第22話 剣の王
――この世界は腐ってる。
そう確信したのは、堂島が聖天学園の入学試験に落ちた日のことだった。
魔導士というのは、たった一度のミスでこれまで築き上げた繁栄を全て失い、抗う術もないまま呆気なく人生のどん底に落とされる不安定な存在だ。
世界の中で魔導士育成校はこの日本にある聖天学園しかなく、入学試験に落ちた者は本格的な魔法の教育を受けることはできず、一生を一般人として生活することを余儀なくされる。
その落ちた者の出身が一般家庭ならまだよかったが、問題は魔導士家系の出身者だった。試験に落ちた家の者達は親戚どころか実の両親さえも「出来損ない」「お前は我が家の恥」など罵声を飛ばされる。
だがそれはまだいい方で、ひどい時には一生人前に出さず家に監禁されるか絶縁され家を放り出されるのだ。
堂島が作った獅子団は、そういった行き場を失い、現在に不満や理不尽さを感じる者達が集まった集団だ。
かくいう堂島も、元は数ある魔導士家系の出の人間だった。運悪く聖天学園の入学試験に落ち、不合格通知を見て憤怒に顔を真っ赤にした父に罵られながら殴り蹴られ続けられ、母は悲しみにずっと顔を両手で覆って泣くばかりだった。
父の暴力によって右腕と左足を骨折し入院し病室のベッドに横たわる堂島を見て、父は「退院したらお前はもう我が子ではない。どこかに行って野垂れ死ね」と冷たく吐き捨て、絶縁状を一方的に叩きつけられるとそのまま病室を出て行く。
母はずっとこっちを見ず、ただ父の言ったことを聞くだけだった。だがその時見えた母の目は、完全な失望の色に染まっていたことに気づいた。
その日の出来事を、堂島は今でも忘れていない。ただ試験に落ちただけで、人生の落伍者の烙印を一方的に押された屈辱に満ちた日を。
それからの退院をした堂島の生活は、ひどいものだった。
僅かな金と最低限の着替えしか入っていないバッグを持って、彼は日々を生きるために履歴書や保護者の許可がない非合法なバイトで金を稼ぎ始めた。
裏路地にあるゴミ箱に捨てられた残飯を喰い漁り、自分より経験のあるホームレス達に混じってダンボールハウスを作って公園で寝泊まりした。
たまにガラの悪い不良に稼いだ金を奪われたり、家を襲われて大怪我を負ったこともあった。
ひどい時は魔導士差別主義者にリンチに遭ったりもしたが、自分が魔導士で中学まで両親から簡単な魔法を教わっていたため、魔法で傷を治すことはできたし追い払うことも容易だった。
だが魔法を使う度に、何故自分がこんな思いをしなければならないのか、何度も自問するも答えはいつも出なかった。
そんな生活を始めて一年が経った頃、堂島は路地裏で数人の男にボコられる青年を見つけるとすぐ魔法で撃退し、男達の捨て台詞を無感動に聞き流した。
その時堂島が助けた青年は自分と同じ環境にいる者で、話を聞くうちに彼らはすぐに意気投合し二人は親友同士となった。
たまに会うと高架下にある移動屋台で飲み交わし、互いの愚痴言い合うことで鬱憤を晴らす。
こんなのはただの傷の舐め合いだと分かっていても、今まで一人で生きてきた堂島にとってはこの息がし辛い世界で唯一普通に息ができる場所だった。
親友と何度も飲み合い語り合うようになってしばらく経ったある日、いつものように安酒を飲んでいた親友は普段とは違う真剣な顔で言った。
『……なぁ、俺達で同じ奴らを集めてチーム作らねぇか?』
『魔導士崩れ』と呼ばれる堂島のような魔導士になれなかった者達がチームを作り、それがいつしか犯罪組織になってしまう話は彼自身も知っていた。
家にいた頃はそんな連中を侮蔑していたが、今はそうではない。自身も魔導士崩れになってチームを作る気持ちが分かるようになっていたからだ。
だからこそ、堂島は男の提案を受け入れた。だが問題はそのチームを作ろうと言った言い出しっぺが、あろうことか堂島をリーダーにしたいと言ったのだ。
これにはさすがの堂島を考え直せと言ったが、親友は笑ながら答えた。
『魔法も学もダメダメな俺よりも、お前がリーダーなら未来のメンバーもきっとついていくと思うんだ。初めて会った時から思ったんだよ。――ああ、こいつはこのクソったれな世界を変えるかもって。だからさ、リーダーやってくれよ』
