第193話5.13 救出

 ゴーレムを倒してから、ヤヨイ達一行は少し休憩を挟んでいた。無傷でゴーレムを倒したのは良いが、攻撃を避けるのに集中したため精神的に疲弊していたからだ。

「しかし、さっきのゴーレム、攻撃力だけは強そうでしたね。動きが遅いから避けられましたけど」

「そうね。流石、シンゴ王子だわ。掠らせもしないのだから」

 シンゴ王子の言葉に最大の賛辞を送るヤヨイ。ここぞとばかりに、甘い雰囲気を作りに行く。

 最大の抵抗勢力であるトモマサがいないタイミングを逃さぬ為とはいえ、もう少し周りに配慮すべきではないだろうか? 流石にカーチャ王女とメイド長の目が少し厳しい。

 その厳しい雰囲気を感じたからだろうか、シンゴ王子は話題を逸らすことにしたようだ。

「いえ、あの程度の動きなら大概の人は避けられるかと……。それより、あのゴーレムは何処から魔素を得て動いていたのでしょうか? とても内蔵コアだけの魔素で動かせるような大きさではなかったと思うのですが」

「厳密に解析しないと分からないけど恐らく、アシウのゴーレムと同じね。シンゴ王子は、見てないのだったわね。昔、私と帰狭者の1人で作ったのよ。特定フィールド内の人間の魔素を魔道具に供給する機能をね。私は、それを冷凍睡眠コールド・スリープ装置に組み込んだわ。そして、もう1人の帰狭者は、その機能をゴーレムに組み込んだ。そのおかげで、通常の人間の魔素量ではとても動かせないような大きさのゴーレムが動かせるようになったのよ。さっきのゴーレムも、その機能が組み込まれていたと考えられるわ。古い技術だし、情報流出してても不思議ではないから」

「でも、それでしたら、大量の人間がいるはずでは?」

「いるじゃない。この奥に大量の亜人達が。エルフ10名もいれば、魔素は足りるだろうし」

 シンゴ王子の言葉にポンポンと答えるヤヨイ。自分の得意分野とは言え、恐ろしい知識量だ。伊達に1000年も生きてない。

「だとすると、この設備は、恐ろしいですね。助けに来た人間を、助けられる人間の魔素を使って追い返すのですから。考えた人間の心は、かなり歪んでいるようですね」

 ヤヨイの話に対して、肩を竦めるようにして言葉を継ぐシンゴ王子。本当に嫌そうな顔をしている。

「そうでも無いわ。本当に恐ろしいのは、助けに来た人間の魔素を使ってゴーレムを動かした時よ。私も昔、テスト的にやって見たけどきつかったわ。何せ、自分と戦っているようなものなのだから」

 淡々と告げるヤヨイだったが、昔の自分を思い出したのだろう。少し眉間にシワが寄っている。そして、ヤヨイの言葉を聞いたシンゴ王子も同じだ。眉間にしわを寄せて考え込んでいた。

「どうしたの? シンゴ王子?」

 考え込むシンゴ王子を不審に思ったのだろうう、ヤヨイが心配そうに口を開く。

「いえ、もし、ですよ。そんな装置が、このカワバの街に存在したら大変なことになるのでは無いかと。トモマサ君の魔素を吸い取られて……」

「あ……」

 そして、2人は同じように考え込んでしまった。もちろん、その話を聞いていたカーチャ王女やメイド長も同様に。

 しばらく考え込んでいたヤヨイ達だったが、今は気を取り直して奥へと進んでいた。有るかどうか分からない物に悩んでいる時では無いと思い出したからだ。

 気を取り直して歩き出した一行はゴーレムを倒してから2つ程角を曲がった所で人を見つけた。と言っても味方では無い。

 亜人達の見張りに残っている領主軍なのだから、当然敵だ。

「何者だ!」

 ヤヨイ達を見て誰何する見張りが3名。既に槍を構えていた。

「えっと、亜人達の解放軍? 解放組織? 救助隊? よく分からないけど、貴方達に構っている暇はないわ」

 自分たちのことをなんて言おうか悩んでいたヤヨイだったが、諦めたようだ。さっさと電撃魔法をぶっ放して気絶させてしまっていた。

「さて、ドアは、どうやって開けるのかしら……」

 更に無造作に扉に近づくヤヨイ。見つけた南京錠を火魔法でぶった切って扉を大きく開けた。

「さあ、貴方達、助けに来たわよ。今の内に逃げ出しなさい!」

 扉の中の人々に向けて叫ぶヤヨイ。中の人々は突然の出来事に唖然とした表情を浮かべていた。ヤヨイと亜人達の間に流れる気まずい沈黙……を打ち破ったのは、亜人達の間から出て来た人族のお坊さんだった。

