第190話5.10 見習いメイド

 食事を終えて、応接室へと場所を移し、お茶を飲んでいる頃になってようやく、ヤヨイは帰ってきた。

 見事に変貌を遂げた、ユウキさんを連れて。


「ゆ、ユウキ……さん?」

「はい!」

 部屋に入ってきたユウキさんを見て俺は驚いていた。まるで別人だったからだ。

 先ず1番に目に入ってきたのが、髪の色だ。長さは、もちろん変わらないが薄桜色へと変貌した髪のおかげで印象が全く異なっていた。

 ただそれだけで、これまでの中性的な感じから完全に女の子になっていた。

 更には薄く化粧も施されており、長い睫毛に小さな口がさり気無く強調され、透明感を感じる美少女へと変貌していた。

 そしてその体には、これでもかと言わんばかりに短いヒラヒラスカートのメイド服を来ており、脚には当然とばかりのニーソックスが履かれている。

 その間から見える白い太ももの眩しい事この上なしだった。


 そんなメイド姿のユウキさん、短いスカートが気になるのか赤い顔で、しきりに裾を押さえながら歩いてくる。

 見ているこちらまで恥ずかしくなりそうな辿々しい歩き方だ。少しずつ近づいてくるユウキさん、立ち尽くしている俺の前まで来て突然よろめいた。

「危ない」

 スカートを気にしし過ぎたのだろう何でもない所で転けそうになるユウキさんを、俺は思わず受け止めた。図らずも抱きしめられる形になったユウキさん、顔から火が出るかと思うほどに真っ赤だった。かく言う俺も、恐らく身体中を洗って来たのであろう、ユウキさんの髪や体から立ち上る女の子特有の甘い香りにクラクラしていた。

 そこに、ユウキさんが口を開く。

「と、トモマサ様。ありがとうございます。こんな私ですが、メイドとしてお雇い下さいませ。恩返しのために精一杯、御奉仕させていただきます」

 そう言って、俺の胸の中から上目遣いで見つめてくるユウキさん。胸がドキドキして来る。何か反則じみた行為だった。

 そんなユウキさんを見て反射的に肯いてしまいそうになる俺だったが、何とか我慢して考えていた。これメイドとか言ってるけど、きっと直ぐに彼女の仲間入りしそうだなと。

 俺の心がそう叫んでいるなと。それなら、やっぱり皆の許可が必要だなと。だから、順番に皆に目線を向けていく。

 先ず目に入ったのは、アズキだ。静かに微笑んで目礼してくれた。お任せしますとの事だろう。

 次は、カリン先生に目をやる。苦笑気味だが笑っていた。許容範囲らしい。

 そして、ツバメ師匠。豪快に親指を立てている。歓迎しているようだった。

 最後に、コハクだ。ぼーっとした顔のまま、頭の上で大きな丸を作っている。全く問題ないらしい。

 本当はマリ教授にもと思うのだが、ここにいないので割愛した。

 ここにいる皆が許してくれるなら大人なマリ教授の事だから大丈夫だろうと高を括って。


 そして、そんな皆を見て、俺の答えは決まった。ちなみに、コハクの隣にいたカーチャ王女が、

「私の事は見てくれませんでした。ルリと一緒ですね……はっ、ひょっとしてペット扱い。そんなプレイですか!」

 って言ってたけど当然のようにスルーした。

 何だか症状が悪化している気がする。これは、早めに王様にお願いに行かないと、思いながら。

 その後、俺は改めてユウキさんを見ると、俺が何か答える事が分かったのだろう。ユウキさんが真面目な顔になる。俺の胸に抱かれながら。

「ユウキさん、見習いメイドとして雇います。よろしくお願いします。メイドとしての教育は、アズキにお願いしますので詳しくはアズキから聞いて下さい」

「はい! 精一杯ご奉仕します」

 俺の答えに満足したのだろう、俺の胸に顔を埋めながら返事をするユウキさん。本当に嬉しそうだった。


 数時間後、俺達が街を離れることになったユウキと共にお世話になった人たち、スラムの顔役等に挨拶回りと言う借金返済をしているところにクイナさんが現れた。色々報告があるようで、領主の館に戻って欲しいとの事だった。ちなみに、メイドに来ることに決まったユウキに『さん』付で呼んでいたらアズキから待ったがかかった。使用人なのだから呼び捨てにするべきだと。ユウキも同様に肯いていたので『さん』は取り除いて呼び捨てでユウキと呼ぶようになった。

 初めて呼んだ時のユウキのニヤけたが顔が可愛かったのはここだけの話だが。


 話を戻そう。

 クイナさんの連絡で慌てて戻った館では、ヤヨイが渋い顔で待っていた。

「次の行き先が決まったわよ。父さん」

 俺の顔を見るなり話をするヤヨイ。何やら緊急事態のようだった。

「カワバの街でも、ここカンラの街同様に亜人達のデモがあったようです。ただ、ここのように穏便ではなく、武器を持ってですが。更には、ホコタの街やカツウラの街でも同様のことが起こっているとの情報が入っています」

「その関係で、ホコタにはクイナ達情報部隊が、カツウラには王都からシンイチロウ王子が出張ってもらうわ。だから残りのカワバは、私達が、行くわ」

 さも当然のように告げて来るヤヨイ。決定事項のようだ。だが俺は、あえて1つ聞いてみた。

「どうして、カワバなんだ?」

「どうしてって、父さん。アズキとの因縁のあるヌマタ男爵。自分の手で捉えたいと思わないの? まぁ、他の街の領主は証拠不足で捕まえないって事もあるけどね」

 何気ない俺の質問に、さも当たり前のように答えるヤヨイ。だがそこで俺は気になった。アズキの気持ちが。だからアズキに目をやる。

 するとアズキは力強く肯いてくれていた。アズキもやる気十分なようだった。もちろんカリン先生もツバメ師匠もやる気だ。コハクだけは、よく分からなかったが、大丈夫だろう。

「分かったよ。ヤヨイ。ヌマタ男爵捕まえてやるよ。あいつには、カリン先生を怪我させたという借りがあるんだ。返させてもらうよ」

 その言葉で、緊急の計画は動き出したようだ。クイナさんが無言で影の中に消えて行った。

 もちろん、俺達もカワバの街へと転移して行った。

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