第12話 思い出す夢

 訓練場全体に響く自分の声。突然の叫びに周りが一斉に黙り込む。

 荒く息を吐きながら、何故こんなことをしたのか悠護自身も分からなかった。

 だけど、これ以上日向に降り注ぐ罵声を聞きたくなかった。何も知らないくせに好き勝手に言った彼らが嫌だった。


 こんなにたくさんの人の前で大声を出すなんて初めてだ。だからといって、このまま何も言わないままでいいわけがない。

 緊張で微かに震える手を握りしめながら、悠護は言葉をぶつける。


「あいつが俺に相応しくない? いつ誰が決めたんだよ、そんなこと。そんなの贅沢したいお前らが勝手に決めたことだろ!

 上に巻かれたいから、楽して出世したいから、贅沢な暮らしがしたいから、そんな理由で媚びへつらって間違った正しさを正当化させる……そんなのはもうウンザリだっ!

 俺はな! そんなくだらねぇことしか頭にない魔導士お前らがっ、昔から大っっっっっ嫌いなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」


 その告白を聞いて、観客席にいる全員が瞠目し絶句する。

 そうなるのは当然だ。魔導士の頂点にいる七色家の、しかも序列一位の黒宮家の嫡男がそんな発言をしたのだ。

 一般人の中で魔導士に対して差別意識を持つ者もいるが、魔導士が魔導士を嫌うことはあまりない。衝撃の事実に周りが息を呑む中、浅い深呼吸をしていた悠護は続けて言った。


「ガキの頃からそんな奴らばかりしかいなくて、家にもどこにも居場所なんてなかった。どこにいても苦痛で……寂しくて……泣きたくても泣けなくて……俺はずっとこのまま生きていくと思っていた」


 けれど、それは違った。この学園には自分を受け入れてくれる人達がいる。

 それがどれだけ嬉しかったか、きっと彼らは知らないだろう。それでも構わない。これは悠護だけの秘密なのだから。


「でも、聖天学園ここに来てそれは違うって分かった。七色家の黒宮悠護じゃなくて、素の黒宮悠護を見てくれるダチと出会った。今まで誰にも言えなかったことを話して……『頑張ったね』って『もう泣いてもいいよ』って言ってくれる最高のパートナーに出会った」


 そのパートナーが誰なのか、観客席にいる同級生達は分かっていた。

 悠護の話を理解出来ず困惑する関係者達の中で、徹一は厳しい表情のまま無言で息子の言葉に耳を傾け、陽は素直になった生徒の姿を見て嬉しそうに頬を緩めていた。


「そんなパートナーだからこそ、俺は守りたいしそばにいたいって思えた。それのどこかいけないんだよ。それくらいの自由すら俺には許されないのか? 違うだろ!? 七色家だからって、黒宮家の人間だからって、そんな理由で正当化すんなよ!

