第4話 校内見学と補習

 入学式の翌日は校内見学だ。

 新入生達は丸一日かけて校内を見て回り、学園の雰囲気に馴染むかつ地形を理解する。もちろん『セイテン☆』には学内マップがあるが、敷地内は立ち入り禁止区画も入れるとかなり広いため、建物を見て回るだけでもかなりの運動になる。


 さて。入学早々、遠野に啖呵を切った日向の噂は一夜で学園中に広まった。

 最初は実力主義や選民思想主義の学生から陰口を叩かれると予想して身構えていたが、実際はそんなことがなかった。


「あ、豊崎」

「昨日のお前凄かったぞ! 次はもっとガツンと行けよ!」


 むしろ何故か声援を送られてちょっとびっくりした。

 後で悠護が教えてくれたが、昔は実力や血統にこだわる魔導士家系は多かったが、時代が流れるにつれて少なくなり、今じゃ一般人と変わらない思考を持つ魔導士家系が多いらしい。

 もちろん中には日向のことを快く思っていない者もおり、念のため四人で行動することになった。


「それで……最初はどこ行く?」

「実験棟! 三階丸々使った教室が『工房』って言うんだけど、今日魔導具の製作作業があるんだよ!」

「私は魔導医療学の授業が見たいな」


 真っ先に行き先を言ったのは、樹と心菜だ。

 HRホームルームに二人のことを少し聞いたが、樹は一般家庭組だけど魔導具技師を目指しており、ほぼ独学で自作の魔導具を作れるほどの腕を持っている。

 心菜は魔法と科学医療が合わさった新技術・魔導医療のシェアが世界第三位の大企業『神藤メディカルコーポレーション』の社長令嬢。本人も魔導医療の技術を身に付けたくてこの学園に入学することを決めたと話した。


 日向も大した話はしていないが、一〇年前に両親を交通事故で亡くしてからは兄と二人で暮らしていると聞いた直後、「それ大した話じゃなくないから」と樹からツッコまれ、悠護と心菜は同意するように頷いた。

 複雑そうな表情を浮かべる面々に、さすがの日向も気まずくなって謝罪せざるを得なくなった。


 そんなこんなで、担任になった陽からの注意事項を聞いてからHRを終えて校舎を出ると、昇降口前は部活勧誘に勤しむ上級生やチラシを受け取る新入生で溢れ返っている。

 魔導士はその特異性から普通の競技大会に出場することはできず、現在魔導士が出場できる大会は王星祭レクスしかない。


 従って、この学園での部活動はもはや趣味のようなもので、同好会やサークルなどどちらかというと大学に近い感じだ。

 お祭りのような活気溢れる中、ふとどこからがジャズのような軽快な旋律が響く。

 小さな人だかりができているのを見て、興味本位で近づくと、上級生らしき少年がアンプスピーカーに腰掛けながら、コードが繋がったギターを弾き、その周りを数人の少年少女がでたらめなステップで踊っている。


 足元の看板には『ダンス&ミュージック同好会 メンバー絶賛募集中!』と書かれていて、恐らくその名の通り、ダンスと音楽を楽しむ同好会なのだろう。

 メンバーが「演奏中の間、どなた様も好きに踊ってくださーい!」と声をかけており、見学していた周りは大勢の前で踊るのが恥ずかしいのかいそいそと離れたり、率先して踊りの輪に入ったりと楽しんでいる。


