Epilogue 捲られたページ

 日向達が慌ただしく去った後の訓練場では、次の試合に向けて準備が行われていた。

 先の試合を見て興奮している生徒も多く、IMF関係者も難しげな顔を浮かべている。

 そんな中、徹一さんは静かに観客席から立ち上がる。


「もう帰るんですか?」

「ああ」

「もしかして、日向を殺す気ですか?」


 殺気を滲ませて問いかけるワイに、徹一さんは目を逸らさず答えてくれた。


「本来ならな。……だが、無魔法を扱えるところを見ると無害なのかまだ分からない。しばらくは保留という名目の監視を続行させる。……それに」

「それに?」

「お前の妹は、今の息子には必要らしいからな」


 そう言って立ち去る徹一さんの後ろ姿を黙って見送る。ひゃー……さすが黒宮家ご当主様、そこにいるだけで威圧感があるなぁ。

 内心感心しながら彼の決定を聞いて少しだけ安堵をすると、ズボンのポケットから黒革のカバーがかけられた手帳を取り出す。

 カバーのマルチポケットに挟んでいる一枚の紙を取り出し、それを懐かしそうに眺める。


 取り出した紙の正体は、一枚の写真。両親が亡くなる前、最後に行ったピクニックで撮ったものだ。

 色鮮やかなポピーが咲き誇る花畑を背景にしたそれは、誰もがカメラに向かって笑顔を浮かべており、普段はあまり笑顔を見せない父もこの時ばかりは微かに笑っていた。


「親父、おふくろ、安心しぃ。日向は必ずワイが守ってやる。それが約束やもんな……」


 脳裏でかつて両親に向けて伝えた誓いを思い出しながら、ワイは二人が騒々しく消えた出入り口を見つめた。



☆★☆★☆



「よし、これで終わりだ」

「ありがとうございます」


 魔法関連の研究をしており生徒は立ち入り禁止区域になっている研究所の隣には、最新鋭の治療器具が充実し治癒魔法を扱える魔導士が数名勤務している病院がある。

 病院に着くなり破れて血が滲んだ制服から簡素な患者服を着せられた日向は、この病院の院長であるリア・ナイティゲール先生直々の治療を受けていた。


 鋭い目つきをした黄金色の瞳とポニーテールにした紅色の髪がトレードマークで、口には病院内なのに火がついた煙草を咥えている。

 彼女の生魔法の腕はかなりのもので、噂では臓器や部位欠損した箇所も治すほどの実力を持っているらしい。


「頬はかなり深かったが、それ以外は軽い裂傷でよかったな。処方する傷薬と一緒に制服の代えを持ってきてやる。しばらくそこで待ってろ」

「はい」


 口調は悪くも気遣う様子を見せたリアは、白衣を翻しながら補助をしていたナースと共にそのまま病室を出て行く。

 病室に残されたのは、ベッドにいる日向と来客用の椅子に座る悠護だけだ。


「とりあえず大した怪我じゃなくてよかったな」

「だからあんなに慌てなくてよかったのに……」


 ここに来る途中、上級生や清掃員にお姫様抱っこ運ばれる姿を見られ、始終顔は真っ赤にしていた。

 だけど悠護はそんなことを気にしておらず、日向の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「そう言うなよ。そんだけ心配したんだからな」

「うん……ありがとう、悠護」


 やり方はどうあれ、あそこまで心配させたのだ。そう思うと罪悪感があるけど、それより日向は彼に対する感謝の気持ちが強かった。


「あのさ……さっきの試合の時のやつ、すごく嬉しかった。あれのおかげで思い出せたんだ」

「思い出せた?」

「うん。昔の夢で、今のあたしの目標を」


 首を傾げる悠護に、日向は微笑みながら言った。

 やっと見つけ、思い出した『なりたい』を。


「あたし、魔法で悲しい目に遭う人を笑顔にする……正義の味方のような魔導士になる。今はまだ未熟だけど……でも、一生懸命勉強して魔法もいっぱい覚える。ちょっと子供っぽいかもしれなけど、どうかな……?」


 思わず聞いて見ると、悠護は小さく笑う。


「いいんじゃねぇの? お前らしくて」

「……そっか、ならよかった」


 すぐに否定せず受け入れたことに気恥ずかしさを感じると、悠護は神妙な面立ちになる。


「どうしたの?」

「日向。これから多分俺……俺の家のことで色々と迷惑をかけるかもしれない。もしかしたら今回よりひどい目に遭う可能性だってある」


 ぎゅっと両手で拳を作り握りしめながら言った悠護。それを聞いて日向は静かに頷く。

 今回の件で悠護の家が意図せず面倒事を運んでくることは痛いほど分かった。

 きっと、彼は怖いのだろう。今よりもっと辛い目が日向を襲うことを。


「だから……もしお前がこれ以上怖い目に遭うのは嫌だって言ったなら、パートナー変更のことも考えても……」


 その単語を聞いて眉間にしわを寄せた日向は、俯いた悠護の頭にチョップを落とす。


「いてっ」

「何バカなこと言ってんのよ。そんなのあたしとしては別にどうでもいいの」


 頭を押さえながらぽかんとする悠護の顔を見て、日向は笑いながら言った。


「あたしは、できることならずっと悠護のパートナーでいたい。あたし達なら辛いことも一緒に頑張れば乗り越えられる。どんなに高い壁あっても二人なら壊せる。そう思ってるんだ」


 だから、と言いながら日向は悠護に手を差し伸ばす。


「これからも、パートナーとしてよろしくね。悠護」


 差し伸ばされた手を見て瞠目し固まる悠護。内心では一歩を踏み出せない彼を安心させるように笑顔を向けると、硬かった表情が軟らかくなる。

 恐る恐る手を持ち上げ、そっと、けれど強く日向の手を握りしめた。


「こちらこそ、パートナーとしてよろしくな。日向」


 強く手を交わしたまま、日向達は笑顔を浮かべた。




 この日を境に運命の歯車は静かに、けれど確かに動き出す。


 そして、始まる。


 神様さえ予想できない物語のページが、今捲り上げられた――。

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