閑話 運命の相手
一〇月。街に植えられた木々が赤や黄色に染まり、時折吹く風に身を震わせ、かっちりとコートを着る人達で溢れ返る季節。
受験シーズンも本番に入り、ほとんどの受験生が寝食を惜しんで勉学に励む中、日向は休日も家でカンヅメになる予定だったが、その日は束の間の休息を味わっていた。
志望校の模試が合格ラインに到達し、日頃の疲れを癒すという名目でスポーツ推薦が決まった親友に誘われ、近所のショッピングモールで買い物をしたり、ゲーセンに行ったりとそれなりに楽しんだ。
今日向がいるのは『エトワール洋菓子店』と呼ばれる、長年商店街で親しまれているお店。昔はテイクアウトのみだったが、今では客層が増えてイートインスペースを増設し、平日でも多くの客で賑わっている。
そのイートインスペースで日向は大きい栗の甘露煮が乗ったモンブランと紅茶を頼み、席に座ると真っ先にフォークでマロングラッセを皿の端に置く。
日向はショートケーキのイチゴは最後に食べる派なので、モンブランでもついその癖が出てしまうのだ。
「お待たせー」
声がした方を見ると何十分もかけてようやくやってきた親友の手には、チーズケーキとレモンティーを乗せたトレイを持ってきた。
「遅いよ」
「ごめんごめん、ここの店のケーキどれも美味しいから迷っちゃうんだよね」
椅子を引いて座る親友に日向はいつものことだと思い、フォークで掬ったモンブランを口の中に入れる。栗のほのかな甘みとあっさりしたクリーム、それにふわふわのスポンジの触感が甘い至福の一時を与えてくれた。
誕生日以外あまりケーキを食べる機会がない日向は、頬を緩ませながらもぐもぐと口を動かしていると、親友がずいっとスマホの画面を目の前まで近づけさせる。
一瞬亀のように首を引っ込めたが、画面に出ているそれを見て首を傾げた。
「そういえば日向、これ知ってる? 『あなたの運命診断』」
「あー、聞いたことがある。最近流行ってるやつでしょ?」
『あなたの運命診断』は、文字通り自分の運命の相手がどんなタイプなのかを知らせるものだ。
ただのお遊び程度のものならよかったが、近頃この診断を試した女性が診断通りの男性とめでたくゴールインしたという話が続出している。
おかげで今では受験生達の楽しみの一つとなっている。
「そうそう。でさ、ちょっと日向も試してみてよ」
「えっ、なんで? やだよ興味ないし」
「いいじゃん、ウチのクラスでこれやってないの日向だけなんだよ? クラスの男子、結構気になってんだよ~? 豊崎さんの運命の相手ってどんな野郎なんだって」
「? なんであたしの運命の相手を男子達が気にするの?」
親友のニマニマした笑みと共に言われた言葉の意味が分からず、日向は怪訝な顔をした。
本人は知らないが、日向は学年の中ではモテる方なのだ。成績と運動は中の上、ボランティア活動に積極的に参加しているため地域との交流が深く、容姿も人形のように整っている。
あまり化粧はせず、夏場には日焼け止めクリームを塗る程度だが、逆にがっつり化粧する女子より好感が持てるということで男子の間では密かに人気があるのだ。
その話を知らない日向を余所に、親友は自分のスマホを押しつける。
「いいからやってよ、私も興味あるんだから」
「えー……もう、しょうがないなぁ。ってこれ、意外と項目多いなぁ」
親友の押しに負けて借りたスマホの画面に表示された項目を見て、面倒臭い顔をする。
性別や生年月日、好きな食べ物から色まで事細かに提示されている。それでもやると言った手前断れず、時折モンブランを食べながら二〇分かけて全ての項目を埋める。
項目を埋め終わり『完了』のボタンをタップすると、たった一分で結果が表示された。
「はい、出たよ」
「ありがとー。えーと、何何『豊崎日向さんの運命の相手は、クールで常識人、けれど心に傷を負っているも、あなたのことを守ってくれる同い年の少年です』……?」
スマホの画面に出た診断結果に、日向どころか親友も首を傾げる。
「これ、バグってるの?」
「うーん、どうだろ……でもさすがにこんな相手いる? って思うね」
「ま、さすがにそんな男子なんていないでしょ」
「そうだねぇ。えー、これどう言えばいいんだろう……」
クラスの男子および弟に結果報告を頼まれた親友が困り果てる顔を浮かべる横で、そんなことを知らない日向は最後に残していた栗の甘露煮を口の中へ放り込んだ。
――それから約半年後、魔導士となった日向が例の診断結果通りの少年・黒宮悠護と出会うことをまだ知らない。
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