 くだらねぇ嫉妬であいつを傷つけんなよ! たとえ誰になんと言われても、俺のパートナーは豊崎日向ただ一人だけだ! それだけは絶対に譲らねぇ!!」


 強い決意を宿した真紅の瞳が周りを貫くように睨みつける。その気迫に、その強い目に、周りは圧倒され息を呑む。

 静まり返った訓練場でも未だ存在する幻霧の中にいた志島も悔しそうに顔を歪め、日向は驚きで瞠目したままだった。

 そんな彼女達の顔さえ分からない幻霧に向かって悠護は叫んだ。


「そういうことだ、日向。俺は絶対にお前のパートナーはやめないし、やめる気もない。だからもう安心して戦えよ。

 ――俺は、お前ならにだってなれるかもしれないって信じてるんだ」


 その言葉に、日向の頭の中でカチッと扉の錠が外れる音が聞こえた。



☆★☆★☆



『――俺は、お前ならにだってなれるかもしれないって信じてるんだ』


 そう言った悠護の言葉に深い意味はない。ただ純粋にそう言っただけだ。

 だけど、それが引き金となった。固く閉ざされた、記憶の扉を開く鍵として。その扉は、開かれた。

 扉が開く瞬間に強い風が吹き、それに思わず目を瞑ると目の前の光景に息を呑んだ。


 記憶の扉が開かれた先にあるのは、今もある赤い屋根が目印の我が家。リビングに繋がる縁側で、幼い日向と膝丈の黒いワンピースを着た母が座っていた。

 手には絵本を持っていた。悪い王様に捕らえられたお姫様を、騎士が救う物語。結末は悪い王様は魔法で操っていたドラゴンに食べられてしまい、お姫様と騎士は幸せに暮らしたという定番ものだった。

 当時の日向はそれが大のお気に入りで、何度も母にお願いして読んで貰ったことがあった。


(あの絵本、確か捨てちゃったんだよね……)


 両親の死後、大事に持っていたその絵本をガキ大将の男の子が勝手に持って行こうとするのを阻止しようとして、引っ張りすぎて本が真っ二つに裂かれてしまったのだ。

 それならテープとかで補修できたのだが、先生に怒られるのが嫌だったのか男の子は持っていた片方を明け方雨が降ったせいで濁った水溜まりがいくつもある外へ捨ててしまった。


 もちろんその片方は見事水溜まりに落ちて、泥や水で汚れて読めなくなった。事情を聞いた陽が同じ絵本を探していこうにも、ちょうどその頃に絶版されていて結局手に入れられず捨てることになった。

 この時ばかりは日向は目が赤く腫れるほど一日中泣き通して、丸三日部屋に引きこもった。


 懐かしい思い出が次々と溢れ出る中で、目の前の日向は母に読み聞かせてもらって大満足な顔をしていた。

 笑顔で母に話しかけようとした瞬間、日向は気づいた。絵本の表紙を撫でる母の、悲しそうな顔に。

 心配になって思わず『お母さん?』と呼ぶ日向を見て、母ははっと我に返ると申しわけなさそうな顔をする。


『ごめんね、日向。少し……悲しいことを思い出しちゃって……』

『悲しいこと?』

『……ええ』


 母は、日向が知っている女性の中では誰より優しい人だった。

 IMFの仕事の一環として慈善事業おいくつもしていた。月に二回ボランティアに参加し、魔導士界では【聖母】と呼ばれるほどの有名人。

 そんな母は毎日のようにニュースや新聞に出る魔導犯罪にいつも心を痛めていた。その度に悲しそうな顔をする母をいつも父が慰めていていた。でも日向は、いつも笑顔でいる母のそんな顔は見たくなかった。


 その時もその顔をしていて、早くいつもの笑顔を見せて欲しかった。そんな想いに駆られ、日向は何かを決めたような顔をすると必死になって言った。


『お母さん! あたしね、いつかお父さんやお母さんみたいな魔導士になりたい!』

『え?』


 娘の突然の宣言にきょとんとする母。そんな些細なことを構わず日向は伝える。心の中で芽生えた小さな夢を。


『それでね、魔法のせいで泣いちゃう人をみんな笑顔にしたり助けたりするの! そしたらお母さんも悲しくなくなるでしょ? だからあたし、そんな魔導士になれるように頑張るね!』


