第10話 新入生実技試験

 ついに、新入生実技試験の日がやってきた。

 一年生は事務室から指定された時間・訓練場に向かうようになっているが、それとは別で日向は陽から一時間早く教室に来るよう言われた。

 もちろんパートナーにはちゃんと事情を言っているため一緒には来ていない。


「陽兄、来たよ」


 教室のドアを開けるが、今日はこの教室を使わないため室内はやや薄暗い。

 その中にいた陽は行儀悪く教壇に腰かけており、その横にはアタッシュケースが置かれていた。


「お、待っとったで。すまんな、こんな時間に」

「それは別にいいけど……どうしたの?」

「ああ、実はこれを渡したくてな」


 教壇から降りた陽はそばにあったアタッシュケースを日向の方へ向けるようにすると、鍵を外す。

 パカ、と音を立てて蓋が開く。中には黒いスポンジが敷き詰められており、その中央には黒光りする一挺の自動拳銃と黒革のホルスター。

 どこか身に覚えのあるそれを見て、日向は陽の顔を見る。


「これって……」

「気づいたんか? それな、親父の形見の魔導具なんや。知り合いに頼んで日向に合わせて改良してもろたんや」


 陽のその言葉を聞いてようやく思い出した。これは、父が愛用していた魔導具だってことに。

 日向と陽の父である豊崎暁人とよさきあきとは、国際魔導士連盟日本支部の職員の中では『変わり者』と呼ばれる人だった。


 凄腕なのに出世欲がなく、下っ端でもやりたくない溝浚いの仕事を嫌な顔一つせずこなし、毎年行われる面倒な新人教育係を誰よりも早く立候補する。一部の人間が出世のために働く中で、父だけはそんな真似は一切しなかった。

 そんな人だったけれど、いざ仕事の時は他の魔導士より速く現場に駆けつけ、被害をあまり出さず事件を解決する父は巷では『魔導士界の正義の味方』と呼ばれるほどだった。


 よくテレビで父が犯罪者を捕まえる場面を見ると、ソファーに座る陽は「親父またテレビに映っとるで~」と笑いながらからかい、横では母は「今日もお仕事お疲れ様」と言ってビールをコップについでいて。

 陽の隣で日向は「お父さんってやっぱりすごいね!」と無邪気に褒めると、父は無表情でビールを飲んでいたけど、耳の先を赤くするという父の照れている時の癖を見せていた。


 そして今目の前にあるこの拳銃は、その父が愛用していた専用魔導具。

 名前は確か……そう、《アウローラ》だ。たとえどんなに真っ暗な闇の中にいても、夜明けのように一筋の希望の光を見つけられるように、という願いをこめていると言っていた。


「古いし男物やったから、昔と比べてサイズはちょっと小さくなっとるけど……部品とかはダメなヤツ以外は全然変えてへんで」

「そうなんだ……」


 両親の事故の後、この魔導具を見ることすら辛くなってしまったため、いつの間にかその存在すら忘れていた。

 そう考えると、自分はなんてひどい娘なのだろうと思う。いくら精神的ショックが原因だからって、大切だと思っていた思い出を忘れるなんて。


『それは――あなたが忘れているからよ』

『さあ、どうか思い出して。幼い頃のあなたが忘れてしまった、大切な思い出の一ページを』


 思い出すのは数日前に見た夢。

 聞き覚えるのある声と美しい少女の言葉が頭の中から離れない。


(……あたしは一体、何を忘れたの? 夢にまであんなこと言われるほど忘れてはいけない思い出を忘れたの……?)


