん、そんな態度を取っちゃダメでしょ? ほら見て、一年生が怖がってるじゃない。彼女達はもう遅いけど他の一年生の前ではその口は禁止よ」

「……悪かったよ」


 金髪をポニーテールにし、胡桃色の瞳が知的な印象を与える少女の言葉に、暮葉は額を擦りながら小さい声で己の非を認める。

 まさかの光景に日向達どころか彼を知っている悠護と怜哉も驚いたのか目を軽く見開いている。すると少女は別の意味で固まる一同に優しい笑みを浮かべてお辞儀をする。


「はじめまして、みなさん。私は生徒会副会長兼暮葉くんのパートナーの金枝奈緒かなえなおです。先ほどは暮葉くんが失礼な態度を取ってしまってごめんなさいね。彼の口の悪さ、教師からも注意してるんだけどなかなか治らなくて……」

「い、いえ……大丈夫です。ちょっと驚きましたけど……」

「金枝って……あの、もしかしてあなたは『金枝製茶』の?」


 保護者のような口調で謝罪する奈緒に日向があたふたすると、横で心菜が思い出すように言ったと奈緒は目を軽く見開く。


「ええ、ウチの家の会社よ。知ってるの?」

「はい。『金枝製茶』さんの茶葉、いつも頼んでますから」

「あらそうなの、嬉しいわ。今日はウチが送って来てくれた茶葉で淹れた紅茶を用意したからよかったら飲んでね」

「はい!」

「あ、そうそう。美味しいお菓子もあるのよ。豊崎さん、クッキーは好き?」

「は、はい、大好きです!」


 紅茶好きな心菜とその茶葉を扱う会社の娘である奈緒はすぐさま意気投合し、呆然としていた日向はさっきケーキを食べたのにドアの向こうにある机の上のクッキーを見て目を輝かせる。

 きゃっきゃっと花を飛ばしながら生徒会室へ入っていく女子三人。廊下に残された男子四人は呆然としながらその後ろ姿を眺める。


「……女って、意外と順応力高いな」

「ああ……」

「……そうだな」

「ねー」


 悠護の一人言のような呟きに、三人は同意した。



 落ち着いた調度の本棚や戸棚が置かれている部屋の中心にあるソファー、その右側に日向達四人が座り、左側には暮葉と奈緒が座っている。テーブルには湯気の立つダージリンが入った人数分のカップとお茶請けのクッキー数種類が大皿に均等に並べられている。

 クッキーはシンプルなバタークッキーからナッツがぎっしり入ったものやココアだけのもの、ダミエ(ココアとバニラの二種類の生地を市松模様に組み込んだもの)もあればイチゴジャムが乗ったものもある。


 サクサクと小気味いい音をたてる焼き菓子の優しい味に、日向と心菜は嬉しそうに頬を緩ませる。パートナーの様子を見て悠護と樹は可愛いものを見る目で小さく微笑んでいる。

 それを見ている奈緒が嬉しそうにニコニコと微笑んでいると、少し覚ました紅茶を一気に飲み干し、細い脚を組む。


「……さて、テメェらを呼んだのは二つだ。一つはさっきの桃瀬の件、もう一つは黒宮からの手紙の件だ。黒宮、桃瀬があんな真似した理由はやっぱり婚約者候補の件か?」

「ああ、そうとしか考えられない。あいつは、いつも俺の知らないところで色々しでかしているからな……。今回も同じだろ」

「ったく、あいつのクソな性格は困ったもんだぜ。本家の決定に従うしかないからって、そのストレスを相手に向けるなんてよ。一応桃瀬にはこれ以上変な真似をしたら『罰則』を与えるよう言っておいた。無論、夏休みの間もな。そうでもしねぇとあいつ、絶対手ェ出すだろ」


 思い出してイライラし出した暮葉は、クッキーを二枚まとめて口の中へ放り込むとそのまま噛み砕いた。

『罰則』というのは、普通の学校にあった反省文提出やトイレ掃除のような軽いものではない。『罰則』を言い渡せた生徒は首に魔力抑制具をつけられ、授業以外では魔法が使えないようにする。