「ああいうのもあるんだね」

「まあ、魔導士にとってストレスとかあると上手く魔法使えねぇからな。ストレス発散としちゃ悪くない」

「そうだね。見ているだけで楽しい気持ちになるね」

「へー、なんだか面白そうだな! 俺やってくる!」


 各々思った感想を口にしていると、雪に駆けまわる寸前の犬のようにうずうずしていた樹が踊りの輪に入った。

 独自のステップを踏みながらハミングを奏でる樹はメンバーや他の飛び入り参加者より目立ち、ギター奏者の少年もそれを聞いてすぐに曲調を変える。

 落ち着いた雰囲気の旋律が樹の登場によってさらに軽快でユーモアあふれる旋律になり、ダンスもその音楽に合わせたものになる。


「~♪」


 いつの間にか樹中心に始まった演奏とダンス披露は、およそ五分弱の出来事だった。

 それでも楽しそうに踊りながらハミングをする樹とメンバーや参加者の熱気に当てられ、人だかりにはいつの間にか合いの手や口笛を吹く者まで現れる。

 あまりの熱狂ぶりに日向達は驚くも、楽しそうに踊る樹は見ていて楽しいため曲が終わり、周囲からの喝采が鳴り響くのを止むまで拝聴した。



「いや~、楽しかったな~」

「樹くん、本当に同好会のお誘い蹴ってよかったの?」

「ああ。向こうには悪いけど、魔導具技師になるのが最優先だからな」


 お昼時になり、日向達は大食堂で昼食にしていた。

 あの飛び入り参加後、同好会からの勧誘を断った樹は心菜と共に目的地である『工房』と魔導医療学の授業をしている教室に赴いた。


 魔導医療学の授業では、教師が持ってきた濃度が低い毒薬を摂取したモルモットを生徒が魔法を使い、どれだけの時間と正確さで治せるかという内容だ。

 治癒などを扱う魔法は部位欠損や臓器の回復などもできるが、それには繊細な魔法操作が必要とされる。今日の授業もその一環で、生徒の魔法操作を確認するものだった。

 その時の心菜の表情はとても真剣で、本気で家を継ぐ気持ちがあるのだと伝わった。

 

 次に樹リクエストの魔導具製作授業で足を踏み入れた『工房』は、教室内には工具や石、歯車などの様々な部品が入った棚が所狭しに置かれており、そこに傷がついたボロボロのテーブルと椅子が数個置かれており、まるで大きい図工室みたいな空間だった。

『工房』以外の階はアトリエのような内装で、そこは生活魔導具の開発や設計などのチーム作業が必要な授業で使うらしく、『工房』は個人向けの教室としての役割があるらしい。


 上級生達がネジやドライバーを使って魔導具を作っていく姿はまるで職人技で、素人の日向でさえ思わず息を呑むほど見惚れ、心菜の隣の樹なんかは始終目をキラキラと輝かせていた。

 魔導具について大雑把にしか知らない日向でもあの作業風景に感動していたのだから、樹の感動はそれ以上のものだったに違いない。


「それより、お前達はなんか見たいのないわけ?」

「うーん、特にないんだけど……あたし、あれが気になってるんだよね」


 日向が箸を片手に指を指したのは、外側の壁一面がガラス張りになっている向こうからでも見える奇抜な建物。

 サイコロを何個も積み重ねたような建築物は壁の一部をガラス張りにしているが、そのガラスがどれも色付きだ。光の反射で色ガラスがキラキラ輝く様はとても綺麗だ。


「ああ、あそこか。あれは『色ガラス棟』だよ」

「色ガラス棟?」

「正式名称は学習棟だ。昔あった研究施設を改築と増築したんだよ。で、その時の担当者の遊び心で壁の一部を色ガラスにした結果、『色ガラス棟』なんてあだ名がついたんだよ」


 悠護の説明を聞いて、日向は「なるほど」と言いながら納得した。

 学習棟は主に一人では集中できない生徒向けの予習復習を行う棟となっているが、最近では利用者が年々減っている。だが簡単な魔法なら多少壊れてもすぐに直る修復魔法機能付きなため、一部のサークルが利用しているらしい。


「確かあそこ、一年更新の利用申請書を出せばいつでも使えるって話だよな?」

「ああ。しかも仮眠室もミニキッチンもあるから、試験勉強の時に一時利用している生徒もいるみたいだぜ」

「え、何それすごい!」


 聖天学園の特性なのか、普通ではありえない設備の充実さに思わず目を輝かせる。

 そんな素敵施設があるならば、ぜひとも率先して使いたい。魔法ド素人の日向としては、誰にも邪魔されないかつこの四人で勉強できる環境は喉から手が出るほど欲しい。

 学習棟に向けて目を輝かせる日向の思考を読んだのか、三人は顔を見合わせながら笑い合う。


「じゃあ、後で豊崎先生に頼んで色ガラス棟の一室の利用申請書を出すか」


 悠護の提案に他の二人も賛成した瞬間、日向が諸手を上げて喜ぶも、勢いがつけすぎて危うく椅子ごと体を倒しかける羽目になった。



☆★☆★☆



「いやぁ、一年で学習棟の利用申請書出すとかワイ感動したわ~。あそこちょっと構造が特殊なせいで迷いやすいって言われとるけど、本当は慣れればすぐに道順を覚える造りなんや。ま、そこは個人の好みもあるからしゃーないけど」


