第2章 合宿は刺客を呼ぶ

Prologue 夜に潜む者たち

 聖天学園の夜は、朝の賑やかさと比べて異様なほど静かだ。

 定期的に巡回する警備員が学内周辺を見て回り、不審者や反魔導士派の組織の人間がいないか厳しくチェックしている。

 いくら魔導士候補生だからと言って安全な位置にいるわけではない。たとえロクに魔法が使えない相手でも拉致誘拐し、廃人になるまで実験体にされるか、優秀な魔導士を産むだけの道具にされる。


 過去にそういった犯罪ケースがあるため、聖天学園も二四時間厳しい警備を敷いている。

 その警備網の中にある二年生用学生寮の屋上で、一人の少年がいた。

 切り揃えられた銀色の髪とアイスブルーの瞳。聖天学園の制服を着崩している青年は、スマホを右耳に当てながら話していた。


「……うん、そう。今度の合宿で僕のクラスはA組を担当することになったんだ」


 少年の左手には『春の合宿のお知らせ』のプリントを持っており、自身の名が『A組指導役』のところに書かれているところを見つめる。

 この合宿は毎年新入生を歓迎するための学校行事で、上級生とのコミュニケーションを取る場として活用されている。


 二泊三日の合宿の間に上級生が魔法を一つだけ教え、それを使ったレクリエーションを行う。上級生はその際の特別授業の態度やレクリエーションでゴールまでのタイム記録を学園側に提出することが指導役として合宿に参加できる上級生の役目だ。

 そして、この合宿では生徒の自主性を尊重するために、緊急時として教師一人しか付き添わないことになっている。


「まあ今回ばかりは運がよかったよ。うん……うん……分かった、黒宮には十分気をつけるよ。また連絡するね、父さん」


 会話が終了するとスマホを切りポケットにしまうと、少年は一年生の学生寮に目を向ける。

 何も知らず眠っているだろう彼らの姿を思い浮かべながら、少年は口角を上げる。


「それにしても黒宮か……ああ、楽しみだ……」


 呟いたその声には、刃物のように鋭い狂気が孕んでいた。



☆★☆★☆



 青白い月が夜空の中で強い光を放っている。この空だけはどの世界にいても同じだ。

 たとえそれが、

 壁は鏡のように磨かれた大理石で積み上げられ、黒の瓦で均等に整えられたとんがり屋根の古城の中で、男は窓の外から月を見つめていた。


 フードがついた紅いローブを着ており、目深く被るそこから見える髪は一切の穢れがない純白。

 電気ではなく夜になると自動的に火を灯す燭台型魔導具が設置されている廊下で、一人分の足音が聞こえてきた。

 音のする方向を見ると、そこにいたのは同じローブを着た黒髪の少年。一二歳ほどのまだ幼い子供だ。

 少年は男の姿を見つけると、とことこと走りながら駆け寄る。


「あれ? 主、また一人で月見てたの?」

「……まあな」

「月が出てる日になるといっつもだよね。なんで?」


 興味深そうにこちらを見つめる銀色の瞳を見て、男は素っ気なく答えた。


「昔の習慣だ。気にするな。それより、例の件はどうなっている」

「ああ、あれ? 僕的にはまだちょっと半信半疑かな。あそこまで魔法が使えないなんて『彼女』ならありえないよ」

「そうか」

「だからね、ちょっと仕掛けようと思うんだ」


 クスッと笑い出した少年を見て、男は眉をひそめる。

 これまでの少年の行動だけでどれだけ派手で、どれだけの死体の山を築いたかを知っているからこその反応だ。

 男の反応を見て少年は慌てて弁解する。


「違うよ、別にいつもの真似はしないって! ただちょっと『獅子団』を使うだけだよ」

「ああ、あの魔導士崩れ共か」


 『獅子団』は、魔導士崩れと世間ではそう呼ばれる魔導士のなりそこない達が結成した犯罪組織だ。

 活動は関東地方を集中的に行っており、近々国際魔導士連盟も彼らの捕縛に本腰を入れているらしい。


「そ。で、そいつらを使って確かめるんだよ。それならぼく達にはなーんも実害はないでしょ? 駒は使える時に使わないと」

「……なるほど。ならその方向で進めろ。私が許可する」


 許可を得て喜ぶ少年の顔を見ず、男はローブを翻しながらそのまま廊下を歩き出す。


「あ、でもあいつらロクに使えない連中だからもしかしたら失敗するかもよ? その時はどうするの?」


 首を傾げて訊いてきた少年の質問に、男は足を止めて振り返って答える。


「――始末しろ。使えない道具には、この世に生きる価値もない」

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