 子供の口から出る漠然としていて、それでもただ純粋な夢。それを聞いた母の顔は優しいものに変わり、微笑みながら日向を抱きしめる。


『……ふふっ、そうね。日向ならきっとそんな優しい魔導士になれるわ。お母さんはいつでもあなたのことを応援してあげるから』


 優しい口調で語りながら抱きしめてくれる母のぬくもりに、日向は満足したように笑う。

 穏やかな日常の中で交わした、小さくも壮大な夢を叶えるための約束。

 だけど、その数日後、日向と陽兄を残して、母は父と一緒にこの世を去った。


 その時のショックで、日向は忘れてしまったのだ。本当なら忘れてはいけない記憶おもいでを。


「……そっか。もう見つけてたんだ、あたしの『なりたいもの』を……」


 ずっと忘れていた。昔見つけたはずの『なりたいもの』を。宝箱みたいに大事にしようと思っていたのに。

 でも、それがようやく思い出せた。それはきっと、彼のおかげだ。

 思い出した日向を見て、幼い日向は嬉しそうに笑うと霧のように消えていった。


 ふと背後からする気配に、日向はゆっくりと体ごと後ろに回す。

 目の前には夢に出てきたあの少女が立っており、慈愛に満ちた顔を浮かべている。


 違うところがあるとすれば、彼女の頭部にはヘッドドレスの形をした銀冠をしており、最初に夢で見たのとは違う白を基調とした騎士服を着ている。

 腰には服と同色の剣帯と一緒に挿してある鋼の剣は、鍔の中心にある六芒星を模した飾りには、形に合わせて削られた琥珀が埋め込まれている。


『ようやく思い出しましたか?』

「……うん」

『なら、もう大丈夫です』


 少女はカツ、カツ、と靴音を鳴らしながら日向の方へ歩み寄る。

 あと一〇センチというところで止まると、彼女は日向の胸の上に手を置いた。


『今のあなたなら、きっとその力を使いこなせるはずです。どうかその力を、誰かの笑顔のために使ってください――』


 そう言って微笑んだ少女を見て、何故かひどく懐かしい気持ちになり一筋の涙を流した瞬間、辺り一面が白い光に包まれた――。



 ざわざわと聞こえる騒音。いつの間にか閉じていた瞼をそっと開け、志島に目を向ける。

 彼女は日向の視線を感じてこっちを見ると、リトマス試験紙みたいに顔を青ざめる。

 なんでそんな顔をしているのか分からないけど、さっさと頭の上に乗っけている足をどけて欲しかった。


「――どいて」


 無意識に低い声を出すと、志島はそっと足をどけて後ずさる。

 地面に倒れていた体を起こして、制服についた汚れを落としながら、敵である志島を睨む。自分では分からないが、今の目つきが怖いのか志島の顔は青いままだ。


「……随分と好き勝手に言ってくれたね、志島さん。ここまで頭にきたの久しぶりだよ」

「ふ、ふんっ。別に私は事実を言っただけよ。それに、あなたはロクな魔法しか使えないでしょ? そんな体たらくでどうやって私に勝つ気なの?」


 志島の言った通り、日向の体は彼女のナイフ型魔導具で傷だらけで、魔法だってあまり覚えていない。


 ――それでも、一つだけある。彼女に勝つ魔法が。


 《アウローラ》を持つ右手を頭上に掲げるように持ち上げる。引き金に指をやり、


「――『ゼルム』」


 引き金を引いた瞬間、銃口から眩しい琥珀色の光が発射される。光――いや正確には可視化された魔力は一度日向が目にしたものよりも強く、輝いていた。

