第5話 選ばれたのは〇〇でした。
————異世界への旅路は人格を変える。
エルロフ・サイコロスはそんな名言をこの地に残した。
このエルロフの言う通りこれは事実であった。
異世界転生であればニートで引きこもりだった少年が突然、人生をやり直してなぜか性根までも変化し、社交的になってしまうし、異世界転移ではチート能力を授かり、正義感もそれほど持ち合わせていなかったやつがいきなり正義を振りかざすようになる。
これは当然といえば当然なことで仕方がないことなのである。
人格は環境に作用されるというのがこの世の理であるのだから。
過酷な環境に追い込まれれば、それを乗り越えるためにも人格の再編成を強いられる。
そういう風に人間はできている。
だから俺も変わってやろう。
いつもは気だるげな俺なのだが、ここは人肌脱いでやろうじゃないか……
異世界転移が本当にあるとは知らなかったが、せっかくこんないい機会を与えられたんだ。
ここは精一杯異世界ライフを堪能しよう。
「よし! リス! それじゃあ、始まるの街へと行こう!」
「……カズヤ、本当に気持ち悪いから……」
幼馴染のリスは俺に辛辣な言葉をかけて来るが、こんなことは些細なことだ。
俺とリスは2人でこの広大な草原から始まりの街へと向かう。
別にその街が始まりの街なんて名前の場所なんかではなく、ファンタジー気分だからそうつけてみただけだ。
俺とリスはテクテクテクと近くの街まで歩いていく。
そうして俺たちは途中でモンスターに襲われたり、怖い兄ちゃんたちに絡まれることなんかはなく、始まりの街、スタトへと到着した。
スタト幅は厚く高い城壁で囲われていて、いかにも中世西欧のような街並みだった。
文字は見たこともなくて全然読めなかったのだが……
「ふぅーん……なるほど、ここはヨーロッパみたいなところなのね。それにあれが服屋であれが武器屋だね」
と幼馴染のリスが何気なくそんなことを言った。
えっ!? あれが服屋? それに、あれの武器屋?
外に字が書かれているだけでイラストもないし、店先には商品も出てないのによくわかるな。
「おい、リス! なんでお前あれが服屋ってわかった!?」
「えっ!? なんでって、しっかりと看板に書いてあるじゃない!」
よく見てみると『服屋』『武器屋』なんて書いてらわけなんかなく、見えるのは全く知らない奇怪な文字。
「え!? どう頑張っても見えないんだけど……」
「え!? うそっ! わたしには漢字で書いてあるように見えるんだけど……」
どういうことだ……これは明らかにおかしい。
俺が見間違っているのか、それともリスが間違っているのか。
「ねぇ。カズヤぁ。とりあえず制服だと目立ちそうだから、着替えない?」
と、幼馴染のリスがもうこの世界に順応したようで真っ当な提案をする。
だが、ここで彼女は一つだけ見落としがあった。
それは何か……それはこの世界での通貨が違うということを。
「なぁ……リス……大事なことを言っておくけど、金はどうするんだ!?」
あはははは。どうだ!? 俺の真っ当な指摘は……お金がなくては何もできない……
ならば最初にすべきは金稼ぎだ。
だとすると最初はギルドに登録して採集のクエストでもしないと。
「あぁ、そうだね〜お金……」
んふふ。そうだろ? やっと気づいたか。
「まぁ、とりあえず服屋に行ってみよぉ!」
「はっ!? だから最初は金稼ぎから……」
「はぁ……カズヤぁ、頭が硬すぎよ……そんなんじゃ、ろくな大人にならないわよ……」
こんな風にいうのならじゃあお前のいう通りにしてやろうじゃないか……
俺はリスの後ろに着いていく。
リスが服屋と言った場所は本当に服屋であった。
この時点でリスの能力が明らかとなった。
リスの与えられた能力は語学翻訳みたいなようだ。
「はぁ〜い、いらっしゃあぁ〜い!」
出てきたのはファンタジー定番の巨漢のオネェだった。
「服を買いに来たんですけど……」
「あらあら、可愛いガールにボーイじゃあなぁーい? こんな店に服を買いに来てくれたの?」
「はい! そうなんですけど、わたしお金なくて……」
「へぇ〜〜。それじゃあ買えないわねぇーえ」
やはり思った通りお金が無いと服もろくに買うことなんてできない。
「はい……そんなんです……そこでオネエさんにお願いがあるんですけど……」
「あらぁ。やだわ。オネエさんだなんて、あなた上手だわ」
なんだよ。このチョロイオネエさんは……
「それでですね〜今着ているわたしの服を売らせていただけませんか?」
「なるほどねぇーえ。確かにその服は見たことないわねぇーえ。ちなみにどこの服なのかしら?」
「はい。これは異世界の服です」
えぇぇぇぇえ! 言っちゃうの?
それ言っちゃうのー?
それは最後まで隠していくやつだよぉぉ。
ダメだよぉ…それ言ったらあっちかっち追い回されるよ!?
巨漢のオネエさんが一瞬、怪訝そうに眉を顰めたが
「いいわよぉーお! あなたは嘘をついていないみたいだし、金貨10枚で買うわよ。もちろんそこのボーイのももらうけどいいかしら?」
「あっ! はい! そいつの着ているやつは全部剥いでやって構いません!」
おいおい! リスぅぅ!?
一瞬、感心した俺の心を返してくれる?
俺の下着までも売りに出すなんて……
「じゃあ、追加で金貨2枚と合わせて、12枚でどうかしら?」
下着だけで金貨2枚追加?
これは喜んでいいんだろうか?
「あっ! はい。ちなみに食事って一食どれくらいの値段が相場ですか?」
「うぅーん。そうねぇーえ。銅貨5枚くらいかしら?」
この会話から察するに銅貨一枚が日本円でいう100円くらいってことか。
「どうか金貨は銅貨何枚分くらいなんでしょうか?」
「うぅーん。1000枚くらいかしら?」
となると、金貨一枚は約10万円。
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。じゃあその金貨1枚で服を何着か見繕ってもらっていいですか?」
「はぁーい。わかったわよぉーお。わたしあなたのこと気に入ったわよ。なんかあったらわたしにいってちょうだいねぇーえ」
なんだか悔しい……
リスの器用さがなんだか憎らしい……
こう気に入られるのは俺の方であって……
こいつではないはずだ……
俺が主人公でお前はヒロインとなるべきだろ?
こんやろぉぉ!
と、そんなふうに思っていたところ巨漢のオネエが
「可愛いボーイ〜! 金貨2枚分は働いてもらうわよぉ〜お!」
と、俺は巨漢のオネエに迫れることになった。
幼馴染のリスはそんな俺に救いの手を差し伸べることなく、我関せずの顔。
「ギィヤぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
俺の絶叫が店内へと響き渡ることとなった。
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