第13話 合宿の準備
「えーと、他に必要なものは……なし。よし、これで終わり!」
ショッピングモールにいる日向は、カゴの中に入っているものを見て満足げに頷く。
今、日向は地元に帰っている。理由としては近所のおばちゃんに管理を任せている家の掃除と今度の合宿で必要なものを買いに行っていた。
一ヶ月ぶりに帰ってきた家は、おばちゃんがヒマな時に掃除してくれたおかげでそこまで時間はかからず、こうしてゆっくりと買い物が出来ている。
レジで会計を済ませ、ビニール袋を持ちながら眩しい太陽が浮かぶ空を見上げる。
「入学してもう一ヶ月か……早いなぁ」
聖天学園に入学して早一ヶ月。時間というのは本当に進みが早い。
ある日突然魔導士として目覚めた日向は、わけも分からないまま世界唯一の魔導士育成校・聖天学園に入学することになった。
そこで担任であり兄である陽、ルームメイトで親友の心菜、心菜のパートナーの樹、そして日向のパートナーである悠護と出会った。
入学した学園では魔導士至上主義の女子にやっかまれたり、新入生実技試験では志島と戦ってなんとか勝ったりと、普通ではありえない体験ばかりだった。
新入生実技試験後、日向が魔法を無効にする魔法『無魔法』を使える話はすぐに学園中に広まり、物珍しさで廊下の窓から覗き見る人もたくさんいたが数日もすればすぐに鎮火した。
入学当初に絡んできた女子達もあれ以来一切関わって来ておらず、志島もあの時脅し過ぎたせいでトラウマになったのか目が合うだけで逃げるようになったのはちょっとショックだった。
それでも頼れるパートナーや友人達に囲まれながら、今日もなんとか元気にやっている。
そう思った直後、グゥゥゥゥ……とだらしなくお腹が鳴った。
「そういえばもうお昼だもんね……どこで食べよう……」
今いる場所はファーストフードやファミレス、オシャレなカフェがある区域だ。
どこかのお店に入ればいいけど、あいにく時間が時間なだけにどのお店も人が多い。
(んー、別に作ってもいいけど一人で食べると味気ないんだよね……)
仕方ない、お惣菜屋さんでおかずを買ってご飯だけ炊こうと思った時だった。
「――あれ? もしかして、日向?」
自分の名前を呼ばれて後ろを振り返る。そこには一人の少女が驚いた顔をしながら立っていた。
活発的なショートボブヘアにした焦げ茶色の髪と勝気な鳶色の瞳をした少女の顔を見て、日向は少しだけ驚きながら彼女の名前を呼ぶ。
「……京子?」
「やっぱり日向だぁ! 久しぶりじゃん!」
少女――
彼女は中学時代の親友で、今はかなり有名なスポーツ校でハンドボール部に入っているいわゆる運動系女子。
小学校高学年の時に、クラスの女子グループに目をつけられて絡まれた時に助けてもらったことがあり、それがきっかけで自然と話す回数が増え、こうして親友まで良い関係を続けている。
「なんでコッチにいるの? もしかして何か用事でもあったの?」
「うん、家の様子見と今度の合宿で必要なのを買いにね。学校の近くにショッピングモールあったんだけど、やっぱりコッチの方が使いやすくて」
本当なら心菜と学園近くのショッピングモールで買おうとしたけど、やっぱり使い慣れている物を使いたくて地元に来たのだ。
今日来たショッピングモールも日向が魔導士として目覚めるきっかけを作った場所で、あんな事件があったのに今ではすっかり前の活気を取り戻して安堵した。
「へぇ、合宿かいいなぁ。学校の方はどうなの?」
「んー、結構大変なこともあったけど今はボチボチやれてるよ」
「そっか、上手くやれてるみたいでよかったよ。ところでお昼まだ? よかったらウチで食べなよ」
「え、いいの?」
「いいっていいって、母さん達も日向に会いたがってたし」
「そっか……ならお邪魔しようかな」
正直一人で食べるのはあまり好きじゃないからこのお誘いは大歓迎だ。親友の変わらない様子に安堵しながらも、日向は京子と一緒に商店街を出て、住宅街の方へ歩いて行く。
京子の家は商店街の外れにある定食屋さんで、そこで出される料理は量もさることながら値段もお財布に優しい価格設定になっている。
