水曜日
「永遠? 支度できた?」
母さんの声が聞こえてきた。おれはのそのそとベッドの上に起き上がる。
「そろそろ行くから。ちゃんと制服着て」
母さんに言われたとおり、学校の制服に着替える。外は薄暗いのに。すごく変な感じだ。
車に乗せられて母さんと出かけたのは、学校じゃない。なっちゃんのお通夜だ。
なっちゃんの写真の前でお焼香をあげて、手を合わせた。
なっちゃんひどいよ。嘘だって言ってよ。
原チャリで事故って死んじゃうなんて、ダサすぎるよ。
ついこの前の金曜日、笑って話したじゃん。
いつでもおいでって、言ってくれたじゃん。
おれはいつ行けばいいんだよ、なっちゃんちに。
行けると思ったのに。行けたら変われると思ったのに。
もうおれは、どうしたらいいのかわからない。
母さんたちが話している間に、ひとりで外へ出た。
誰もいないと思っていた真っ暗なその場所で、黒い服を着た若い女のひとが、たったひとりで泣いていた。
なんだか見てはいけないような気がしたけど、ついそのひとのことを見てしまって、そのときおれはハッと気づいた。
小柄で細くて、リスみたいな女のひと。
『まぁ、喧嘩もするけどさ。おれの……誰よりも大事なひとなんだ』
このひと……なっちゃんの彼女だ。
彼女は、肩をひどく震わせていた。ときどき苦しそうな泣き声が聞こえてくる。
その声を聞いていたら、こっちまで涙があふれてきた。
なっちゃんはバカだ。彼女のこと泣かせるなんて……誰よりも大事なひとを、こんなふうに泣かせるなんて。
なっちゃんは、ヒーローなんかじゃない。
「永遠?」
聞き慣れた声が聞こえて、おれは慌てて腕で顔をこする。
いつの間にかあの彼女は、どこかに消えていた。
「うそでしょ……」
蝶子の声が耳に響く。
「あんたでもショック受けるんだ」
ゆっくりと顔を上げて蝶子の顔を見た。なんだかわからない感情がごちゃ混ぜになって、喉の奥から湧き上がってくる。
気がつくとおれは、蝶子に向かって言っていた。
「うるせぇ、蝶子……死ねっ」
こんなところで言ってはいけない言葉だってわかってる。いや、こんなところでなくても言ってはいけない言葉だ。
『そんなこと言ったら、相手が傷つくってわかんないの!』
わかってる。わかってるよ、そんなこと。
おれはその言葉で、何人ものひとを傷つけてきた。
だけど仕方ないじゃないか。臆病者のおれは、ひとを傷つけることでしか、自分を守れないんだから。
蝶子に体をぶつけて、走り出した。
なっちゃんからもらった輝きの欠片は、こんなおれには眩しすぎて……やっぱりおれはその欠片を、大事なひとにぶつけて壊していくんだ。
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