水曜日
暗闇の中、手の中でスマホが光っている。
わたしはさっきからずっと、同じ文字を見つめている。
『とりあえずやりたいことが決まりました。次の水曜日に教えるね』
わたしがなっちゃんへ送ったメッセージに、まだ返事は来ない。
「茜、行くわよ」
黒い服を着たお母さんがわたしを呼ぶ。わたしはスマホを制服のポケットにそっとしまい、部屋を出た。
なっちゃんの遺影の前で両手を合わせた。
なっちゃんは、いつものなっちゃんらしく、無邪気な顔で笑っている。
だけどそれは、テレビや映画で観るワンシーンみたいで、全然実感が沸かなかった。
隣でお母さんが、肩を震わせて泣いている。だけどわたしの目から、涙なんか出ない。
ほんとうになっちゃんは死んじゃったの?
もうわたしの家に、来てくれないの?
なっちゃん、わたしのやりたいこと、いつ教えればいいの?
お焼香をあげて戻るとき、永遠の姿が見えた。
永遠はうつむいて、涙をこらえるように、結んだ唇を震わせていた。
家に帰ると制服を脱いで、熱いお風呂に入った。
お風呂場のオレンジ色の電気をぼんやりと見上げながら、なっちゃんのことを考える。
『いなくなってもいい人間なんて、この世にはいないんだって』
だったらなっちゃんだって、いなくなったらダメでしょ?
体をゆっくりとお湯の中に沈める。
肩から口元、目をつぶって頭のてっぺんまで。わたしは全身をずぶずぶとお風呂の中に沈める。
しばらくすると息が苦しくなってきた。それでもわたしは潜り続ける。
苦しい。息ができない。死ぬって、こういうこと?
なっちゃんはどんな想いをしたの?
痛かったの? 苦しかったの? 最後になにを見たの?
なっちゃんはもう、先生になれない。
お湯の中で目を開ける。ぼんやりと薄暗い、オレンジ色の灯りが揺れている。青くて美しい空なんか見えるわけない。
「……っ、はぁっ……」
水をかき分け、水面に顔を出す。気づくと涙があふれていて、それを流すようにまた潜る。
わたしはまだ死にたくない。わたしはまだ――「生きたい」
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