初めて聞いた親友の思いに、堂島は涙ぐみながら了承した。それが、獅子団を結成した日だった。
その日から堂島達はバイトをする傍ら情報を交換し、同じ魔導士崩れの人間を見つければ勧誘する繰り返しだった。最初は胡散臭いと思われていたが上手くいかなかったが、徐々に口コミに広がり、気づけばたった二人のチームが千を超える大所帯になった。
人が寄せ付けない廃ビルを基地にした後、堂島が起こした行動は魔導士御用達の魔導具を襲って武器型の魔導具を奪い、それを改造したものを手に銀行を襲って軍資金を手に入れるという小さなもの。
もちろん無傷とまではいかず、その間にも何人もの仲間が死んだ。そのたびに堂島は悲しみ、一人になると必ず夜明けまで泣いていた。
軍資金も集まり武器も揃い、本格的に活動をしようとした時期に仲間の一人がある凶報を持ってきた。
――親友が殺された。しかも殺した相手は、魔導犯罪課に従事していた堂島の父に。
それを聞いた瞬間、堂島は護身用のナイフ型魔導具だけを持って基地を出た。
走って、走って、走り過ぎたせいで痛む心臓と肺の負担なんて無視して辿り着いた場所は、警察が惨状を片付けているところだった。ブルーシートに覆われ、隙間から飛び出している親友の腕。
その傍らに落ちているのはチェーンが千切れているドッグタグは、親友のお気に入りのもの。その腕とアクセサリー、そして周辺に流れる血を見て、堂島の目の前が真っ白になった。
独りでいた自分を救ってくれた親友。何する時も一緒で、バカな話で笑い合っていた。それが永遠に来なくなったと知ると胸にぽっかり穴が空いたような喪失感に襲われた。
立入禁止のテープの前で跪く堂島に、靴音を鳴らしながら近づいてきた父は冷たい目で実の息子であるはずの彼を見下ろす。
『……なんで、なんで殺したんだよ……。俺は、俺達は、ただ居場所が欲しかっただけなのに……っ』
震える声で訊ねる堂島に、父は氷より冷たい声で告げた。
奇しくもその声は、あの日堂島に絶縁を言い渡した時と同じ声だった。
『貴様のような魔導士になれなかったクズに、天下のどこにも居場所などない。そのまま価値のないゴミとして死ぬのがお似合いだ』
それを聞いた瞬間、堂島は懐に隠していたナイフ型魔導具で父の首を掻き切っていた。
昔よりしわが増えた見ることさえも忌々しいその顔は、瞳孔が小さくなるほど目を見開いたままバタリと倒れた。人が『死体』という物に変わった瞬間感じた感情は、達成感ではなく『呆気』だったことは今でも覚えている。
目撃した野次馬の悲鳴に気づいた警官や魔導犯罪課の人間はすぐさま堂島を捕らえようとしたが、堂島はすぐさまドッグタグを拾うと強化魔法で身体能力を上昇させてその場を走り去った。
しばらく走り続け、基地から少し離れた場所に立ち止まった堂島は初めて自分の手についた血を見た。今まで暴力沙汰はあったがどれも人を殺すものではなく、人を殺したのはこれが初めてだった。
初めて人を斬った感触、切った瞬だけ温かった血、そして世界で一番憎い父の最期。それらが一気に脳処理されると、堂島はその場に蹲り地面に吐瀉物を撒き散らす。
たとえ相手が父でも人を殺したことに全身が恐怖と罪悪感に包まれ、自分はもう戻れない道を進んだことに恐怖を感じ、嗚咽を漏らしながら蹲ったまま動けずにいた。
しばらくして泣き止むと、堂島は手の中にあるドッグタグを見つめると立ち上がり基地へと戻る。
基地に入ると破れて綿の出るソファーに座ったり、地べたでカードゲームを興じる仲間は血のついた自分の手とナイフ型魔導具を見て息を呑むと、堂島は告げる。
『今日、俺は決断した。――俺は、今のこの世を変える。魔導士制度を廃止するか改定させて、俺らのような奴らを生み出す世の中をぶっ壊す。これが俺のチーム、「獅子団」の野望だ。異論のある奴はいるか?』
その言葉に、仲間は呆然とするも理解したのか立ち上がり雄叫びを上げる。
拳を振り上げ答える仲間に、堂島は小さく笑った。
(ああ……俺には醜い独りよがりな野望に答える仲間がこんなにいるんだ)
その事実が冷たくなっていた心が暖かくなるほど嬉しくて、堂島は瞳から一筋の涙を流した。
