第194話5.14 潜入

「軍の奴らは何をしている! 普段、何の為に飯を食わせてやってると思っているんだ!」

「申し訳ございません。只今、亜人供を一掃しておりますのでしばらくお待ち下さい」

 カリン達陽動組が動き出した頃、カワバの街の中央に構えた城と言ってもいい程の領主の館の執務室でヌマタ男爵が吠えていた。

 その前で頭を下げているのはヌマタ男爵の腹心である、カネコ ヤスキヨ将軍だ。

「チッ、早くしろよ。ついさっきイエヤス様から聞いた不穏な話もあるんだ、亜人なんぞに時間をかけている暇はないんだぞ!」

 又々、吠えるヌマタ男爵に恐縮し巨体を縮こめるカネコ将軍だったが、ヌマタ男爵の言に気になることがあったのだろう、問い返す。

「不穏な話ですか?」

「ああ、あの忌々しいヤヨイが動いたそうだ。その結果、10日程前にスワ湖のブルードラゴンが討伐されて、更には、カンラの街の領主、オバタ伯爵が裏切ったらしい。最もオバタ伯爵は、我々の計画に深く関わっているわけでは無い。奴の口から漏れた事程度では、我らの行動に変化は無いがな」

 心底嫌そうな顔で話をするヌマタ男爵は、恐縮し巨体を縮こめているヤスキヨ将軍に、そのまま話を続けた。

「そんな話があるんだ。さっさと片付けろよ。次はここにヤヨイが来るかもしれん。それまでに俺は、やらねばならぬ事があるのだ。これ以上、手間を掛けさせるな! もう下がれ!」

「ははぁ」

 喚き散らすヌマタ男爵に、只々頭を下げるヤスキヨ将軍は、そのまま頭を上げる事なく器用に部屋を出て行った。

 ヤスキヨ将軍が部屋を出た後、1人残ったヌマタ男爵は、何やら本棚を漁っていた。そして、いくつかの本を抜き出したその時、本棚が横へスライドして行き、奥へと続く通路が姿を現した。なんてベタな! と叫びたくなるギミックであるが、ヌマタ男爵にとっては自慢の逸品であるようだ。しばらくの間、ニヤニヤと頬を緩めて、その本棚と通路を眺めた後にヌマタ男爵は、奥へと姿を消した。そして、元に戻る本棚。後には、誰もいない執務室だけが残った。

 秘密の通路へと入ったヌマタ男爵は、ゆっくりと階段を降り1つの扉の前へと辿り着いていた。 

 ヌマタ男爵が扉を開いて中に入ると、そこは10畳ほどの部屋だった。

 辺りには棚が並び、装飾過多な武具類や古めかしい本や宝石類、はたまた他で見る事も無いような魔道具等、恐らく貴重と思われる物が並んでいた。


「さて、イエヤス様からの許可も貰った事だし、対ヤヨイの秘密兵器を持って行くとするか」

 そんな事をつぶやきながら部屋の中を歩くヌマタ男爵は、1つの棚の前で立ち止まった。そして、棚の中から1つの箱を取り出し、フタを開けるヌマタ男爵。

 その中には、トモマサが見ればコハクを操っていたものに似ていると言いそうな宝石が大小2つ入っていた。

 2つの宝石を取り出すヌマタ男爵、笑いが抑えられないようだ。

「ふっふっふっ、これであの憎っくきヤヨイを、そしてあの雌犬を……あはは、あははは、あはははは〜」

 壊れたように笑ったヌマタ男爵だったが、数分ほどして落ち着いて来たのだろう。宝石を懐に入れ、部屋を後にした。


―――


「うーん、派手にやってるな」

 ヤヨイを送り届けた後、俺は一方通行魔法を発動させて上空から街の様子を眺めていた。

 両腕に、アズキとユウキを抱えて。

「あ、あの、トモマサ様。本当に落ちませんか? 大丈夫ですか?」

 空に上がってから、ユウキがしきりに尋ねて来る。

 何度も大丈夫だと言っているのだが、空など飛んだことの無いユウキは恐怖を抑えられないようだった。

 一方のアズキは、ただ無言で暴れ回るカリン先生達を眺めているようだった。

 一度だけ、怖く無いかと尋ねたら、

「トモマサ様がいれば怖い事などありません」

 と恥ずかしい台詞を真顔で言われてしまった。

 あまりの恥ずかしさに、魔法の制御が乱れて少しだけ自由落下したのは、ここだけの秘密だ。


「お、ヤヨイ達も建物に入って行ったな。それじゃあ、俺たちも行くか」

「「はい」」

 下の動向と合わせて追跡魔法でヤヨイ達も追っていたら、動きがあったので俺達も動く事にした。

 抱えられている2人も異存無いようだ。良い返事を返してくれた。ユウキに至っては、早く降りたいだけかもしれないけど。

 そんな返事を貰った俺は、一方通行魔法を駆使して静かに領主の館へと近づき安全そうな着地地点を探した。

「外塀付近は、兵隊達が多いな。バレないかな?」

「はい、大丈夫だと思います。領主の館ですから転移魔法の監視はしているでしょうけど、上空からの侵入には対応していないと思いますので」

 上空でキョロキョロしながら問うと、アズキが答えてくれた。

 確かに飛行機など存在しない31世紀、飛べるのは鳥かワイバーンのような飛行型魔物ぐらいだろう。

 魔物なら、まず街を狙うだろうし、何より今は非常事態だ。

 空を見るより、目の前で暴れているカリン先生達の対応で手一杯だろう。

 そんな事を考えて俺達は、領主の館の奥の方、兵隊達のいない何やら花が咲き誇る辺りへと降り立った。

 本当は、ヌマタ男爵のいる建物の近くに降りたかったのだが断念した。

 そこ辺りは、兵隊が巡回しているようで近寄れなかったからだ。


「ふーん、特に警報装置は無さそうだな」

「トモマサ様、あるとすれば転移魔法の警報装置だけですよ」

 降り立った地点の安全を確認しながらつぶやいた俺の言葉に、又々、アズキが答えてくれる。

 どうやら、大きな屋敷の防衛装置などの知識は豊富なようだった。

 クイナさんの教えだろうか? そんな事を考えながらヌマタ男爵のいる建物へ向けて俺達は歩いて行った。

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