第204話5.24 最終兵器

 ニッコウの町の端の端、今にも倒れそうな古宿で一人憤ている者がいた。それは。

「この男爵である私に何たる処遇! 例えイエヤスが公爵であったとしても許されるものではない!」

 そう、関東から所払いをくらったヌマタ元男爵であった。

「くそ! この恨み、どう晴らしてくれよう?」

 着の身着のままイエヤス公爵の屋敷を追い出されたヌマタ元男爵。辛うじて持っていた金で宿に入って既に3日。憔悴した顔で考え込んでいたかと思ったら、突然ニヤリと笑みを浮かべた。


「こうなれば、最終兵器を持ち出すしかないな。トウショウグウ最奥の尼寺に祀られている大権現様を!」

 思い立ったが吉日とばかりに部屋を出るヌマタ元男爵。

「こんな時のために、トウショウグウの抜け道は知り尽くしているのだよ!」

 壊れたように叫びながら宿も、さらにはニッコウの町すらも出て、林の中にある抜け道へと入って行った。隠れる気があるのかどうか分からない態度で。


「こっちだな!」

 相変わらず声のでかいヌマタ元男爵。人気のない抜け道から出た場所は、ドンピシャ、トウショウグウの最奥だった。

「クハハハッハハハハハ!」

 さらに大きな声で笑いながら、本尊へと近づくヌマタ元男爵。

「どなたですか! ここは、庵主様以外、立ち入り禁止区域ですよ!」

 気付いた年老いた尼が叫ぶ頃には、目的の物である本尊に隠された手のひらサイズの魔道具を手に入れていた。

「ちょうどいい。貴様、庵主の元へ案内しろ」

 腰の剣に手を添えつつ叫ぶヌマタ元男爵。

「ひぃいいい!」

 恐怖のあまり年老いた尼は腰を抜かしてしまっていた。


「ちぃ、使えない! まあいい、場所だけ教えろ!」

 腰を抜かして動けなくなって蹲る尼に剣を当てヌマタ元男爵は脅す。すると。

「お止めなさい!」

 庵主ことマナの声が辺りに響いた。

「ほう、そっちから来てくれるなら助かる」

 ほくそ笑むヌマタ元男爵。

「このばばぁの命が惜しかったら尼を集めて、この大権現様に魔素を注入しろ! いるだろ? 魔素量の多い亜人どもが!」

 腰を抜かした尼の脇腹に剣を突きたてながら叫んだ。


―ー―

 

 アズキがニッコウの町に来てから3日。その暮らしは、清貧そのものだった。朝、日の出とともに起きて仏に祈り、掃除洗濯。午後もまた祈り、日が沈むと眠る。合間合間の食事も少しの米と豆と野菜だけ。身も心も清められる生活だった。

 そんな中で唯一の楽しみといえば、何のことは無い雑談だった。


「アズキさん、退屈ではないですか?」

「いえ、大丈夫です、マナ様。仏と共に生きると言うのも良いものだと実感しているところです」

「ふふふ、と言いながらも、愛しい人のことを考えておられるでしょう? アズキさん」

「い、いえ、カナ様。決してそのような事は!」

「あらあら、お顔が赤いですよ。それに、耳も尻尾もピンと立てて。獣人の方は嘘をつくのが苦手のようですね」

「す、すみません。仏前ですのに……」


 マナとカナ、二人に揶揄われるアズキ。すっかり仲良しになっていた。

 激動に飲まれて没落したとはいえ、元をただせばアズキも公爵令嬢。寺に隔離された二人の方が年上だけど、精神年齢的にも近いものを感じていた。


「それで、アズキ様の愛しい人は、どのような方なのですか?」

「私≪わたくし≫も気になります。なにしろ、ここには殿方はおりませんので。参考までに是非馴れ初めなど、お聞かせください」

 興味津々の二人に、アズキは初めて会った時にベッドにもぐりこんだことや、プレゼントで貰った下着で迫った事など、赤裸々に語って行った。

「あわわわ、世の女性は凄いのですね~。私≪わたくし≫には出来そうもありません。ですが、愛しの殿方が望まれるなら……」

「ふぁ~、匂いですかぁ。私も犬獣人なら、同じような行動に出るのでしょうか?」

 何かを想像して顔を赤くするマナに、獣人特有の求愛行動に興味津々のカナ。どんな環境でも少女の恋バナは、盛り上がるようだった。


 そんな中、クハハハッハハハハハ! という笑い声に最初に気付いたのは、アズキだった。

「寺の奥から男の下品な笑い声がします」

 花を咲かせていた恋バナを遮って立ち上がるアズキ。マナとカナも声に気付いたようで同じように立ち上がり、「奥の院の方です」言いながら走り出した。

 廊下を走る三人。出会った尼に「決して来ないように皆に伝えなさい」と告げながらたどり着いた先には、尼を脅すヌマタ男爵の姿があった。


「お止めなさい!」

 目線鋭く叫ぶマナ、後ろ手でアズキへ下がっていろと指示を出していた。その指示に従って身を隠すアズキ。

 ――マナ様、私とヌマタ男爵の因縁を慮って……

 内心、頭が上がらない気持ちだった。だが。


「亜人ばばぁの命が惜しかったら尼を集めて、この大権現様に魔素を注入しろ!」

 聞こえてくるヌマタ男爵の叫びに、腹を刺された尼の悲痛な声。

「こんなことをして何になると言うのですか? あなたのことは聞いています。剥奪された身分を復活させるようトクガワ公爵様に取り成してあげますから、すぐに剣を納めなさい」

「うるさい! もう、トクガワなどどうでもいいのだ。俺は、この大権現様の力でこの国を手に入れる!」

「何をおっしゃいますか! まだ、まだ、今なら間に合います。剣を納めてくださるなら、男爵から昇爵も約束しましょう」

「くだらん。爵位など不要だ。俺は、この力で、世界すらも、わはははっはははは」

 マナによる必死の説得にも全く耳を貸さないヌマタ男爵。最後には。

「魔素をくれぬのなら、勝手に集めさせてもらおう! まずはこいつから‼」


 腹を刺されて苦しむ尼へ、魔道具を押し当てるヌマタ男爵。

「あ、あぁぁっぁぁぁぁーー」

 ますます苦しむ尼。アズキは、耐えきれずマナの前へ飛び出した。

「魔素なら私が注入します! 今すぐ、その方から離れなさい!」

「ほぉ、アズキ。こんなところにいたのか。後で迎えに行こうと思っていたのだが、手間が省ける!」

 言い終えてヌマタ男爵、魔道具をアズキの足元へ放り投げた。

「魔素を注入しろ。出来なければ、こいつを殺す!」

 尼に刺した剣をぐりぐりしながら叫ぶヌマタ男爵。アズキは、魔道具を拾い魔素を注入し始めた。

「「いけません。アズキ様!」」

 叫ぶ姉妹の声に耳を貸さずに。

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