第17話 嵐の前のレクリエーション
濃い藍色の空にほのかな色合いをしたオレンジの光が差し込める。どこかの家から鶏の鳴き声が聞こえ、日が昇る前に起きている老人は近くを散歩し、海に出ている漁師達は汗水流しながらピチピチと跳ねる活きのいい魚が大量に入った漁網を引き揚げる。
椿島ではありふれた、ごく普通な風景。それはホテル本宮も同じだ。
従業員が厨房で朝食を作り、ベッドメイクに必要なシーツの準備をしている中、森からはチチチッと鳴く鳥が良いサウンドとなっている。
ホテル本宮の付近にある森は野鳥が多く生息するも、代わりにリスや熊などの地上で住まう動物はほとんどいない。
理由としては二〇年前までなかった島を魔法で無理矢理作ったため、新しい住処を求めて飛んで来た鳥以外の動物がこの島に来ることはできなかった。
人口が多くなって活気ついてきたが、島の立地上食卓に並ぶ食事のメインのほとんどは野菜と魚がほとんどで、定期船で仕入れる肉類は本土より少し物価が高い。
そんな森から数十分進んだところには、海が一望できる断崖絶壁といっても過言ではない峠がある。一歩踏み外したら間違いなく死ぬだろうその場所から数キロ離れた、今では誰も使用していないどころか島民からも忘れられた船着き場に、数隻の小船が止まる。
小船から出て来た男達は身長も体つきもバラバラだが、手には拳銃や剣など武器の形状をした魔導具を手にしていることと、服の左胸に獅子のエンブレムを縫いつけていることは共通している。
その時、男達に混じって褐色の肌をした一人の男が船から出て来た。あまり手入れされていないボサボサの濃い金髪に鋭い双眸から見えるダークブラウンの瞳は、獲物を狙う獣の如く獰猛に輝いている。
男の名前は、
『獅子団』は関東地方を活動地域としている過激派組織で、現在の魔導士制度の廃止もしくは改定を目的としているのだが、今の組織は壊滅の危機に瀕している。
堂島は森の向こうにあるホテルを睨みつけながらも、真剣な顔つきで自分を見つめる仲間に告げた。
「――行くぞテメェら、ここが俺達の命運を決める戦地だ。気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
堂島の一言に、仲間達は腕を振り上げ雄叫びを上げる。その声に驚いた鳥達は一斉に日が昇り、青さが増す空へ飛び立つ。
日が昇った太陽が、堂島の首からさげている獅子が彫られたドッグタグを輝かせた。
☆★☆★☆
「はいみなさん、今日は待ちに待ったレクリエーションの日です。これが終わりましたらバーベキューと天体観測がありますから、楽しみにしてくださいね。それではルールの説明と注意事項をします」
表とは違い太陽の光があまり届かないホテル本宮の裏側にいる日向達は、拡声器を持った渡辺から伝えられるレクリエーションについての説明を聞いていた。
といっても、ほとんど同級生達は就寝時間過ぎまで内緒話をしていたのか、目がとろんとしていたり、必死にあくびを噛み殺している。
しかもルール説明以上に注意事項……というか渡辺の個人的なお節介なお言葉がほとんどのせいで、みんな話の長い校長を相手にしている気分になった。
ちなみに、ルールについて簡単に説明するとこんな感じだ。
【レクリエーションのルール】
①森の中にある決められたルートをパートナー同士で歩き、『ポイント』に隠されているカードを見つける。
②カードは昨日教わった魔法を使うと色がつく特殊なもので、色がついたカードはポイントにいる上級生に確認する。
③ポイントに隠されているカードは後から来る人間には教えてはならない。
④ポイントは全部で五つ。そのポイントには監視役として上級生がおり、確認が取れたらその内容を全て付き添いの教師に連絡する。
⑤もし、緊急事態が起きた場合は必ず色指定が『黒』の光魔法を使うこと。
簡単に言ったとスタンプラリーの亜種のようなもので、上位三位には賞品として学食で買う食券が半額になる割引カード(三ヶ月分)がプレゼントされるらしい。
この割引カードは使用料三〇〇〇円払えれば一ヶ月分として貰えるが、学生にとってその使用料でも財布に少なからずダメージがある。