 その点は入学当初の日向がつけていた腕輪型魔力抑制具と似たようなものだが、もう一つの魔法が付与されている。その魔法は『麻痺パラリュシス』、文字通り全身を麻痺させる呪魔法の一つだ。

 許可されていない状況で魔法を使用した際に発動されると、全身に電流が走り一時的に行動不能となる。効果が切れても後遺症として激しい頭痛に悩まされるため、生徒達はなるべく『罰則』を受けないようにしている。


 一見非人道的な扱いに思えるが、魔導士が己の感情を優先させる行動を起こし大規模な事件にまで発展したという話は少なくない。

 魔法による被害で魔導士達の立場を危うくさせる真似は、IMFも国も避けて通りたいのだ。


「まあ桃瀬の件は黒宮、お前が責任もって解決しろよ。さすがに俺も白石もそっちは管轄じゃないからな」

「分かってる」

「ならいいがな」


 今も暗い顔をする悠護を見て何かを感じ取るも暮葉はそれ以上追求しなかった。


「……で、だ。豊崎、お前、桃瀬になんか言ったか? 話の途中でもあいつ『なんであの女があれを知ってるのよ』って何度もブツブツ呟いてたんだけどよ。心当たりはあるか?」

「あ……えっと、その……。信じられない話なんですけど――」


 暮葉の問いにさすがに荒唐無稽でも答えなければならないと思った日向は、今朝見た夢――正確には幼い悠護の記憶を見たことを話した。あの胸が苦しくなり、涙が溢れ出る記憶を。

 話すにつれて驚いた悠護が何か言おうとしたが、その前に怜哉に肩を掴まれて止められていた。真剣な顔で話を聞いた暮葉は、しばし無言になると顎に手をやる。


「……なるほどな。そいつは、感受性のせいだな」

「感受性……?」

「ああ。魔導士っていうのはあらゆる事象に干渉してしまう。その影響なのか感受性が強い奴には人には聞こえない声が聞こえたり、感情が色として見えるとか……そういった現象があるんだ。豊崎の場合、他者の記憶を夢として見る現象――『追憶夢ついおくむ』って呼んでいるヤツに遭ってるんだ」

「……追憶夢」

「ただ、追憶夢ってのは普通目が覚めると夢と同じくらいあやふやになるもんだ。なのにそこまではっきり覚えてるのは……それだけ感受性が強いって証だろ。まあこればっかりはどうしようもねぇから気にすんな」

