第24話 本当のパートナー
『獅子団』の襲撃から数時間後、椿島の港にはIMFの職員が乗ったフェリーが数隻やって来た。『獅子団』は上級生達と渡辺先生の活躍によってほとんど戦力が削がれていて、そこに陽が止めを刺して鎮圧した。
もちろん無傷とまではいかず、特に実戦経験がない一年生の約三割が軽傷を負った。
これに対して上級生達にカッコいいとこ見せようとしてやり返されたことにぎゃーぎゃー喚く生徒もいたが、「自分の力を過信しとった結果がその傷や。ええ経験やったろ?」と陽の威圧感ある言葉と有無を言わせない笑顔のダブルコンボで押し黙らせた。
『獅子団』のリーダーであった堂島の遺体――というより遺灰は、陽が塵一つ残さず集めてくれて、島の葬儀屋で買った骨壺に入れてもらった。
堂島が第三者に殺されたと話した時の『獅子団』のメンバーのほとんどが、顔をくしゃくしゃに歪めながら泣き叫んでいた。だけど、目に涙を溜めながらも「ボスの遺灰……拾ってくれて、ありがとございます」と頭を下げた時は胸が痛んだ。
やり方は間違っていたかもしれない。けれど、彼には自分を慕ってくれて、死を悲しんでくれる仲間がいる。その事実は決して覆ることはないと思う。
紫色の風呂敷に包まれた骨壺は、丁寧な仕草で陽がIMFの人に渡した。魔導士崩れの死は様々だが、今回の場合は彼の遺灰に残っている魔力の残滓を取って、堂島を死に追いやった第三者の身元を調査するために一通り調べてから共同墓地に入れられるらしい。
そして、この騒動によって生徒の身の安全とIMFよる事後処理および修復活動によって合宿は二日目で終了、予定より一日早く帰ることになった。
今回の件はすでに各国の上層部の耳に入っており、IMFと学園には苦情の電話が殺到しているらしく、恐らく来年から合宿がなくなる可能性が高いと陽は言っていた。
だがさすがに交流の場を無くすのは惜しいので、別の行事を入れるかもしれないことも。
そんなことで、日向達は急いでホテルに戻って身支度をするとすぐIMFが用意してくれたフェリーに乗って本土に帰ることになった。
本来予定されていたバーベキューがなくなったことに文句を言う生徒もいたが、陽がお詫びとして食堂で豪華なビュッフェをやると言ったら、みんな騒ぐのをやめてくれた。
騒動はあったものの合宿自体は楽しかったこともあり、他の生徒が二階客室でのんびりと過ごす中、日向達は船長に頼んでしばらく貸し切り状態の一階客室で怜哉の尋問が行われていた。
怜哉の両手首には頑丈な手錠をかけられており、あの手錠も魔導具なのか『
客室の隅にある四角になるよう配置しているソファーには日向と悠護、心菜と樹を両側に挟むようにして座っており、陽と怜哉は向き合うように座っている。
手錠の鎖を弄っている怜哉とは反対に、陽はいつも柔らかい目を鋭くさせていて、そのせいでピリピリした雰囲気が日向達にまで伝わってくる。
この状態が五分ほど続いた頃、最初に話を切り出したのは陽だった。
「……さて。本題に入らせてもらうで、白石。日向を殺そうとしたんは間違いなく現当主の白石氏の命令やな?」
「そうだよ。僕は父さん直々の命令だけは絶対破らないって決めてるから」
「即答かい」
はっきりと告げる怜哉に陽はその清々しさに苦笑する。
その横で日向は、尋問されているのにのんびりとしている怜哉の顔と、現在進行形で握っている悠護の手を交互に視線をやる。
あまり肉はついていないのに、男らしく骨ばった手はほんのり温かい。時々居心地悪そうにして日向の手からすり抜けようとする彼の手をがっちりと掴む。その度に縋るような目で見てくるから、ちょっと面白いし楽しい。
今の悠護は怜哉によってかけられた『
呪魔法は本来生魔法の『
だが
『
その時に陽が「完全に無効化できるまでは手を離したらアカン」と言われているため、こうして言いつけを守っている。でも悠護は隙を見て手を離そうとするから大変だ。
(まだ無効化してないんだから大人しくしてよね)
さっきより強く手を握ると、また悠護の視線がこっちに向けるけど無視。
水面下で行われている激しい戦いを余所に、尋問は続いている。
「それで、まだ日向を狙う気はあるか?」
「ないよ。僕は黒宮くんに負けた。『二度と豊崎日向を狙わない』ことが彼の『約束』、敗者は勝者の言ったことを聞くのが『決闘』の絶対だ」
