第209話5.29 カナの真の姿
目覚めてから数日後、俺はまだ、ニッコウの町に滞在していた。
「お疲れだな、ヤヨイ。ま、お茶でも飲んでくれ」
今は、あてがわれている屋敷へ尋ねてきたヤヨイの相手を応接室でしているところだ。
「父さんは、全く呑気な物ね……」
お茶を口にしてから、ため息をつくヤヨイ。かなり疲れが溜まっているようだった。
「そりゃぁ、半壊した町を早急に治す必要があるのだから、大変だと思うよ。だからと言って俺に当たるのは止めてくれ。俺だって本当は手伝いたいんだ。ただ、俺が外に出てムツキを使って作業すると、働いている兵たちが皆、手を止めてしまうから仕方がないだろう?」
「ま、確かにね。それに、瓦礫の撤去なんかは、母さんと共に重力魔法で一気にやってくれたから本当に何もしてないわけでも無いし――」
再びお茶を一口飲んだヤヨイ。それでも! と俺を睨んだ。
「屋敷の中で、アズキやユウキにかしずかれて、のんびりしている姿を見たら愚痴の一つも言いたくなるわ」
ふん! と鼻息を荒くするヤヨイ。俺は、苦笑いを浮かべるしかなった。
「で、何かあったのか? 関東の動乱は、結局のところ、あのヤマタノオロチの魔道具が原因だったんだろう? 今はトクガワ公爵も王家に忠誠誓っているとか。ま、その関係でも忙しいのだろうけど。でも、その忙しいヤヨイが俺にわざわざ会いに来るなんて。愚痴を言いに来たわけではないのだろう?」
いつまでも続きそうなヤヨイの愚痴を躱すため、また、さっきからそのヤヨイの横に座って訝し気な目を向けてくる女性の真意を知るため、話を進めることにした。
「父さん、時間も無いし単刀直入に言うわ! この子の欠損部位を治してあげて」
言いながら、後ろに控えるメイドを指さすヤヨイ。俺は、首を傾げた。
「欠損部位? 五体満足そうに見えるが? それに、ヤヨイも復元魔法使えただろう?」
「ええ、何度も試したわ。マリ教授にも協力してもらって。でも、ダメだったの」
「そうなのか? 何でだ? というか、二人でもダメなら俺がやっても同じなのでは?」
「普通の復元魔法ならね。でも、父さんなら、可能性があるんじゃないの? 私を若返らせたような意味不明な方法を使って」
――おいおい、意味不明って酷いな。ヤヨイを死なせないために必死でやった事なのに……
酷い言われように若干気落ちしていた俺の元に、訝し気な目を向けていた女性から声が届いた。
「それで、出来るんですか? 出来ないんですか⁉」
目を細め、指すように睨んでくる女性。
「アズキさんが、どうしてもというから来てみれば、時間の無駄だったようですね」
首を横にしながら、立ち上がった。そして扉の方へ歩きはじめる女性。
「マナ様、お待ちください。きっと、きっとトモマサ様なら……」
いつの間にかマナと呼ばれた女性の側へ歩み寄ったアズキが必死に留めていた。
「アズキ様。本当に大丈夫ですの? この方。申し訳ないですが、私≪わたくし≫には、この方がアズキ様の仰るような人には見えません」
「確かに。ぱっと見は、どこにでもいる普通の男性ですが、トモマサ様は間違いなく私を救ってくれた方です。きっとカナ様も助けてくださいます。ですので、もう少し、ほんの少しだけお待ちください」
俺に聞こえないようにだろう、小声で話す二人。
――はぁ、全部聞こえてるんだが……
俺は内心ため息をついた。それでも、アズキの信頼に答えないわけにはいかない! そう思い直し、ヤヨイの後ろにいたメイドさんを呼んで、何を治してほしいか聞く。すると。
「あの、耳と尻尾を治してほしいです」
伏し目がちに答えてくれた。耳と尻尾ね、とまずは普通の復元魔法を発動する俺、だが――
「あれ、本当だ。発動しないね。うーん、この感じ、あれだ。マリ教授の膜を治そうとした時と同じ感覚だ。確かに、無くなった部分はあるけど体が現在の状態が正常だと思っている。そんな感じ……」
一人、考え込んでいた。
「えっと、この部位を欠損したのはいつなの?」
術が発動しなかったことに落ち込むメイドさんに俺は問う。すると「生まれて直ぐだと聞いています」困った答えが返ってきた。
「それって、自分でもどんな形か分からないって事?」
眉をしかめて問う俺に、「はい」と頷く女性。
「ヤヨイ。どういうことか教えてくれるか?」
詳しい事情を聴くことにした。
「トモマサ様、そのことについては私から――」
ヤヨイの代わりに語り始めたアズキ。
侵入した時に仲良くなり良くしてくれ、友達になったこと。
マナとカナ――メイドの女性――が双子の姉妹で、しかもトクガワ公爵の娘であること。
そして、獣人であることを隠すために耳と尻尾を切り落とされたこと。
等々を、丁寧に教えてくれた。
「ですので、お願いします。私を救ってくださったように。カナ様にもどうかお慈悲を」
深々と頭を下げるアズキ。俺は、長い息を吐いた。そして。
「そうか。アズキの友達だったんだね。なら本気を出さないとね」
思いを新たに、カナさんへ向き直った。
――まったく、アズキの友達なら先に言ってくれよな。そうしたらもっと対応が違うのに
脳への身体強化で加速した意識の中で俺は考えていた。
いや、治すのが嫌なわけではない。ただ、全く関係のない人を治すのが嫌なだけだ。爺さんが死にそうだから若返らせてくれ! なんて言われてホイホイ直していたら、きっと大変な事になるのだから。線引きが必要だと。
――それにしても、命を取られないために獣人の特徴を切り落とすか。思い切ったことをするな。トクガワ公爵め。
――どうやったら治るかな? 一度、赤ん坊に戻す? いや、元に成長させられるかどうか分からないな
――そうか、体に今が正常ではないと思わせればいいのか、花粉を病原菌だと勘違いするように
――体内に大量の魔素を送り込んで認識を書き換えさせれば……
長い時間――実時間では一瞬――考えて導き出した方法に従って、俺は魔法を発動する。しばらくして、カナさんの頭から生えてきたのは、ウサギ耳だった。
「耳が!」
叫ぶマナさん。
「え⁉ 耳ですか? それにお尻にも何か塊が……」
自分の体の違和感に戸惑うカナさん。
「ね、ねぇ様!」
「ええ、カナ」
二人は抱き合って喜んでいた。流れる涙を拭うこともなく。
そんな美しく、感動的な光景の中、俺は思っていた。
――公爵令嬢とうさ耳メイドの双子。この二人、絶対、俺の彼女に! ってなるやつだ
と。
ため息をつく俺。アズキはそんな俺を、優しい笑みを浮かべて眺めていた。
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