「はい……。でも勝手に人のプライバシーを侵害してるみたいで、なんか……嫌だなって、思って……」


 誰だって知られたくない過去の一つはある。

 ずっと秘密にしていたのに自分の知らない場所で明かされるのはあまりいいものではない。

 胸元をブラウスの上から握りしめる日向に、暮葉は一つ息を吐く。


「そのへんについては同意だが……どの魔導士でも避けて通れねぇからな。そこはわりきるしかねぇ。それよりもお前、怒ってねぇのか?」

「何にです?」

「桃瀬にだよ。殺されかけたんだぞ。文句の一つくらいあんだろ」


 暮葉の指摘に日向はバタークッキーをリスみたいにサクサクと少しずつ齧り始める。

 文句があると言えばある。彼女の魔法のせいで無関係な生徒が巻き添え喰らった。それについては日向も一言言いたいのだが、自分に対すると一つも出てこない。

 なんと説明しようと考えながら時間をかけてクッキーを食べ終え、ぬるくなった紅茶を一気に飲み干す。


「それが……ないんですよね。怪我した人達に謝罪して欲しいって文句なら出るんですけど、自分のことになるとあんまり……」

「……そうか。テメェがそれでいいならそれでいい」


 日向の言葉に意味深に目を伏せたあと、暮葉はガシガシと髪をかきむしる。


「で、豊崎。お前はどうするんだ? 黒宮家に行くのか?」

「行くべきだと思います。正直、ずっとこのままにしておいていい問題じゃないはずですし」

「そりゃそうだが……肝心の黒宮はどうなんだ? そのへん」


 話を振られた悠護はビクリと肩を震わせる。

 悠護自身、日向を黒宮家に行かせたくはないはずだ。いくら家の命令だからって、日向が傷つくのが目にみえているのだ。それを許容するほどの度胸は今の悠護にはない。

 微かに震える手をズボンの上で握りしめる彼を見て、日向はそっとその手を自身の手を重ねる。


「大丈夫だよ、悠護。あたし達ならどんなことだって乗り越えられるよ」

「日向……」

「それにあたし、そういうのには全然慣れてるから対処ならお手のものだよ? でも限度ってのがあるからさ、その時は悠護があたしを助けてね?」


 心ない悪口や『気に入らない』という個人的感情によるいじめなんて日向にとっては屁でもない。だが、黒宮家では何が待っているか分からない。

 もしかしたら日向の力だけじゃ解決できないこともあるだろう。一人でダメなら、二人で一緒に乗り越える。それだけで充分なパワーとなることを、日向は知っている。

 日向の言葉に悠護は目を見開くも、すぐに力が抜けたように顔を緩ませる。


「……ったく、お前って本当にズルいよな」


 言いたいことを先に言われてしまい出遅れ感があるも、悠護はこれまで見せものとは違う力強い顔で頷く。


「――ああ、分かった。俺も覚悟を決めた。一緒に行くぞ、俺の実家に」

「うん。何があっても頑張ろうね」

「もちろんだ」


 了承の意を込めて、互いの顔に笑みを浮かべる。

 たとえどんな困難が立ちふさがっても、互いの手を取り合って前に進む。まるでIMFの思惑を無視した、本来のパートナーのあり方を見て、心菜達は笑みを浮かべる。

 聞いていた怜哉の口元にも小さな笑みを浮かべると、暮葉は息を一つ吐くとソファーの背にもたれかかる。


「話はまとまったみたいだな。とにかく黒宮家じゃ何が起こるが分からねぇ、そのあたりはちゃんと自衛しとけよ」

「はい」

「ああ」

「いい返事だ。なら話は終わりだ、寄り道しねぇでとっとと帰れよ」

「暮葉くん、そんなことしちゃダメでしょ」


 しっしっと手を払う暮葉を見て奈緒が苦笑まじりで注意すると、生徒会室のドアを開ける。

 日向達わざわざ開けてくれたことと手厚いおもてなしへの感謝を込めて頭を下げている中、悠護と暮葉が数秒だけ目を見つめ合わせる。

 しばらく前髪で目元を隠した悠護が小さく頷いたあと、日向達の後に続くようにドアに向かって外へ出た。


 ドアが閉まる音を聞きながら、暮葉はリクライニングチェアに座ると背もたれにもたれかかる。

 ちょうどいいタイミングで机に紅茶の入っ達カップが置かれる。ちらりと視線だけ横にやると盆を持った奈緒が小さく微笑む。

 ティーカップに入っているのは、一日に一回飲まないと落ち着かなくなったラベンダーティー。それを一口飲み一息つくと、ティーカップをソーサーに置く。

 カチャンと陶器同士が当たる音が生徒会室に響く中、暮葉は窓の外を見つめながら幼い顔立ちには似合わない強気な笑みを浮かべる。


「あとはテメェ次第だ。精々頑張れよ、黒宮」



☆★☆★☆



「日向、薬はこのポーチに入れておいたからね。もしもの時はちゃんと使ってね?」

「うん、ありがと。そうだ心菜、スカートはどっち持っていった方がいいかな?」

「うーん、そっちのスカートよりこっちがいいと思うな」

「オッケー」


