第207話5.27 決着
アズキを抱きかかえて、俺はヤマタノオロチから飛び出す。後ろには、使い魔のムツキと、そのムツキに気を失ったまま無造作に掴まれたヌマタ男爵が続いていた。そんな俺たちが向かったのは。
「ヤヨイ、大丈夫か?」
戦い続けて魔素切れを起こしたのか、後方で休んでいたヤヨイのところだった。ムツキ曰く、どうしても先に会わないといけない! ということだったから。
「父さん! 良かった無事だったのね。戦いは、突然、ヤマタノオロチの動きが緩慢になったから、何とか均衡を保っているわ。でなければ私の魔素が尽きた時点で危なかったわ。って、それよりもアズキは大丈夫なの⁉」
「ああ、大丈夫だ。回復魔法は掛けた。今は、魔素を吸い取られて気を失っているけどな」
「そうよかった」
俺の腕の中で眠るアズキを見て、薄い胸をなでおろすヤヨイ。気持ちが少し落ち着いたのか、俺の後ろの存在に気が付いた。
「ヌマタ男爵と……母さん⁉」
目を見開き、言葉が続かないのか口をパクパクさせるヤヨイ。ムツキは満面の笑みを浮かべた。
「はぁ~い、ヤヨイちゃん。久しぶり~。そうよ、あなたの母さんよ~。っと入っても今は、父さんの使い魔だけどね~」
「……使い魔?」
「そう、父さんの膨大な魔素で作り上げた肉体と、父さんの古~い記憶に、目覚めてから読んだ文献の内容を加味した精神で作られたかりそめの存在」
「それって、半分くらい本物の母さん……」
「そうね、ヤヨイちゃん。幼馴染だった父さんの記憶だから、ほぼ睦月と言っても良いと思うわ。でもね、ここに、父さんの知らないあなたの記憶を足せば、もっと本人に近づけると思わない?」
手に持っていたヌマタ男爵を放り投げ、ヤヨイへと近づくムツキ。おもむろに抱き締め――キスをした。
「!」
驚いたヤヨイが口を離す。
「か、母さん!」
「んふふふ、ヤヨイちゃんとちゅ~するなんていつ以来かしらね。でも、これで、大体分かったわ。父さんがいなくなった後の、私のことが」
本当にうれしそうに、今度はそっと抱きしめるムツキ。
「ごめんね、ヤヨイちゃん。あなたに辛いことを任せてしまって。本当に。でも、もう大丈夫。父さんも母さんもいるから。もう、一人じゃないから」
急に真面目な顔になり、耳元でそっとつぶやいていた。
目にあふれんばかりの涙を貯めたヤヨイ。ムツキの胸に顔を埋めて、大声を上げて泣き出した。そんな、ヤヨイを慈愛の目で見つめていたムツキ、ゆっくりヤヨイの頭を撫でながら俺の方へ鋭い目線を送りつつ、言い放った。
「さて、ヤヨイちゃんの魔素から父さんが知らないことも分かったし。やっとすべての魔法が使えるわ。これで全部終わらせるわよ‼」
「おう!」
俺は、アズキを抱く手に力を入れて答えた後、アズキのことをヤヨイに任せムツキに導かれるようにヤマタノオロチとの戦いへと加わって行った。
―――
「トモマサ君! アズキさんは⁉」
「トモマサ、こいつ切っても切っても生えてくるんだ。いい加減飽きてきた」
「トモマサ君、急いでくれ。いくら魔法銃が少ない魔素で魔法を使えると言ってもそろそろ限界だ」
「トモマサ~、こいつ~、死なない~」
「にゃぁ~」
戦いの場へとやってきた俺に、カリン先生、ツバメ師匠、マリ教授、コハク、そしてルリが声を上げる。
「みんな、遅くなってごめん。アズキは、助け出した。後はこいつを倒すだけだ。これから、ヤマタノオロチを一気に消滅させる魔法を打ち込む。だから、みんなにはシンゴ王子たちを連れて一度下がって欲しい」
「え⁉ トモマサ君だけでやるの? 危なくない」
「そうよ。トモマサ君、こんなところでそんな大きな魔法使ったら、自分もまきこんでしまう事になりかねない。流石にそれは許可できない」
「大丈夫です。カリン先生、マリ教授。秘策があります――そうだな、ムツキ」
自分だけでは説得は無理だと諦めた、俺は後ろに立つムツキに話を振る。すると。
「そうね。秘策ってほどでもないけど、これ以上町も壊させないし、誰も死なせない。もちろん、父さんもね」
言い終えてニヤリと笑うムツキ。そんなムツキの姿を眺めていたツバメ師匠。
「なぁ、トモマサ、この人誰だ? トモマサのこと父さんって言ってるし、隠し子か?」
とんでもない事を言い出した。
「隠し子⁉ 違う違う。これは、俺の使い魔だ。俺のことを父さんって呼ぶのは、モデルが妻のムツキだからだ……」
何だか冷たい目線に晒された俺は、必死で説明した。そうしたら。
「流石、トモマサ君、また遺失魔法を復元させたのか……」
「伝説の魔法使いである『建国の母』を使い魔に、何という発想……」
マリ教授とカリン先生が驚愕の声を上げ固まってしまっていた。
「二人とも、まだ、戦いの最中です! 動いてください‼」
俺は大声を上げて二人を促す。そして、動き出した二人とそれに続く、ツバメ師匠とコハクとルリ。そんな中、ムツキがコハクに声を掛けた。
「白龍のコハクさんは、手伝ってもらおうかな」
私? とばかりに自分の顔を指さしこちらを向くコハク。
「ええ、ちょっと魔素の残りが頼りないから、ヤマタノオロチの残骸が残ったらブレスで消滅し尽くしてほしいの。あと、魔法までの時間稼ぎとね」
そんな、ムツキの頼みに頷いた。
「それじゃ、私は魔素を練って魔法を構築するわ。あなたは、私が合図したらヤマタノオロチを重力魔法で上空へ打ち上げて。コハクさんも、白龍状態でスタンバイ。OK?」
頷く俺とコハク。ムツキは、目を閉じ魔素を練り始めた。
目を閉じ、ぶつぶつとつぶやくムツキ。やがて、体が光出し目を向けることが出来なくなった頃。
「あなた、お願い」
光の中かからムツキの声がした。
「行くぞ、
コハクにも発動を知らせるため、俺は大声を出しながら魔法を発動する。
だが、なかなか上がらないヤマタノオロチの体。
「くっそ。追加だ!
ありったけの魔素を込め、俺は魔法を再発動する。すると徐々に上がっていく巨体。数十メートルへ達した頃、声がした。
「じゃ、行ってきます。頼ってくれてうれしかったわ」
ちょっと寂しげなムツキの声だった。
「おい、何だその言い方、まるで――」
別れの言葉みたいだ、と言うより先に、ヤマタノオロチへと吸い込まれていく光の塊。やがて、ヤマタノオロチと共に消滅した。
ヤマタノオロチの巨体が消え去り、見えてくる真っ青な空。その空を見ながら俺は、意識を失った。
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