『決闘』。それは、魔導士が互いの信念を懸け、魂を削りある神聖な戦い。
勝てば敗者に交わした『約束』を従わせ、負ければ勝者と交わした『約束』に従う。
この決まりはIMFでも国でも覆せない絶対鉄則で、これを反故すれば冒涜と見做され、反故した者は死ぬまで『裏切り者』のレッテルを貼らされる。
魔導士界において『決闘』で交わした『約束』は、神と同格にするほどの力を持っているのだ。
「……なるほど。なら、お前さんはこれからどないするんや?」
「どうもしないよ。強いて言ったなら……黒宮くんの下僕になるくらいかな?」
「はあ?」
下僕という単語が怜哉の口から出た瞬間、樹は訝しげに顔を歪める。
それは日向だって同じだ。怜哉の雰囲気からして、『下僕』って言葉はあまりにも似合わない。だけど彼は「下僕になる」とはっきりと言った。
どういうことなのか首を傾げると、陽は理由が分かったのか納得した顔になる。
「ははぁん、なるほどな。それがお前の『約束』か。また随分とめんどい『約束』したな」
「めんどい? まさか、むしろ楽しみだよ。豊崎さんの周りって何か面白そうな感じがするんだ。ならそれを楽しまないと損でしょ?」
「待って! なんかあたしをとんでもないトラブルメーカーみたいに見てない!?」
「事実でしょ。今回の騒動だってほぼ君が原因じゃない」
「うぐっ!」
痛いところを刺されて胸を押さえる日向に、クスクスと小さく笑う陽はズボンのポケットから細い鍵を取り出した。
「はいはい、日向がトラブルメーカーの話は置いとくで。とりあえず白石は危険やないみたいやし、手錠外したるわ。その代わり――」
「IMFの情報を先生に流せってことでしょ? いいよ、それくらいなら朝飯前だし」
何やら物騒な交渉をさらっとすると、陽はすぐさま怜哉の手錠を外す。
手錠が外れると重力に従い、ベージュとブラウンの二色を使ったリノリウムの床に落ちる。
手錠を外されると怜哉の体から魔力を感じることができるようになった。
怜哉は手錠がされていた手首を労わるように擦るのを見ていると、突然するっと手の中の感触が消えた。
思わず悠護の方を見ると、悠護は隙を見て自分の手を日向の手から脱出していた。それを見てなんだが気分を悪くした日向は、拗ねた顔で唇を尖らせながら無言で彼を見つめる。
「…………………………」
「……なんだよ、その目。もう十分だからいいんだよ」
「それでも一言くらいくれてもいいじゃん……」
「あのな……まあ、お前のおかげで体は楽になったのは事実だしな。ありがとな」
呆れた顔をしながら肩を竦めるも、わしゃわしゃと頭を撫でる手は優しい。
それがズルいと感じてしまい、さらに唇を尖がらせる。日向の顔を見てハテナマークを浮かべる悠護を余所に、怜哉は床に落ちた手錠を拾う。
そのまま日向の方へ近づいたかと思えば、
「豊崎さん、ちょっといい?」
「はい?」
ガチャンと手錠をかけられた。しかもご丁寧に両手首とも。ゆらゆらと小さく揺れる鎖を見て思考停止。その間、およそ三秒。
「…………はい?」
「白石! テメェ、一体何を――」
まさかの展開に口元を引きつらせる日向に、悠護は怜哉を睨みつける。
直後、ガキンッと手錠は高い金属音を出して床に落ちた。手錠は鍵をかけていない状態だが、全体から黒い煙が何筋も出てきている。
マンガでよく見る機械が壊れて煙を出すシーンを生で見ている感覚に呆然とするが、怜哉は軽く目を見開きながら感心した様子を見せる。
「へぇ、これでも勝手に発動するんだ。無魔法ってすごいね」
「い……いきなり何するんですか!? ちょっとビビりましたよ!」
「別に、ちょっとした興味だよ。僕一度も無魔法が発動してるところみたことないからさ」
「そ、それだけ!?」
「それだけ。じゃあ僕もう行くね、眠くなっちゃったし」
手をひらひら振りながら下へ降りて行く怜哉。まるで猫みたいにマイペースな姿を見て、今まで会話に入って来なかった心菜がぽつりと呟いた。
「……えっと……なんだか面白い人だね?」
「いやただの変人だろ」
すかさずツッコんだ樹の言葉に、日向達は肯定の意味を込めて盛大に頷いた。
☆★☆★☆
「はぁ~、お腹いっぱい~。お腹苦しいぃ~はち切れそう~」
「私もちょっと食べすぎちゃった。でも日向、いくらビュッフェだからってデザートコース制覇はさすがにやり過ぎだと思う」