そのためこのプレゼントはそういった財布事情がある生徒にはかなり豪華、お弁当派もしくはお金に余裕がある生徒は微妙なものなのだ。
ちなみに日向達は基本お弁当派だ。料理好きな日向と心菜、それと現在料理勉強中の悠護と手先が器用な樹が、日を決めて交代で作っている。でも毎日はさすがに大変ということで、週に二回は食堂の学食を使っている。
そういった事情もある日向達にとっては、賞品である割引カードは魅力的だ。特に男子二人は。
現在進行形で目の中の炎を燃やしている二人に苦笑していると、渡辺がやる気を見せるもしくは早く終わらせようと思っている面々の顔を見渡す。
「それでは、これからレクリエーションを開始します。位置について、よーいドン!」
スターターピストル(運動会の時に鳴らす拳銃のやつ)の代わりに口でわざわざスタートを切ると、みんな自分の歩調で森の中へ入っていく。
張り切っている人、やる気がない人の二種類の人間に別れている中、日向達はいつも通り一緒に行動する。
「とりあえず最初のポイントに行こうぜ。歩くの速かったら言えよ?」
「え? でも二人は賞品が欲しいでしょ?」
「まあそうだけどよ、カードを見つけるの時間も考えると多分大丈夫だろ。さすがに一位は無理でも三位までに入れれば問題ねーって」
「そっか、じゃあお言葉に甘えてそうさせて――きゃっ」
言いかける前に後ろの人が押すように進んできたため、前にいた心菜はバランスを崩す。
そのまま倒れる前に樹が心菜の腰に腕を回す。転倒を未然に防いだ樹は、軽く腕を引くと心菜の体を自身の胸の中に飛び込ませた。
樹の胸に顔を埋める形になった心菜の頬は一瞬で薔薇色に染まった。
「おっと……大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう……」
「ならよかった。ったく、あぶねーな。いくらカードが欲しいからってそんなことするのかよ」
「そ、そうだね、それよりも樹くん、もう離れてもいいかな……?」
「え?」
気まずそうに言った心菜に樹は改めて今の状態を確認する。
左腕を心菜の細い腰に回し、頬を胸板につけているその格好は、端から見ると樹が心菜に情熱的な抱擁をしているようにしか見えない。
しばらく沈黙が下りると、樹は心菜の両肩を掴んでぐいっと体から引き離す。
「わ、悪ぃ……嫌だったか?」
「う、ううん、全然……」
「そ、そうか……」
互いに頬を赤くし、目を逸らし合う姿は初々しいかつ恥じらいのあるもので、通り過ぎて行く同級生達は「リア充爆発しろ」と吐き捨てるか、目は実に羨ましそうに見ている。
そもそも入学早々クラスのマドンナ的存在になっている心菜とあんな風に話すことも近づくこともできないクラスの男子からすれば、パートネーである樹は男子にとっては嫉妬の的になっている。現に半数以上の視線が樹に向いている。
正直に言って、樹と心菜は日向にとっては相性がいい二人だと思っている。兄貴肌で頼れる樹と、母性があり心優しい心菜。いつも信頼している二人がもしそういう関係になったら、純粋に祝福できるくらいに。
(あ、でもその前に先に陽兄かな……でも陽兄って、容姿も性格もいいし、
よくよく考えるとそういう浮いた話をしたことがないことにようやく気づいた。
(でも陽兄のパートナーもきっと綺麗な人だろうな~。今度訊いてみよう)
そう考え事をしていると、誰かが日向の左手を掴んで体ごと引っ張る。
驚いて転びそうな足をなんとか持ちこたえていると、日向の手を引っ張った張本人である悠護が呆れ顔でこっちを見ていた。
「何ボケッとしてんだよ。樹達もう先に行ってんぞ」
「え、ウソ。ごめん、ちょっと考え事してて」
「考え事って、まさか昨日の……」
考え事と聞いて思い当たるのがそれしかなかったのか、険しい顔をする悠護に日向は慌てて首を横に振る。
「違う違う、陽兄のこと。陽兄いつになったら結婚するのかなぁ~とか、そもそも陽兄に見合う結婚相手いるかなぁ~とか、そういうのだから!」
「ああ、なんだそっちか。つーか、あの高スペックチートに見合う女っているのか?」
「うぅん、どうだろう……」
