第205話5.25 突撃
その朝、俺は目覚めた時から得体のしれない不安感を覚えていた。その思いは、朝食後の座禅でも変わらず、昼食を終えたころには、強い焦燥感まで伴って来て、押しつぶされそうになっていた。
「アズキの身に何かあったのでは……」
「また、父さん。毎日言ってるじゃないの?」
「いや、今日は本当に違うんだ。これまでとは。何か、言い表せない不安感がある」
「本当に、トモマサ君はアズキさんが好きですねぇ」
「いや、カリン先生、そう意味ではなくて、本当に……」
「ふむ、結びつきの強い二人のことだ、魔素を問うして何かを感じ取っているのかもしれない。先ほどからルリも、何だかそわそわしているし。もっともこれは、トモマサ君の影響かもしれないけど」
「なるほど、マリ教授の言い分も一理あるわね。クイナ、状況を教えてくれ。アズキが潜入してまだ数日だ。まだ、何も分かっていないだろうけど……クイナ?」
ヤヨイが、報告を聞くためクイナさんを呼ぶ。いつもなら、即座に現れるクイナさんが現れないことに疑問を抱き、ヤヨイの眉間にしわが寄りだした頃。
「ヤヨイ様‼ 緊急事態です。ニッコウの町に8本首の龍、ヤマタノオロチが出現しましたーーー‼」
クイナさんの絶叫が木霊した。
「なんですって⁉」
叫ぶヤヨイ。その時俺は、即座に追跡魔法でアズキを探しだしていた。
「見つけた! アズキだ、だけど……体内に魔素が残っていない⁉ すぐに助けに行かないと‼ ヤヨイ‼」
「分かってるわよ! 父さん! すぐにニッコウへ飛ぶから。クイナ! 各所へ通達。集めるだけ戦力を集めて‼」
「はい、ヤヨイ様! 既に王様及びシンイチロウ王子、シンゴ王子への伝達は行っています」
「よし! 行くわよ。準備はいい?」
「おう!」
「「はい」」
「転移!」
俺たちは、アズキを救出するためニッコウの町へと飛んだ。
―――
ニッコウの町近くへと転移した俺たちの目に入って来たのは。
「町が半壊している⁉」
「なんですかあの巨大な龍は⁉ コハクちゃんより大きい?」
「ヤマタノオロチ。かつて最強と呼ばれた龍族!」
「知っているのか、コハク⁉」
「父さんから昔聞いた。けど、もうこの世界にはいないはず。恐らく、龍を模したゴーレム」
「なんてこと。あんなのに暴れられたら国そのものが無くなってしまう……」
「くっ、何よりもアズキだ。調べたところ、アズキの反応は、あのヤマタノオロチの内部からだ。それに、あの巨体からアズキの魔素を感じる」
「それは、つまり、ヤマタノオロチはアズキさんの魔素を吸い取って動いているってことなのですか? マリ教授?」
「いや、それだけではない。起動はアズキさんの魔素だったとしても、その後の動きまでカバーできるとは思えない。おそらく、辺りの生き物の魔素を吸収して動いていると思われる。それこそ、敵味方関係なく」
「なら、近づくだけでアイツを活性化させてしまうって事か⁉」
「大丈夫よ。父さん。対策を練って来たから――これ付けて」
収納空間から何やらネックレスを取り出すヤヨイ。俺は意味も分からず首へと付けた。
「これは、意思に反して体から魔素が抜かれるのを防ぐ魔道具よ」
「分かった! これで行けるんだな」
「ええ、父さんはもう行って。私たちは後ろからフォローするから」
ヤヨイの言葉に俺は頷き、ヤマタノオロチ、いや、その中にいるアズキの元へと飛び出した。
風の魔術で加速する俺。そこに、ヤマタノオロチの攻撃が始まった。
まず、飛んできたのは、一本の首が吐き出した氷の礫だった。次は、別の首から火の玉。
「くそ、首ごとに攻撃が違うのか⁉」
俺は、回避行動で精一杯だった。そこに、さらに別の首が出すカマイタチ。
「早く、早く、アズキの元へ行きたいのにーー‼」
俺は叫びながら、ヤマタノオロチの周りを飛びまわるしかなかった。
「くそ、くそ、くそ!」
焦る俺の元に迫る大きな瘤を生やした一本の首。だが、その首の動きは俺の少し前で止まった。
「トモマサ君。すまん、遅くなった」
「トモマサ様。この首の相手は、私達、兄妹でします!」
シンゴ王子と、カーチャ王女だった。
「二人とも魔素の対策は?」
「ヤヨイ様から頂いています」
豊満な胸元に埋もれたネックレスを示すカーチャ王女。俺は、頷くだけでヤマタノオロチへと向き直った。そして、気付いた首を受け止めているシンゴ王子を狙う、槍のような角を生やした首の存在に。
「危ない! シンゴ王子」
俺は叫ぶ。だが、首を一本押さえ込んでいるため動けないシンゴ王子。
迫る槍の首。だが、寸前でその首を受け止める黒い影があった。さらに首へと横から切り掛かるもう一つの影も。それは。
「ありがとうございます。シンイチロウ兄さん、それに将軍」
「なに、トモマサ様のために働くのは我らの務め」