 思い出したくても思い出せない。そんな歯痒さが日向の全身を襲う。


「……た、……なた、日向!」

「!」


 思わず考え事に集中していたのか、陽に名前を呼ばれてビクリと体を震わせた。


「……あ……ごめん、何?」

「どないしたん? さっきから上の空やで。具合悪ぃんか?」

「う、ううん、どこも悪くないよ。これありがとう」


 心配そうに顔を覗き込む陽に驚きながらも、日向はアタッシュケースをひったくるように受け取る。

 それを見て陽は何か勘づいたのか、肩を竦めると日向の頭を撫でる。


「ま、これから試験やし緊張すんのも無理ないわな。でも怪我はなるべくしぃひんようにな?」

「……分かってるよ」


 やはり血が繋がっているのが要因なのか、互いが抱えている悩みや隠し事を顔に出さずともすぐに分かってしまう。

 そのせいで昔は陽のお気に入りだったシャーペンを壊した時や、日向がとっておいたプリンを勝手に食べた時の隠し事がバレた時は生傷ができるほどケンカした。

 それでも父と母がすぐ仲裁しすると、すぐに仲直りしたから鎮火した。


「知っとると思うが今日はIMFのお偉いさんも来とる。精神魔法で姿を騙し取る奴もおるけど、今年はその数は前と比べて多い」

「……うん」

「恐らくほどんどの奴の狙いは日向や。未だ無魔法を扱えてへんからそこまで危険視されとらんが油断はできひん。もしもの時はちゃんとワイを呼びや」

「分かってる」

「なら、ええ。ほな行ってきぃ」


 くるりと体を半回転させて背中をポン、と優しく叩かれる。

『頑張ってこい』と励ましの言葉がなくても伝わるぬくもり。それを感じながら日向は一回深く深呼吸する。

 そして、首を後ろに向けて明るく笑う。


「いってきます!」


 そのまま教室を出て行く日向を、陽はずっと目を離さず見送ってくれた。



 パタパタと足音を立てながら走り去る妹の背中を見送り、陽はスマホを取り出し操作し始める。

 今回の実技試験を見学しに来たIMF関係者はもちろん従来の目的である有望な人材の発見だが、そのほとんどが日向の魔法の腕を再確認するものだ。

 もちろん身分詐称は魔導士界でも重罪に入っているため、受付の時だけ精神魔法や変装を解いて入場する。


 IMF関係者の情報は全て教師陣のスマホから一斉送信されており、その中には相手がどんな格好や姿でいるか、GPS機能が搭載された小型チップを隠している入場許可証でその人物がどこにいるのか事細やかに記されている。

 それを覚え、相手が生徒に手を出さないか注意深くチェックし、もしその時がくれば対処するのも教師の務めだ。


 スマホの画面に映し出される写真には不審者みたいな恰好や本来の姿とは一八〇度違う姿に見せている者がおり、中には思わず吹き出すほどの姿になっている者もいる。

 そんな個性によって違う姿を確認しながら画面をスライドさせていくと、その指がピタリと止まる。


 陽が指を止めたのは、とある男の情報。

 IMF関係者の中で一番忙しく、公の場以外ではあまり見かけることがない人物。

 そして、今の陽にとっても最大の敵ともいえる相手。


「これは……ちょっとマズいかもしぃひんな」


 画面に表示されている名前。


『国際魔導士連盟日本支部長 黒宮徹一』


 日向にとって、そして悠護にとっても今後も対面する機会があるだろう男の名がそこにあった。



☆★☆★☆



 日向達が使う訓練場は第三訓練場。

 大闘技場以外のこの訓練場は全部同じ造りをしているため道もあまり迷わず無事に観客席までたどり着いた。この試験で使う訓練場は第一から第三のみで、第四と第五は通常通り授業をしている上級生が使用している。


 観客席にはIMFの人や同級生達が座っており、手にはトーナメント表を持っている。まるで見世物にされているような気分になりながら観客席を歩いていると、先に席を取っていた悠護達の姿を見つける。