意外にも陽兄の話題に食いついた悠護の言葉に曖昧な返事を返した途端、日向の背筋に冷たく鋭い視線が突き刺さる。白石先輩より強いそれに、思わずビクリと体を反応させて辺りを見渡すと、意外なことにあっさり見つかった。
視線の持ち主は一人の少女だ。悠護とは違い青みのかかった黒髪を太腿まで伸ばし、こめかみあたりの髪を三つ編みにして後ろに流し、後頭部には赤いリボンがされている。化粧する必要のないきめ細かい白い肌と薄っすらと口紅が引かれた唇が妖艶で、普通に見ると大和撫子のようだ。
だが、桃色の瞳は憎悪を宿しており、それは日向に対して向けられている。少女は一際強く日向を睨んだ後、そのままパートナーを置き去りにして先に進む。
置き去りにされたパートナーの少年は、少女に向かって何か叫んでいるが無視している。
(今の子、確かD組の
あの新入生実技試験で日向達の対戦が終わった後、怪我の治療を終えた際に見た対戦で一度見たことがある。
氷の自然魔法を使う姿はまるでダンスをしているかのようなもので、軽やかなステップと踊るように両手を動かすたびに氷が手足の如く自由自在に動き、相手を惑わし蝶を捕まえる蜘蛛のように捕まえていた。
バッチを氷の矢で飛ばし破壊し、試合終了の合図が鳴ると同時に彼女は興味を失ったみたいにさっさと場外へ出てしまった。
堂々だが孤高なその美しい姿は、もう二度と読めない絵本に登場してきた氷の女王様そのものだった。
その氷の女王は、騎士がお姫様を助けに行く途中、ドラゴンにかかった魔法を解く剣を手に入れるために、一人でその剣がある城を守る者として現れた。
騎士が女王の操る氷の巨人を見事倒し、剣を手に入れるシーンは何度読み返してもドキドキさせられたものだ。
(でもあたし、彼女とは別にこれといった接点はないし……もしかして気のせい? でも他に誰もいなかったし)
うーん、と腕を組みながら再び考え事を始めた日向に、今度は頭に軽くもそれなりに痛いゲンコツが落ちた。
「あいたっ」
「さっきから何考えてんだよ。いい加減にしねぇとマジで殴るぞ」
「ご、ごめん! もう考え事やめるから拳握らないで! というかもうすでに殴ってる!」
今度は強めに握り始めた拳を見て慌てて謝ると、悠護はため息を吐くと「さっさと行くぞ」と言って先を行ってしまう。
その後ろ姿がどこか元気がないのは、まだ昨日のことを引きずっているせいだろう。
(色々と気になることはあるけど……まずは悠護と向き合うのが先だよね)
このレクリエーションが終わって、バーベキューする時にちゃんと言おう。
日向は、もっと悠護のことを知りたい。もっと分かりあいたい、と。
そう決意する日向はペチペチッと二回自分の頬を叩いて、気合を入れる。まだついて来ていないこと気にして振り返って待ってくれているパートナーを見て、日向は比較的歩きやすい山道の上を急いで走り出した。
ポイントに着くと監視役の上級生にカードを確認するパートナーがちらほらいる中、日向達もカードを探した。
すると上を向いていた樹が突然一本の木に身軽に登ったかと思うと、数分後には下に降りてきた。
「あったぜ、カード」
樹の手には『第一ポイントクリア!』のポップな文字が書いてある白いカードを二枚持っていた。
「すごい、どうして分かったの?」
「このカードもちょっと変わった魔導具の一種なんだよ。で、魔導具には俺達みたいに微弱だけど魔力を放ってよ。それを目で追っただけで別に大したことねぇよ」
「いや、それを目視できる時点でかなりすげぇぞ?」
先週の魔法学で魔導具についての授業の時に『たまに魔導具から出てる魔力を目視して、その魔導具の威力とかを見極める奴があんま多くないけどいんねん。そういう奴は近頃魔導具を改造して威力を底上げしとる連中にとってはかな~り厄介やから、魔導具犯罪課の連中はそういった人材を手に入れるに躍起になっとらしいで』と陽が言っていたことを思い出した。
そう考えると、樹の目はある意味特別なの部類に入る。
とりあえず樹から渡されたカードに指定の色は赤の光魔法をかけると、カードに赤い星マークが浮かび上がる。そのままカードを監視役に見せると、「クリアです」と言うとすぐさまスマホを使って報告し始める。