さらに夜になると色んな職業の人や家族連れで大変賑わうというもはや住宅街の癒しの場として有名だ。
そんな定食屋『さがみ』はちょうどお昼時のため店内はお客で大変賑わっている。入り口のガラス戸から中を覗いた京子は首を横に振る。
「ごめん、お店の方は混んでるから家の方でいい?」
「平気だよ。むしろご馳走になるんだからそんな贅沢言わないよ」
「そっか、ところで何食べる? まあウチのメニューのどれかだろうけど」
京子がそう言って自宅の方のドアを開けた瞬間、「姉貴!!」と呼ぶ少年の声が飛んできた。
「どこ行ってたんだよ! 親父がさっきからメシ食うなら早く決めろってウッセーん、だよ……」
ドタバタとお店に繋がる廊下から玄関に来たのは、ラフなジャージ姿をした少年。髪と瞳の色は京子と同じだがまだ幼さが残る顔立ちをした彼は、日向の姿を見て声を少しずつ小さくした。
目を見開いて固まる彼に向かって、日向は軽く手をあげた。
「久しぶり
久しぶりに会った後輩であり京子の弟の亮に挨拶すると、彼は首から顔にかけて真っ赤になっていき口をパクパクさせた。
「な……ななななんで日向先輩がっ!?」
「ちょっと用事で帰ってたの。その時京子と会って、これからお昼ご馳走してもらうんだ」
「そーそー。ほら亮、父さんからメニューもらってきてよ。もうお腹ペコペコなんだから~」
「わ、わぁったって!」
わざと両手でお腹に触れる京子に亮は顔が赤いままバタバタと廊下を走る。
相変わらず元気いいなぁ、と思ってる横で京子が「相変わらず分かりやすいなぁウチの弟は」と言っていたことに気づかなかった。
亮くんから貰ったメニューの中から日向はカレイの煮つけ定食、京子はハンバーグ定食、亮はミックスフライ定食を頼むと、京子の父である
カレイの煮つけは唐辛子を加えているから少し辛めの味付けになっているが、副菜のカボチャの煮物の甘さがその辛さを和らげてくれている。
(『さがみ』のご飯は何時来ても美味しいなぁ。中学時代はよくお邪魔してたっけ)
今も賑わっている店内で食べていた時を思い出しながら、ネギと豆腐のお味噌汁を啜っていると、亮はぎこちない様子でこっちをチラチラ見ていることに気づいた。
いつも思うのだが、この後輩は自分の前だといつもたどたどしい態度になる。京子と会って結構経つはずだが未だその態度に首を傾げていると、亮は口の中に入っていたフライをちゃんと咀嚼し飲み込んだ。
「あ、あの、日向先輩。その……学校はどうッスか? いきなり魔導士になったから大変だったんじゃ……」
「まあね。でもあそこには陽兄もいるし、それにいい友達とパートナーも出会えたから今のところ大丈夫だよ」
「パートナー?」
「あっ」
首を傾げる京子に日向は思わず手で口を塞ぐ。しまった、聖天学園に関する情報は喋っちゃいけないって校則にあったの忘れていた。
設立当初はなかったらしいが、当時の生徒がうっかり話したことで反魔導士派組織に侵入されかける事件が起きたせいで校則に追加されたらしい。
(でもパートナーとか学校生活とかの話は大丈夫だって言ってたような……)
なら話しても大丈夫か、と思い一度咳払いして気を取り直して話す。
「パートナーっていうのは、学園が決めた制度だよ。魔導士は基本男女一組で行動するから学生のうちにそれを慣らすよくににIMFから言われてるんだ」
「男女一組ってことは……日向先輩のパートナーは男ってことですか!?」
「え? うん、そうだよ」
日向の説明に亮は目を見開きながら前のめりに近づいてきたことに驚き、思わず体を仰け反ると、亮の隣でお茶を飲んでいた京子が呆れたように言った。
「男女一組なんだから当然でしょ。それで? 日向のパートナーになった人ってなんて名前なの?」
「名前? 名前は黒宮悠護って言って、魔導士界の中じゃかなり有名な家の人なんだけど、すごく優しいんだよ。この前も実技の途中で転んで怪我した時も心配してくれたんだ」
悠護とは新入生実技試験以降、登下校と校舎内では自然とそばにいることが増えた。
前の実技でうっかり足を滑らせて転んだ時も真っ先に駆け寄って来て起き上がらせてくれたし、その前の日直の仕事もわざわざ重い方を自分から引き受けたりしてくれた。