するとトーナメント表から顔を遠ざけた悠護と目が合うと、彼は心菜達に日向が来たことを伝えている。その間に日向は通路の邪魔にならないようにその席まで辿り着く。


「ごめん、待った?」

「いや、そこまで待ってねぇけど……それなんだ?」


 日向が持つアタッシュケースに目をやる悠護の質問に答えた。


「あたしの専用魔導具。さっき陽兄から受け取ったんだ」

「……あー、そういえば用意するって言ってたな。つか、それ持ってきても大丈夫なのか?」

「別にいーんじゃねぇの? この試験じゃ学校から貸し出されてる量産型魔導具も自前の専用魔導具を使うのは自由って書いてあるぜ」

「マジかよ……いくら量産型とはいえ使い方間違えれば死ぬぞ?」

「ま、その辺は審判がちゃんとしてくれるから大丈夫だろ。あっこれお前のな」

「あ、ありがとう」


 悠護の間を挟んで樹から渡されたトーナメント表。対戦相手の名前の他にルール説明も丁寧に書いてある。

 ただ、それがちょっと長いから簡単にまとめよう。


【新入生実技試験ルール説明】

①試合時間は一〇分。延長戦追加時間は五分とする。ただし延長戦でも勝敗がつかない場合は引き分けにする。

②生徒は学校から支給される魔導具もしくは専用魔導具の使用を許可する。

③試合前に渡されるバッジの破壊もしくは相手が意識・戦意喪失した時勝敗を決する。

④中級・上級魔法の使用禁止。初級魔法のみに使用を許可する。

⑤試験時に過剰攻撃や殺傷などの残虐行為は禁ずる。

⑥④と⑤を破った者には処罰を科せられる。


 ……と、こんな感じだ。

 ちなみにここで言った『バッジ』は、学園が用意した特殊なもので、聖天学園の校章が刻まれたものだが、バッジの中には持ち主の個人データが登録された小型チップが搭載されている。


 それが破壊されるとチップは相手の勝敗を電波で受信する仕組みになっており、もしデータ改竄が行われてもそのチップには送る前の情報が残っているため修正可能という対策も施されている。

 徹底したルールに舌を巻いていると、同じく説明を読んでいた心菜が首を傾げる。


「この④ってまだ一年生達には関係ないんじゃないかな? そこまで難しい魔法を使える人っていないだろうし」

「いや、全然関係あるぞ」

「というと?」

「普通の一年はそんな高度な魔法は使えない。けど、俺みたいな家の奴らはすでに二年から学ぶはずの魔法を習得してるんだよ。で、今回みたいにIMFの連中が見に来てるのを知ってるバカはそれを自慢しようとそれを破る奴がいるんだよ」


 説明してくれる悠護の顔は『理解できない』と顔に書いており、樹も気づいているが特に何も言わず生返事で相槌を打った。

 それを聞いて日向も少しだけこの試験の意図が分かった。


 要はただのお披露目なのだ。

 次世代の魔導士である候補生達の実力がどんなものなのかを確認し、上にとっては優秀な手駒を、候補生達は輝かしいキャリアを手に入れるためにこの場が使われているのだ。


(なんか嫌だな……魔法をこんな目的のために使うなんて……)


 父のことを思い出したおかげなのか、どうして日向が魔導士に対して純粋な憧憬を抱いていたのか。

 理由は簡単だ。日向のそばに『本来の魔導士』の姿である父がいたからだ。


 自身の目的や野望のためでなく、ただ純粋に誰かのために魔法を使う父が他の誰よりも眩しい存在に見えたのだ。

 困っている人の元に颯爽と駆けつけ、何の見返りもなくただ助けるために魔法を使う、異端と呼ばれながらも堂々としたその姿が。


 だからこそ余計にショックだったのかもしれない。

 一部である魔導士達の裏の顔を知り、そのせいで誰も知らないまま一人傷つき涙を流す少年を知ったから。

 そして今も苦しめられていると思うと、理由の分からない苛立ちが日向を襲う。


 何故、誰も本当彼を見てくれなかったのか。何故、誰も助けてくれなかったのか。何故、誰も彼を笑顔にしてくれなかったのか。

 何故、何故、何故―――そんな取り留めのない疑問が湧き出た時だった。日向の頭の中からカチと何かが外れかける音が聞こえた。


 頭の中で浮かび上がる映像の数々。

 魔導士による犯罪を報じるニュース。それを見て悲しそうな顔をする母。仕事から戻ってきた父の厳しい顔。困った顔で幼い日向の頭を撫でる陽。そして、家の縁側に座る幼い日向が言った声なき言葉で優しい笑みを浮かべた母の顔――。


「……た、……な……おい日向!」

「!?」


 肩を強く捕まれ体を震わせる。いつの間にか止めていた息を何回かに分けて吐き出した日向に、悠護が顔を覗き込んで来た。


「大丈夫か? 固まってたぞ」

「あ……うん、平気……」

「平気って……少し顔色悪いぞ。医務室で休むか?」

「いいよ、そこまでしなくて。本当に大丈夫だから……」


 大丈夫と言っても現に日向の顔は鏡で見なくてもあまり良くないのは分かっていた。


(……何? あの映像……もしかしてが忘れてる記憶なの?)