「よくよく考えたら、あの連絡まとめてんの渡辺先生だけだよな? このままだと多分混乱するんじゃね?」
「そう言えばそうだよね。大丈夫かな?」
「それくらいできねーと聖天学園の教師なんて続けられねぇから大丈夫だろ。さて、次のポイントは……」
樹と心菜の疑問に悠護がそう答えた直後、日向達のスマホが一斉に震え出す。
周りを見るとちょうど第一ポイントをクリアした人達も同じで、みんなスマホを取り出している。
気になってロックを解除するとメールが一通届いており、それを開くと画面に文面が表示される。
『第一ポイントクリア、おめでとうございます
ここから先は上級生達が、みなさんの苦手なものを精神魔法による幻覚でお見せしますので、第一ポイントの時より難しくなります
精神魔法に耐性がない生徒は、なるべく早めのクリアをオススメします
最後まで怪我なくレクリエーションを楽しんでくださいね 』
最初はメールの内容を理解出来なかったが、そんなのは後から聞こえてきた声で嫌というほど思い知らされる。
「ギャアアアアアア!! とんでもねぇ量の落ち武者の生首が雪崩みたいに襲いかかって来たぁああああ!?」
「い、いや……犬が……たくさんの犬がこっちにっ……。私、犬は大っ嫌いなのぉおお―――――っ!!」
「ひぃいい!? やめてくれ父さん、そんなデカい蟹持ってこっち来ないで!! 実は僕、昔蟹で尻を大怪我して以来苦手なんだぁあああ!!」
「「「「…………………………」」」」
突然のサプライズ☆メールの内容が現実となり、第二ポイント辺りから聞こえてくる阿鼻叫喚。
聞いているだけでとんでもないものを見せられていると思うと、無意識に顔を真っ青にさせる。
「……おい、これクリアできんのか?」
「分かんねぇ……つか誰だよあんな趣味悪ぃの考えた奴、性格最悪過ぎんだろ」
「ど、どうしよう……」
悠護、樹、心菜が顔色悪く足を止める中、日向はじーっと第二ポイントの様子に目を凝らす。
確かに泣き叫んだり、逃げ惑う人がたくさんいるが、周りが言っていた落ち武者の生首とか大量の犬とか巨大蟹を持ったお父さんの姿は見えない。
「ねぇみんな、あたしの目がおかしいのかな? それらしい幻覚が見えないんだけど……」
その一言に、三人はバッ!! と、勢いよく日向の方に顔を向けた。一糸乱れぬその動きに思わずビクッと体を震わせる。
「日向、本当に何も見えないの? こっちは色々見えてるのに」
「え? う、うん、だって変な動きをしてるのは分かるけど、そんなの全然見えないよ」
「……そうか、無魔法だ! この幻覚のせいで
「マジかよ!? 無魔法様々だな!!」
日向と心菜の会話だけで原因を見つけた悠護の発言を聞いて、樹はガッツポーズする。
そういえば最近分かってきたけど、この無魔法は日向の危機が迫ると防衛本能で
まさか無魔法が役に立つとは思わず内心驚いていると、いつの間にか右手を心菜、左手を悠護が掴み、樹は右肩に手を乗せていた。
「……えっと、何してんの?」
「いや、お前に触るだけで無魔法の恩恵を得らるか試したけど……どうやら成功みたいだな。幻覚が全然見えなくなった」
「本当だ。無魔法ってすごいね」
「ああ、これで俺達の優勝は揺るぎないものになったぜ。よし日向、そのまま進め! 割引カードは今お前の手にかかってるぜッ!!」
「待ってなんか責任が重くなってんですけど!? 変なプレッシャーかけないで!!」
理由はどうあれ幻覚対策ができた上に周りが幻覚で苦しんでいるおかげで、悠護達以外で日向の無魔法の恩恵にたかる人はいない。
けど日向達だけこんなに楽に進むのはかなり心が痛い。
罪悪感でズキズキと痛む胸を押さえながら、日向達はワイヤーで木に括りつけられている右矢印が描かれた看板通りに道を歩き出した。
一年生達の苦手ものが襲う幻覚のせいで悲鳴や泣き叫ぶ声が絶えない中、ガサガサッと葉と葉が擦れ合う音が混じる。
いつから木の上にいたのか、そこから降りてきた白石はワイヤーで固定されている看板をじっと見つめ、その端をカリカリと爪で引っ掻く。
引っ掻いた場所がシールみたいに剥がれる。そこから現れたのは、
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