第192話5.12 襲撃
領主軍の怒声が街中に響き渡った頃、ヤヨイ達はある建物を影から見つめていた。
「父さん、ここなの?」
「ああ、間違い無い。追跡魔法では、この中に大量の獣人の反応がある。壁が厚くて魔素は読みにくいけどな」
「そう、分かったわ。後は私達でやるから、父さんにはヌマタ男爵を頼むわ」
「任せとけ」
トモマサに頼んで怪しい建物を教えて貰ったヤヨイ。場所さえ分かればこっちの物とばかりにトモマサを追い返す。そして同行者を振り返った。
「さぁ、行きましょうか? シンゴ王子。怪我には十分に気を付けてね」
「はい。大丈夫です。ヤヨイ様。僕がいれば、ヤヨイ様に怪我1つ負わせませんから」
邪魔者がいなくなったからだろう、少しだけ甘えた感じでシンゴ王子と話をするヤヨイ。雰囲気的には、友達以上恋人未満と言ったところだろうか? 青春時代を思い出して楽しんでいるようだった。
「ヤヨイ様、楽しそうですね。いつもこんな感じなのでしょうか?」
「いや、ここひと月で雰囲気がガラリと変わられた。以前は、常に威厳ある態度だったのだが……」
「相思相愛。兄様が羨ましいです。私もそろそろ放置プレイに飽きてきましたし、次のプレイに移行して欲しいのですが……」
後ろでメイド長やカーチャ王女、それにカンラの街でメイドとして雇ったアイが、そんな甘い感じの2人を見ながらボソボソと話をしているのだが当人達には関係ないようだ。最もカーチャ王女だけは、若干ずれていて誰からも相手をされていないようだったが。
「それで、ヤヨイ様。そろそろ動きませんと。折角、カリン先生達が陽動を頑張ってくれている様ですし」
甘々の雰囲気を醸し出す2人に話しかけるメイド長。中々の勇者である。まぁ、目の前にやるべき事があるのに何時迄も話が進まないと困るのは自分達なので当然の指摘である。
だが、返ってきた言葉にメイド長が固まった。
「あら、メイド長。羨ましいの? 良いじゃない。貴女もツグミツ君と仲良くすれば。告白されたんでしょう?」
「それは素晴らしい。ツグミツ殿は、良い男ではないですか。お二人の仲、僕も応援しますよ」
「な、な、な、何故、それを!」
ヤヨイの言葉に乗ってくるシンゴ王子に何とか言葉を絞り出したメイド長であるが、顔が火がついたように赤い。
「何故って、それは本人から相談されたからよ。ちゃんと少々強引に行きなさい! 簡単に諦めるな! って煽っておいたから大丈夫よ。少々の冷たい態度ぐらいでは、引かないから彼」
「な、な、な、何て事を! 私は、40を超えるオバさんなんですよ。若いツグミツ殿と釣り合うわけ無いです。それに、私は過去に……」
更にツッコんでくるヤヨイに、メイド長は突然に萎れた。昔の事を思い出しているのだろう。
「過去は過去よ。忘れろとは言わないけど、あれからもう20年よ。そろそろ前向きに生きなさい。折角貴女を好きになってくれる人が出てきたんだし、何より貴女、ツグミツ君、結構タイプでしょう?」
どうなの? と言った感じで尋ねるヤヨイ。メイド長は、赤い顔のまま僅かに頷く。
「なら、何も問題無いわね。彼、スワの町が落ち着いたらイチジマに来るつもりよ。父さんもそろそろ成人して領地も持つ事になるだろうし、信頼出来る副官の1人や2人要るんだから、そこに入り込むつもりでね」
「トモマサ様の副官ですか?」
「そうよ、父さん、領地経営なんてした事ないだろうから大忙しだろうけど。それでも、大公爵しかも王家の監査役の副官になるんだから仕方ないわね」
「王家の監査役の副官ですか⁉ そんな大それた役職、ツグミツ殿大丈夫でしょうか? それよりトモマサ様は、その様な大役お受けになりますか?」
「そうなのよね。問題は、父さんよね。権力に全然、興味無いから。今でものんびり農業したいとか言ってるぐらいだし……」
苦笑しながら話すヤヨイは、そのまま話を続ける。
「でも、それぐらいの人の方が良いのよね。王家を客観的に見てくれそうだし、問題がある時だけ出てきてくれれば良いのだし。って話が逸れたわね。まぁ、何にせよ、ツグミツ君との事、真剣に考えなさいメイド長。父さんに倣って私もやり直すのだから、貴女がやり直しても誰も文句は言わないわ。亡くなった旦那も、子供も、ね」
「はい」