 確証なんてない。でもそうとしか思えなかった。

 少し前までの日向の記憶はどれも笑顔であふれるものばかり。それなのに悲しい顔とかそういうのが一切ないのはおかしい。

 もし、その記憶を思い出したら、自分はどうなるんだろうか。徐々に襲って来る恐怖にスカートの上に乗せていた手を強く握る。


(怖い。何かを思い出すのがこんなにも怖いだなんて……!)


 微かに震え始めた片手を、日向は誤魔化すように別の片手で強く握りしめた。

 その時、隣にいた悠護が厳しい目つきで見ていたことに気づかなかった。



☆★☆★☆



 時間の流れというのは、本当に早い。

 日向が思い出す恐怖に怯えている間にも試験は滞りなく進んでいる。

 試験を受ける生徒達はそれぞれ自分が得意であろう魔法を行使し、バッジの破壊や相手の意識・戦意を喪失させていく。


 試合が二桁に入った頃になると、相手が魔法操作を誤り過剰攻撃してしまう場面があったが、幸い対戦相手は軽症で向こうも自分の非を認めているため、処罰は軽くなると審判が言った時は少しほっとした。

 順番待ちや試合終わりの生徒達が目の前の試験に熱中しながら観戦する中、日向達が座っている観客席の向こう側に試験官役であろうスーツ姿の大人達は獲物を狙う肉食動物のような目や注意深く観察する目をしている。


 時折こっちに顔を向けたりしてメモ帳で何かを書き記している姿もあり、その行動に内心首を傾げていると悠護が耳打ちしてきた。


「あいつら、恐らくIMFの連中だ。将来自分が必要としている部下になる奴を品定めしてるんだろうな。ったく、相変わらずだな」

「相変わらずってことは……会ったことがあるの?」

「IMF関係者なら家のパーティーとかでよく会ってた。その時は背筋が凍る世辞やら結婚する気のねぇ女紹介されたりあんまいい思い出はねーな」

「そ、そうなんだ……」


 そういう話は心菜達には聞かせたくないのか、なるべく唇が耳に触れるか触れないかのギリギリの距離を取りながら小声で話す悠護。

 別にそんなことをしなくても魔法同士がぶつかる音や歓声であまり聞こえないから、そんな風にしなくても大丈夫って言いたいけど……。


(……なんでだろう、それ言ったと絶対恥ずかしくなる気がする……!!)


