第15話 パートナーへのプレゼント

 椿島つばきとう

 二〇年前、東京都内で起きた反魔導士勢力とIMFの抗争事件『乱鴉らんあ抗争』で、少しでも被害者を減らすためにとある魔導士が避難所として作った島だ。


 当初は簡易テントや仮設住宅しかなかったが、抗争後そのまま島に在住を希望する者が少なくなく、以降はIMFの協力もと道路整理や住宅建設など人が住める環境を整え、今では伊豆諸島と同じくらい名前を聞く有名な島となった。

 そんな特殊な経緯から合宿場であるホテル本宮から数メートル離れている森を聖天学園が所有しており、その場所をレクリエーションとして利用される。


 東京港からフェリーで一時間半乗って辿り着いた島は、名前の通り至る所に赤や桃色、白など色鮮やかな椿が咲いている。島の名前の由来は島を創った魔導士の好きな花が椿だからと言った単純な理由だが、正直目の前に広がる光景を目にすると椿があるからこそ、この島はその名に相応しいほど美しいのだと実感する。

 椿島の主な産業は漁業、農業、観光業、そしてガラス工芸だ。特にガラス工芸は精巧な造りと美しい色彩をしていると評判で、この島では名産品として扱われている。


 人口も一万人弱だがその四割が高齢者で、子供は高校生を含めてたった二〇〇人しかいない。だがシーズンになると観光客が多く来訪するためその数は倍に膨れ上がる。

 合宿当日はシーズン外なため、港は静かで横一列に並べられている漁船が波の動きに合わせて揺られている。普段あまり味わえない潮風を堪能していると、弱々しい声が聞こえてきた。


「みっみなさ~ん、もうすぐホテル行きのバスが来ますので集合して下さ~い」


 黒髪の短髪に眼鏡をかけた冴えない男性――今回の引率を任された一人で渡辺わたなべが声をかけるも、合宿と言ったイベントを楽しみにしていた生徒達の耳には入ってこない。

 今日のお昼過ぎまで許されている自由時間や明日のレクリエーションについての話に花を咲かせており、誰も渡辺の方へ意識を向けない。


 あの、その、と何度も口ごもりながら声をかけるも芳しい返事を返してもらえず、渡辺は涙目になりながらその場で体育座りしてしまった。


「うぅ……やっぱり僕なんかに引率なんて無理なんですよ……。そもそも僕が教師には向かなかったんですよ……昔っから要領悪くて根暗で、友達なんて一人もいない……ああ、本当に僕はなんてダメなヤツなんだ……」


 涙目というか実際に泣き始めた渡辺に意識が向いたのか、他の生徒達は気まずそうな顔をする。

 すると彼の副担任であるクラスの子達は「先生しっかり!」「大丈夫、先生はいい先生だよ!」「自信持って!」と応援する。自分に応援してくれる健気の生徒の姿を見てやる気を取り戻した渡辺は、素早く立ち上がるとさっきより大きな声を出す。


「みなさ~ん! そろそろホテル行きのバスが来ますので集合して下さ~い!」


 今度は無視せず指示に従う生徒達を見て嬉しそうな顔をする渡辺。それを見ていた悠護と樹は同情を篭めた眼差しを送っていた。


「あの先生……あんなんでこれから先大丈夫なのか?」

「正直不安だよな……つか、先公のクセに生徒に励まされるとか情けなくねぇか?」

「えっと……」

「あはは……」


 二人の不安を察してしまった日向と心菜は、何も反論出来ず乾いた笑みを出すことしかできなかった。

 観光バスに乗って流れる景色を見ながら、渡辺の指示を受けてしおり予定のページを開く。


 一日目はホテルに荷物を置いた後に昼食を交えた自由時間を一五時まで過ごし、一五時半から二年生との特別授業を受ける。一八時から夕食、入浴等を済ませた後、二三時までに就寝。

 二日目は早朝七時までに食堂に集まり朝食を取った後、九時にレクリエーションの説明を受ける。その後一〇時から一五時までレクリエーションを行う。お昼はホテルから渡されるお弁当を食べる予定だ。


 残った時間はその後の予定の準備に当て、一八時からバーベキューパーティーと天体観測。その後は一日目と同じ時間に就寝。

 そして最終日は七時に起きた後に少しだけ自由時間をホテル内で過ごし、一〇時にホテルを出発。一一時発のフェリーに乗り、そのまま聖天学園に帰る。ちなみに合宿翌日はそのまま休日扱いになる。