「しかりしかり、この老骨にこのような機会があろうとは、まさに誉よ!」
輝く白金の武者鎧を着たシンイチロウ王子と、闇夜のような漆黒の甲冑というより鉄塊と言った方が似合いそうな鎧を着た、おそらくシンゴ王子を鍛えたという将軍だった。
「ここは、我らが!」
俺の方へと叫ぶシンイチロウ王子。俺は肯きを返して、再びヤマタノオロチへの接近を試みた。
すると目に入る、氷礫、火の玉、カマイタチを飛ばそうとする首。だが、その、それぞれの口元へ到達する魔法があった。
「こいつらの相手は、私たちが!」
「トモマサ君は、先に!」
「父さん、トロトロしないの‼」
杖を振るカリン先生、魔法銃を構えるマリ教授、そして、俺へ早く行けとヤマタノオロチを指さすヤヨイであった。
「分かった! だが、ヤヨイも無理するなよ」
自分の娘だからか、どうしても心配になってしまい、ヤヨイにだけ声を掛けた俺。
「いいから、早く‼ こっちの魔素が切れる前に‼‼」
飛んでくる怒号を背にヤマタノオロチへと突っ込んでいった。
遠くでは、ツバメ師匠がルリと共に刀のような角を持つ首と戦っている。その姿を横目に、ヤマタノオロチの巨体へと接近する俺。そこに、新たな首が立ち塞がった。
「なんだこいつ!」
他の首に比べて何倍も大きな首だった。俺は完全結晶刀を立ち塞がる首に向けて抜き放つ。だが。
「くそ、太すぎる!」
切れるものの切断には程遠い傷跡。しかも。
「なんだ⁉ 傷が治っていく!」
再生能力まで持っているようだった。俺は、慌てて他の首も見ていく。すると、他の首も直ぐに回復していっていた。
「急がないと、皆の魔素が切れる‼」
焦る俺。だが、首は巧みに俺の邪魔をして進ませてくれない。いら立ちが募る中、その太い首を吹き飛ばす一撃が来た。
「こいつは、私が~」
白龍となったコハクだった。そんなコハクに弾き飛ばされ動きを止めた首。だが、すぐに回復したのか再度向かって来る首。そこに、白い光の筋が通った。白龍の口から発せられた、コハクのブレスだった。
一瞬で消し飛ぶ、太い首。俺は、その隙をついてヤマタノオロチの巨体へと取りついた。
「確か首の付け根に入り口が!」
俺は、ヤマタノオロチの周りを飛んでいた時に見つけた入口へと侵入する。そして、進む事、数十メートル。二つの人影を見つけた。
「誰だ貴様! どうやって動いている!」
俺のことなど、すっかり忘れた感じのヌマタ男爵と、その横で青白い顔で蹲るアズキだった。
「アズキ‼」
俺は、ヌマタ男爵など一切気にせずアズキへ向けて駆け出す。そして、何か壁にぶち当たった。
「これは――結界魔法⁉」
「そうだ。無差別に魔素を吸うヤマタノオロチ型ゴーレムから身を守る結界だ! その結界の外にいるお前が、なぜ動ける!」
よほど、気に入らないのか。ご丁寧に説明してくれるヌマタ男爵。俺は、結界を破壊するべく、完全結晶刀を振るった。だが。
キン!
弾かれる完全結晶刀。
「刀などで壊せるわけなかろう。このヤマタノオロチのもっとも強固な部分を」
ふはははは、と高笑いするヌマタ男爵をよそに、俺は完全結晶刀で突きを試みる。だがヒビ一つ入らず――
「くそ、それなら魔法だ!」
叫びつつ、俺は火、水、土、風、種々の魔法をぶつけていく。だが、それでもびくともしない結界。
「ふはははは、面白い男だな。しかし、良いのか? そんなに攻撃して。魔素が足りなくなれば、再びこのコアになっているメス犬の魔素を吸いだすかもしれんぞ。ほら」
アズキを足蹴にするヌマタ男爵、そして見えてきたのは、お腹の辺りにはめ込まれた拳サイズの魔石だった。その魔石が、明滅を繰り返す。すると。
「ああああ、あぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
苦しみだすアズキ。
「アズキ‼」
俺は懸命に駆け寄ろうとするが、変わらず結界があるため近寄れない。そんな中でも何か衝撃があるたびに苦しむアズキ。
「くそ! 首への攻撃でも魔素を吸われるのか! だが、攻撃を止めれば、皆が……」
思い悩む俺、アズキを見ていて気が付いた。アズキの口が動いているのを。
――私はいいですから、皆を
と。
――アズキを見捨てて、ヤヨイをカリン先生たちを助ける! そんなこと、そんなこと‼
「出来るわけないだろうーーーーー‼‼‼‼‼‼‼」
俺は絶叫して腹をくくった。ここ数日、瞑想中に考えていた術に賭けることにした。1000年後に目覚めて、ただ、魔素量が多いだけの俺が、アズキを、皆を、守るために出来る事を必死で考えた術を。
俺は、ありったけの魔素を練り上げて一つの魔法を作り上げる。そして、俺は叫んだ。
「使い魔召喚。アズキを、ヤヨイを、皆を、国を、助けてくれ」
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