まあその時はさすがに持ちすぎたせいで思いっきり転んでノートを廊下に巻き散らかして、結局呆れた樹が手伝ったが。
あの時の悠護のいたたまれない顔を思い出して笑っていると、顔が真っ青になった亮に京子が耳打ちする。
「ちょっと亮、アンタもしかしてマズいんじゃない? だから私達が卒業する前に告っとけって言ったじゃん」
「う、うるせぇな! 大体俺がいつ告白しようが勝手だろ!?」
「そんな考えでダメになってるでしょ。私的には亮を応援したいけど、もし日向が例のパートナーくんに片想いしたらそっち優先に応援するからね」
「はぁ!? 冗談だろ!?」
「マジよ。今のトコはアンタの味方なんだからしっかしりなさいよ」
「……二人とも、さっきからコソコソ話してどうしたの?」
「え!? な、なんでもないよ!」
「そ、そうッス! 日向先輩には関係ない話ッス!!」
「あー、そうなんだ?」
悠護の話になった途端何故か内緒話し始めた姉弟の慌てた反応に、日向は怪訝な表情のまま返事するしかなかった。
☆★☆★☆
お昼を食べて一緒にゲームをして過ごした後、学園行きのモノレールに乗っている途中、SNS経由で悠護からメッセージが届いた。
どうやら今度の合宿は基本パートナーと一緒だが別のパートナー達と行動していいらしく、それについて学生寮の最上階の談話室で話そうという内容だった。
学生寮の最上階には談話室があり、そこではよく寮生の憩いの場として利用している。
そのメッセージに「いいよ」と返事を返すと、モノレールは学園前の駅で止まった。
改札を出て五分ほど歩くと聖天学園の前には『ゲート』と呼ばれる校門がある。このゲートはIMFが支給した近未来的な形をした改札口――より正確に言えば『セイテン☆』に登録されている生徒情報に反応し入場できる仕組みになっている魔導具が設置されている。
この魔導具には聖天学園に在籍する生徒・教師全ての情報を登録しており、データにない者が通ろうとしても通れないようになっている。もし無理矢理入場しようとする場合、ゲートの警備機能が発動し相手を電気ショックで気絶させるらしい。
ゲートを通り急いで学生寮である高層マンションに入る。そのままエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す。
あまり振動を感じさせないエレベーターが上の階に辿り着いたのはたったの数分。チン、と音と共にエレベーターのドアが開いた。
談話室の壁は全てガラス張りになっている。もちろんただのガラスではない、どんな物理的攻撃や魔法攻撃にも耐えられる特別製だ。
床には毛足の長い赤いカーペットが部屋の隅まで敷き詰められていて、座り心地のいい革張りのソファーがローテーブルを挟むようにいくつも置いてある。
フロアにはちらほらと人がおり、カードゲームに興じたり、他愛の無い話で花を咲かせたりと思い思いに過ごしている中、日向はフロアの隅、ちょうど観葉植物が置かれている場所にいる面々を見つけ駆け寄った。
「ごめん、待った?」
「大丈夫だよ。喉乾いてない? セパレートティーを作ってみたの。飲んでみて」
「ありがと、すごく綺麗だね」
ルームメイトで親友の心菜から細長いグラスに入った上半分が黄色のかかった白、下半分が淡い紅茶色のアイスティーを受け取り、刺してあるストローでごくごくと喉を鳴らしながら飲む。
グレープフルーツの酸っぱさと紅茶の少し苦みがある甘さが見事にマッチしていて、気づいたらもう半分まで飲んでいた。
「そんなにうまかったか?」
「そ、そりゃそうだよ……悪い?」
「いいや、日向の気持ちはよく分かるぜ。うまいもんな、俺なんてこれで三杯目だからな」
指摘されて思わず素っ気なく返事をすると、悠護のルームメイトで心菜のパートナーである樹はズズーッと音をたてながらセパレートティーを飲み干す。カランとグラスの中の氷が涼しげな音を出した。
よく見るとテーブルにはティーポットとグレープフルーツジュースの紙パック、それに長時間氷が解けないアイスペール型の魔導具とガムシロの袋詰めで置かれており、その隣には空のガムシロの容器が六つも転がっている。