 ちなみに二年生は日向達より一日早くこの島に来ており、今もレクリエーションの準備を頑張ってしているらしい。

 来年は自分達もそうするのだと思うとちょっと楽しみになってくる。そう思いながら樹からフルーツキャンディを貰ったり、心菜と一緒に他の子と写真を撮ったり、持ってきたお菓子を交換しあいながらバスの中で過ごしていると、ようやくホテルが見えてきた。


 合宿場として使われているホテル本宮は、一見見ると大き目のホテルだが、部屋は全て和室になっている。これは家族連れのお客が訪れることを考慮して造られている。お風呂は島から湧き出る源泉の上に作られており、それをちょうどいい熱さに調整している。

 渡辺から部屋の割り当て表を貰い、日向と心菜、それから遠野と羽鳥有希はとりゆきと一緒に『408』の部屋に入る。


 部屋には座卓と座椅子がきちんと整えられており、窓からは椿島の街並みを見下ろせるという最高の部屋だ。

 机の上にはお饅頭が入った木の皿と急須や湯呑、ポットがちゃんと用意されている。お風呂は本当なら食前に入るべきなのだが、空腹状態だとお風呂に入ると貧血や低血糖になりやすく、それを防ぐために最初に置きお菓子やお茶を飲んで入るのが正しい、と以前観たテレビの内容を思い出す。


 それぞれ持っていた荷物を部屋の隅に置き、それとは別の小さいバッグに貴重品などを入れて、急いでフロントに行く。フロントにはすでに集まっている人や日向達のように来たばっかりの人などまちまちだ。

 この合宿では基本動きやすい私服で行動するようになっている。森は基本歩きやすいよう整備されているけれど、万が一動きにくい状況になると派手な恰好や薄着はあまり良しとしない。


 そのため他の人達の格好は基本パーカーとズボンもしくはショートパンツの組み合わせが多い。

 ようやく生徒全員が揃うと、渡辺は咳払いを一つすると反響しやすいフロントで他の人に迷惑にならないよう声を抑えながら言った。


「それではここからは自由時間です。各自思い思いに時間を過ごしてもいいですが、ちゃんと一五時までホテルに帰ってきてください。その場合は遅刻とみなし反省文を書かせてもらいますからね」


 では解散、と言って渡辺は持っていたファイルを片手に客室に繋がる廊下へ行ってしまう。

 静かだった周りは一気に騒がしくなると、日向達はすぐに合流しホテルの外へ出る。この学園に入学してから初めての行事に胸を躍らせながら、五月なのに少し強い日差しが浴びながら目を細めた。



☆★☆★☆



 椿島のメインストリートは、シーズン外で旅行客があまりいないにも関わらず地元民の声が元気に飛び交い、活気に溢れている。

 毎年合宿で訪れる聖天学園の生徒に少しでも満足してもらうために、どこの飲食店も学生割引サービスが実施されている。樹が盛大にお腹を鳴らしたことで日向達は海の幸をふんだんに使った料理が提供されるお店に入る。


 壁半分を埋めるメニューの数に目を回してしまい悩む日向達に、店員さんが当店イチオシの海鮮丼を勧められたためそれを選んだ。

 海鮮丼はマグロをはじめとする今日水揚げされたばかりの新鮮な生魚を豪快に使った丼で、ワサビを溶いた醤油を全体にかけて一口食べると、種類によって違った旨味が口の中で広がる。