「先ずは、助けに来ていただいた事に礼を」

 そう言って手を合わせ頭を下げるお坊さんは、頭を上げたのち話を続けた。

「私は、このカワバの街のスラムで細々と寺の和尚をやっております、トウカンと申す者です。寺でスラムの亜人達の世話を焼いていたらこのように捕まってしまった者です。さて、私の事はこれくらいにして、ご無礼を承知で、お教え願いたい。貴方方は何者でございましょうか? 我々を助けると仰いましたが、貴方方の事をお聞きしないと逃げるに逃げられません。かつて任意捕縛からの逃亡罪で奴隷に落とされた亜人達を山のように見て来ておりますので」

 そこで言葉を切るトウカン和尚、ヤヨイをじっと見つめていた。信じるに値するかどうか見極めようとしているのだろう。

「そうね、話は分かったわ。一から説明させてもらうわ」

 そう言い置いて、ヤヨイは説明を始めた。

 自分の身分から関東各地で起きている亜人の蜂起から、そしてこのカワバの街の領主、ヌマタ男爵を捕まえに来た事まで。

 その説明を静かに聞いていたトウカン和尚だったがヤヨイが全てを話し終えた時、ゆっくりと正座して深く頭を下げた。

「あのヤヨイ様のお孫様でございましたか。誠にご無礼仕りました」

「いや、気にしなくても良いわ。それよりも、こんな所さっさと離れましょう。領主軍が戻ってくるかもしれないし」

「仰せのままに」

 その後の行動は速かった。

 50人程いた亜人達だったが、文句ひとつ言わずにトウカン和尚に従ってくれたおかげで。

 数人程は、領主軍にやられたであろう怪我をしていたので回復魔法をかけて上げたりしたが、他は何も手伝う必要がない程だった。

 ただ、それでも街中をこの大人数で動くのは危険そうだったので、逃亡先であるトウカン和尚の寺迄はヤヨイ達が同行して行ったが。

 そして、寺で寄進にと少しの金と食料を渡してヤヨイ達のミッションは終了した。


「しかし、良かったのですか?」

 ミッションを終えて佇むヤヨイにシンゴ王子が声をかけた。

「何が?」

「ヤヨイ様が苦戦したゴーレムの話ですよ。これからのアズキさんの行動を考えると、トモマサ様に情報だけでも伝えておいた方が良かったのではないでしょうか?」

 聞き返すヤヨイに懸念事項を伝えるシンゴ王子。流石のヤヨイもしばらく言葉を詰まらせた。

「……なんとも言えないわね。下手に伝えると隠した計画に気付かれる可能性もあるしね」

 敵の魔素で動くゴーレム。魔素量の多い魔法使いには脅威となる敵である。

 なにしろコアを正確に壊すか、自分の魔素が尽きるまで襲ってくるのだから。

「対ヤヨイ様への切り札ですよね」

「そうね。配備しているとすれば間違い無く」

 シンゴ王子の言葉に、顔を顰めるヤヨイ。自分が相手するべき敵をトモマサに任せることになるのだ。若干の負い目があるのだろう。


「でも、父さんには、これも超えてもらわないとね。それに、アズキも一緒だろうからちゃんと死なない程度にコントロールしてくれるはず」

「トモマサ様を信じておられるのですね」

「な! そんな事は……って、シンゴ王子に虚勢を張っても意味が無いわね。そうよ。信じたいと思ってるわ、長い事、待たされたけど、父さんだもの」

 シンゴ王子の質問に答えるヤヨイ。

 いつもと違い本音が出たのだろう、いい笑顔だ。

「あ、でも、1つ信じられない事があるわ。それは、父さんの節操のなさ、なんてね」

 良い笑顔のまま、結局、トモマサをディスっているヤヨイにシンゴ王子も肯いて良いかわからず、ただ、苦笑いを浮かべるだけだった。

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