 放たれた魔力弾は頭上で弾け飛ぶと、日向達を囲んでいた霧は一瞬で消える。

 普通なら術者である志島が解除しない限り消えないはずの霧が消えたことで、彼女はもちろん観衆からざわめきが起きる。


「そ、それって……まさか無魔法……!? な、なんであなたがそんなの使えるのよ!?」

「さあ? そこまでは知らないよ。ただこれが使えるから聖天学園ここに入学したんだよ、あたしは」


 まだ言っていない事実を告げると志島は目が飛び出すほど見開く。

 観衆が目の前の光景を受け入れることができない中、いつもより荒く前髪を掻き上げた日向は《アウローラ》の銃口を志島に向けた。


「――次はこっちの番だね。覚悟してよ、志島さん」



 ☆★☆★☆



「あの娘、無魔法が使えるようになったのか!?」

「だが、そんなの報告書には何も……」


 IMF関係者が報告されていない事実を目撃騒ぐ中、徹一は眉間にしわを寄せながら陽の方を見る。

 陽は真剣な表情で妹を観察しており、それが彼自身も今の状況は想定外の出来事であることは一目で理解できた。


は、お前の仕業ではないのか?」

「アホ言わんでください。さすがにこれはビックリしてます、日向はまだ初級魔法三つしか知らないはずです」

「ではこの状況をどう説明する?」

「それはワイでも出来まへん。まあしいて言ったなら……ってところです」


 含みのある言い方をしながら赤紫色の瞳を妖しげに光らす陽。その姿を見て彼が何かを知っていると分かっていても聞き出せなかった。

 その瞳が『何も聞くな』と肌を刺すほど鋭さを増しており、もしここで不用心に聞き出すと自身の身も危うくなる可能性がある。

 自分より年が離れているくせに威圧感を放つ陽を喰えない奴だ、と思いながら徹一はこの戦いの結末を見届けることにした。


 その一方、志島は困惑していた。

 無魔法については最初の授業で軽く説明されていたが、実物を見るのは初めてだ。

 そもそも無魔法を使える魔導士はこれまで一人も確認出来ておらず、その魔法の全容は未だ明らか何なっていない代物だ。


 確実な情報が最も少ない魔法の対処法なんて分からない。そもそも魔法を無効にする魔法にどう対処すればいいというのだ。


(考えなさい! いくら無魔法が使えるからって戦い方なんてまだまだなはずよ!)


 そうだ。自分と違って日向はまだ戦いに慣れていない。ならば、自分が圧倒的攻撃をしかければいい。勝機が見えたと言わんばかりに歪んだ笑みを浮かべた。

 すると日向は小さく呟きながら魔法を発動した。


「『隠者エレミタ』」


 無詠唱で発動された魔法によって日向の姿は見えなくなった。

 初級魔法は威力が弱いが、速効性が高い。詠唱してすぐに使えるため、今の魔導士は初級魔法を牽制や時間稼ぎで使うことが多い。


(けど、『隠者エレミタ』を使うなんてバカじゃないの?)


 志島は精神魔法を得意とする魔導士だ。同じ精神魔法を使っても、他の系統魔法を得意とする相手なら場所は特定出来なくても、精神魔法を得意とする相手なら特定できる。

 このことはまだ授業では習ってはいないはずだ。なら、日向は知らない可能性もある。そう思い、静かに気配を察知する。観衆の声で紛れて靴音が聞こえなくても、場所くらいすぐに見つけられる。


(――いたわ。後方三五度!)