日向達の分を除くと樹が言った通り三杯飲んだのと教えてくれた。
ガサガサとビニール袋を鳴らしながら心菜の隣に座ると、悠護は持っていた『春の合宿のしおり』と書かれたパンフレットを開くとそれをテーブルの上に置いた。
「んじゃ、さっさと合宿の計画について話すか」
「というか聖天学園にも合宿ってあるんだね。最初聞いた時は驚いたよ」
「あーそっか、この学園も中々そういった情報が入ってこないから、学校行事があること自体初耳だもんな」
魔導士界関連の情報は、基本的には王星祭関連の情報しか口外されていない。
そのため聖天学園のこともあまりよく知らない一般人には、この学園は学校行事は無縁だと思い込んでいる。現に日向もそう思っていた一人だ。
確認のため陽に聞くと新入生実技試験と同じイベントもあるが、秋になると学園祭もあると言った。ただ学園祭では父兄と魔導士界関連の関係者、それから学生から渡される招待券を貰った相手しか入れないらしい。
「合宿は二泊三日、場所は東京港から船で一時間半近くにある
「天体観測?」
「ああ。といっても天体観測ってのは名前だけで、やることはお疲れ様会みたいだな。適当に星とか見て過ごすんだ」
「へぇー」
この天体観測ではバーベキューもやるらしく、材料とかは施設の方々や上級生が用意してくれるみたい。
それなら楽しみなのだが、問題なのは付き添いとしてくる教師が五人という点のみだ。
「でも教師が五人しか付き添わないとか危なくない? いくら合宿の方針だからって安全とは言えないと思うけど……」
「まあそれについては同感だな。つーか、こんな内容でよく他の国の奴らが納得したな。俺ならもっと考えろよって言いてぇよ」
悠護の言った通り、この学園には世界中から魔導士を目指す学生が集まっている。
もし問題が起きてその生徒の身が危険に晒されると、聖天学園がある日本は生徒の出身国から強いバッシングを受けることになる。
日向と悠護が重苦しい空気が漂わせると、樹が四杯目のセパレートティーを心菜から受け取りながら言った。
「そこまで気にしてたら胃に穴が空くぜ。合宿中は魔法の使用が許可されてるし、俺達より魔法が上手い上級生もいるんだ。よっぽどのことが起きねぇ限り大丈夫だろ。それでも不安なら明日自衛向きの魔法を覚えようぜ、それなら安心だろ?」
「でもそれって中級とかでしょ? いいのかな……」
「平気だって。こういう時こそ覚えておけば後々楽になるんだからよ」
そう言いながら美味しそうにセパレートティーを飲む樹。悠護は「呑気だな」と呆れているが、それはあながち間違いではない。
日向達一年生まだ初級魔法しか教わってないが、別に上の魔法を使ってはいけないというわけではない。なら何か一つ新しい魔法を覚えてもいいかもしれない。
それは悠護自身も分かっているのか、テーブルの上に置いてあったパンフレットを閉じながらため息を吐く。
「ま、俺は別に反対しないぜ。けど樹、どの魔法を覚えるかはお前が明日まで考えとけよ」
「はぁ!? 俺が!?」
「言い出しっぺだろ。それくらいしろよ」
「うぐ……せ、せめてどんな魔法がいいか参考までに聞かせろよ。じゃないと見つけられる自信がねぇ」
「ったく、しょうがねぇな……明日『エメラルドメロンパン』をお前のを含めて四人分買って来るなら手を打ってやる」
「クソ、背に腹は代えられないか……」
入手困難ですぐ売り切れるという有名なメロンパンを交換条件を出すという鬼畜ぶりを見せる悠護だが、樹は後悔を滲ませた顔で拳を握りしめながらその条件を飲んだ。
それを横目に日向と心菜は散らかったテーブルを片付けていた。
(それにしても合宿か……)
楽しい思い出になる予定の行事。だけど日向は、何故かわけの分からない不安感で心が支配されていた。
ガラスの向こうの空は淡い茜色と濃い群青色の二色に染まっており、ニュースでも合宿明けまでは晴れが続くと言っていた。そのありふれた光景がより一層さっきの不安感をざわめき立たる。
「何も起きなきゃいいけど」
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