その日を境に、獅子団の活動は日を追うごとに激しさを増していった。魔導士の家を襲い、相手の金品を奪い、時にはその家にいた人間は男と老人、子供なら殺し、女なら身も心もボロボロになるまで犯した。
IMFの魔導犯罪課の連中に何十人の仲間を殺されると、その倍の人間を殺した。
憎しみによって作られた負の連鎖は数年も続いたが、獅子団のメンバーは当初の半数以上まで数を減らしていた。
時々新人が入ることもあったが呆気なく死んでしまい、金や武器は大量にあるも人材の補充だけはどうしても解決しなかった。
このままじゃIMFに壊滅してしまうと危機感を持った堂島の前に、一人の少年が現れた。
まだ一二歳ほどのその少年は、まるでおもちゃを見つけてはしゃぐ子供のような笑みで堂島にあることを教えてくれた。
――この島に合宿でやって来る、一人の聖天学園の生徒の情報を。そして、それは堂島を含める獅子団にとって最高の武器であり、救世主になりえる存在を。
そして現在、その救世主は今、堂島の目の前で倒れている。
光系の自然魔法の中で最高ランクの攻撃力を誇る『
「さて、後はコイツを回収――ん?」
余裕な態度で靴音を鳴らしながら近づこうとした瞬間、日向の体が少しだけ身じろく。
小さな呻き声を出しながらもパーカーのポケットから
その石の正体が術者の魔法を封じ込めた
「おいおい、まさかまだ抵抗する気なのか? こんなの無駄だってまだ分かんねぇのか?」
「う……るさ、い……」
「お、減らず口を叩く元気はまだあるみたいだな。さて、じゃあ質問だ。これに宿してある魔法はなんだ?」
見せびらかすように
今まで
意外と経験もバカにならないと思いながらも、魔力を
「まあいい、こいつを発動させちまえばいい話だ。最後に何か言いたいことはあるか?」
「っ……言いたい、ことね……」
コンクリートの床の上で拳を握りながら、日向は震える体に鞭を打ちながら顔を堂島に向ける。
砂だらけの顔に浮かんでいたのは――
「――騙されてくれて、ありがとう」
瞬間、赤紫色の魔力が建物を包み込むように強い光を発した。
☆★☆★☆
「上がってこない……。死んだかな」
断面が綺麗になった崖の前で怜哉はつまらなそうにため息を吐く。
この崖の先には先ほどまで自分の強敵となりえる魔導士がいたのだが、海から上がってこない限り溺死したのだろう。
今頃海に暮らす魚の餌になりかけているだろうと思いながら、白石は踵を返して森の方へ足を進める。
(……さて、時間が結構経ってるしそろそろ任務を果たさないと。でもさっきから爆発が起きてるし……どっかの部会社が侵入したのかな?)
この時期になると聖天学園の監視の目があまり届かない椿島での合宿は、魔導犯罪組織にとってはうってつけだ。
過去に侵入した組織が騒動を起こす前に教師によって事なきを得るのだが、今回はそうなる前に起きてしまった。
明らかに計画的な犯行だが、怜哉にとってはどうでもいいことだ。
(まあまだ斬り足りないし、そいつらを使うのもいい暇つぶしに――)
とりあえず爆発が起きた場所に行こうとした瞬間、背後の海から琥珀色の光が溢れ出した。
「――がっ!?」
突然の光に驚いて振り返ろうとした直後、怜哉の脇腹を冷たい物体が通り、彼の薄い腹の肉を浅く裂いた。
怜哉の肉を裂いて木の幹に突き刺さったのは、上部にドーナツ形の突起物がついた杭。そこには分厚い鎖がついており、その鎖は崖の下まで続いている。
タッタッタッと軽い足取りが聞こえたかと思うと、崖から黒い影が跳躍する。
地面に着地した影の正体は、自分が殺したと思った悠護。彼の右手には三重に巻いた鎖があり、腕を後ろに引くと杭は悠護の手の中に収まる。
「はは……すごいね、どうして生きてるの?」
「……こいつのおかげだ」
脇腹から溢れ出る血を左手で抑えながら右手で《白鷹》を持つ怜哉の質問に、悠護は左手にある砕かれた石を見せながら答える。
悠護が見た時には琥珀色に輝いたそれは、無色透明のただの石に戻っており、彼の手の中で砂となって消えた。
「こいつには無魔法を封じ込めていた。これがなかったら俺は死んでたな。まったくスゲー魔法だよ」
「……なるほどね、なら君は気づいたんだね。
「……正直賭けだったがな」
怜哉の言葉に自分の推測が間違っていなかったことに安心する悠護。
右手に持っていた杭と鎖を粒子に変えながら、悠護は口を開く。