「だってぇ、まさかあそこまで豪華とは思わなかったんだもん~。あ~でも満足~」
「もう、日向ってば」
ピンクのカーペットの上でだらしなく寝転ぶ日向に、ベッドに腰かける心菜は小さく苦笑した。
フェリーで港に着き、そのまま学園に戻った日向達は、荷物を部屋に戻した後陽に連れられて食堂に向かった。
食堂にはまるでホテルで見るようなステンレス製の器具が白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルに置かれており、ステンレス製の料理皿に盛りつけられた料理は見た目も華やかで、夢のようなその光景に男女問わず誰もが目を輝かせた。
数種類の色とりどりのサラダ、丁度いい火加減で焼かれたお肉、ハーブで味付けされた香ばしい魚、ソースが絡んだパスタ、ふかふかなパンや温かいスープ、そしてサラダと同じで種類豊富なデザート。
お詫びとしては十分すぎるそれに、日向達は心ゆくまで堪能した。樹はローストビーフをステーキ並に厚く切ってもらったり、心菜は危うく人の波に流されかけたり、悠護は綺麗に盛りつけた皿を落としそうになったりとハプニングがあったが、それでも楽しいひと時だった。
(でも、さすがにやり過ぎたかも……)
デザートのケーキはどんなに食べても入りやすいような大きさに切り分けられていたが、全部といくとかなりキツい。
おかげでこんな無様な姿になっている。完全に自業自得だ。
少しだけお腹が落ち着き始めた頃、テーブルの上に乗せていたスマホが震えた。
「誰だろう」
なんとか上半身を起き上がらせてスマホの画面を見ると、メールBOXにメールが一通届いている知らせが表示されている。
すぐさま確認し、宛て先を確認する。宛て先の名前を見て微かに目を見開いた。
「……悠護?」
メールの送り主は、悠護。いつもならSNSで済ませるはずなのに、メールでなんてのは珍しい。
すぐさまメールを開くと、本文を見る。
『湖で待ってる』
メールにしては素っ気ない一言。でもきっと大事な用事なのだと思い、日向は椿島で買ったブレスレットが入った紙袋を片手に玄関に向かう。
途中でお風呂を沸かしていた心菜が、玄関で靴を履く日向を見てきょとんとした顔をする。
「日向、どこ行くの? お風呂入らないの?」
「近く行くだけだから大丈夫だよ。後で入るから先入ってて。いってきます」
「う、うん。いってらっしゃい」
状況を読み込めないまま心菜を残して部屋を出た日向は、エレベーターに乗り込み一階へ降りる。
そのままエントランスを抜けて外に出て、石畳の上を走る。街からそれなりに離れた聖天学園は車のクラクション音もネオンの光も届いておらず、のどかな田舎のような静けさがある。
校舎や訓練場に向かう道には外灯が均等に並んでいるが、湖に向かう道には当たり前だがない。
青臭い芝生を踏みながら目的地に向かう。三日月が浮かぶ空には星が肉眼ではっきり分かるほど煌めいて、その光のおかげで夜でも明るく感じる。
サクサクと芝生を踏みながら道を進むと、ようやく目的の湖に辿り着く。湖には三日月を映しており、三日月は湖に向かってその光を照らしている。
息を呑む美しい光景に見惚れる日向は、すでに湖の近くで立っているパートナーを見つける。
夜空を見つめる彼の黒髪は月光を浴びて銀色に輝いていて、普段強い光を宿す真紅の瞳は月のおかげで柔らかく見える。
普段の悠護とはかけ離れた儚く、それでいて美しいその姿に目を奪われる。
一瞬で声をかけることも、息を吸うことも忘れてしまった日向だったが、ふいに顔をこっちに動かした悠護が日向に気づく。
「日向」
「悠護……」
彼が、日向の名前を呼ぶ。いつものことなのに、それだけで心臓が高く鳴る。
何故か恥ずかしくて彼の顔が見れず、思わず顔を逸らす。不審に思った悠護は日向の方に近寄ってくる。
少しだけ後ずさりするが、なんとか止まり彼の顔を見る。あと一〇センチという短い距離にいたことに驚いて、思わず「ひぁっ」と変な声を出した。
「大丈夫か? なんか変だぞ」
「う、ううん、なんでもない! ちょっと食べすぎちゃって」
「ああ、そういえば結構食ってたもんな。明日体重スゴいことになってんじゃねーの?」
「そ、そう簡単に太んないよ!」
デリカシーのない一言に思わず怒鳴ると、悠護はおかしそうに笑う。
