Epilogue 黒幕の名

 聖天学園本校舎地下五階。

 ここは教師以外立ち入り禁止となっている区域で、この学園に張り巡らされている警備システムは全てここにまとまっている。地下にしては明るい道を陽はいつもの足取りで歩いていた。


 目的の部屋に行くまで青みのある黒い制服を着ている警備員達が通り過ぎる度に名前を呼び、労いの言葉をかける。

 いくら労働基準法に則っているとはいえ、この学園ではいつ、何が起こるか分からない。だからこそ、学園を守るために働く彼らの名前を、顔を、声を忘れてはいけない。


 二三人目の警備員に声をかけた後、陽は『セキュリティルーム』と書かれた札が貼られた鉄製のドアの前に立ち、そのままドアノブを捻る。

 部屋の両壁にはスーパーコンピュータが五基ずつ置いていて、床にはIMFや世界中の警備会社が提供したセキュリティシステムの書類が無造作にばら撒かれている。それに混じってファーストフードやコンビニの袋があちこちに丸めて放り捨ててある。


 目の前には部屋の壁をほとんど埋め尽くす巨大なディプレイがあり、その下には青く光るパネルキーボードを搭載した特注台が設置されている。

 その部屋の主ある男は巨大パソコンの前にある背もたれを低くしたリクライニングチェアの上で熟睡していた。


 黒髪は肩まで伸びれ、ロクに手入れされてないせいでぼさぼさになっている。白いシャツと黒いズボンのシンプルな恰好の上には、袖が少しだけ長い白衣を羽織っている。

 顔にはぱっちり開かれた目がプリントされたアイマスクをしており、口の端からはだらしなく涎が出ている。


「起きろ」

「ぐえっ!」


 相変わらずずぼらな姿を見て、陽は呆れながらも容赦なく男のみぞおちの上に一発蹴りを入れる。

 突然の不意打ちに男は呻くと同時に足を退ける。すると男はアイマスクを取って、リクライニングチェアの近くに置いてある丸テーブルの上にあるメタルフレームの眼鏡をかける。


「相変わらず乱暴な起こし方だなぁ。もう少し優しい起こし方はないの?」

「引きこもりにそんな真似するか。つかいい加減掃除しぃや、バカ管理者」

「え~、いいじゃん別に~。どうせここで働く連中が勝手に掃除してくれるもん」

「おい待て、それ初耳やで。ちゃんと給金払っとるやろな?」

「もちろん払ってあるよ。僕の部屋の掃除をしてくれる物好きにはそれくらしないとね」


 ダボダボとした袖を揺らしながら笑うこの男の名は、管理者。もちろん本名ではない。

 この聖天学園の警備システムを管理する最高責任者で、この部屋も貴重な資料や実験データを多く保存する学園にとっては心臓と言えるべき場所だ。

 それがこんな汚部屋にさせたこの男には毎度のことながら呆れてしまう。


 見た目は一〇代に見えるが、これでも陽より年上だ。いくつ上なのかは陽すら知らない。

 彼のこの姿は管理者自身が持つ魔法の効果で防いでいるせいで見えるだけで、魔法がなければ恐らくそれなりに太った男の姿になっていただろう。

 管理者は眠気眼のままキーボードを弄り始めるのを見ながら、陽はここに来た目的を話すことにした。


「……それで、堂島猛の遺灰からなんか見つかったか?」

「ああ、例のやつね。それならちゃんと魔力の残滓が見つかったよ。聖天学園の生徒のでも『獅子団』のでもない、第三者のがね」

「やっぱりな……」

「色々と調べた結果、堂島猛は『仕置きの人形ポエナ・プパ』によって遠隔操作で殺害。使われた魔法は中級呪魔法『腐敗プテル』。ここまでは分かったけどぉ……」

「けど?」

「この手口さ……で起きた現象と同じなんだよね」


 管理者の言葉に陽はピクリと眦を動かした。


「その事件って――」

「ご想像の通り、『乱鴉事件』だよ。あの事件の時、場所はバラバラだけどIMFの人間が灰の状態で見つかったでしょ? 魔力のパターンは違うけどやり口はまったく一緒。つまり、今回の騒動もそいつらが関係してると思う」


『乱鴉事件』ではそれなりに死傷者は出たが、その内の二〇人近くの優秀なIMF員は、全員堂島と同じで灰になっていて発見された。

 当初IMFは反魔導士勢力を陰で協力している魔導士崩れの犯行かと思ったが、『仕置きの人形ポエナ・プパ』は第二次世界大戦後に製作・販売を禁止された魔導具であることに気づいた。


 現在も入手できない魔導具を所持しているわけがないと分かった後も捜査を続けるも、結局犯人の正体は分からないままだった。

 たが管理者は違う。あらゆる知識・情報を求めることに関しては誰よりも貪欲なこの男が、


「そ・し・て、僕はすでに『乱鴉事件』と今回の『獅子団』の件を裏で操っていた連中の目星がついてるよー」


 いえーい、と両手でピースを作る管理者。サバ読みしている自称天才美少年の言葉に陽は目を鋭くする。

 まるで探るような視線を受けながらも、管理者はニマニマと笑みを浮かべるだけ。


 自分の言いたいことが分かっているばずなのに、意地の悪い態度に内心呆れながらも、陽は管理者の茶番に付き合う。


「……その黒幕は、もしかして――」

「そう。紅いローブを纏い、全ての魔導士と世界に叛逆する者達。数百年前から実在する謎の秘密結社にして、特一級危険魔導犯罪組織」


 その名は――――


「『レベリス』」

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