 普段生魚を食べないせいなのか、この海鮮丼はやけに美味しく感じられた。

 ときおり会話を交えながら海鮮丼を完食し、支払いを済ませると樹は満足そうにお腹を撫でた。


「あー食った食った。あそこ、めっちゃウマかったな」

「そうだね。また行きたいね」

「行くとしたら来年かな? 二年生になってもまたこの島に来るんでしょ?」

「ああ、けど島に来れる二年は定員が限られてるし、一年より一日早く島に着いてレクリエーションの準備するから、自由時間あるか分かんねーけど」

「あ、そっか……」


 なんせホテル付近の森を全体的に使った企画だ。準備には手間も時間もかかる。

 今だった渡辺と一緒に今日教える予定の魔法や二日目の予定について色々と話している。そうなると二年生にも自由時間があるのかさえ怪しい。

 少しだけしょんぼりすると、悠護は察したのか日向の頭を撫でる。


「ま、そんなのは来年にならねぇと分かんねぇよな。あんま気にすんなよ」

「……そうだね」


 そうだ、来年どうなるか分からない。今気にしてはこれからの行事が楽しめなくなってしまう。

 変に考えすぎたことに反省し、日向達は改めてメインストリートを歩き出す。

 メインストリートには島特製の酒やお菓子を売っているお店や立ち食いできるお店もあるが、中でも多いのはガラス製の小物や雑貨を置いているお店だった。

 せっかくということで、日向達はそのお店に入ることにした。


 店内は白い壁とシラカバの床が明るい雰囲気を出しており、同じ木材で作られた棚やテーブルには色鮮やかなガラスのアクセサリーや動物の形を模した置物が置かれていた。

 女性客の割合が多い店内で男性客が居心地悪そうにいる様子に小さく笑っていると、ふとある商品が目に入った。


 今日向がいる場所はガラス玉を使ったアクセサリーが置かれた売り場。様々なアクセサリーがある中で日向が一番目に入ったのは、赤と黒のガラス玉がついた紐のブレスレット。中央には大きめの赤いガラス玉、その両側には小さめの黒いガラス玉が三つついたもので、シンプルだがちょっとしたオシャレとしてはいいものだ。


「これ、悠護に似合うかも」


 ちょうど彼の髪と瞳と同じ色をしているし、訓練場のこと含めて今までのお返しをしてもいいかもしれない。

 そう思うと次の行動は早かった。他のお客に取られる前にそのブレスレットを手に取ってレジへ向かう。その途中でバッタリと心菜と出くわした。


 彼女の手にはサファイアブルーのガラス玉がついたゴツめのシルバーリングを手にしている。日向達はふと持っているアクセサリーのガラス玉の色を見てしばし沈黙すると、小さく笑う。


「そっちもなんだ?」

「うん」


 たったそれだけで内容を把握すると、日向達は順番に会計を済ませる。

 店員さんにはプレゼント用として包んで欲しいと頼むと、アクセサリーは英語の新聞のような紙袋に入れられ、『PRESENT FOR YOU』の文字が刻まれた金色のギフトシールが貼られて渡された。それを受け取り、必需品で潰れないように外出用の鞄の中に入れる。


(悠護、喜んでくれるといいな)


 あまり重さを感じない、だけどその重さに反した大切なものが入っている鞄に触りながら、日向は店の外へ出た。



 ――居心地悪い。


 それがこの店に入った俺の感想だ。

 ガラスでできた小物やアクセサリーを扱っているその店は、観光客向けかつ女性客向けの内装をしている。自分を含む男性客もちらほらいるが、彼らも俺と同じ居心地悪い顔をしている。


 例えるなら、女性専用車両に間違えて入ってしまった時と同じ気分だ。実際に電車に乗った回数は両手の指で足りるほどだが。

 ともかくさっさと軽く見て出た方がいいと思いながら店内を歩いていると、ふとあるものが目に入った。

 それは雪のように真っ白な椿を模したガラスがトップになっているヘアゴム。照明の光を浴びて透明感を増している。不思議と目を引き、思わず手に取ると近くにいた店員が笑顔で話しかけてきた。


「綺麗でしょう? 当店の商品はこの島のガラス職人が手ずから作っております」

「そ、そうなんですか」

「もしかしてパートナーさんへのプレゼントですか?」

「え?」

「この島は作られた経緯の関係で聖天学園の合宿場としてご利用されています。その際にパートナーさんにプレゼントを贈る方が多いんですよ。当店もその影響を受けて贈り物用の商品を多く取り揃えているんです」


 店員の説明を聞いて納得する。

 確かに島の一部を所有している学園の生徒と接していく内に、生徒が言った『パートナー』がどういう意味なのか自然と解釈する。

 男女一組でペアになっているため向こうは恋人同士と思っているだろうが、正直それは半分当たっている。


 パートナー制度は、魔導士は基本二人一組で活動するためそれを学生の頃から経験させ、社会に出てもチームワークを心がけるようにする目的がある。

 だがそれとは別に、この制度の目的はもう一つある。それは次世代の魔導士の誕生だ。

 魔導士の出産率は魔導士同士なら六〇パーセント、どちらかの親が魔導士なら三〇パーセント、一般人同士なら一〇パーセントという結果が出ている。


 これは日向のような第二次性徴期後の子供が魔導士に目覚める確率より上だが、それでも必ずその統計通りに行くわけではない。

 現に七色家より地位は低いがそれなりの魔導士家系でも、生まれた子供が一般人であることをまるで他愛の無い話をするかのように嘲笑される場面を何度か見ている。


 もはや魔導士の存在は世界にとって大切な戦力であり、資産でもあると言っても過言ではない。

 どの国もなるべく多くの魔導士を保有したいため、パートナー制度を使って新しい魔導士の確保に躍起になっている。

 それに四月で起きたパートナー解消問題も聖天学園在学期間は不可能だが、卒業後は可能になる。在学中仲が良くても次第に険悪になり、卒業後に別の魔導士とパートナーになることは少なくない。


(もし、俺が卒業しても日向はその時も俺のパートナーでいてくれてるのか……?)


