第191話5.11 陽動
カンラの街から俺達が転移した先は、カワバの街が見渡せる少し高い山の中腹だった。
「カワバの街は、大荒れね」
ボソリと告げるヤヨイにつられて町を見下ろすと、待ちの至る所から煙が上がっていた。
「おい、どうるすんだ? 領主軍が亜人達を手当たり次第捕らえて行ってるみたいだぞ。殺されている奴等もいる」
そこそこ距離がある為、直接人が見えないので、俺が追跡魔法で人の動きを確認する。すると街の中は、乱戦状態だった。
領主軍は亜人と見ると見境なく捕らえて行ってるようだし、その亜人達を助けようと武装した亜人が領主軍にゲリラ戦を仕掛けたりと街の隅々まで戦場と化していた。
「時間が無いわ。3組に分かれて動きましょう。先ず、父さん。追跡魔法でさっさとヌマタ男爵を捕まえて。次に私ね。捕らえられている亜人達を集めている場所があるはずだから、そこを解放するわ。最後は、カリン先生ね。陽動よ。領主軍も亜人達も暴れてる奴らを片っ端から伸して行って。他のメンバー分けは……」
澱みなく作戦を決めて行くヤヨイ。俺が口を挟む場所は無かった。流石、1000年も影から国を納めて来ただけのことはある采配だった。
そして、俺達は、それぞれに動き出した。
―――
先ずヤヨイの転移魔法で1番に街に入ったのは、カリンチームだった。街の正門陰に現れた3人と1匹が辺りを伺っていた。
「突然の大役ですね。ツバメさん、コハクちゃん、ルリ、頑張りましょうー!」
「うむ」
「はーいー」
「にゃー」
カリンが鬨の声を上げると、それに答える2人と1匹。端から見ると、何だかやる気の感じ無い雰囲気であるが彼女達はいたって真面目だ。そして、カリンの出発の合図で彼女達は動き出した。
そんな3人と1匹が辺りを伺いながら街の大通りを見ると、早々に領主軍と連行されて行く亜人達の一団を発見した。
「カリン先生。あの弱そうなのがターゲットか?」
「ツバメさん、弱そうとか言わないで下さい。そりゃ、ドラゴンとか魔物とかに比べると単体では弱いかもしれませんが、人間には知性があります。侮って時間をかけると、あの連れている亜人達を人質にしたりするかもしれません。計画的に行動しましょう」
「うむ、流石、カリン先生。ヤヨイ様からリーダーに任されるだけある。では、どうすれば良い?」
「え? それは、今から考えます。ちょっと待って下さい」
いつもの如く突っ込んでいきそうな、ツバメ師匠を留めた所までは良かったカリン先生であるが、その先は考えていなかったようだ。懸命に頭をひねっている。
「カリンちゃんー、急がないとー、陽動にー、ならないー」
「わ、分かってます。でも、どうすれば良いか……」
相変わらずのんびり口調のコハクにまで急かされるカリン、名案は無いようだ。しっかり者のカリンと言えども、実戦経験は少ない。作戦の立案は難しいようだった。
そんなカリンを見かねたのだろう、コハクが案を示す。
「私とーカリンちゃんがー、正面からー気をひくーのでー、ツバメとールリでー亜人さんのー確保をー。で、どうー?」
「え、そんな簡単なので良いのですか?」
「あの兵士にー、ツバメとールリをー止めるのはー無理ー。考え過ぎー無駄ー」
「確かに、そうですね。拙速を尊ぶですね。それで行きましょう。ツバメさんもルリも良いですか?」
「うむ」
「にゃ」
あまりに単純な案に驚きを隠せない様子だったカリンだが、続いたコハクの言葉に納得した様子で皆にも確認を取り、更に少しだけ話をしてから動き出した。
「貴様ら、外出禁止令を聞いていないのか! 今すぐ家に入れ! さもなくば捕縛する!」
領主軍の小隊なのだろう。10人ぐらいの隊員の中から少しだけ良い装備の、恐らく隊長と思われる男が、裏通りから姿を現したカリンとコハクに一歩近寄って警告する。