 昼食後、さっそく職員室でパソコンを使っていた陽に頼んで利用申請書を用意してもらい、利用者代表として日向の名前を記入した。

 明日にはすぐに申請が通るという話で、今日は校内見学の時間を利用し、日向達は鍵を持った陽と共にこれから使う一室へと向かっていた。


 学習棟の中は陽の言う通り、複雑な外観をした建物とは真逆にシンプルな道順になっている。だが構造の問題で小型エレベーターは二つしかなく、行き来には階段を使うしかない。

 エレベーターとエスカレーターに慣れてしまった現代人にとっては、階段だけを使うという移動手段はあまりとりたくないというのが本音だろう。


「着いたで」


 陽が案内してくれたのは学習棟の中央から左にずれた位置にある一室で、鍵を使って開けた部屋の中は予想していたよりも広かった。真正面の色ガラスは水色で、太陽の日差しで薄水色の光が中央に設置された机を照らしている。

 右の壁には蔵書で埋め尽くされた本棚で一面に並び、左の壁にはミニキッチンと仮眠室があり、その間に挟むようにトイレが設置されている。


 本棚に入れられた蔵書は、日に焼けているが状態は悪くない古本ばかりだが、水よれやマーカーで塗り潰した跡はない。この学習棟の部屋にある蔵書は、授業で習う範囲のものならばある程度揃っているらしい。


「この部屋は去年上からの水漏れを修理したばっかりで、多分一番新しい中央部分より綺麗やと思うで」

「そうなの? じゃああたし達ラッキーだったね」


 中央は新しい部屋が多くあるも、二つしかないエレベーターが近い上に設備も比較的新しいため、部屋のほとんどを上級生が使っている。

 利用者が少ない古いエリアとはいえ、中央と負けず劣らない設備がある部屋をもらえたのはまさに棚から牡丹餅だ。


「んじゃ、鍵は日向に渡しとくわ。それと、放課後には補習があるから教室にちゃんと来ぃや」

「わかりました。ありがとうございます、豊崎先生」

「ん。ほなな」


 ちゃんとお礼を言う妹の頭をぽんぽんと叩いた陽は、軽い足取りで部屋を出る。

 すでに部屋を散策し始め、「すげー」「そうだね」と言いながら周囲を見る心菜達の声を聞いていると、ふと悠護がどこか悲しげな表情を浮かべていることに気づいた。


「どうしたの? 具合でも悪い?」

「あ……いや、そうじゃない。ただ仲いいなって思って……」

「そう? あれくらい普通だと思うけど……まあ、あたしの場合は陽兄のおかげで生活できたからっていうのもあるけど」


 両親の死後、否応なく二人で生きていくことを強要された日向は、陽が聖天学園に入るまでの間は分担して家事をするようになった。

 母親頼りの家事は失敗ばかりで、挫けそうになったこともある。学園入学後はほぼ一人暮らし状態になり、近所のおばちゃんや小学校の頃に仲良くなった友人の世話を借りてなんとかやってこられた。