「お前は《白鷹》には『
その魔法の名は、『
樹が選んだ『
逆に『
怜哉はその魔法を『
「ふふっ、ご名答。これに気づくなんてやるね。……でもいいの? その切り札がない今、僕に敵うと思うの?」
傷を負いながらも戦意が消えるどころが燃え上がってる怜哉を見て、悠護は凪のように静かな顔で言った。
「……ああ、きっと昔の俺だったらお前には敵わなかった。けど今は違う、大事なパートナーを守るためならなんだってやるよ。たとえそれが賭けみたいな勝負でもな。――『
「! ……こんなので僕に勝てると思うの?」
ズンと重くなる体に怜哉は微かに見開く。だが、こんなのはただの悪あがきに近い行為に等しい。
それでも悠護は落ち着いた顔で背後を振り返る。彼の視線の先にあるのは、光輝く海しかない。
「……なぁ、海って何でできてると思う?」
「……? そんなの水と塩分でしょ」
突然の質問に眉をひそめながらも怜哉は答える。だが悠護は小さく笑いながら肩を竦める。
「まあそうだよな、普通は。でもよ、海にはごく微量だが貴金属が含まれてるんだぜ? 金やウラン……他にも色々あるがその総量は数十万トンとも数千万トンとも言われてる。普通の方法じゃそれを効率よく回収するなんてまず無理だ。だがな――」
「まさか……!」
「
瞬間、海からおびただしい数の光輝く剣が現れた。宙を浮くそれは東西南北問わず様々な形状をしているが、全てが鋭い刃を持っていた。
その刃の先は全て自分に向いており、怜哉は驚きのあまり口元に笑みを浮かべていた。
「――言ったろ? 俺は勝つためならなんだってやるってよ」
真紅の瞳に剣と同じ冷たさを宿す悠護。その姿はまさに、
あまりにも毅然で、それでいて神々しいその姿に怜哉はついに狂うように笑い声をあげる。自分の望んていた者になってくれた、強敵に感謝の意を込めて。
「は、はは、ははは――――あっははははははははっ!! 最高だよ黒宮くん! やっぱり君は僕が望んだ
「……そうかよ。そいつはよかったな」
口を三日月のように吊り上げ、ぼんやりした印象を与える目を瞳孔が開かせ、狂い笑う怜哉を悠護は感情を宿していない目で見つめる。
スッと右腕を持ち上げ軽く降ろす。その動作に合わせるように、剣は怜哉に向かって襲いかかる。
怜哉はそれを笑いながら《白鷹》で捌き切ろうとするも、『
捌ききれない剣が怜哉の肉を裂き、地面に突き刺さる。鮮血と剣が飛び散り合う中、ようやく剣のぶつかり合う音が止んだ時には怜哉は体中に裂傷を作っていた。
傷口が深いものから浅いものまでできたその体は、《白鷹》で体を支えていても立つことすらままならず、ついには仰向けになるように地面に倒れる。
刃に血が付着しながら地面に突き刺さった剣や、刃が折れた剣は悠護が一回指を鳴らすだけで粒子となって消える。真紅色に輝くそれが風に乗って消えて行くのを最後まで見ず、悠護は歩き出す。
ちょうど怜哉が倒れる場所で立ち止まると、微かに頬を紅潮させた彼を見下ろす。
「俺の勝ちだな」
「……うん、そうだね。約束は守るよ。だから早く君のパートナーのところに行きなよ。僕はここで休むからさ」
「そうか」
たったそれだけの会話を交わした後、悠護は森の中へ走り出す。
彼の走る音が聞こえなくなり、波の音が怜哉の耳を震わせるならがも清々しいほどの青空を見つめながらどこか満足気に息を吐いた。
「あーあ、負けちゃった……」
負けるのなんて、幼少期に手の指で数えるほどしかなかった。
今までずっと勝ってばかりで退屈していた怜哉にとっては懐かしく感じる。
「でも、たまにはいいかもね。こういうのも」
だが勝負に負けた以上、怜哉は父に日向を殺すことができないことと勝者である悠護の言ったことに従うことを報告しなければならない。
きっと文句を言われたり、説明を追求されるかもしれない。だけど、今の彼にはそんなのはどうでもいい。
今はただ、この意外と心地よい『敗北感』に身を委ねたい。そして、敗者になった自分に訪れる未来がどんなものになるのか見てみたい。
「きっとこれからもっと楽しくなるかもね、黒宮くん」
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