 もちろん日向はきっと、たとえ自分がどれだけ突き放してもパートナーを解消する気はないことはあの新入生実技試験で嫌というほど理解しているし、俺だってそのつもりはない。

 だが父を含む本家や分家の人間、そして他の七色家はそうではない。もしかしたら志島よりひどい手段や権力を以て無理矢理でもパートナーを解消させるだろう。


(けど、それでも)


 それでも、俺は日向のパートナーでいたい。

 あの日、初めて自分の気持ちを打ち明けてくれた時に細く柔らかい体で抱きしめてくれたぬくもりと新入生実技試験で言ってくれた言葉は、一ヶ月以上経った今でも思い出す。


 実母以外の家の誰もが俺の望むぬくもりも言葉もくれず、自分はどこにいても冷たい孤独感を味わい続けた。孤独という名の氷の中に閉じこめられていた自分を助け出してくれた日向を守りたい気持ちは日に日に強くなっていった。

 だからせめて、彼女に何かお返しをしたいと思うのはきっと間違いではない。


「……すいません。これ、ください。プレゼントで」

「はい、ありがとうございます!」


 俺からヘアゴムを渡された店員は笑顔でレジの方まで案内し、会計を済ませるとそのまま紙袋に入れられ渡される。

 光の角度で黄色にも金色にも蜂蜜色にも見える彼女の琥珀色の髪を際立たせるアクセサリーが入った紙袋を鞄にしまうと、店の前に設置されている木のベンチに座っている樹が片手をあげる。


「よっ」

「もう出てたのか。二人は?」

「そこの甘味処で甘いモン食べてるぜ」


 樹が指さす方向を見ると、甘味処で餡蜜と白玉が乗った抹茶パフェを食べる女子二人がおり、時折食べさせ合いっこをしている。

 いくら魔導士候補生と言えど本質は普通の女の子と変わらない。今まで見る機会がなかったその様子を眩しそうに見ている俺に、樹が「ほらよ」と言いながらコーラの缶を投げ渡してきた。


 買ったばかりなのか冷たいそれに驚きながらもなんとかキャッチし、プルタブを捻る。

 そのまま一口飲むと、しゅわしゅわする炭酸と人工甘味料の味が悠護の喉を潤した。


「そういえばお前何か買ったか?」

「ん? ああ、あいつのプレゼントをな」

「そーかよ」

「そういう樹はどうなんだよ」

「もちろん買ったぜ、心菜のプレゼント」


 樹は横に置いていた紙袋のシールを丁寧に外し、中身を取り出した。

 中に入っていたのは菱形のガラスタイルが四つついたバレッタ。色も緑と黄緑の二色を使っており、それが心菜の瞳の色を連想させる。


「んだよ、お前もかよ」

「俺達だけじゃなくて、他の奴らもパートナーにプレゼント買ってるぜ」


 アクセサリーを紙袋にしまう樹に言われて周辺を見渡すと、俺達のようにガラス製のアクセサリーを買う人や観光客向けのお土産を買う人などちらほらいる。

 どうやらパートナーにプレゼントを贈るのは、この合宿の醍醐味になっているようだ。


「悠護は何をプレゼントするんだ?」

「ヘアゴム。色は白で、椿の形のガラスがついてるヤツ」

「へぇ、いいセンスだな。日向の髪に合うな」

「……そっか」


 魔導具技師志望である樹の目やセンスはかなりのものだ。

 前の休日に街に出た時に立ち寄ったスーパーマーケットで、インチキ商売を働こうとした骨董屋が持っていた品が偽物であることを見破ったことがあるし、ファッションについてあまり詳しくない俺に助言をしてくれるほどだ。


 その彼がそう言ったのだから、きっと渡したら喜んでくれるだろう。

 あの太陽のように明るい笑顔を見せてくれるからもしれない。

 そう思うと俺の口元が自然と笑みが浮かんだ。それを見て樹は小さく笑う。


(青春だなぁ)


 樹が内心で呟いたことに気づかないまま、自由時間は過ぎていった。

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