 夕食後、日向は家から持って来たキャラメル色のトランクケースに着替えや教材を詰め込んでいると、心菜が青と白の水玉模様ポーチを渡す。

 ポーチを開けると錠剤タイプの薬剤が数種類と軟膏などの塗り薬が三個入っている。黒宮家に行く日向が心配になった心菜が、念のためにと用意してくれたものだ。

 神藤家が世界各国にある病院に提供している薬で、効き目は抜群と評判がある。


 念のために持っていくお洒落着も何着かは彼女に見繕ってもらった。

 日向自身、格式高い場所へ赴いたことはないため、経験のある心菜に選んでもらった方が失敗はしないという理由があるからだ。

 さっそく心菜チョイスの腰の部分に大きなリボンがついた紺色のスカートをトランクケースの中に入れると、心菜は日向の横で正座する。


「それと……これも」

「? 何これ?」


 おずおずと紫紺色の袱紗ふくさを渡され、日向は小首を傾げながら中を見る。

 中に入っていたのはペリドットと同じ色をした魔石ラピスが六個入っていて、それぞれ色の濃さが違う。


「これって……」

「私が作った魔石ラピスだよ。一番色が濃いのが強い生魔法だから、本当に危険だと思ったらそれを使ってね」


 目を見開く横で心菜が隣に座り込むと、そのまま日向の顔を真剣に見つめる。


「……日向、私やっぱり怖いの。もしかしたら悠護くんの家でひどい目に遭わされるんじゃないかって」

「……心菜」

「でも……部外者の私が二人の決めたことに口を挟めない。だから、せめて二人がちゃんと元気な姿が見られるように手助けがしたい。これくらいならいいよね?」


 気ごちなく微笑む心菜を見て、日向は胸が熱くなるのを感じる。

 ……正直、ここまで健気に他人を思いやられる心菜のような女性ひとは、この先きっと出会わないだろう。

 たとえ自分が足を踏み入れるべきではない問題でも、せめてその手助けになれるように最善を尽くす。我欲の多い魔導士界では珍しいタイプだが、日向にとってはその優しさこそが今の魔導士界には必要なのだと感じる。

 

 ぎゅっと心菜の体を抱きしめる。

 風呂に入ったばっかり心菜からは、ふんわりと鼻腔を刺激する石鹸の香りがする。

 突然抱きしめられた心菜は「日向?」と困ったように声をかけられるが、日向は優しく背を叩きながら言った。


「……ありがとう、心菜。あたし達でもどうにでもならない時はちゃんと二人を頼るからさ、その時はよろしくね」

「っ……うん、絶対よ?」

「うん」


 思わず泣き始めた心菜が落ち着くまで、日向はずっと彼女の背を撫で続けた。



「本当に七月いっぱいまで寮にいるのか? 家に帰ってもいいんだぞ?」

「バカ、それだと俺達がお前らのところに行けねーだろ」


 着替えを適当に黒のスーツケースに突っ込む悠護の言葉に、樹はポテトチップスを齧りながら一蹴する。

 夏休み期間中の聖天学園は、生徒のほとんどは実家もしくは母国に帰る。お盆休みの間は学園への出入りは完全禁止になるが、それ以外の日は出入りできる。

 そのため寮に残るのは受験生か事情で家や国に帰りたくても帰れない生徒だけなのだ。


 樹は母子家庭だが母親がいるため、家に帰ることはできる。

 だが彼は七月いっぱいを寮で過ごす気でいる。理由は明白、もしもの時に悠護と日向を助けるためだ。

 そのことについてはありがいのだが、悠護自身は自分の問題に振り回してばかりでいるせいで気にしてしまう。気まずい態度を取る悠護に、樹は読んでいたマンガ雑誌を閉じる。


「悠護、俺は別に嫌々で付き合ってるわけじゃねぇぞ。そもそも、もしそうならとっく前に突き放してる」

「なら……」

「けどな、俺は好きで問題に首突っ込んでんだ。たとえお前達がなんて言おうが、冷たくされようが関係ねぇ。ただ俺が手伝いから付き合ってる、それだけだ」


 はっきりと言われて戸惑う悠護に、樹は明るく笑う。

 悠護は頬を人差し指で掻くと、すっと拳を握った腕を樹に向かって伸ばした。

 きょとんとする樹に、微かに頬を赤くした悠護はそっぽを向けながら言った。


「……そういうことなら、俺は何も言わねぇよ。だから……そん時はよろしくな」

「……ああ、もちろん」


 こつんと互いの拳が合わさる。悠護はこの時ばかりいるか分からない神様に感謝した。

 今までいなかった心強い友人ができたことは、悠護の人生の中でかげがえないのないものなのだから。

 ふと、暮葉から言われた言葉が頭を過る。正確に言えば口ではなく精神魔法で『念話テレパテュ』でだが、その時に暮葉は言った。


『黒宮、先輩から一つアドバイスをやるよ。いいか、何が起きても冷静でいろ。……そうしないとお前は、


 あの言葉が、どういう意味があったのか今の悠護には分からない。

 だけど、それは絶対に忘れてはいけない。そんな気がして仕方がなかった。

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