 いつもより低く聞こえる声。時折耳を擽ってくる吐息。そして、微かに伝わる唇のぬくもり。それらを感じていく内に不思議と顔が熱くなるのを感じる。

 今までこんな風に至近距離で陽以外の男子と話すなんてことは全然なく、理由も解らず体を固くしてしまう。


 今すぐ離れて欲しい、でも離れてほしくないと矛盾した気持ちが日向の心の中でわーわー言いながら争っている。

 自分でも理解できない羞恥心に襲われていると、さっきから一言も返事がないのを不審がったのか、悠護の顔が目の前まで迫ってきた。


「おい日向」

「えっな、何!?」

「さっきからお前全然反応しねーぞ。しかも顔も赤いし……風邪でも引いたのか?」


 悠護に指摘されて思わず自分の頬を触ると、顔は手の方が冷たく感じるほど熱かった。

 さっきの感覚が気のせいではなく本当に起きているのだと気づくと、日向は慌てて自分の顔を両手で隠す。

 何て言えばいいのか分からない恥ずかしさに、日向は一人身悶える。


「おい、大丈夫か? 医務室で休んだほうがいいんじゃねーか?」

「だっだだだだだ大丈夫だよ! 医務室に行く必要なくらい元気だからさ! それよりほら、早くフィールドに行こうよ。そろそろあたし達の番だよ!?」

「あ、おい日向ッ!?」


 悠護の制止を振り切り、日向はさっさとフィールドの入り口に向かうため走り出す。

 入り口に着く前に頬の熱が引いていたらいいな、と願いながら。



 第三訓練場にある女子トイレ。三つの鏡が設置された手洗い場には、真ん中の鏡の前で志島は一人立っていた。

 明るい青のタイル壁につけられた長方形の鏡には自身の顔が映っており、それに手を伸ばしそっと触れる。

 同じ動きをした鏡の自分は、同性さえも羨む美貌を持っていると志島自身でさえも認めている。


 志島が生まれた家は第二次世界大戦時の頃から魔導士が生まれて以降、七色家よりランクは低いが一般より少し上の地位にいる、いわば中流階級の家だ。

 特に可もなく不可もなく、まるで生け花のように主役の花をより美しく目立たせるための草花の如く魔導士界の中でそれなりに偉い者達のサポートや花を持たせる役に徹してきた。


 目立たずひっそりと、その者の長所を輝かせるために。

 同じランクの家の人間は遅めだが着々とエリートコースに乗っているのに、自分達はそれに乗らずただの脇役の地位に満足している。

 それが志島家の在り方なのだと、父は言っていた。目立った真似をして、他の家に睨まれたらこの家は終わるのだと。だからこそ、周囲からバカにされよとも生き延びるために妥協しているのだと語った。


 だが、志島自身が納得しなかった。誰もが羨む美貌も魔法の腕も持っているのに、群像の一人に成り下がろうとする家の人間が理解できなかった。

 親族の中で一際虚栄心が強い志島は現在の家の状況に馴染めず、表向きは両親の言ったことを聞くいい子を演じながら裏では自身の地位をより高いものにするために日々思案していた。


 そんな時、中学二年の時に参加したパーティーである話を聞いた。

『七色家の人間は、聖天学園で決めたパートナーかもしくは家の決めた者と結婚する決まりがある』というものだった。

 その話を聞いた瞬間、志島は閃いた。


(魔導士界の頂点にいる七色家の相手とパートナーになってみせる。どの家の人間だろうか構わない。今を変えられるなら……そんな些細なことは気にしない!)


 それ以降、志島は必死に自身を磨いた。

 厳しい食事制限や運動、どんな男でも魅了するメイクの仕方に優雅な立ち振る舞い。

 そして彼らの伴侶として見合う魔法の腕と知識も。


 どんなことでも全力で努力を惜しまない。何度も挫折して諦めそうになっても必死に頑張ってきた。

 全ては今を変えるため。ぬるま湯のような家にいたくないがために。


 だが、その目標は入学式当日にほぼ叶わなくなりかけた。

 パートナー選びがIMFによって決まることは知っていたが、今年の七色家の人間は黒宮家の長男である黒宮悠護ただ一人だけだったのは予想外だった。

 それは七色家に関わりを持たないからこそ起きた情報不足だ。


 そして何より一番信じられなかったのは、彼のパートナーに選ばれたのは魔導士に目覚めたばかりの少女――王星祭レクス五連覇を果たした魔導士【五星】豊崎陽の妹・豊崎日向だってことだ。


 自分はあんなにも血の滲む努力をしたというのに、ただ平凡でなんの魅力もない彼女は運よく悠護のパートナーの座を勝ち取った。

 それに不満を抱く女子がたくさんいることも知り、志島は一昨日わざわざ自分から出向き日向に直談判した。彼のパートナーから降りて欲しい、と。


 だが、日向はその話には応じず、しかも自分の方が悠護のパートナーに相応しいと偉そうに宣言したのだ。下等で誰よりも劣るの元人間の分際でッ!!


 苛立ちを隠して引き下がった後気に来た事務室からの連絡メールで、日向が自分の対戦相手だと知った時はチャンスだと思った。

 一体誰が、悠護のパートナーに相応しい女であるか。それを多くの生徒とIMF関係者に見せつけられる。その時の日向の屈辱と後悔に塗れた顔を思い浮かべると体中がゾクゾクとする。


(待っていなさい、豊崎日向。私が彼のパートナーに相応しいってことを思い知らせてあげるわ)


 鏡に映る志島の顔は優越感によって歪むも、それさえも恐ろしいほど美しく映った。

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