「す、すみません。治療師さんから薬だけ貰ったら直ぐ帰ります」
その警告にカリンが事前に考えた言葉を告げると、隊長と思われる男は顔を顰めた。
「ならん! 直ぐに帰らないのなら捕まえる!」
腰に挿してある剣を抜きつつ再度警告を発する男。直ぐにでも踏み込まんとしていた。
だが、男の剣が抜き切られる事は無かった。背後から近寄ったルリの尻尾に頭を強打されて気を吹っ飛ばされたからだ。壁に打ち付けられた男、突然の何が起こったかわからず混乱している。
「一体なんだ?」
そんな事を言いながら、ふらつきつつ立ち上がる男が目にしたのは、赤い髪の少女と豹のような猫又によって薙ぎ倒されていく仲間の兵士達だった。
「な! 領主軍の精鋭部隊が! がはぁ!」
驚愕の表情を浮かべて叫んでいた男であるが、最後まで叫ぶ前に近付いたコハクに腹を蹴り抜かれて血を吐いて気を失った。その声を聞いて、親指を立てるツバメ師匠に大きく頷くルリ、コハクも「いいー声ー、これでー、たくさんー寄って来るー」などとつぶやいている。カリンに至っては、早々に捕らえられた亜人達の誘導に入っていた。
「皆さん、ここには、今から領主軍が集まります。その領主軍は、私達が蹴散らしますが、もしもの事があってはいけません。皆さんは、早急に屋内に隠れて下さい」
カリンが告げると亜人達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行って、1分もしないうちに誰もいなくなった。
「は、速いですね」
あまりの速さに苦笑を浮かべるカリンだったが、のんびりしている余裕はないようだ。通りの先から走って来る一団が見えてきた。
「領主軍の中隊かな? 50人程だな。亜人も連れていないし、カリン先生、蹴散らしても良いか?」
「ツバメさん、殺さないように!」
「分かっておる。ルリ、行くぞ!」
向かって来る一団を睨み付けて平然と言葉を発するツバメに苦笑しながら答えるカリン。ツバメとルリは飛び出して行った。
途中、一団の何だか偉そうな男が、
「我こそは、カワバ領主軍一の剣の使い手、ヤギュ……」
と名乗っていたが、名のり切る前にルリの尻尾に吹き飛ばされていた。
名乗りの途中で吹っ飛ばされるザコの典型であるが、いざ見せられると何と無く可哀想に思うカリンであった。
そんな事を考えていると、今度は後ろから街の正門に詰めていた兵士なのだろう。10名ほどの男達が剣を抜いて近付いて来ていた。
「カリンちゃんー、行って来るー」
男達を発見したカリンが魔法を準備するよりも速く、コハクが駆けて行った。
「コハクちゃんもー、殺したらダメよー!」
大声で叫ぶカリン。コハクは、分かってるとばかりに指で丸を作って合図を出している。
「本当に分かってますかね? コハクちゃん。心配です」
カリンが1人つぶやいている時、コハクと男達の戦闘が始まった。……と言っても一瞬で終わったのだが。10名ほどの男達、全員コハクのワンパンで沈んでいた。ピクピク痙攣しているところを見ると命に大事は無さそうだ。いつもの鎚矛を使ってないところを見ると手加減も十分なのだろう。
ホッとするカリンだった。
そうこうしているうちに、ツバメ師匠の方も戦いが終わっていた。こっちは、ピクリともしない人影が多数見られたが、生きているようだ。ツバメ師匠が刀を抜いているのに切り傷が一切見当たらない。峰打ちで済ませたのだろう。恐ろしいほどの腕前だった。逆に領主軍がだらしないとも言うけれども。
その後も場所を変えて暴れて行くカリン一行。当のカリンは何もしていないけど、領主軍は集まりそして倒れて行く。十分に陽動としての目的は果たしているようだった。
カリンは、本当に何もしていないけれども……。
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