でもそのおかげでさっきまでの様子がなくなり、日向は持っていた紙袋を後ろに隠しながら話し始める。
「それでどうしたの? わざわざメール送ってくるなんて珍しいよね」
「ああ、言いたいことがあってな」
「言いたいこと?」
「ああ」
悠護は日向の顔を真紅の瞳に映す。瞳から伝わる真剣な光に息を呑む。
「……俺さ、ずっと不安だったんだよ。ずっとパートナーでいてくれるって言ってくれたけど、やっぱり心の中じゃいつかパートナーやめるじゃないかって……」
「そ、そんなこと――」
「分かってる、お前にその気がないことくらい。でも俺は自分で言った言葉もお前の言葉もちゃんと信じ切れてなかった。だからこそ俺は隠し事とかしていたんだ」
反論する日向の言葉を遮るように、悠護は伝えてくる。今まで隠していた気持ちを。
「でも、今回のことで改めて分かったんだ。守りたい気持ちがウソじゃないなら、隠してることも全部伝えるべきだって。……だから、今ここで伝える。日向、俺はもう隠すことをやめる。家の事情も、俺自身の悩みも全部お前に打ち明ける。もしお前も何かに困ったり悩んだりしたら、ちゃんと話聞くし樹達と一緒に解決する。だから……お願いだ、ずっと俺の、俺だけのパートナーでいてくれ」
それはあまりにも真摯で素直で、そして胸を熱くしてしまう言葉。思わず出かけそうになった涙を堪えながら、ぐっと顔に力を込める。
悠護がここまで言ってくれたのだ。次は、日向もちゃんと伝えなくてはならない。この気持ちを。
「……あたしさ、ちょっと舞い上がってたんだ。あの日、悠護が『できることならパートナーでいてくれ』って言われたことが嬉しくて、あたしは悠護の理解者になれたんだって勝手に思ってた」
今にして考えると、本当にあの時の自分はなんてバカなんだろう。タイムマシン、いや時間遡行の魔法が使えたら真っ先にぶん殴りたいほどに。
「でも、今の悠護の言葉を聞いて、あたしも決めたよ。あたしも、ずっと悠護のパートナーでいたい。上辺だけの理解者じゃない、本当のパートナーとして。だから――改めて、よろしくね。悠護」
すっと差し出す右手。それを見て悠護は日向の手と顔を交互に見ると、嬉しそうに顔を緩ませる。
そして、がっちりと、決して離さないように日向の手を握る。
「ああ。こっちこそ、改めてよろしくな。日向」
あの時とは違う場所だけど、日向達の絆は今ここに結び直された。
決して解けぬよう、切れぬように、しっかりと。手の平から伝わるぬくもりを離さないように。
しばらく握手を交わした後、日向はもう片方の手で隠していた紙袋を悠護に見せるように掲げる。
「そうだ、悠護に渡したいものがあるんだ」
「え、お前も? 実は俺も渡したいものがあんだ」
そう言って悠護は近くの草の中に隠していた紙袋を持つと、そのまま日向の方に渡す。
自然と受け取った日向も悠護に紙袋を渡すと、彼も自然と受け取った。
「中、見ていい?」
「ああ」
ガサゴソと音を立てて中を取り出す。入っていたのは、白い椿のヘアゴム。椿がガラスで出来ており、花弁の形が美しいそれは月光に照らすとより透明度を増した。
対して悠護は日向の選んだブレスレットを見ると少し目を見開くも、すぐに左手首につける。
日向も軽く髪を一つにまとめ、貰ったヘアゴムで括った。
「似合ってるか?」
「うん、もちろん。こっちは?」
「似合ってる」
「ありがとう」
互いにつけたものを見せ合いっこする。このまま帰るのは勿体なく、しばらく月見をすることを提案すると悠護は二つ返事で了承してくれた。
時々他愛のない話で花を咲かせながら、星々の中に浮かぶ三日月を見つめる。
薄っすらと白く光る月の美しさに吐息を零し、星座を見つけたりして穏やかな時間を過ごした。
その時、日向達の手は自然と重なり合っていた。
フェリーではあんなに恥ずかしがって逃げようとしたのに、こういう時は逃げないんだと心の中で小さく笑う。
互いの手のぬくもりを感じる。この手はこれから先も、きっと日向の手を繋いでくれるだろう。
――誰にも譲らない。このぬくもりは、絶対に手放したくない。
密かにできた決意を胸に、手に微かに力が篭るのを感じながら日向は夜空に輝く月を見つめ続けた。
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