土曜日 2
のろのろした足どりで自分の部屋に戻ると、ピロンッとスマホの電子音がした。
茜からのメッセージだ。
『ねぇ、いまヒマ? ちょっと出てこない?』
わたしは素早く文字を返す。
『どこにいるの?』
『歩道橋の上』
わたしの頭に、ぽっかり空いたあの空き地が浮かんで見えた。
『いまから行く。わたしも話したいことあるから』
その文字を、わたしは茜へ送った。
「なにやってんのよ。こんなところで」
走って歩道橋の上まで行くと、そこに立っていた茜が笑った。
茜の髪は、朝の光を浴びてつやつやと輝いている。綺麗だなぁって思う。
「うん。ちょっとね」
わたしは茜の隣に並ぶ。そして手すりにもたれて道路を見下ろした。
車は信号で渋滞していて、長い列ができている。
「家にいるとさ、なんかいろいろ考えちゃって」
茜は手すりに背中を当てて、わたしと反対側を向いていた。
「いろいろってなに?」
「いろいろだよ」
わたしは小さく息をはいてつぶやく。
「『死にたいな』とか?」
隣で茜がふっと笑った気がした。
「あのさ、これ、なっちゃんが言ってたんだけど」
わたしは隣の茜に顔を向ける。茜はぼんやりと前を見ている。
「いなくなってもいい人間なんて、この世にはいないんだって」
なっちゃんはわたしにそう言った。
だから茜も、おばあちゃんも、たぶんわたしも……いなくなってもいい人間なんかじゃないんだと思う。
それなのにわたしは思ってしまう。おばあちゃんのこと、もう見たくないって思ってしまう。
黙って聞いていた茜が、小さく笑ってわたしを見た。
「なにそれ。あんたなっちゃんとそんな話してるの?」
「たまたまだよ」
「ふうん」
茜がふわっと髪をなびかせて後ろを向く。
黒くてさらさらな長い髪。わたしはまた、うらやましいなと思う。
永遠の茶色くてやわらかそうな髪も欲しいけど、茜のまっすぐな黒髪も欲しい。
すると茜の唇が静かに動いた。
「ねぇ、チョコの話したいことってなに?」
わたしは少し考える。いろんなことが頭の中でごちゃまぜになって、なにから話せばいいのかわからない。
「教室で、永遠とやり合ったんだって?」
「えっ、なんで知ってるの?」
「昨日、あんたを迎えにいったとき、教えてもらった」
そうか。昨日は茜にも言わず、早退しちゃったもんな。
わたしが黙り込んだら、茜がくすっと笑って言った。
「なにがあったか知らないけど……許してあげたら? 永遠にも一応、やさしいところあるしさ」
「は? 茜は永遠の味方なの? 茜は最近の永遠を知らないから、そんなこと言えるんだよ!」
昨日のことを思い出し、また腹が立ってきた。でも永遠が、わたしの荷物を持ってきてくれたことも思い出して、よくわからなくなった。
「もういい。茜には相談しない」
ぷいっと顔をそむけると、茜が小さく笑った。
わたしはぶすっとしたまま、手すりにもたれて国道を見下ろす。
車の行き交う道路。並んだ建物。ぽっかり空いた空き地。
「あそこ、なにがあったか思い出した?」
茜の声にわたしは答える。
「わかんない」
ぐるぐるぐるぐる迷路の中を彷徨うように、わたしたちの頭はわからないことだらけだ。
今日は土曜日。早く月曜日にならないかな。
学校は行きたくないけど、なっちゃんには会いたい。
なっちゃんに、会いたいな。
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