金曜日
翌朝は、なるべくお母さんと顔を合わせないようにして家を出た。
蝶子と一緒に学校へ行き、いつものように自分のクラスに入ると、女の子たちが愛美の席のあたりに集まっているのが見えた。
「おはよう」
わたしはいつものように声をかける。みんなの視線がわたしに移る。だけど今日は誰も「おはよう」と返してくれない。
え? どうして?
わけがわからず立ち止まったわたしの前で、愛美が席を立ち教室を飛び出して行く。
「ちょっと、愛美!」
「待って!」
何人かの女の子が、そんな愛美を追いかける。
「ど、どうしたの? なにかあったの?」
残っている女の子たちに駆け寄った。けれどみんなは冷たい目でわたしを見る。
「ひどいよ、茜」
「え?」
「愛美の気持ち知ってるくせに、どうしてそんなことができるの?」
「どういうこと? 意味わからな……」
「西沢先輩のことだよ!」
愛美と仲の良い、バスケ部の玲奈が声を上げた。
「茜、西沢先輩と一緒に帰ったでしょ? ふたりが校門出て行くところ、真希が見てたんだよ」
わたしはグループの中にいる真希を見た。真希は怒ったような顔でわたしを見ている。
ああ、わかった。わたし、誤解されているんだ。早く誤解を解かなくちゃ。
「違うの。あれは委員会が終わったあと、西沢先輩に声をかけられて……」
「どこが違うのよ。声をかけられて一緒に帰ったってことでしょう?」
「そうだけど、べつにわたしは……」
「茜、先輩に告白されたでしょ?」
きっぱりと玲奈が言った。
「え……」
「今朝、朝練のとき、西沢先輩がしゃべってるの聞いたんだ。二年の宮崎さんに告ったけどフラれたって」
わたしはぎゅっと両手を握りしめる。ここは全部正直に伝えるしかない。
「そ、そうだよ。わたし先輩にそう言われたけど、ちゃんと断った。だって先輩は愛美の好きなひとだし」
「じゃあどうしてそれを黙ってたの? 愛美の好きなひとに告白されて、茜ほんとはいい気分になってたんじゃないの?」
「まさか! そんなこと思うわけないでしょ!」
わたしの声が静まり返った教室に響く。周りの視線がわたしの背中や胸を突き刺してくる。
どうして? どうしてわかってくれないの? どうしたらわかってくれるの?
わたしは必死に次の言葉を探す。
「茜がそんなひととは思わなかったよ」
誰かの声が聞こえた。目の前の女の子たちが立ち上がって、愛美のあとを追うように教室を出て行く。
早く、早く追いかけなくちゃ。追いかけてちゃんとみんなに説明しなくちゃ。
だけど足が震えて……わたしはその場から動けない。
顔を上げたら、周りで見ていた他のグループの女の子たちが、さりげなくわたしから目をそらした。
誰もわたしに声をかけてくれるひとはいない。
あのときと同じだ。六年生のあのときも、わたしはなにも悪いことをしていないのに、みんなから「偉そうにするな」「いい気になってる」って責められた。
またあのときみたいに、わたしが悪者になるの?
いやだ。そんなの。誰か……誰か、たすけて。
永遠……
心の中でその名前を呼ぶ。
だけどわたしを助けてくれるヒーローなんて、現れるはずはなかった。
その日は一日がものすごく長く感じた。中学校生活の中で、いや、小学校生活も含めて、こんなに長く感じた一日はなかった。
その長い長い一日の中、わたしに話しかけてくれる女の子は誰もいなかった。
放課後、ざわつく教室の中で、愛美の背中を見ていた。すぐに駆け寄ってわたしが謝れば、まだ間に合うかもしれない。だけど謝っても、もうこの状況は変わらないような気もする。
愛美の好きなひとに告白された。すぐに断ったけど、それを一番に愛美に報告するべきだった。
報告しなかったから、告白されたことをわたしが隠して、優越感に浸っていると思われてしまった。
でも報告したとしても……わたしが自慢していると思われたのではないだろうか。
そうに決まっている。「わたし、西沢先輩に告られたよ」なんて、愛美に言えるわけがない。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、愛美は玲奈たちと一緒に教室を出て行ってしまった。
席に座ったままのわたしを残して、クラスメイトたちはみんないなくなった。
重い足を引きずるようにして、蝶子のクラスに行く。しかしそこに蝶子の姿もなかった。
「あっ、茜」
去年同じクラスだった女の子が、わたしに声をかけてくれた。それだけでわたしは胸がどきどきしてしまう。この子にも、いつ無視されるかわからない。
「森本さんだったら、昼休みに帰っちゃったよ」
「え……」
「瀬戸口くんと喧嘩してさぁ、教室飛び出して行っちゃったんだよ」
どういうこと?
教室の中をのぞいてみると、永遠の姿もなかった。
わたしは「ありがとう」とお礼を言って、ひとりで校舎を出る。
そして家に帰るとお母さんに、「ちょっと体調が悪いから早く寝る」と伝え、ご飯も食べずにベッドの中にもぐり込んだ。
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