 まだまだ親に甘えたい年頃だったのにも関わらず頑張れたのは、王星祭レクスで頑張って勝ち続け、十分な生活費を稼いでくれる兄に対する恩義があるからだ。

 悪辣な手を使う相手や心もとない風評被害で神経を擦り減らしながらも、修羅の如く優勝をもぎ取る陽の姿は妹の自分からみても少し恐ろしかった。


 だけど、せめて我が家ではゆっくりして欲しくて、一番難しい料理を一生懸命頑張って教わり、家に帰ってきた時は陽の好きな好物をたくさん作った。

 自分の料理を食べて険しい顔を綻ばせる兄の姿を見て、いつも通りだと安堵したことは数えきれないほどだ。


「それでも……俺は少し羨ましいよ。俺にはできないことだからさ」

「悠護……?」


 表情を曇らせ、悲しげに呟く悠護。

 その姿がまるで迷子にそっくりで、見学が終わるまでの間、日向の脳裏にその時の悠護の顔が一度も離れなかった。



「う――ん……」

「まだ始まってへんのに何唸っとんねん」


 ずっと悠護の態度が気になったまま放課後になり、日向は陽しかいない教室で一人頭を抱えていた。

 ここに自分達がいる理由はもちろん補習をするためだ。


「あ、陽に……じゃなくて豊崎先生」

「別に無理せんでええで。この時くらいは普通に『陽兄』って呼びや、日向」

「はーい、陽兄」

「よろしい。で、さっきから何考えてたんや? 随分と唸っとったで?」

「いや……その、ちょっと悠護の様子が変でさ……」

「黒宮の?」


 本当なら授業に関係ない話なのだが、今は日向の兄である陽は耳を傾けてくれた。

 生徒の悩みを聞くのも教師の仕事だろうが、この時ばかりは兄として純粋に甘えることにした。


「うん。なんか心ここにあらずっていうか……一人だけ別の世界にいるような……そんな感じがしてさ」

「ふぅん。ワイもまだ黒宮のことを把握しとらんから分からんけど、日向はどうしてそうなっているのか分かるんか?」

「それがよく分からないんだよね……そもそも悠護の家が魔導士家系の中じゃかなりの名家ってことしか知らない」

「なるほどなぁ。……ほな、初補習の内容は『七色家ななしょくけ』にしよか。パートナーの事情を知るええ機会やろ」

「ななしょくけ??」


 そう言いながら陽は専用のペンを持つと、電子黒板に『七色家』と綺麗に書いた。

 聞き慣れない単語に首を傾げると、陽は丁寧に説明を始める。


「『七色家』っちゅーんはな、日本にある魔導士家系の中で多くの功績を残しかつ日本最強の魔導士集団として選ばれた家の総称や。過去の戦績や歴史に残る魔導士の輩出、魔導士としての実力……理由は様々やけど、誰よりも世間に貢献した七つの家は全て色がついた名字ばかりやった。それがきっかけなのか、その一族をまとめて『七色家』と呼ばれるようになった」


 こちらを見ずペラペラと話しながら陽は黒板に『赤城あかぎ』、『青島あおじま』、『黄倉おうくら』、『緑山みどりやま』、『紫原しはら』、『白石しらいし』、『黒宮』と名前を書いていく。


「ほんとだ、色が入ってるね」

「ああ。もちろんこの家には分家もいくつかあって、そっちにも色が入っとるんや。で、七色家には序列があって、これは功績などの数によって決まっとるんや。今の暫定一位は黒宮、二位は赤城、三位は白石、四位は黄倉、五位は紫原、六位は青島、七位は緑山や」

「でもそれって暫定なんでしょ? 順位が変わることがあるの?」

「んー、あんまないな。たまに三位くらいからそういうんがあるけどすぐ戻るからなぁ。特に黒宮はここ数十年ずっと一位の座に座っとるな」


 順位が変わる時があってもすぐに戻るということは、かなりの僅差がある家がぶつかっているということ。

 そんな中でずっと一位で居続ける黒宮家はかなりの実力を持つ家だというのも分かった。


「悠護の家ってそんなにすごいんだね。なんかあんまり実感ない……」

「まあ、そりゃしゃーないやろ。そもそも七色家の存在は表社会じゃあまり公開されとらんし、IMFが重宝しとるだけあってワイでも知らん秘密が多い。いくら黒宮が七色家の人間やからって、数ヶ月前まで一般人やった日向が知らんでも当然や」

「そうだよねー……」


 陽の説明を聞いてある程度納得した日向は、ぐったりと机の上に上半身を倒した。

 そもそも、人様の家庭事情に首を突っ込むのはプライバシー違反だ。本当なら日向が気にすることではないのだが、学習棟で見たあの表情が脳裏だけでなく瞼にまで焼き付いて消えない。


 そう簡単に疑問が消えるわけではなく、一人でうーうー唸っていると、陽はおもむろに優しく日向の頭を撫でる。

 昔と変わらない優しい手つきに思わず心地よさを感じ、目を細める。


「今はまだその話に入るのは早いと思うで? ゆっくりでええ、どんな話でもええからパートナーといい関係を築きぃ。コミュニケーション能力に関しては日向がかなり上やからな」

「関しては、は余計だよ」

「ははっ、すまんな。んじゃ、今日の補習はここまでやな」

「え? 早くない?」


 教室の時計を確認すると時間はまだ余っている。いくらなんでも終わるのは早すぎる。

 それを指摘すると陽は気まずそうに頬を掻いた。


「あー……いや、そのな、実は今日来月予定しとる合宿の件で会議あるのすっかり忘れとった」

「あ、そういうこと。なら早く行きなよ、他の先生も陽兄のこと待ってるだろうし」

「ほんまスマンな。あ、これ補習でやる予定の科目やからちゃんと確認しぃや。明日からはちゃんとやるからな!」


 謝りながら一枚の紙を渡してきた陽は『廊下は走るな』という学校の暗黙のルールを破って、慌ただしく走り去って行く。

 そんな兄の後ろ姿が見えなくなるまで見送った日向はプリントを鞄にしまい、そのまま教室を出た。

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