水曜日 1

 黄金色の満月の夜。わたしは制服を着てお母さんと出かけた。


「ええ、国道で事故に巻き込まれたそうで……」

「まだ若くてこれからってときなのにね……」

「ご両親もお気の毒に……」


 黒い服を着た茜のお母さんがハンカチで目頭を押さえて、うちのお母さんも同じようにハンカチを取り出す。

 わたしはぼんやりとしたまま、隣に立つ茜を見た。茜はきゅっと唇を噛みしめて、そっとわたしの手を握りしめる。


「遅くなりました」


 その声に顔を向けると、永遠のお母さんが駆け寄ってきた。その後ろには不機嫌そうな顔つきの永遠が、制服を着て立っていた。



 ひとってこんな簡単に死んでしまうんだ。


 先週の月曜日、なっちゃんはうちに来たのに。

 もしも月がなくなったら、なんて、くだらない質問に答えてくれたのに。

 いつもみたいに「じゃあチョコちゃん、また来週」って笑って別れたのに。


 わたしはもう、なっちゃんとパズルが作れない。


 お経が斎場の中に響き渡る。すすり泣く声があちこちから聞こえる。

 お母さんと一緒に、見よう見まねでお焼香をあげる。


 きっと笑っているはずの、なっちゃんの写真を見ることができない。

 箱の中で冷たくなっているはずのなっちゃんも、どうしても見られなかった。


 なっちゃんのお父さんとお母さんは、顔をうつむかせて泣いていた。



 お母さんたちが話している間に、わたしはひとりで外へ出た。

 体が重くて、息をするのがすごく苦しい。


「あ……」


 誰もいないと思った建物の陰、真っ暗なその場所に見慣れた背中が見えた。

 その肩はわずかに震えていて、かすかな嗚咽が聞こえてくる。


「永遠?」


 わたしの声に驚いたように、永遠の背中がびくんと揺れて、腕でごしごしと顔をこすった。


 嘘だ。ありえない。一番泣かなそうなこいつが、こんなところでひっそりと涙を流していたなんて。

 だって永遠には、心なんかないはずなのに。


「うそでしょ……」


 わたしは思わず言ってしまった。


「あんたでもショック受けるんだ」


 ゆっくりと顔を上げた永遠が、こっちを向いた。わたしのことを睨みつけるように、怖い顔で見ている。

 やがてその口が、静かに開いた。


「うるせぇ、蝶子……死ねっ」


 永遠の体がわたしにぶつかる。そしてそのまま、振り返りもせず暗闇の中へ消えていく。

 わたしはそこにぼんやりと立ち尽くしていた。

 空には明るい満月が、ぽっかりと浮かんでいる。


『うるせぇ、蝶子……死ねっ』


 ちょっと震えていたその声と、やっぱり震えていた永遠の背中が、頭の中でぐるぐる回っていた。

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