第208話5.28 目覚め

 柔らかなぬくもりの中、俺は微睡みながら思い出していた。

――ああ、何だっけかな? 変な夢を見たような。そう、魔法が使える世界になった夢……


 自分の夢のあまりの幼稚さに半笑いしながら、さらに思う。

――そうそう、こうして手を伸ばしたら、胸を触ってしまって慌てるところから始まる……


 おもむろに手を伸ばす俺。本当に柔らかい物に触れた。

――はは、まるで夢と同じ……って、どっちが夢だ?

 夢と現実が分からなくなってきた俺だけど、手だけは止まらず柔らかい物を揉みしだく。すると。


「あっ、また、そんな、トモマサ様」

 聞こえた色っぽい声で全てを悟った。

 急激に覚醒する俺の意識。パッと目を開けた先には

「アズキ‼」

 一年前と同じように、アズキがいた。


「トモマサ様‼ よかった良かったです。もう意識が戻らないかと」

 抱き着いて来て涙するアズキ。俺も抱きしめ返した。

「アズキこそ、急にいなくなって、心配をかけせて!」

 目頭が熱くなる俺。

「ごめんなさい、トモマサ様。もう、もう二度とトモマサ様の元を離れません、ごめんなさい――」

 アズキは、延々と謝っていた。そんなアズキに、俺はもういいとばかりに口づけで黙らせる。すると、ビクンとして動きが止まるアズキ。しばらくして俺はゆっくりと口を離した。


「もういいんだ。こうしてまた会えたから」

「はい、トモマサ様」

 涙を残したままだが、笑顔へと変わったアズキ。今度は、そのアズキから唇を押し付けてきた。そして始まる、口内での押し合いへし合い、絡み合い。我を忘れて応戦した。

 いったいどれほど口を押し付け合っただろうか? 気付けば、俺たちは二人とも一糸纏わぬ姿へと変貌していた。そして、押し付けられるアズキの胸。

 アズキがいなくなってから、ずっと禁欲生活だった俺は我慢できるはずも、また、もう我慢する必要もなく、いざ合体! ――というところで。


 ぐぅ~~~


 大きな音を出したのは俺の腹だった。あまりの音に動きが止まる俺。


「すみません。三日も眠っておられたのに、私としたことが。すぐにお食事の用意を!」

 脱いだ服を掴んでベッドを下りるアズキ。

「トモマサ様。ご用意はすぐにできます。それまで、あちらでシャワーでも浴びてはいかがでしょう」

 言いおいて、部屋から出ていった。


「確かに腹は減ったけど。俺のいきり立つ下半身をどうしろと……」

 アズキの出ていった扉へ向けて伸ばしていた手を落とす俺。

「水でも浴びて鎮めるか……」

 一人、つぶやいてシャワー室へと向かった。


―――


「はぁ、さっぱりした」

 修行僧のごとく冷水シャワーで心頭滅却した俺は、更衣室にあったガウンを着て、アズキの向った部屋へと入る。すると、部屋の中には、カツオ出汁の優しい香りが漂っていた。


「出来ていますよ」

 小さなキッチンに、二人掛けのダイニングテーブルの置かれたこじんまりとした部屋で、勧められた椅子に座った俺。アズキは、その俺の前にどんぶりを置いた。

「うどんか」

「はい、体に優しい物をと思いまして」

「そうか、ありがとう。いただきます」

 お盆を胸に抱き微笑むアズキに、礼を言って食べ始めたうどん。


「うまい。出汁が胃に染み渡るよ」

 涙が出そうなほど旨かった。

「良かったです。お代わりもありますから」

 嬉しそうに告げて、キッチンへと向かうアズキ。俺は、夢中になってうどんを啜った。


「うまかった」

 俺は食べ終えて腹をさする。すると、すっと置かれるお茶。俺は、礼を言って飲み始めて気が付いた。

 キッチンで洗い物をしているアズキの姿が、おかしい事に。そう、まるで何も着ていないかのように見えることに!

――あれ? さっきこっち来た時は、エプロン着ていたような……

 俺は記憶を探りながらアズキをもう一度見る。すると、嬉しそうに振られる尻尾で見え辛いながら見つけた腰にある一本の紐。俺はお茶を吹き出しそうになった。

――エプロンだけ付けてるのか!

 その事実にたどり着いてしまったために。


――俺に早くうどんを出すために、そんな恰好で

 アズキの優しさに、俺の心は温かくなる。だが、それと同時に沸き起こってくるのは

――さっき冷水で心頭滅却したのに……

 お預けをくらった劣情だった。

 ――アズキの純粋な思いを汚してしまう事にならないだろうか

 俺は思い悩む。だが、一週間の我慢の後に、いきり立つ下半身に欲望を抑えきれず。俺は、席を立った。


「トモマサ様、お茶ですか?、それとも、おうどんですか?」

 俺が立ったことに気付いたのだろう、鍋を片付けながら口を開いたアズキ。

「いや、アズキが欲しい」

 俺は後ろから抱きしめた。


「きゃ! と、トモマサ様。あ、あのもうすぐ終わりますから……」

 アズキが顔を赤くして恥ずかしそうに言いよどむ。だが、その姿は逆効果だった。余計に俺を刺激して止まれない。

「だ~め。大体、アズキがこんな格好するから悪いんだよ」

 俺はいたずら心を抑えきれず、たった一枚しかない布であるエプロンをひらひらさせてしまう。すると。


「あ、あの、これは、その、急いでいたので……」

 言われて初めて気づいたとばかりに、アズキはもじもじしはじめ俯いてしまう。俺は、そんなアズキの顔に手を当てこちらを向かせてキスをした。


 この後のことは、詳しくは語らない。いや、語れない。なにしろ、キッチン、ダイニング、シャワー室、ベッドと数えきれないぐらい激しくナニしたから。

 離れ離れになってナニも出来なかった期間を埋めるかのように。

 それぞれの生存を確かめるかのように。

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