力無く返事をするメイド長であったが、いつの間にか顔は真剣そのものであった。トモマサに続きヤヨイまで再婚を考えている現実にに思うところがあったのだろう。そして、頷き合う2人に声がかかった。
「あの、流石にそろそろ行きませんか?」
カーチャ王女であった。2人の重い話にシンゴ王子は準当事者のため、アイはまだまだ新人で、それぞれ口を挟めない。仕方なく口を開いたようだった。
「先程、領主軍の兵士達も出て行きましたし、今なら手薄だと思いますし」
行かないといけない。そんな意識はあったのだろう。だが、話が弾んでしまった。長年忘れていた恋バナが。もう何百年と関係が無いと思っていた話題が、帰って来たのだ。長話になって当然だろう。と思わなくは無いヤヨイだったが、悪いのは明らかにこちらだ。そう思い、「すまんな。カーチャ王女」と一言謝って行動を開始した。
もちろん、軽く作戦を説明してから。
作戦を立てたと言っても、建物の内部構造や人員配置が分からない状態での事である。
当然のように標準的な『人目につかないように行動する』や『囚われている人々の捜索を優先する』等、言ってしまえば行き当たりばったりと変わりの無い物である。適当な行動を指示した後、建物の中に入ったヤヨイが1人つぶやいていた。
「目についていた裏口から入ったが、正解だったかな? 見張りが1人もいないとはな」
「いえ、ヤヨイ様、見張りがいないと言うのは逆に何らかの罠があると考えるのが常識です」
「シンゴ王子! ダメよ。そんな事を言っては、フラグが立つわ!」
「ヤヨイ様! 声が大きいです!」
シンゴ王子の的確な助言に、大声でツッコむヤヨイ。シンゴ王子が嗜めるも時すでに遅し。領主軍に気付かれてしまったようだった。
前方で『パチッ』と言う何らかのスイッチが入るような音がしたのちに『ズシーン、ズシーン』と巨大な塊が歩いて来る音がしていた。
「何か近付いてきます」
「分かっているよ。メイド長。今のは私が悪かった。だからそんな目で見ないでくれるか」
敵の来訪を告げるメイド長、特に意識していなかったのだが、ヤヨイを見つめていたようだ。いわゆる、ジト目で。そのメイド長に謝りつつ、戦闘準備を始めるヤヨイ。
皆に、フォーメーションを告げていく。
「前衛、シンゴ王子。遊撃にメイド長だ。後衛と補助は、私がする。アイは、私のそばから離れるな。敵はここで迎え撃つ。各々準備するように」
「「「はい」」」
ヤヨイの言葉に従い、即座に準備を終えるメンバー達。そして、数分後、巨大な塊が姿を現した。
「ゴーレムですね」
「ああ、しかも色合いから見るにミスリルゴーレムだわ。魔法耐性が高いが代わりに物理攻撃が効くタイプのはずよ。シンゴ王子、メイド長、コアを狙って。体の中心部、人で言うとヘソの辺りだから」
現れた敵への対策を的確に指示していくヤヨイ。トモマサとは違い、流石の知識と判断力である。その後、ヤヨイが2人に身体強化の魔法をかけ終えた頃に、ゴーレムとシンゴ王子が相対して行動を開始した。
先に動いたのは、シンゴ王子だ。ゴーレムが右手に持つ薙刀の射程圏内に入る直前にゴーレムの懐に入るべく駆け出したのだ。
そして、見事に懐に入り込むシンゴ王子。
そのまま、腰の剣を突き出し、ゴーレムのコアを狙ったが寸前で薙刀に弾かれていた。そう簡単には、倒されてくれないようだ。
ちなみに、この薙刀を持つゴーレム、いわゆる、ゲル○グである。トモマサがいれば盛大にツッコむのだろうが、生憎平成生まれのヤヨイでは気が付かなかったようだ。
完全にスルーであった。
話を戻そう。
見事な突撃で懐を取ったシンゴ王子は、長い得物を持つゴーレムに対して優位な位置に立っていた。
再三に渡るコアへの攻撃は弾かれているようだったが、代わりに攻撃を受ける事が全くなかったからだ。
更に、隙を見て攻撃を仕掛けて来るメイド長により更に動きを止められるゴーレム。徐々に傷が増えていっていた。
「これは、時間の問題ね」
後ろで支援をしていたヤヨイが1人つぶやく。かなり楽観しているようだった。
もちろん身体強化魔法や回復魔法は随時発動させているのだが。そうこうしているうちにシンゴ王子の剣がゴーレムのコアを傷付けたようだ。
ゴーレムの左腕が盾ごと動きを止めていた。その後、メイド長の刀がコアを砕いてゴーレムは停止した。
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