第200話5.20 策略

 イチジマへと帰った翌日、俺達は、寮の部屋で朝から部屋へと訪ねてきたカリン先生からヤヨイの立てた計画について話を聞いていた。他にもツバメ師匠にコハクにマリ教授にユウキと全員勢揃いで。


 ここに居ないシンゴ王子とカーチャ王女は、ヤヨイと行動を共にしている。もちろん、メイド長もヤヨイの側だ。今頃は、カンラの街辺りで、策を練っている事だろう。


 ちなみに、昨晩は、誰ともナニもせずに寝た。アズキが計画通りとは言え捕らえられているのだ。とてもそんな気にはなれず1人で布団に入った。まぁ、それを見たルリが、俺の布団に潜り込んできたが、ノーカウントだ。少しだけモフったけど、ナニはしていないから。猫又だし。獣に興奮はしないから。

 

 話が逸れたので戻そう。


「えっと、どこまで話したかしら?」

「クイナさんが、掴んできた情報をヤヨイに話したところまでですよ」

「ああ、そうだったわね。えっとそれからですね……」

 ユウキが丁度お茶を用意して持ってきてくれたので、それを飲みながらカリン先生の話が再開した。


 ―――


 丁度その頃、ヌマタ男爵に連れ去られたアズキは、ソファーに座って寛いでいた。


「あの囚われの身である私が、こんなに寛いでいて構わないのでしょうか?」

 目の前にいる男に声を掛けるアズキ。微塵も操られているような感じは見られない。

「ああ、大丈夫だよ。何も心配はいらない。寧ろ今の内に寛いでいてくれたまえ。いざとなったら、存分に働いてもらうから」


 大仰な身振りで話をする男、名をオオクボ ナガヤスと言う。小柄でかつ、細身の男で、黒目黒髪の何処にでもいそうな人族だが、眼光だけがやけに鋭い。また、ニッコウの街の文官を生業としており、そして、ヤヨイの内通者でもある男だ。


「はぁ」

 そんな、ナガヤスに気の無い返事をするアズキ。何だか毒気を抜かれていく感じだ。

「ははは、まぁ、敵地のど真ん中だ。そう簡単に、寛げないのは分かっているから気にするなよ、っと、そろそろ定時連絡の時間だな。私も少し席を外すとしよう。それから、恐らく出発は、1時間後だ。それ迄は誰も近寄らせないから安心してくれたまえ。それでは」


 言いたい事だけ言って出て行く男を黙って見送ったアズキは、王都イチジマでカリン先生が語るのと同じく、これ迄の経緯を思い出し始めていた。


―――


 その声を聞いたのは、偶然でした。たまたま部屋の前を通りかけたら聞こえてきたのです。


「そう、そんなに関東の状況が動いているとなると、こちらも手を打たざるを得ないわね。幸いにオバタ伯爵の悪事は、裏が取れそうだから先ずはそこね。後は、ヌマタ男爵辺りが尻尾を出してくれれば良いのだけど……」

「待っていては、中々に難しいですね。混乱に乗じてこちらも動いて見ませんと」


 ヤヨイ様の言葉に、提案を返すクイナ婆や。何やら深刻な話のようです。本当は聞いてはいけないと思うのですが、魔素量が増えてからは耳も良くなり過ぎて、耳を塞いでいても周りの人のひそひそ話ですら聞こえてしまうのです。困ったものです。それに、ヌマタ男爵には私も浅からぬ縁がりまして、気にならないと言えば嘘になります。思わず立ち止まって聞き耳を立ててしまいました。


 そして、私が聞いているとは知らずに話は進みますが、続く話はとても物騒な話でした。


「成る程。それなら、やっぱり例の囮作戦か」

「そうですね。それが1番確実かと。例の操りに対抗する手段は出来ております。後は、誰が向かうかになりますが?」

「それは、前から言ってるでしょう? 私の役よ」

「いえ、ですが、ヤヨイ様、若返っておりますし、他にも色々と不都合が……」

「でも、他に誰がいる? あの対策は、魔素量が多く無いと施行できない不完全な魔法よ。現にクイナには出来なかった。そうでしょう? それに向こうとしても手に入れたいと思う人材でないと意味が無い。だから、私よ」

「くぅ、そうですが、指揮官が自ら前線に立つなど……」


 反論しようと言い淀むクイナ婆やは、言葉が続かないようでした。困り果てて言葉が出ないクイナ婆やの姿を想像してしまった私は、無意識に扉を開けていました。


「アズキ?」


 突然、扉が開いて驚いたのでしょう。ヤヨイ様が、訝しげに私の名を呼びます。


「はい、ヤヨイ様。突然申し訳ありません。失礼ながら、お話は聞かせていただきました。私、囮に立候補します!」

「アズキお嬢様!」


 私の言葉に、悲鳴のような声を出したのは、クイナ婆やでした。


「大丈夫です。婆や。私、魔素量ならヤヨイ様に引けはとりません。それに、ヌマタ男爵なら何としても私を手に入れようとするでしょう。囮には最適だと思います」


 そんな婆やを前にして、淡々と告げる私にヤヨイ様が苦々しいお顔で口を開いた。


「ダメよ。危険だわ。第一、父さんが許さないわ」

「ヤヨイ様、それを仰るなら、トモマサ様はヤヨイ様が囮になる事もお許しにはなられないと思いますが」


 ヤヨイ様の言葉に反論する私。益々、ヤヨイ様のお顔が歪んで行きます。そして、私の目をじっと見た後に重々しく口を開かれました。


「引く気は無さそうね」

「ヤヨイ様!」

「仕方ないでしょ。クイナ。この子の言う事は間違っていないもの。……クイナ、貴女の言いたい事も分かるわ。13歳の娘にさせる事では無いと私も思うわ。でも、この人事が1番効率的なの。気付いてしまったらもう引けない。御免なさいね」


 そう言って、クイナ婆やに頭を下げるヤヨイ様の態度に、クイナ婆やも何も言えなくなってしまったようでした。


「それじゃ、改めてお願いするわね。父さんには、内緒にするから気をつけてね」


 そして、始まったヤヨイ様の説明を、私は懸命に聞いていきました。

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