 数秒で位置を特定しナイフ型魔導具を構える志島。そのまま体ごと後ろに向ける。

 だが、そこにいたのは


「…………はっ?」


 姿を消したまま奇襲するという自分と同じ方法を取ると思っていた。だけど日向はすぐに魔法を解除し、《アウローラ》の銃口をこっちに向けていた。


「『弾丸グランス』」

「っ、『クリペウス』!」


 咄嗟に防御魔法をかけると、《アウローラ》の銃口から『弾丸グランス』が発射される。ボールと同じ大きさをした『弾丸グランス』は志島の『クリペウス』に直撃する。

 志島が発動した『クリペウス』は中級魔法までなら耐えられる強度を持っている。


 だが、日向の――『勝ちたい』という強い感情を込めながら放った『弾丸グランス』はその威力を超えていた。

 ビキビキッとヒビが入る様を見て目を見開いた直後、志島の『クリペウス』は呆気なく砕け散った。


「きゃあっ!?」


 衝撃の反動で尻餅をつくと、日向はその隙を逃さず一気に距離を詰め、志島の胸倉を掴んで地面にうつ伏せにする。

 そのまま《アウローラ》の銃口をに押しつけた。


「……知ってる? 無魔法には魔法を消すだけじゃなくて、を消す効果もあるらしいよ。魔核マギアも多分その対象だし、もしかしたら消せるかもね」

「あ、あなた……何言って」

「簡単なことだよ。この引き金を引けば、志島さんは魔導士じゃなくなるって言ってるの」


 魔導士でなくなる。その言葉は、魔導士として生きてきた志島にとっては死の宣告そのものだ。

 魔導士は選ばれた人間の称号。

 それを失い、ただの人間に成り下がるのは、この上ない屈辱であり恐怖そのものなのだ。


 事態を理解した志島はバタバタと足を動かした。

 普段の優雅さを殴り捨てた行動でスカートの中が見えたかもしれないが、それさえ気にする余裕も彼女にはなかった。


「や、やめて! そんなの絶対に許されない! アンタのしようとしているのは大罪同然よ!?」

「――なら、普通の人を下等と侮辱し、気に入らない相手を徹底的に貶めるのは許されるの?」


 温度の無い声。日向の琥珀色の瞳が光を失い、空虚になったそれを向けるだけでも恐怖心を煽られていく。


「そ、それは……」

「許されないでしょ? 分かっているのに自分の行いを改めない。そんなんだから魔導士あなた達は歪んだ選民思想に囚われ続けるんだよ。……あたしはね、そんな奴らが吐き気がするほど嫌いなんだって初めて知ったよ」


 グリと銃口が強く押し込まれる。日向の冷たい目が志島の体を支配する。


「悪いことをしたらきちんと償わなくてはいけない。これは、魔導士でも常識でしょ?」


 細い指が引き金に触れる。

 その音を聞き、志島の歯がガタガタと鳴る。


「あたしは、あなたみたいに卑怯な手を使って勝たない。正々堂々と勝利を掴む。――だから、あなたを倒すためならなんだってできる」


 その言葉が引き金となった。

 志島は顔から汗や涙を滝のように流し、許しを乞う。


「ご……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! やめてやめてやめてやめてッ! 私は……まだ……まだっ、死にたくないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 志島の絶叫が訓練場全体に響き渡る。

 その声を聞きながら、日向で無情にも魔法を発動する。


「――『弾丸グランス』」


 発動させた初級魔法はに当たり、粉々になって砕かれる。

 白目を剥きながら意識を失う志島の上から退くと、日向は気まずそうに頬を掻く。


「あー……ちょっと脅かし過ぎたかな?」


 ぽつりと呟かれたその独り言は、


『――志島美奈子、バッジ破壊を確認。試合終了。勝者、豊崎日向&黒宮悠護ペア』


 拡声器からのアナウンスによって掻き消された。



「日向!」


 救護班によって担架で運ばれる志島を見送っていると、悠護が慌てた様子で駆け寄ってきたと思うと、強く両肩を掴まれた。

 その時の悠護の顔は、思わずこっちがひきつった笑みを浮かべるほど怖かった。


「えっと……あの、悠護さん……?」

「お前、大丈夫なのか!?」

「大丈夫って……何が?」

「見るからにヤベーだろそれ!」


 悠護が自分の頬に向けて指を指してきたのを見て、釣られるように自身の頬に触れる。

 すると頬に触れた手は一瞬で真っ赤に染まるのを見て固まる。そのままぎこちなく自分の全身を見る。

 制服は裂かれ、肌から血を流す箇所が多い。意識するとズキズキと痛み始め、泣きそうというか最早半泣きになっている顔を悠護に向ける。


「えっと……これ、結構ヤバいよね……?」

「当たり前だろ!? つーかこうして普通に話せるのもスゲーよ!!」


 大声でツッコんだ悠護がおもむろに日向の背中と膝裏に手を差し込むと、軽々とまではいかないがすばやく体を抱き上げた。

 そう……いわゆる『お姫様抱っこ』を。


「~~~~~~っ!?」


 突然の出来事に目を回すと、足をジタバタさせた。


「暴れんな! このまま病院に連れてく」

「いやっ、それはいいけど! この格好はかなり恥ずかしいから降ろしてくださいぃいいいいいっ!?」


 細身からは想像できないほどの力で抱き上げられてしまい、日向は顔を真っ赤にする。

 だけど悠護はそれより治療が最優先事項なのか、日向の抗議に耳を貸さずそのまま病院に向けて走りだす。

 黄色い声をあげる観衆の視線を感じながら、日向は羞恥で赤くなった顔を悠護の胸元に埋めた。

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